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最終章
21話——どういう意味ですか?
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「近くへ」
部屋に足を踏み入れその場から動けずにいると、少年は隣の席を指し示し、トントンと人差し指がテーブルを鳴らす。
躊躇う時間すら与えられずに、マフィアスが背中をグイグイ押してくる。
半ば強制的に近くへ追いやられ、席の前で立ち止まる。
「そう警戒するな。おかしな事をしなければ危害は加えぬ」
「…え…?」
「待っていればいずれ助けが来るだろう」
助けが来る? 此処に?
「どういう事ですか? 私を食べるんじゃ……」
ニヤリと歪に上がった口角をみとめ失言だったと後悔した。
「ほう? 喰われたいのか?」
「絶対イヤです!」
反射的に突っ込んでしまったが、少年は可笑しそうに喉を鳴らす。
その姿に驚いてしまった。
なんかイメージと全然違う。
もっとこう理不尽に恐ろしい存在なんだと思っていたのに……
「我はお前に興味がある」
「興味……ですか?」
魔王が? 人間に? 一応これでも巫女だから……?
「話がしたい。茶を淹れろ」
「……へ?」
「人間は客に茶を淹れるものだろう?」
「まぁ……はい」
よくご存じで。
この場合の客はむしろこっちだと思うけどね。
客が自分で茶を淹れるとか聞いたことないけどね。
「淹れろ。あぁ、『恩恵』は使え」
「!!」
「お前の能力は知っている。我にもその力は有効だからな。使え」
そんな……それじゃあ魔王が完全復活するは時間の問題なんじゃ……
「あの…やっぱり私を此処へ連れて来たのって……」
「当然利用するため」
ですよねー
「それとお前と言を交わしてみたかった。言っただろう。お前に興味がある」
「あの…もしお断りしたら……?」
少年の口元がニヤリと歪む。やけに恐ろしく見えるのはきっと気のせいではないと思う。
「その時は殺して喰らうだけだ」
ひいっっっっっ!!
女神の恩恵。
小さなリボンがついたピンク色のポーチのことだ。
一見すると女子が小物を入れて持ち歩くような一般的な見た目をしているが、その実此方の世界へ転生する際に女神さまから授かった私専用アイテムだ。
内に秘められた魔力を魔法として使用できない私が、このポーチを使う事によってその力を発揮できる。
ポーチから取り出した食材を使って料理をすると、其れを食べた人の内なる力を呼び覚ましたり、魔力を回復させる事が出来る、というところが主な効力だ。
ポーチから茶器や茶葉を取り出す。
「茶を淹れろ」とか、言ったくせに入れるための道具なんてありはしない。
淹れる為の道具も、ティーカップも、やかんも、水すらも。
もてなす気皆無じゃん。
勿論心の中で毒づきながら手を動かした。
その様子を直ぐ後ろでマフィアスに監視され、魔王にも見られてやりづらい事この上ない。
何度か手元が狂いそうになりながら紅茶を淹れると、作り置きしてあったクッキーと一緒に目の前へ出してやる。
「何だこれは?」
「おやつのクッキーです。食事と違ってお茶の時間に一緒に楽しむためのおまけのようなものです」
「ほお」と呟きながら一枚手に取ると、裏に表にと角度を変えながらまじまじと眺めている。
「いいのか? 復活が早まるぞ?」
「今更です。それに、私は仲間を信じてますので」
紅い瞳に見つめられて気圧されそうになるも、何とか耐え凌ぐ。
少年が再びククっと喉を鳴らした。
「可笑しな奴だな。仲間を殺すかもしれん敵に自ら力を使うとは」
「能力が知られているのに出し惜しみをして殺されたら元も子もないので」
どんな手を使っても今は生き残らねば意味が無いのだ。
少年は楽しそうに喉を鳴らすとカップを手に取った。
もうひとセット用意すると、彼の隣の席へ置いた。
後ろで怪訝そうな顔をしているマフィアスへ視線を向ける。
「貴方もどうぞ」
予想していなかったのか、彼の眉間に軽く皺が寄っている。
「オレが復活すれば亜空間も復活する。そうすれば二度と仲間には会えない。そうは考えなかったのか?」
そんな事は言われずとも百も承知だ。
でも何だろう。今は、彼が私を亜空間へ閉じ込めるような事は無いだろうと思った。
勿論根拠は何もないけれども。
「貴方が復活する前にみんなが来てくれると信じます」
「お前は阿呆だな」
ム!
「そんな事言うならあげません!」
今度はフンっと鼻を鳴らしやがりました。
「さっきまであんなに震えて動けもしなかったのが嘘のようだ」
ムム!!
さっきまでは本当に怖かったんだから仕方ないでしょう!
「さっきはさっきです!! それに言っときますけど、あんな風に女性を担ぐのは失礼です!! 今後は止めてください!」
極めつけは溜め息です。
何だその呆れた顔は。腹立つわー。
「二度とあってたまるか。それにお前らの常識をオレに押し付けるな」
睨み合い軽口をたたき合う様子が可笑しかったのか、少年が声を出して笑いだす。
それに驚き視線を戻すと、再び紅い眼差しと交わった。
「大した女だな。安心しろ。マフィアスの主核が今生で戻ることは無い」
「……へ?」
「今回の戦闘で亜空間が使われる事はもう無いと言ったのだ」
私の力は有効だと言ったのに、マフィアスは復活しない?
「どういう意味ですか?」
亜空間が使えないとなると、魔族側は不利になるのでは?
まるで勇者と魔王が必ず相対するような言い方だ。
……それに、今回の戦いでは?
「我と勇者が戦う事は最初から決まっている。我の敗北も、勇者が力を失う事も、世の理である」
「…………」
「だが、我は消滅する訳ではないのだ。力を失い眠りに就く。そして千年の時を経てまたこの世に復活するのだ」
「…………」
「もう何度繰り返したか分からぬ。くだらなすぎて吐き気がするだろう?」
「…………」
「だから奴らは必ず来る。生い先短い我の話に付き合うがいい」
「魔王……さん……」
「ルクスでいい」
「ルクス……いつからそれを……?」
「最初から知っていた」
淡々と表情を変えるでもなく言い放つ彼を、ただただ茫然と見つめた。
そんな事ってある?
生まれながら居なくなる事が決まってる?
勇者も……シャルくんも……?
そんな酷い事……ある……?
「言ったろう?くだらなすぎて吐き気がすると」
それをずっと繰り返してきたの?
今まで?
この先もそれを繰り返すの?
何度も?
ただ力を失う為だけに?
長い長い眠りに就く為に甦るの?
「……本当にどうしようも出来ないの……?」
「出来ぬ。抗った事もあったさ。お前のように異世界から召喚された巫女を殺した事もあった」
「!!」
「何も変わらなかったがな。魔王と勇者は戦い、互いに朽ちる。世界が均衡を取り戻し、再び繰り返す為にまた歯車が回る。それだけだ」
「……そんなの……そんな事って……」
私たちが普通だと思って過ごしてきた日常が、ルクスやシャルナンドの犠牲によって作られたものだった。
今度はシャルくんを犠牲にするの?
最後まで見届けるって言ったけど、そんな最後なんて……
「だが、いささかそれにも厭きた」
「……え?」
「いい加減、このくだらん理をぶち壊してやろうと思ってな」
「そんな事が出来るんですか?」
「召喚された巫女がお前だったおかげでな」
不穏な物言いにドクンと心臓が嫌な音を立てた。
胸に手を当てぎゅっと握る。その手が汗ばんでいる。
「……どういう意味ですか……?」
「お前は今までの巫女とは違う。自分の身もろくに守れない弱者だが、その力が周りに及ぼす影響は絶大で特殊だ」
ルクスの顔がニヤリと歪む。
貼り付けられた笑顔が作り物のように見えて、背筋に悪寒が走った。
「お前の力を使えば今度こそ忌々しい勇者を滅し、このくだらん輪廻を断ち切る事が出来るとは思わないか?」
「!?」
ガタっと椅子を鳴らしてルクスが席を立つ。
魔力を含むプレッシャーを向けられ、体が竦んでしまって動けない。
「えみと言ったな」
およそ少年とは思えない威圧を向けながら、ルクスが目の前に立つ。
彼の右手が此方へ伸びてくる。
どうしよう……殺される……
体が震えて……動けない……
今度こそ喰われ…――
顎を掴まれ目線が合った。眼前には美しいご尊顔が迫っている。
「えみ。我の女になるが良い」
………………はい?
部屋に足を踏み入れその場から動けずにいると、少年は隣の席を指し示し、トントンと人差し指がテーブルを鳴らす。
躊躇う時間すら与えられずに、マフィアスが背中をグイグイ押してくる。
半ば強制的に近くへ追いやられ、席の前で立ち止まる。
「そう警戒するな。おかしな事をしなければ危害は加えぬ」
「…え…?」
「待っていればいずれ助けが来るだろう」
助けが来る? 此処に?
「どういう事ですか? 私を食べるんじゃ……」
ニヤリと歪に上がった口角をみとめ失言だったと後悔した。
「ほう? 喰われたいのか?」
「絶対イヤです!」
反射的に突っ込んでしまったが、少年は可笑しそうに喉を鳴らす。
その姿に驚いてしまった。
なんかイメージと全然違う。
もっとこう理不尽に恐ろしい存在なんだと思っていたのに……
「我はお前に興味がある」
「興味……ですか?」
魔王が? 人間に? 一応これでも巫女だから……?
「話がしたい。茶を淹れろ」
「……へ?」
「人間は客に茶を淹れるものだろう?」
「まぁ……はい」
よくご存じで。
この場合の客はむしろこっちだと思うけどね。
客が自分で茶を淹れるとか聞いたことないけどね。
「淹れろ。あぁ、『恩恵』は使え」
「!!」
「お前の能力は知っている。我にもその力は有効だからな。使え」
そんな……それじゃあ魔王が完全復活するは時間の問題なんじゃ……
「あの…やっぱり私を此処へ連れて来たのって……」
「当然利用するため」
ですよねー
「それとお前と言を交わしてみたかった。言っただろう。お前に興味がある」
「あの…もしお断りしたら……?」
少年の口元がニヤリと歪む。やけに恐ろしく見えるのはきっと気のせいではないと思う。
「その時は殺して喰らうだけだ」
ひいっっっっっ!!
女神の恩恵。
小さなリボンがついたピンク色のポーチのことだ。
一見すると女子が小物を入れて持ち歩くような一般的な見た目をしているが、その実此方の世界へ転生する際に女神さまから授かった私専用アイテムだ。
内に秘められた魔力を魔法として使用できない私が、このポーチを使う事によってその力を発揮できる。
ポーチから取り出した食材を使って料理をすると、其れを食べた人の内なる力を呼び覚ましたり、魔力を回復させる事が出来る、というところが主な効力だ。
ポーチから茶器や茶葉を取り出す。
「茶を淹れろ」とか、言ったくせに入れるための道具なんてありはしない。
淹れる為の道具も、ティーカップも、やかんも、水すらも。
もてなす気皆無じゃん。
勿論心の中で毒づきながら手を動かした。
その様子を直ぐ後ろでマフィアスに監視され、魔王にも見られてやりづらい事この上ない。
何度か手元が狂いそうになりながら紅茶を淹れると、作り置きしてあったクッキーと一緒に目の前へ出してやる。
「何だこれは?」
「おやつのクッキーです。食事と違ってお茶の時間に一緒に楽しむためのおまけのようなものです」
「ほお」と呟きながら一枚手に取ると、裏に表にと角度を変えながらまじまじと眺めている。
「いいのか? 復活が早まるぞ?」
「今更です。それに、私は仲間を信じてますので」
紅い瞳に見つめられて気圧されそうになるも、何とか耐え凌ぐ。
少年が再びククっと喉を鳴らした。
「可笑しな奴だな。仲間を殺すかもしれん敵に自ら力を使うとは」
「能力が知られているのに出し惜しみをして殺されたら元も子もないので」
どんな手を使っても今は生き残らねば意味が無いのだ。
少年は楽しそうに喉を鳴らすとカップを手に取った。
もうひとセット用意すると、彼の隣の席へ置いた。
後ろで怪訝そうな顔をしているマフィアスへ視線を向ける。
「貴方もどうぞ」
予想していなかったのか、彼の眉間に軽く皺が寄っている。
「オレが復活すれば亜空間も復活する。そうすれば二度と仲間には会えない。そうは考えなかったのか?」
そんな事は言われずとも百も承知だ。
でも何だろう。今は、彼が私を亜空間へ閉じ込めるような事は無いだろうと思った。
勿論根拠は何もないけれども。
「貴方が復活する前にみんなが来てくれると信じます」
「お前は阿呆だな」
ム!
「そんな事言うならあげません!」
今度はフンっと鼻を鳴らしやがりました。
「さっきまであんなに震えて動けもしなかったのが嘘のようだ」
ムム!!
さっきまでは本当に怖かったんだから仕方ないでしょう!
「さっきはさっきです!! それに言っときますけど、あんな風に女性を担ぐのは失礼です!! 今後は止めてください!」
極めつけは溜め息です。
何だその呆れた顔は。腹立つわー。
「二度とあってたまるか。それにお前らの常識をオレに押し付けるな」
睨み合い軽口をたたき合う様子が可笑しかったのか、少年が声を出して笑いだす。
それに驚き視線を戻すと、再び紅い眼差しと交わった。
「大した女だな。安心しろ。マフィアスの主核が今生で戻ることは無い」
「……へ?」
「今回の戦闘で亜空間が使われる事はもう無いと言ったのだ」
私の力は有効だと言ったのに、マフィアスは復活しない?
「どういう意味ですか?」
亜空間が使えないとなると、魔族側は不利になるのでは?
まるで勇者と魔王が必ず相対するような言い方だ。
……それに、今回の戦いでは?
「我と勇者が戦う事は最初から決まっている。我の敗北も、勇者が力を失う事も、世の理である」
「…………」
「だが、我は消滅する訳ではないのだ。力を失い眠りに就く。そして千年の時を経てまたこの世に復活するのだ」
「…………」
「もう何度繰り返したか分からぬ。くだらなすぎて吐き気がするだろう?」
「…………」
「だから奴らは必ず来る。生い先短い我の話に付き合うがいい」
「魔王……さん……」
「ルクスでいい」
「ルクス……いつからそれを……?」
「最初から知っていた」
淡々と表情を変えるでもなく言い放つ彼を、ただただ茫然と見つめた。
そんな事ってある?
生まれながら居なくなる事が決まってる?
勇者も……シャルくんも……?
そんな酷い事……ある……?
「言ったろう?くだらなすぎて吐き気がすると」
それをずっと繰り返してきたの?
今まで?
この先もそれを繰り返すの?
何度も?
ただ力を失う為だけに?
長い長い眠りに就く為に甦るの?
「……本当にどうしようも出来ないの……?」
「出来ぬ。抗った事もあったさ。お前のように異世界から召喚された巫女を殺した事もあった」
「!!」
「何も変わらなかったがな。魔王と勇者は戦い、互いに朽ちる。世界が均衡を取り戻し、再び繰り返す為にまた歯車が回る。それだけだ」
「……そんなの……そんな事って……」
私たちが普通だと思って過ごしてきた日常が、ルクスやシャルナンドの犠牲によって作られたものだった。
今度はシャルくんを犠牲にするの?
最後まで見届けるって言ったけど、そんな最後なんて……
「だが、いささかそれにも厭きた」
「……え?」
「いい加減、このくだらん理をぶち壊してやろうと思ってな」
「そんな事が出来るんですか?」
「召喚された巫女がお前だったおかげでな」
不穏な物言いにドクンと心臓が嫌な音を立てた。
胸に手を当てぎゅっと握る。その手が汗ばんでいる。
「……どういう意味ですか……?」
「お前は今までの巫女とは違う。自分の身もろくに守れない弱者だが、その力が周りに及ぼす影響は絶大で特殊だ」
ルクスの顔がニヤリと歪む。
貼り付けられた笑顔が作り物のように見えて、背筋に悪寒が走った。
「お前の力を使えば今度こそ忌々しい勇者を滅し、このくだらん輪廻を断ち切る事が出来るとは思わないか?」
「!?」
ガタっと椅子を鳴らしてルクスが席を立つ。
魔力を含むプレッシャーを向けられ、体が竦んでしまって動けない。
「えみと言ったな」
およそ少年とは思えない威圧を向けながら、ルクスが目の前に立つ。
彼の右手が此方へ伸びてくる。
どうしよう……殺される……
体が震えて……動けない……
今度こそ喰われ…――
顎を掴まれ目線が合った。眼前には美しいご尊顔が迫っている。
「えみ。我の女になるが良い」
………………はい?
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