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最終章
19話——結界の先へ
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翌日、中央教会が保有する大型の魔術具が運び出された。それが王城の野外訓練場に設置されると、大規模な転移魔法陣が敷かれた。
上位魔術師達によって起動されたそれは、中央教会と各主要都市を結ぶ為のものだ。
騎士団・聖騎士団の第四以下で構成され小隊に分けられた合同軍が、次々と各都市へ転送されて行く。
イーリスへ送られた最後の小隊を見送り、いよいよ勇者パーティと本隊がシムラクルムへ向かう番となる。
訓練場中央には国王と教皇が肩を並べている。
その後ろには王国騎士団総隊長のローガン、同じく第一師団長のウォルフェンが続き、更に後方には王都を護る合同軍が小隊ごとに整列していた。
周囲には大臣を筆頭に城や教会関係者が囲うように人の輪を作っている。
国王と教皇の前にハワードとシャガールが彼らと向かい合う形で立っていた。
その後ろには揃いのローブを纏ったパーティメンバーがいる。同じくローブを身に着けたワサビと、お座りの格好のホルケウの姿もあった。
「では行ってまいります」
代表者のハワードが最上礼を施す。
「諸君らの健闘を祈る」
「女神の加護のあらんことを」
国王と教皇が下がり、魔術師達による詠唱が始まった。
下がった二人と入れ替わるようにドレスアップしたエトワーリルがハワードの元へ歩み寄る。
優雅に腰を折ると正面から彼を見上げた。
「この討伐作戦が滞りなく遂行されますよう、お祈り申し上げます」
「ああ」
気丈に振舞っていた瞳が揺らぐ。
震える手をぎゅっと握り、エトワーリルは絞り出すように口を開く。
「どうか……どうか、ご無事で……」
ハワードは右の手袋を外すと、その手でエトワーリルの頬へ触れた。
「必ず戻る。えみを連れてな」
「はい……」
大きな手に自分のを重ね、約束を噛み締めるようにエトワーリルは目を閉じた。
詠唱が始まると同時に、レンは周りを囲む群衆へと目を向けた。
その視線の先には不安そうに眉間に皺を寄せるメアリの姿がある。
レンが近づくと、今にも泣き出してしまいそうに瞳が揺らいでいる。
「なんて顔してんだよ」
「だって……」
「えみの事は任せろ。必ず連れて戻る」
「えみもだけどレンも…」
明らかに潤んでいるアメジスト色を見つめ、レンの瞳が僅かに開かれる。
「オレ?」
「直ぐ無茶するから!」
フッと表情を緩めると、レンは右手を持ち上げた。
その手がそっとメアリの目元を拭う。
「大丈夫だから。泣かないで待ってろよ」
頬を染め慌てて自分で目元を擦ると、メアリは改めてレンを見上げる。
「うん。いってらっしゃい」
僅かに口角を上げると、レンはメアリに背を向ける。
徐々に発光し始めた魔法陣の中央へ向かって行くその背中をメアリはずっと見つめていた。
群衆へ足を向けたレンを眺めるシャガールの隣にマーレが並ぶ。
「いよいよだね」
少し緊張を含む笑みをシャガールが見下ろす。
「そうだな。……怖いか?」
そう聞いたシャガールに、マーレは困ったように笑みを向けた。
「うん…すごく怖いよ」
正直に不安を口にする。戦いとは無縁の生活をしてきたのだ。まだまだ慣れないし怖いものは怖い。
「でも行くよ」
シャガールの正面に立つと真っ直ぐにサファイヤブルーを見つめる。
「絶対一人になんかしないから」
青い瞳が僅かに開かれ、直ぐに柔らかく崩れる。口元を緩め「ああ」とシャガールが頷いた。
「側に居ろ。絶対護るから」
「うん!」
薄っすらと頬を染めると、マーレは華が咲いたような笑顔を向けた。
ようやくだ。ようやくここまで来た。
魔術師達の詠唱が始まると、アルクは握り締めた自身の左手を見つめた。
その中には、えみに渡した青灰色の宝石がついたネックレスがある。
調査隊として活動していた間、彼女が肌身離さず身に付けていたものだ。
魔王に連れ去られてしまった後、落ちていたからとワサビから預かった。
落とした時に壊れただろう金具は既に直してある。
一刻も早く渡したい。
「えみさんはきっと大丈夫ですわ」
そう声を掛けて来たのはプラーミアだ。
出会った時の大胆な露出は鳴りを潜め、揃いのローブを纏っている。
その下の装備は独自のものなのか、王都では見られない民族衣装のようだ。
装いは控えめだが、彼女から滲み出る色気は全く衰えてはいない。
「ええ。そう信じています」
「大変なのは救出後ですよ」
声のした方を見ると、落ち着き払ったルーベルが立っている。眼鏡の奥の切れ長の目がいつもに増して鋭さを孕む。
「無事を確認しても腑抜けないように」
此方を見透かしたような物言いに、アルクは困ったように目尻を下げた。
「気を付けます……」
そんな二人を眺めながら、プラーミアがクスクスと喉を鳴らした。
足元に広がる魔法陣が一際強く発光していく。
大きな陣から発せられた白い光がパーティを、合同軍を包み込む。
目を開けていられない程の強い光が野外訓練場を覆いつくす。
その光が止んだ時、彼らの姿はどこにもなかった。
シムラクルムへ到着した隊は、噴水のある広場にて直ぐに作戦行動を開始した。
十五人の上位魔術師達が陣形を組み詠唱を開始する。
作戦はこうだ。
魔王が潜伏していると思われる瘴気の森の結界に対し、上位魔術師による聖魔法攻撃を仕掛ける。全員の最大火力で範囲を極力僅かに絞り、攻撃範囲を一点に集中する事で力の分散を防ぐ。
そこへシャガールの精霊四人による攻撃を加え一気に結界を破壊しようと言うのだ。
もちろん最大火力の集中攻撃だ。チャンスは一度、それも一瞬。
ぶつけ本番に否が応でも緊張が走る。
穴さえ開けばいい。結界内へ干渉出来ればソラとえみが繋がる。
あとはえみへ向かって魔法陣を起動すれば良いだけだ。
詠唱が中盤に差し掛かり、瘴気の森上空に巨大な魔法陣が展開した時異変が起こった。
微かな地響きと共に空に暗雲が立ち込め始めたのだ。
「これは!?」
「まずい! 気づかれた!」
地響きは徐々に大きくなり、森の方から黒い影が沸いてきた。
悍ましい雄叫びと地響き、土煙を上げて夥しい数の魔族が群れとなって此方へ向かってくる。
「迎撃態勢!! 奴らを街へ入れるな!!」
シャガールの号令に、街の教会に属する魔術師達による結界が構築された。
パーティと共にやって来た合同軍の本隊が、シムラクルムの門前へ展開する。
こうなる事は想定済みだった。
「やはり来たか」
あっという間に街へ及んだ魔族の群れと合同軍がぶつかる。
たちまち怒号や絶叫が響き渡り、辺りが喧騒に覆われる。
「転移魔法陣を起動します。乗ってください」
シャガールがリングに記憶されていた陣を起動する。
彼を起点に円形に展開された魔法陣へ、パーティメンバーが乗り込んだ。
と、同時に魔術師達の詠唱が終了した。
「魔力強化」
マーレの強化補助魔法が陣に乗る全員へ施される。
シャガールの足元から四色の光が立ち上ると、それらはたちまち大きく強く成長する。それに呼応するように現れた四人の精霊が自身の力を開放していく。あまりにも強大な魔力に大気が震え、街を覆う味方の結界を震わせた。
敵の結界を穿つべく完成した魔法陣が一際白く輝きを放つ。
「「「聖なる裁き!!」」」
ついに魔術師達による聖魔法攻撃が森を覆う結界へ炸裂した。
幾本もの白い稲妻がある一点めがけて落ちたのだ。
凄まじい魔力と威力で放たれたそれらが結界ごと大地を大きく揺らした。
刹那、四つの光が白い稲妻の間をかける。
「貫け!! 終焉の聖剣!!!」
四色の剣と化した精霊たちが、稲妻と共に結界を貫く。
轟音と共に一部に亀裂が入ると、バラバラと破片が崩れていく。
「ソラ!!」
シャガールの隣で期を待っていたホルケウが魔法陣を展開する。
シャガールが起動した陣の上に現れたそれがゆっくり回り出す。
――えみ!! 応えよ!! えみ!!!
――……ラ? ……っ!! ……ソラ!!
「応えた!!」
回っていたホルケウの魔法陣がシャガールの陣と重なった。
「行くぞ!!」
起動
眩い光が一瞬でパーティメンバーを包み込む。
総力戦の喧騒を残し、彼らの姿は光の中へと消えていった。
上位魔術師達によって起動されたそれは、中央教会と各主要都市を結ぶ為のものだ。
騎士団・聖騎士団の第四以下で構成され小隊に分けられた合同軍が、次々と各都市へ転送されて行く。
イーリスへ送られた最後の小隊を見送り、いよいよ勇者パーティと本隊がシムラクルムへ向かう番となる。
訓練場中央には国王と教皇が肩を並べている。
その後ろには王国騎士団総隊長のローガン、同じく第一師団長のウォルフェンが続き、更に後方には王都を護る合同軍が小隊ごとに整列していた。
周囲には大臣を筆頭に城や教会関係者が囲うように人の輪を作っている。
国王と教皇の前にハワードとシャガールが彼らと向かい合う形で立っていた。
その後ろには揃いのローブを纏ったパーティメンバーがいる。同じくローブを身に着けたワサビと、お座りの格好のホルケウの姿もあった。
「では行ってまいります」
代表者のハワードが最上礼を施す。
「諸君らの健闘を祈る」
「女神の加護のあらんことを」
国王と教皇が下がり、魔術師達による詠唱が始まった。
下がった二人と入れ替わるようにドレスアップしたエトワーリルがハワードの元へ歩み寄る。
優雅に腰を折ると正面から彼を見上げた。
「この討伐作戦が滞りなく遂行されますよう、お祈り申し上げます」
「ああ」
気丈に振舞っていた瞳が揺らぐ。
震える手をぎゅっと握り、エトワーリルは絞り出すように口を開く。
「どうか……どうか、ご無事で……」
ハワードは右の手袋を外すと、その手でエトワーリルの頬へ触れた。
「必ず戻る。えみを連れてな」
「はい……」
大きな手に自分のを重ね、約束を噛み締めるようにエトワーリルは目を閉じた。
詠唱が始まると同時に、レンは周りを囲む群衆へと目を向けた。
その視線の先には不安そうに眉間に皺を寄せるメアリの姿がある。
レンが近づくと、今にも泣き出してしまいそうに瞳が揺らいでいる。
「なんて顔してんだよ」
「だって……」
「えみの事は任せろ。必ず連れて戻る」
「えみもだけどレンも…」
明らかに潤んでいるアメジスト色を見つめ、レンの瞳が僅かに開かれる。
「オレ?」
「直ぐ無茶するから!」
フッと表情を緩めると、レンは右手を持ち上げた。
その手がそっとメアリの目元を拭う。
「大丈夫だから。泣かないで待ってろよ」
頬を染め慌てて自分で目元を擦ると、メアリは改めてレンを見上げる。
「うん。いってらっしゃい」
僅かに口角を上げると、レンはメアリに背を向ける。
徐々に発光し始めた魔法陣の中央へ向かって行くその背中をメアリはずっと見つめていた。
群衆へ足を向けたレンを眺めるシャガールの隣にマーレが並ぶ。
「いよいよだね」
少し緊張を含む笑みをシャガールが見下ろす。
「そうだな。……怖いか?」
そう聞いたシャガールに、マーレは困ったように笑みを向けた。
「うん…すごく怖いよ」
正直に不安を口にする。戦いとは無縁の生活をしてきたのだ。まだまだ慣れないし怖いものは怖い。
「でも行くよ」
シャガールの正面に立つと真っ直ぐにサファイヤブルーを見つめる。
「絶対一人になんかしないから」
青い瞳が僅かに開かれ、直ぐに柔らかく崩れる。口元を緩め「ああ」とシャガールが頷いた。
「側に居ろ。絶対護るから」
「うん!」
薄っすらと頬を染めると、マーレは華が咲いたような笑顔を向けた。
ようやくだ。ようやくここまで来た。
魔術師達の詠唱が始まると、アルクは握り締めた自身の左手を見つめた。
その中には、えみに渡した青灰色の宝石がついたネックレスがある。
調査隊として活動していた間、彼女が肌身離さず身に付けていたものだ。
魔王に連れ去られてしまった後、落ちていたからとワサビから預かった。
落とした時に壊れただろう金具は既に直してある。
一刻も早く渡したい。
「えみさんはきっと大丈夫ですわ」
そう声を掛けて来たのはプラーミアだ。
出会った時の大胆な露出は鳴りを潜め、揃いのローブを纏っている。
その下の装備は独自のものなのか、王都では見られない民族衣装のようだ。
装いは控えめだが、彼女から滲み出る色気は全く衰えてはいない。
「ええ。そう信じています」
「大変なのは救出後ですよ」
声のした方を見ると、落ち着き払ったルーベルが立っている。眼鏡の奥の切れ長の目がいつもに増して鋭さを孕む。
「無事を確認しても腑抜けないように」
此方を見透かしたような物言いに、アルクは困ったように目尻を下げた。
「気を付けます……」
そんな二人を眺めながら、プラーミアがクスクスと喉を鳴らした。
足元に広がる魔法陣が一際強く発光していく。
大きな陣から発せられた白い光がパーティを、合同軍を包み込む。
目を開けていられない程の強い光が野外訓練場を覆いつくす。
その光が止んだ時、彼らの姿はどこにもなかった。
シムラクルムへ到着した隊は、噴水のある広場にて直ぐに作戦行動を開始した。
十五人の上位魔術師達が陣形を組み詠唱を開始する。
作戦はこうだ。
魔王が潜伏していると思われる瘴気の森の結界に対し、上位魔術師による聖魔法攻撃を仕掛ける。全員の最大火力で範囲を極力僅かに絞り、攻撃範囲を一点に集中する事で力の分散を防ぐ。
そこへシャガールの精霊四人による攻撃を加え一気に結界を破壊しようと言うのだ。
もちろん最大火力の集中攻撃だ。チャンスは一度、それも一瞬。
ぶつけ本番に否が応でも緊張が走る。
穴さえ開けばいい。結界内へ干渉出来ればソラとえみが繋がる。
あとはえみへ向かって魔法陣を起動すれば良いだけだ。
詠唱が中盤に差し掛かり、瘴気の森上空に巨大な魔法陣が展開した時異変が起こった。
微かな地響きと共に空に暗雲が立ち込め始めたのだ。
「これは!?」
「まずい! 気づかれた!」
地響きは徐々に大きくなり、森の方から黒い影が沸いてきた。
悍ましい雄叫びと地響き、土煙を上げて夥しい数の魔族が群れとなって此方へ向かってくる。
「迎撃態勢!! 奴らを街へ入れるな!!」
シャガールの号令に、街の教会に属する魔術師達による結界が構築された。
パーティと共にやって来た合同軍の本隊が、シムラクルムの門前へ展開する。
こうなる事は想定済みだった。
「やはり来たか」
あっという間に街へ及んだ魔族の群れと合同軍がぶつかる。
たちまち怒号や絶叫が響き渡り、辺りが喧騒に覆われる。
「転移魔法陣を起動します。乗ってください」
シャガールがリングに記憶されていた陣を起動する。
彼を起点に円形に展開された魔法陣へ、パーティメンバーが乗り込んだ。
と、同時に魔術師達の詠唱が終了した。
「魔力強化」
マーレの強化補助魔法が陣に乗る全員へ施される。
シャガールの足元から四色の光が立ち上ると、それらはたちまち大きく強く成長する。それに呼応するように現れた四人の精霊が自身の力を開放していく。あまりにも強大な魔力に大気が震え、街を覆う味方の結界を震わせた。
敵の結界を穿つべく完成した魔法陣が一際白く輝きを放つ。
「「「聖なる裁き!!」」」
ついに魔術師達による聖魔法攻撃が森を覆う結界へ炸裂した。
幾本もの白い稲妻がある一点めがけて落ちたのだ。
凄まじい魔力と威力で放たれたそれらが結界ごと大地を大きく揺らした。
刹那、四つの光が白い稲妻の間をかける。
「貫け!! 終焉の聖剣!!!」
四色の剣と化した精霊たちが、稲妻と共に結界を貫く。
轟音と共に一部に亀裂が入ると、バラバラと破片が崩れていく。
「ソラ!!」
シャガールの隣で期を待っていたホルケウが魔法陣を展開する。
シャガールが起動した陣の上に現れたそれがゆっくり回り出す。
――えみ!! 応えよ!! えみ!!!
――……ラ? ……っ!! ……ソラ!!
「応えた!!」
回っていたホルケウの魔法陣がシャガールの陣と重なった。
「行くぞ!!」
起動
眩い光が一瞬でパーティメンバーを包み込む。
総力戦の喧騒を残し、彼らの姿は光の中へと消えていった。
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