マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

橘川芙蓉

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51.祝勝会

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 平穏な日々が続き、祝勝会当日となった。ファルリンは祝勝会に近衛騎士として参加する。宴席では着飾らなければならないが、近衛騎士としての参加なので制服で参加できる。
 あまり宴席で着用しても良い服装について詳しくないファルリンにとって嬉しい事でもあった。

 夜、王宮には続々と人が集まってきた。小さな祝勝会とはいえ、近衛騎士団に第一騎士団、第二騎士団が参加する。貴族の令嬢にとって騎士団員は憧れの存在でもあり、婿取りの相手でもあるので年頃の娘達が何人も参加していた。いずれも、騎士団に関係する家柄の令嬢だった。
 華やかな女性達とは対照的に、ファルリンは近衛騎士の|貫頭衣《》に身を包んでいる。華麗さよりも怜悧さが際立っていた。

 令嬢達の中に、マハスティもいた。いつものように取り巻きを連れて参加している。あの日以来、王宮には来ていないようだった。

 そこへ、ジャハーンダールが入場してきた。王様らしく、金をふんだんに使った衣装を着ている。派手で豪奢だが不思議とジャハーンダールに似合っている。
ヘダーヤトが側についていて、いつもの魔術師のローブではなく、貴族の男性らしいシックな服装をしていた。

 乾杯の合図で宴が始まった。まずは、それぞれ国王のジャハーンダールへ挨拶をする。第一騎士団、第二騎士団に続き近衛騎士団と挨拶の順番が回ってくる。ファルリンがジャハーンダールと面して挨拶をしようとしたとき、横やりが入った。

「失礼ながら、この者よりもマハスティ様の方が、身分の序列上は上にございます。下がりなさい」

 後半は、ファルリンに向けられた言葉で実際に、ファルリンの前に立った男に後ろへと、ファルリンは押される。
 男はファルリンをどけた後、得意げに笑っているマハスティがやってくるのを待っている。マハスティも後ろに下がって狼狽えているファルリンを鼻で笑ってジャハーンダールと対峙した。

「ジャハーンダール……」

 マハスティが親しげに呼びかけようとしたとき、ジャハーンダールは手をあげてマハスティの発言を制した。慌ててマハスティは口をつぐみ頭を下げる。

「なぜ、お前が出てくる」

「出自を考えれば自ずとわかりましょう。私は偉大なるヤシャール王国建国当初からの忠臣の子孫。この女は汚らしい砂漠に住む者バティーヤでございますれば」

「ファルリンは近衛騎士として充分すぎるほどの働きをした。砂漠に住む者バティーヤは汚らしい民族では無い」

「お言葉ではございますが、陛下は珍しい女の味を見たいだけかと」

 ゲスの勘ぐりのような発言をしたのは、さきほどファルリンを後ろへ追いやった男で、貴族の嫡子である。マハスティの家とは利害関係が一致しているので、ジャハーンダールの正妃には、マハスティが相応しいと押している男でもあった。

「ほう、アシュカーンは味見をしたのか?」

 ジャハーンダールが、意地悪そうに笑ってファルリンを蔑ろにした貴族の嫡子に問いかけた。
 ジャハーンダールが食いついてきた、と勘違いした男は、いかに女として具合が悪かったかということを熱弁した。

「貴族の妻になれると女は自惚れていたようですが、そんなことは絶対にありえないわけです。僕は高らかに笑っていってやりましたよ。砂漠に住む者バティーヤを本気で娶るとでも思ったのか、と」

 いい気味でした、と話を閉じたが会場中の女性はどんびきしていた。いくら普段差別をして見下している人種とは言え、同じ女としてそのような扱いをする男の妻になりたいとは到底思えなかった。

「お前の人間性は、別に問うとして……戦で功績を挙げたことと、ファルリンの性別が女であることは別の話だ。俺は功績を挙げた者に恩賞は惜しまない。ケチな国王だと言われたくないからな」

 ジャハーンダールはファルリンに前に来るように言った。
 マハスティがさらに何かを言おうとするのを、ジャハーンダールが認めなかった。

 ファルリンは礼儀通りにジャハーンダールと挨拶をし、ジャハーンダールの前から去った。
 その後ろ姿をマハスティが、悔しそうに見つめていた。



 人々が振る舞われたお酒で、ほろよい状態になってきたころ、マハスティは取り巻きを連れてファルリンの所へやってきた。
 まるで打ち合わせでもしていたのか、取り巻き達がファルリンを取り囲みちょっとした壁となる。マハスティは、ファルリンを睨み付けると手にしていたお酒の入った杯を自分に向かってたっぷりとこぼした。

「きゃー!何をなさるの野蛮人!!」

 マハスティの叫び声を合図に取り巻き達が、ファルリンを一方的に責め立てる言葉を早口に言いつのる。ファルリンは、あまりの茶番に呆れていると、先ほど本性を暴かれたアシュターンがやってきて、同じように大きな声でファルリンを怒鳴りつけた。
 騒ぎを聞いた周囲の貴族達も眉をひそめ、ひそひそと噂を始める。

「何事か」

 ジャハーンダールが騒ぎの元凶を鎮めようと、ヘダーヤトを伴ってやってきた。騒ぎの中心にファルリンとマハスティが居るのを見て、ジャハーンダールは頭が痛そうに額を抑えた。

「陛下!この野蛮人、私と陛下の仲に嫉妬して会うなりお酒をかけられましたの!酷いでしょう」

 半泣きになりながら、マハスティがジャハーンダールにすがりつこうとする。ジャハーンダールは、マハスティの肩を掴むことでそれを押しとどめ、マハスティの上から下までじっくりと眺める。
 マハスティは、熱心にジャハーンダールから視線を注がれ、ほんのり頬を赤くして期待しながら目を閉じた。
 ジャハーンダールは、そのままマハスティの肩を押さえたままマハスティの体の向きを変え隣に居たヘダーヤトに見せる。

「ああ……これは、またまた……」

 ヘダーヤトは、マハスティの服に染み付いたお酒の跡をみて笑いを堪えていた。

「何が可笑しいのですの!ヘボ魔術師」

「いや、だってねぇ。ファルリンが犯人じゃ無いって一目瞭然だよ」

「何をおっしゃっているの!貴方、あの女をひいきしているからそんなことをおっしゃるのだわ」

 マハスティは、我が儘し放題のお嬢様ではあるが貴族の間では絶大な影響力を持つ。マハスティの一言で、ファルリンが嫉妬からお酒をかけた馬鹿な女と信じ、誰だかわからない程度の小さい声で、「醜い女」「汚い女」「マハスティ様がお可愛そう」「横取り女」「二人の仲を裂く悪女」などと言いたい放題である。
 しかも、アシュターンはそれを煽るようなことも言っていた。

「何が起きたかは公平に聞くべきだからな」

 ジャハーンダールもこれが茶番であると見抜いているが、マハスティを黙らせるためには命じるよりも、自分でしたことが失敗であったことを思い知らせるしか無いのである。

「ファルリン、何があったか説明してくれ」
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