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四 偽モノの、婚約者ができました。

side遙音1

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「あれ?」
 

旧校舎の廊下を歩いていると、窓の外に小走りで出て行く女生徒の姿が見えた。


今まで旧校舎に生徒の影を見たことはない。


あれは……と、俺は記憶をめくる。一年生の女子だ。名前はよく知っている。華取咲桜だ。あの子の――


「……え?」


華取。その名は、俺には聞き馴染んだものだった。


むしろ今まで気にしないでいたことに不審を覚える。


「神宮―、今、華取本部長の娘が出てったんだけど、知り合い?」


資料室の扉を開けると、中にいた神宮の肩が跳ねたように見えた。……あ?


「またお前か」


うんざりしたような顔も、もう見慣れた。俺が小学生の頃からの付き合いだからかねー。


……神宮たちは、俺がそっちに関わるのを快く思っていない。


それも知っていて、俺はここにいるけどな。


一つだけ置かれた机に据えられた回転椅子に腰かけていて、タブレット端末で何かを読んでいるようだ。


どーせ外国(そと)のニュースか論文かだろ。


「で、知り合い?」


話の腰を折られたからといって、自分の問いを有耶無耶には出来ない。


机に腰かけて神宮を見ると、神宮は疲れたように息を吐いた。


「一年の華取なら、提出物が遅れたからここまで来ただけだ」


「なんでわざわざこっちに? 教師室、新館にあんじゃん」


「俺がこっちにいたからじゃないか?」


すげなく返されて、まあそうか、と納得しかけた。


華取在義県警本部長の娘が藤城にいるとは知っていたけど、神宮からその存在を聞いたわけではなかった。


神宮の幼馴染の一人で、探偵をやっている雲居降渡の情報だったのだ。


華取さんと二宮さんを師事する幼馴染三人衆だから、神宮とその娘が顔見知りでもおかしことはない。


――そう、それでこそ正当と言える。


警察に関わっていることを隠しているため学校では目立たないようにしている神宮だけど、ここは学校でも、一人で過ごしている旧館では素との境が曖昧になるところがある。


さっきの言い方はおかしい。


少なくとも、俺には素で接しているのに、あんな興味のない言い方はしない。


華取さんの関係者に興味がないはずがないからだ。

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