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第1章
第一章完結記念番外編①——始まりの予感
しおりを挟むそれは突然現れた。
アルクの長期休暇に合わせて共にアルカン領へと帰っていたレンは、日課の訓練でいつものようにテスプリ湖に続く整備された道を走っていた。
穏やかな林道は木の葉が程よく日光を遮ってくれる為、非常に涼しく走りやすい。王都までとはいかないが道もきちんと整備され、領主邸へと向かう馬車や人が往来に苦を感じる事はなさそうだ。
テスプリ湖というのは、ここ、アルカン領の誇る膨大な水源を有する湖だ。古くから風の精霊達の棲家と信じられ、それらを裏付けるかのようにこの領地では作物がよく育つ。その恩恵を賜り、この領地を管理する領主一族が代々守り継いで来た、アルカン領の象徴とも言える場所だ。
いつもはその湖まで行き引き返すというルートを走っているが、今日はこれから予定も無い為もう少し距離を走ろうかと考えていた。
そんな時だった。
直ぐ近くで異常な魔力が突如発現し、直ぐに収束していくのを感じ取ったのだ。
瞬時に魔族が現れたかと身構えたが、程なくして収まった事からもそれは無いと可能性を除外する。何にせよ領地内の異変は、現在領主代行として屋敷を回しているアルクに報告しなければならない。そう考え、異常魔力を感知した方へと足を向けた。
「確かこの辺り……!!」
発生源と思われる湖のほとりに辿りつくと、そこで倒れている人影を発見した。
急いで駆け寄るも、髪が黒い事に気が付き立ち止まってしまう。
一般的に黒は魔族の色だ。とりわけ『魔人』に分類されるそれらには、より顕著に黒が現れる。髪だったり、体の一部だったり。
ただ目だけは共通して紅い。真っ赤な血を思わせるような、一度で畏怖の念を抱いてしまう程の鮮烈な紅。
なのだが、向こう側を向いて倒れているその人は全く動かず、瞳の色も分からない。
ゆっくり近付いてみるが、倒れている人から感じる魔力は禍々しい魔族のそれとは異なっていた。
それよりももっと……——
警戒しながら側まで寄ると、その人物が女性だという事が分かった。見慣れない服装のようだが、膝や腿の辺りに破れやほつれが見え、肩口もまるで切り取ったかのように開いている。着衣に汚れなどは無く、付近に争った形跡は無さそうだが、これは由々しき事態かもしれないと、直ぐに抱き起こすように体を揺すった。
「おい! おいあんた!! 大丈夫か!?」
レンの声に反応するかのようにうっすらと瞼が開く。そこから覗いた瞳はある種の鉱石の如く黒く輝き、一瞬でレンの意識を攫っていく。
直ぐに閉じられ意識を失ってしまったが、レンは彼女をじっと見つめたまま固まってしまった。まるで遠い記憶を辿るかのように、ずっと奥深くで眠っていた何かが呼び覚まされたかのように、今初めて見た筈の彼女に酷く既視感を覚えてしまい、体も思考も上手く働かなかったのだ。
「……何だ……今の……」
再び思案に沈みそうになったところで意識を引き戻す。
とにかくここにこのまま置いていく訳にはいかない。アルクにも仔細を報告しなければならないし、送り届けようにもこの近くには村も民家も無いのだ。判断は上司である彼に任せる事にして、レンは少女を抱えると屋敷に向かって帰り道を急いだ。
この少女は知らない。
自分が密かに憧れていた人生初の『お姫様抱っこ』が、知らないうちに実行され知らないうちに終了していた事を。
そしてレンも知らない。
後からその事実を知った彼女が、色んな意味で衝撃を受け膝から崩れ落ちる程絶望した事を……。
少女を屋敷に連れ帰ってから三日。
一度目を覚まし、寝相が悪いせいでベッドから転げ落ちたのを救出してから、ずっと眠ったままの少女の傍らにレンは居た。
固く目を閉じたままの少女を見つめ、あれからずっと思案するも、あの時感じた既視感の理由はやはり分からないままだった。人では酷く珍しい黒髪をもつ少女。そんな人を果たして忘れるだろうかと考え、そんな筈はないと首を振る。
気のせいだろうと結論付け、考えても分からない事を考えるのはやめようと思った時、部屋の扉が開きアルクが入って来た。
様子を見に来た彼に、自分が腰掛けていた椅子を譲る。
「意識は戻ってない……か」
「はい」
ここ、フェリシモール王国が保有する王国騎士団の第三師団を率いる師団長で、史上最年少で団長に上り詰めた上司だ。
戦争孤児だった自分を引き取ってくれた恩人でもあり、尊敬する団長の一人だった。
アルクが率いる第三師団に所属するレンは、現在騎士見習いとして日々研鑽を積んでいる。
現在は両親不在時の領主代行として帰省しているアルクと共に、彼の実家であるアルカン領の屋敷に滞在中だ。
「不安定だった魔力が大分落ち着いて来たようだな」
ベッドに横たわったままの少女を見ながら、アルクがポツリと呟いた。少女が目覚めない理由として医師から告げられていたのが、魔力測定時の不安定さがあったのだ。体に異常や外傷が見られず、熱もなかった事から魔力を測定したところ、この症状が判明したのだ。
この魔力不安定症は、幼少期に起こる事が多い。自分の持つ魔力を抑制出来ずに引き起こしてしまう、いわば初風邪のようなものだ。
それを起こしており、黒髪で黒目。何より彼女自身から感じる魔力は自分達のそれとは異質である。
彼女を保護した時の状況からも、アルクは既に一つの可能性を見出していた。
「早く目を覚ましてくれると良いんだが……」
少女を案じながら、アルクは瞼に落ちかかった前髪をそっと横に流してやる。
「レン」
「はい」
「私には予感がするんだ」
この少女を抱いたレンを見た時、アルクは漠然とだが確かに感じた事がある。
何かが始まるのだと。
自分達の周りには居ない不思議な魔力を有したこの少女は、きっと何かの啓示なのだと。
「何が起こるのかは分からないが、不安と同時に何故か高揚している自分もいるんだ」
アルクが感じた漠然とした何か。それは確かにレンも感じたものだった。
それはきっと遠くない未来。
それが世界をも巻き込んだ壮大な物語の序章なのだという事は、今はまだ知る由もなかったのだ。
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