桜の鬼【完】

桜月真澄

文字の大きさ
上 下
44 / 127
参 結婚前提の関係

しおりを挟む

「本当にお一人で来られていたのですね」

人の少ない電車に揺られ、隣に座る惣一郎に言う。今、三両編成の電車のこの車両には、おじいさんが一人しかいない。かなり田舎の方に連れて来られていたようだ。惣一郎に地名を聞いて、湖雪は目を丸くした。そんな遠くに……。

「うん。本当に時々しか来ないけどな。その時々で湖雪さんに逢えたのは偶然の幸運だった」

惣一郎は柔らかく答える。

電車には、惣一郎に導かれて乗り込んだ。

駅までの道すがら話を聞いたが、惣一郎は時々学校に行かずにふらりと出掛ける―――サボタージュしては電車で出歩くらしい。そして今日、偶然海に来ていた惣一郎は、偶然海に連れてこられた湖雪と再会した。

「朝別れたばかりだというのに、気が合うな」

「……だと、嬉しいですね」

湖雪は微かに照れながら目を惣一郎から逸らした。……この人は気障(きざ)な台詞が多い気がする。身体がこそばゆくなって頬が熱くなる。

それでも……そのときの笑顔が、とっても嬉しい。

昨日からがらりと変わった惣一郎の表情。昨日は機械的にしか湖雪を見ていなかった。だから湖雪も、この人も、私を夏桜院の跡取りとして婚約させられてしまったから結婚するのだと思っていた。まさかこんな……恋人みたいに隣にいられるなんて思わなかった。

「櫻、って名前の鬼か」

惣一郎の瞳が向かいの窓の外に向く。

その名が、惣一朗にとって愛おしくすらあるように。

「私も、不思議と受け容れてしまっているので、鬼と言われてもピンとはきませんが」

……それは、自分が《ゆき》だからなのか。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,009pt お気に入り:7,819

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,464pt お気に入り:4,130

ひとひら

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

雑多掌編集v2 ~沼米 さくらの徒然なる倉庫~

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:568pt お気に入り:6

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:16,835pt お気に入り:3,349

運命を繋ぐ騎士団の戦い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

私が王女です

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:31,300pt お気に入り:322

処理中です...