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第六章 幸せな花嫁
章閑話—21 メイドと執事—10
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あれから二ヶ月余りが経った今日、フォーミリオ邸ではある準備が着々と進んでいた。
オラシオンに約半年後に完成する新施設の市場、そこで提供される予定のお菓子や料理の試食会が開かれるのだ。
統合された両領地の有力貴族だけでなく、王宮からも賓客の予定がある為、準備も規模の大きなものとなっていた。
この日の為に厨房にも立ちながら忙しくしていたカナは、今日も朝からフル稼働だ。午後から始まる催しに向けて、そろそろ身支度を始める為に声を掛ける。
「もうそんな時間?」と驚きの声を上げながらも、どこか楽しそうな彼女は部屋を出る直前
「ナタリーも今日はうんと楽しんで」
意味深な台詞と天使の微笑みを残してメイドに連れられて行った。どう言う意味なのか分からないまま持ち場に着こうとした時、私の両脇を先輩メイド二人が固めて来たのだ。
「さぁ、貴方はこっちよ」
「え?」
「うんとキレイにしてあげるから覚悟なさい」
「え? え?」
前にも一度同じような事があったなと思いながら連れられて行く先は客間の一室だ。どう言うことかと訝しみながら入室すると、そこに用意されていたのは一着のドレスだった。菫色のグラデーションの美しい華やかなシフォンドレスだ。
誰の為のもので、何の為のものなのか、見た瞬間に分かった。分かった途端に目頭が熱くなる。私の予想が正しければ、これからメイクを施されるはずだ。だから泣く訳にはいかない。今にも溢れて来そうな涙を必死に堪え、先輩方に全てを委ねた。
先輩に手を引かれ、試食会の会場となっている庭へ向かうと、驚愕の表情でこちらを凝視するクーラが待っていた。
有力貴族でもない私の家族とクーラの家族が招待されていた事も、今なら合点が行く。今日のこの為に、旦那様とカナが密かに考えてくれていたのだろう。後から知ったが、カナの仕業だと思っていたのに、まさかまさかのアズベルト様の発案だったと言う。
私たち二人の為にここまでしてくれるだなんて、本当にお二人には感謝してもし足りないくらいだ。
恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだったが、彼に手を掬い取られて見つめた。少し恥ずかしそうに、それでも愛しさがちゃんと伝わるくらい甘い眼差しに、自然と緩んでしまっている頬に、胸がキュンと疼いてしまう。
あの時と同じように求婚されて、嬉しい気持ちと愛しい気持ちが溢れてしまった。頑張って耐えていた涙は限界のようだ。
迷っていたのが嘘のように、自分の心ははっきりしている。もうこの人のいない日常など想像もつかない。
今はまだ恥ずかしくて上手く伝えられないけれど、この幸せな気持ちがどうか伝わって欲しいと願いを込めて、彼の手を握り返した。
彼のくれた誓いがこもった最初のキスは、きっと生涯忘れる事なんてないんだろう。
母が嬉しそうに号泣していて驚いた。それと同じくらいカナも号泣していてもっと驚いた。
それだけ心配させていたのだと思うと申し訳ない。そんなに喜んでくれるのだと思うと嬉しい。
私達、ちゃんと幸せになるから。
カナとアズベルト様に負けないくらい、幸せになるから。
だからカナリア。
心配しないで。
どうか見守っていてね。
それから四ヶ月後、半年間の婚約期間を経て今日、私はクーラの妻となった。
式は身内と友人だけのこじんまりとしたものだったが、それで十分だった。家の近くの小さな教会で、大好きな人達に囲まれての幸せな結婚式だった。
クーラと一緒に選んだ真っ白なウェディングドレスは、身体のラインに沿ったシンプルなデザインで、目元を赤く染めた母が良く似合っていると私達以上に喜んでくれていた。父だけでなく二人の兄達も、今日は終始目尻が下がりっぱなしだ。
そんな家族以上に甘かったのは、私の隣に立つクーラだ。
婚約中はせいぜい手を繋ぐくらいだった彼が、今日はずっと私の腰に手を回して離れない。サプライズパーティーの後からは、たまにあった充電も無くなり、手を繋ぐ頻度も少なくなっていたから、朝からお酒でも入れたのかと思う程だ。
そんな風に話してみれば、彼は困ったように眉尻を下げて、そうしていた理由を教えてくれた。
「実はお兄さん達から、結婚式までは過度な接触は禁止って言われてたんだ」
「え?」
「約束を守らなければ、結婚は無しって」
「そんな約束してたの?」
サプライズパーティーで予定には無かったキスをした事が伝わり、監視の目が厳しくなったのだと笑いながら話してくれた。
自分に魅力が無さすぎるが為に彼が触れてくれないのだとばかり思っていたが、まさか兄達とそんな約束をさせられていたとは。
「この半年、本当に良く耐えたと思うよ」
「っ!」
ようやく我慢しなくて済むと、さらりと揺れる髪と同じ色の瞳が、甘さと確かな熱情を孕んでこちらへ向けられる。
「慢性的なナタリー不足だから……覚悟しておいてね」
誰にも聞こえないくらいの囁きを直接耳朶に流し込まれ、肌がピンクに染まるのが分かるくらい身体が熱くなった。それでも今は恥ずかしさよりも嬉しさの方が勝っているかのようだ。耳のすぐ内側に鼓動が聞こえるのに、彼が囁く度に触れてくる度に、それよりもずっとずっと強く胸が震えるのだ。
今思えば自分も相当舞い上がっていたのだと思う。三度目の誓いのキスは、気付けば自分からしていた。
歓声の中に兄達の悲鳴が混じっていたのに気付いたのは、おそらく母だけだったと思う。
朝からの日程を全て終え、二人の新居に帰って来たのは、時計の針が真夜中を指す少し前だった。
カナ達のようにそれぞれの家で披露パーティーを行うのが本来だったが、二人とも家督を継ぐ身では無かった事もあって、両家で話し合った結果パーティーはしない事に決めた。兄達は反対したが、本人達が望まないのだからと両親が説得した形となったのだ。
今夜から住む事になる新居は、いつもと違って静かで穏やかに時間が流れている気さえしてくる。慣れないせいなのか、自分の家なのに酷く緊張してしまう。
一つしかない寝室に入ると、大きなベッドが目に留まり否が応でも意識してしまう。静かな空間に自分の鼓動が響いているような気がして、余計に羞恥が込み上げた。
そわそわしてしまって挙動がおかしくなりそうで、急いでドレッサーの前に移動した。鏡を見ながら耳飾りを外し、頭についているピンを抜いた。
どうしよう……こんなに意識してしまって……恥ずかしい……
赤く染まる自分の顔を見ながら、すっかり手が止まっているのも忘れて悶々としていると、突然背中からすっぽりと包まれてしまった。
彼の腕がお腹へ巻きつき、顔が私の肩に乗っている。そのまま鏡越しに目が合うと、初めて見る欲情を孕んだ眼差しが、私の視線を絡めとっていく。いつもの彼の匂いと少しのアルコールの匂いに、頭がクラクラする。
「終わった? ……それとも、焦らしてるの?」
吐息が耳をくすぐり、くすぐったさと心臓を鷲掴みにされるような強烈な感覚に、全身が粟だった。慌ててふるふると首を振る。
すぐにうなじにキスをされて思わず変な声が出てしまった。
「ちょ、っ…と、ま、て……心臓……出て来そう、で……」
必死の訴えにクーラがくすくすと笑いながら左胸に触れてくる。推しつけるように当てられたその手のひらは、布越しでも分かるくらい熱かった。
「ホントだ。凄く速いね。……でも、オレもだよ」
確かに背中に伝わる彼の鼓動も早く感じる。もう沸騰しそうな程身体が熱いのに、彼の手のひらの熱と感触ははっきりと伝わって来た。
今までと違ってもう一切の遠慮が無いその手が蠢く度に、なぞられた場所から更に発熱していくようだった。
のぼせてしまいそうだ。
身体も、頭も、全部が熱くてふわふわした。
「やめる? 嫌なら無理強いはしない」
嫌なんかじゃ……むしろ——
小さく頭を振った。上手く言葉が出て来なくて、でも伝わって欲しくて、鏡越しに彼を見つめる。
フッと表情を崩した彼に抱き上げられ、そのままベッドへ運ばれる。仰向けに寝かされると、目の前にクーラの端正な顔があった。
「もう待ったは聞けないから」
そう囁く彼の瞳には、確かな欲望の火が灯っている。
無意識に彼の頬へ手を伸ばしていた。
鼻先が触れそうになって目を閉じた。
彼の優しくて獰猛なキスを受け止めた。
息の仕方が分からなかった。
自分がどうすればいいのか分からない。
ただ欲しいままに彼へと手を伸ばした。
一瞬でも離して欲しくなくて、何度も名を呼んでくれる彼の背へと腕を回した。
暖かな胸に抱かれて微睡んでいると、大好きな手が頭を優しく撫でてくれる。
夢か現かわからないまま、温かい肌へ頬を擦り寄せた。
愛してるわ、クーラ
ずっと側にいて
そう思ったのか、口にしていたのかも定かではない。
夢を見ていたのかもしれない。
ただ、ぎゅっと抱き締める力が強くなった気がして、安心感に包まれて、意識がさらわれていく。
初めての夜がゆっくりゆっくり更けていった。
オラシオンに約半年後に完成する新施設の市場、そこで提供される予定のお菓子や料理の試食会が開かれるのだ。
統合された両領地の有力貴族だけでなく、王宮からも賓客の予定がある為、準備も規模の大きなものとなっていた。
この日の為に厨房にも立ちながら忙しくしていたカナは、今日も朝からフル稼働だ。午後から始まる催しに向けて、そろそろ身支度を始める為に声を掛ける。
「もうそんな時間?」と驚きの声を上げながらも、どこか楽しそうな彼女は部屋を出る直前
「ナタリーも今日はうんと楽しんで」
意味深な台詞と天使の微笑みを残してメイドに連れられて行った。どう言う意味なのか分からないまま持ち場に着こうとした時、私の両脇を先輩メイド二人が固めて来たのだ。
「さぁ、貴方はこっちよ」
「え?」
「うんとキレイにしてあげるから覚悟なさい」
「え? え?」
前にも一度同じような事があったなと思いながら連れられて行く先は客間の一室だ。どう言うことかと訝しみながら入室すると、そこに用意されていたのは一着のドレスだった。菫色のグラデーションの美しい華やかなシフォンドレスだ。
誰の為のもので、何の為のものなのか、見た瞬間に分かった。分かった途端に目頭が熱くなる。私の予想が正しければ、これからメイクを施されるはずだ。だから泣く訳にはいかない。今にも溢れて来そうな涙を必死に堪え、先輩方に全てを委ねた。
先輩に手を引かれ、試食会の会場となっている庭へ向かうと、驚愕の表情でこちらを凝視するクーラが待っていた。
有力貴族でもない私の家族とクーラの家族が招待されていた事も、今なら合点が行く。今日のこの為に、旦那様とカナが密かに考えてくれていたのだろう。後から知ったが、カナの仕業だと思っていたのに、まさかまさかのアズベルト様の発案だったと言う。
私たち二人の為にここまでしてくれるだなんて、本当にお二人には感謝してもし足りないくらいだ。
恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだったが、彼に手を掬い取られて見つめた。少し恥ずかしそうに、それでも愛しさがちゃんと伝わるくらい甘い眼差しに、自然と緩んでしまっている頬に、胸がキュンと疼いてしまう。
あの時と同じように求婚されて、嬉しい気持ちと愛しい気持ちが溢れてしまった。頑張って耐えていた涙は限界のようだ。
迷っていたのが嘘のように、自分の心ははっきりしている。もうこの人のいない日常など想像もつかない。
今はまだ恥ずかしくて上手く伝えられないけれど、この幸せな気持ちがどうか伝わって欲しいと願いを込めて、彼の手を握り返した。
彼のくれた誓いがこもった最初のキスは、きっと生涯忘れる事なんてないんだろう。
母が嬉しそうに号泣していて驚いた。それと同じくらいカナも号泣していてもっと驚いた。
それだけ心配させていたのだと思うと申し訳ない。そんなに喜んでくれるのだと思うと嬉しい。
私達、ちゃんと幸せになるから。
カナとアズベルト様に負けないくらい、幸せになるから。
だからカナリア。
心配しないで。
どうか見守っていてね。
それから四ヶ月後、半年間の婚約期間を経て今日、私はクーラの妻となった。
式は身内と友人だけのこじんまりとしたものだったが、それで十分だった。家の近くの小さな教会で、大好きな人達に囲まれての幸せな結婚式だった。
クーラと一緒に選んだ真っ白なウェディングドレスは、身体のラインに沿ったシンプルなデザインで、目元を赤く染めた母が良く似合っていると私達以上に喜んでくれていた。父だけでなく二人の兄達も、今日は終始目尻が下がりっぱなしだ。
そんな家族以上に甘かったのは、私の隣に立つクーラだ。
婚約中はせいぜい手を繋ぐくらいだった彼が、今日はずっと私の腰に手を回して離れない。サプライズパーティーの後からは、たまにあった充電も無くなり、手を繋ぐ頻度も少なくなっていたから、朝からお酒でも入れたのかと思う程だ。
そんな風に話してみれば、彼は困ったように眉尻を下げて、そうしていた理由を教えてくれた。
「実はお兄さん達から、結婚式までは過度な接触は禁止って言われてたんだ」
「え?」
「約束を守らなければ、結婚は無しって」
「そんな約束してたの?」
サプライズパーティーで予定には無かったキスをした事が伝わり、監視の目が厳しくなったのだと笑いながら話してくれた。
自分に魅力が無さすぎるが為に彼が触れてくれないのだとばかり思っていたが、まさか兄達とそんな約束をさせられていたとは。
「この半年、本当に良く耐えたと思うよ」
「っ!」
ようやく我慢しなくて済むと、さらりと揺れる髪と同じ色の瞳が、甘さと確かな熱情を孕んでこちらへ向けられる。
「慢性的なナタリー不足だから……覚悟しておいてね」
誰にも聞こえないくらいの囁きを直接耳朶に流し込まれ、肌がピンクに染まるのが分かるくらい身体が熱くなった。それでも今は恥ずかしさよりも嬉しさの方が勝っているかのようだ。耳のすぐ内側に鼓動が聞こえるのに、彼が囁く度に触れてくる度に、それよりもずっとずっと強く胸が震えるのだ。
今思えば自分も相当舞い上がっていたのだと思う。三度目の誓いのキスは、気付けば自分からしていた。
歓声の中に兄達の悲鳴が混じっていたのに気付いたのは、おそらく母だけだったと思う。
朝からの日程を全て終え、二人の新居に帰って来たのは、時計の針が真夜中を指す少し前だった。
カナ達のようにそれぞれの家で披露パーティーを行うのが本来だったが、二人とも家督を継ぐ身では無かった事もあって、両家で話し合った結果パーティーはしない事に決めた。兄達は反対したが、本人達が望まないのだからと両親が説得した形となったのだ。
今夜から住む事になる新居は、いつもと違って静かで穏やかに時間が流れている気さえしてくる。慣れないせいなのか、自分の家なのに酷く緊張してしまう。
一つしかない寝室に入ると、大きなベッドが目に留まり否が応でも意識してしまう。静かな空間に自分の鼓動が響いているような気がして、余計に羞恥が込み上げた。
そわそわしてしまって挙動がおかしくなりそうで、急いでドレッサーの前に移動した。鏡を見ながら耳飾りを外し、頭についているピンを抜いた。
どうしよう……こんなに意識してしまって……恥ずかしい……
赤く染まる自分の顔を見ながら、すっかり手が止まっているのも忘れて悶々としていると、突然背中からすっぽりと包まれてしまった。
彼の腕がお腹へ巻きつき、顔が私の肩に乗っている。そのまま鏡越しに目が合うと、初めて見る欲情を孕んだ眼差しが、私の視線を絡めとっていく。いつもの彼の匂いと少しのアルコールの匂いに、頭がクラクラする。
「終わった? ……それとも、焦らしてるの?」
吐息が耳をくすぐり、くすぐったさと心臓を鷲掴みにされるような強烈な感覚に、全身が粟だった。慌ててふるふると首を振る。
すぐにうなじにキスをされて思わず変な声が出てしまった。
「ちょ、っ…と、ま、て……心臓……出て来そう、で……」
必死の訴えにクーラがくすくすと笑いながら左胸に触れてくる。推しつけるように当てられたその手のひらは、布越しでも分かるくらい熱かった。
「ホントだ。凄く速いね。……でも、オレもだよ」
確かに背中に伝わる彼の鼓動も早く感じる。もう沸騰しそうな程身体が熱いのに、彼の手のひらの熱と感触ははっきりと伝わって来た。
今までと違ってもう一切の遠慮が無いその手が蠢く度に、なぞられた場所から更に発熱していくようだった。
のぼせてしまいそうだ。
身体も、頭も、全部が熱くてふわふわした。
「やめる? 嫌なら無理強いはしない」
嫌なんかじゃ……むしろ——
小さく頭を振った。上手く言葉が出て来なくて、でも伝わって欲しくて、鏡越しに彼を見つめる。
フッと表情を崩した彼に抱き上げられ、そのままベッドへ運ばれる。仰向けに寝かされると、目の前にクーラの端正な顔があった。
「もう待ったは聞けないから」
そう囁く彼の瞳には、確かな欲望の火が灯っている。
無意識に彼の頬へ手を伸ばしていた。
鼻先が触れそうになって目を閉じた。
彼の優しくて獰猛なキスを受け止めた。
息の仕方が分からなかった。
自分がどうすればいいのか分からない。
ただ欲しいままに彼へと手を伸ばした。
一瞬でも離して欲しくなくて、何度も名を呼んでくれる彼の背へと腕を回した。
暖かな胸に抱かれて微睡んでいると、大好きな手が頭を優しく撫でてくれる。
夢か現かわからないまま、温かい肌へ頬を擦り寄せた。
愛してるわ、クーラ
ずっと側にいて
そう思ったのか、口にしていたのかも定かではない。
夢を見ていたのかもしれない。
ただ、ぎゅっと抱き締める力が強くなった気がして、安心感に包まれて、意識がさらわれていく。
初めての夜がゆっくりゆっくり更けていった。
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