マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

橘川芙蓉

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50.ジャハーンダールの獲物

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 祈りの時間を知らせる声が遠くで聞こえる。
 ファルリンは、ジャハーンダールの腕に収まりながらどこか冷静な自分が、祈りを知らせる声を聞いていた。
 何か言葉を言おうとして、ファルリンは思うように言葉が出てこない。

「ファルリン?」

 さすがになんの反応も無いファルリンに、心配になったのかジャハーンダールがファルリンの顔を覗いた。 口をぱくぱくさせて頬をバラ色に染めたファルリンが、潤んだ瞳でジャハーンダールを見上げていた。

(ジャハーンダール様が、私のことを……す、好き……と?)

 ファルリンは体中の血液が熱く駆け抜けるのを感じた。口が勝手に弧を描いて笑顔になる。

「私も、ジャハーンダール様のことお慕いしています」

 ファルリンが自分の想いを告げるやいなや、ジャハーンダールは前屈みになりそっとファルリンの唇に触れた。
 すぐにジャハーンダールの唇は離れたが、ファルリンが目を開けたまま固まっているので、もう一度唇を触れさせる。何度も繰り返してようやく、ファルリンは驚きの声を上げようとしたが、それもジャハーンダールの唇に飲み込まれた。
 ようやくジャハーンダールは、ファルリンの唇を解放したが、離す前にファルリンの下唇を軽く食んだ。

「や……食まないでください」

「そう言われると、余計にしたくなる」

 ジャハーンダールは、ファルリンの耳たぶに唇を這わせながら囁いた。ファルリンの全身にぞわぞわとしたくすぐったい感覚が走る。
 ジャハーンダールは、ファルリンの初心な反応が楽しくて暫くちょっかいを出した後、二人で王宮に戻っていった。




 ジャハーンダールと想いが通じたからと言って、急に生活が変わるわけでは無い。近衛騎士としての任務はいつも通りあって、いつものように四阿でジャハーンダールと会う。いつもと違うのは、四阿での距離だ。昨日までは向かい合って座っていたが、隣に座りついにはジャハーンダールのお膝の上にファルリンが乗っている。
 ファルリンは抱き上げられて、膝の上に座らされそうになったときに抵抗したのだが、あやされるように抵抗を封じられ、膝の上に座ることになった。

「ファルリンは良い香りがする」

 ジャハーンダールは、ファルリンの首筋に鼻筋を当てすんすんとファルリンの香りを嗅いでいる。ファルリンは訓練が終わった後ハマムに行ったが、こんな風にジャハーンダールに体臭を嗅がれるのは恥ずかしい。ジャハーンダールの顔から逃れようと色々とするのだが、ジャハーンダールの方が上手で、ファルリンは手を押さえ込まれてしまった。

「ひゃっ」

 ファルリンは、体をびくつかせてジャハーンダールを睨んだ。首筋を舐められたのだ。恥ずかしい上にくすぐったくて、ファルリンは顔を真っ赤にしていた。少しやり過ぎたかな、と思ったジャハーンダールはファルリンを引き寄せてぎゅっと抱きしめる。そっとファルリンの背中を撫でてやると、緊張していた彼女の体から力が抜けてジャハーンダールに寄りかかった。

「首筋を舐めないでください」

「首筋以外なら良いのか?たとえば……」

 ジャハーンダールは、ファルリンの体を少し離し耳元に手を添える。きょとんとした表情のファルリンの唇をぺろっと猫のように舐めあげた。

「唇とか」

 ファルリンは言葉にならない悲鳴を上げて、唇を両手で押さえ、涙目でぷるぷる震えている。どうやら刺激が強かったみたいだ。

「小動物みたいで可愛いな」

 ジャハーンダールはお構いなしに、ファルリンの唇を奪って得物を狙っている肉食獣のように自分の唇を舐めあげた。
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