Black cat ~白と黒~

宇宙

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落とされた種子

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「~っ!先生、これは一体いつまで続くんですか!?」
俺はもう、限界だった。
何度繰り返しても痛みがなくなることのないそれ。

正直、リハビリっつうもんがここまで辛いものだと思わなかった。

今まで骨折なんてしたことない俺が、まさか骨折するなんて。
誰がこんなこと予測できただろうか。


「まぁまぁ。篠原君、あと少しの辛抱だよ。君は回復力が凄い方なんだから、焦らずに。」
丸々と太った医師はそう告げる。
が、焦らずになんて居られるものかッ!

俺が骨折した理由は、喧嘩。
そう、族同士の抗争でおこした怪我であった。
骨折なんてしちまったけれど、一応これでも幹部。
常に上に立っていなくちゃいけないのに、こんなのってあるかよ。

「篠原さーん、そろそろ昼食の時間ですから、部屋に戻ってください。」
そこで頭が冷める。あれ、もう昼なのか。
看護師が歩いて行った方向へ自身も行こうと立ち上がる。

「…っくそ!…いってぇ!」
と、小さく愚痴を零した。


そんな時…コツ。
軽快な足音に続いてできた小さな影。

『あれ、見ない顔だ!』
気持ち悪い猫撫で声じゃない、何処か柔らかさを含んだ心地の良い声が俺の鼓膜を揺らした。
驚いて顔を上げる。

『ふふ、君は骨折でもしたのかな?痛そうだねー』

心配しているかのように目尻を下げて笑う君は、とても綺麗だった。

「ぁ、えっと…君もリハビリ?」

『え?あぁ…リハビリじゃないよ。見た目通り、元気ですから。』

リハビリ室に来ていてリハビリする訳じゃないとは、一体どういうことだ。
天然なのかと疑いそうになる。
目の前の彼女は、白い歯を見せながら目尻をくしゃくしゃにさせて笑っている。

嗚呼、この人の笑顔を見るの、気持ちがいいな。
本当に、心から笑ってるって感じ。

『見た目通り、元気ですから。』さっきの言葉が浮かんだ俺は、彼女を見る。
身長は、俺が175あるからだろうけど、すごく小さく見える。
150あるのだろうか。

それに加えて、とても華奢だ。彼女は何処かの学校の制服を着ているが、そこから浮かび上がるラインは驚くほど細い。
寒がりなのだろう、タイツを履いていて、ブレザーの下にパーカーを着てフードを被っている。どれほど寒がりなのかが伺える格好だ。

袖から少しだけ覗く手は、驚くほど白い。
というか、全体的に白い。ちっちゃい。って感じ。

それだけ白かったら黒髪が似合うだろうに、茶髪だ。何故だか勿体無い気持ちになった。
瞳も栗色。その大きい瞳を縁取る睫毛は何故か白くて、長い。

白い睫毛なんて、初めて見た。
けれどそれが見えたのはいっしゅんだけ。
すぐ下を向くから、長い前髪に覆われる。

『あの、大丈夫ですか?』

「え、あ!ごめんね。だいじょうぶです。」
動かない俺を心配したのだろう。背中に添えられた手を優しく戻す。
近づいた時に香った優しい香りにも反応した俺は馬鹿だ。

『途中で転ばれたりしたら大変ですから。病室まで送りますよ。』
ほんとは遠慮するところなんだろうけど、一緒に居たいという気持ちに負けた。

「それじゃあ、お願いします。」
そう言って俺は松葉杖を手に取った。




______よく通う病院の廊下をいつも通り歩いている時の事だった。

顔見知りのまるちゃん先生が、リハビリ室から出てきた。
まるちゃん先生は、全体的に丸く肥えているからそう呼んでいる。


『せーんせっ!こんにちは。』
走って駆けつける。

「あれ、真白ちゃん!?だめだよ、走っちゃ。」

『へへ。すみませーん。』
病院内は走っちゃいけないよね。

そこではた、と、先生が何処か嬉しそうな表情をしているのに気づく。
『何か嬉しいことでもありました?』

「流石真白ちゃん。いやー、今担当している篠原君っていう子が居るんだけどね。
未だかつてないくらいリハビリ熱心な子なんだよ。」
リハビリに熱心?珍しい。

『へえ?それで、その人がお気に入り、と。』

「まぁ、そんな所さ。もし良ければ話しかけてやってね。おっと!それじゃ、また今度ね」
そう言ってまるちゃん先生は時計を見て慌てて走って行った。
先生だって走ってる癖に。
そんな悪事をつきながらリハビリ室に入り、例の彼に近づく。

ネームに篠原って書かれているし、この人だろう。
そう思って軽く声をかけただけだった。
なのに、彼が顔をあげた瞬間、息を飲んだ。

わお。これがイケメンってやつですか。
奥二重の切れ長の瞳は、とても綺麗で吸い込まれそうになった。
てか身長が高い高い。見上げるほど高いから首が疲れるね。

それにしても、足が痛そうだ。怪我されたら困るし、病室まで送ってあげよう。
廊下を二人肩を並べて歩く。

すると、仲がいいおばちゃんとおじちゃんの山田さんとか、猪越さんとか、浅井さんに会って、

「真白ちゃーん。何々、彼氏?」
「あんまり歩いて倒れたりしたらだめだよー」
「最近暑くなってきたからねー。焼けないようにするんだよー!」

みんな優しすぎるよ…仲良くするのって大切だよね。

『彼氏じゃないでーす!私にできるわけないよ!
歩くだけで倒れるほど今の若者は柔くありませーん!
日焼け対策はバッチリでーす!』
と大声でピースしながら答えた。


「ここだから。ありがとね。」

「え?あ、結構近かった」
てっきり、エレベーターで階を移動するかと思っていたのに。
彼は微笑みながら、病室を親指で指して「寄っていかない?」と言った。

チラリと病室を除く。

どうやら1人部屋らしく、なかなか広い。ここの病室を選ぶだなんて、余程裕福な家庭なのだろう。羨ましいな。
入り口のネームプレートには、篠原 明輝と書かれている。

『名前…』ポツリと声を漏らすと、彼が目線を追って「あぁ…」と頷いた。
「ごめんね。読みづらいでしょ。明るいの明は当て字であ。輝くの輝でき。
改めて、篠原 明輝。よろしくね。」

しのはら、あき。
何時もあかるく、かがやいてほしい。きっと親御さんはそう思って名付けたのであろう。
『素敵な名前ね。』
在り来たりな言葉が口からころっと零れ落ちた。
軽い気持ちで言ったみたいになっちゃったかな、と心配して顔色を伺った。

ドクッ
彼は嬉しそうに口角を上げて笑っていた。心配する必要は全くなかったのだ。

「ありがとな。んで、寄ってく?」
そこで腕時計を確認すると、自分の失態に気づいた。
『ああああ!どうしよ、間に合わないよ』
泣きそうになりながらバッグからスケジュール表を取り出し、何度も時間と見比べする。

どうしよう。どうしよう。
混乱している頭で、彼を気にかける余裕はなかった。
咄嗟にその場で頭を下げて『すみません!用事があるので寄れません!』と言うだけ言ってダッシュ。まさに言い逃げ。
けれど仕方ないじゃないか。もし遅れたら、今後の日常にひどい影響がでてしまう。

急いで病院を出た私は、人が多いが近道の繁華街へ直行。
もう少しで繁華街を抜けて目的地だ、と喜んだ瞬間。
グラつく視界に、苦しい呼吸。痛む頭。

呼吸が、乱れる。苦しい。苦しい…。
___やっぱり、走るのはまずかったかな。
端っこに避けて座り込む。

私は元々身体が強いわけではない。常に貧血気味で、あまり過度な運動は控えるようにと医師に言われた。所謂、なんちゃってドクターストップ。

深く深呼吸をして、体調を整える。
…うん。大丈夫。

時間を見ると、開始まであと10分。
早歩きで行けば、なんとかなるかな。頑張れ、自分。

頬を叩いて活を入れ、歩き始める。急げ、急げ。

『待ってろよ!バーゲン!』
そう叫んで私は走り出した。




「…なんだったんだ。あの女。」
真昼間の病室でポツリと呟いた声は、思いの外響いた。

あの女、俺の誘いを断った上に、もう会わないかのような素振り。心底きにいらねぇ。
ムカムカとする胸を沈めようとしていると。


コンコン

「よぉ。調子はどうだ。」
「…っ、総長!?」

何処ぞやのアニメなんかで出てきそうな臭い台詞だが、この人が言うとなんでも様になる。

ここの街を支配しているチーム、Black catの4代目総長、楠木 渉kusunoki wataru。
年齢18歳にして、圧倒的な統率力とカリスマ性を持っている。
身長170と、やや小柄な体格だが細そうに見える身体はしっかりと筋肉がついている。

銀髪の髪はとても綺麗で、冷たく此方を見据える冷徹な瞳は見たものを魅了させる。
周りからの評価は、恐れ、尊敬、好意。

普段から無口だが、いざという時は誰よりも冷静に判別を下す。
そんな、チームの皆んなから尊敬されてやまない総長がわざわざ俺の見舞いに…?

緊張からか、心臓が不規則な音を立てる。

「なんだ、思っていたより体調良さそうだな。」
「お陰様で、あともう少しで退院できるそうなんですよ。」
「そうか。」

続く沈黙。


な、何を話せばいいのだろう。ドキマギする俺を真っ直ぐ見つめる総長の目は、鋭い。

「なぁ、最近度が過ぎたことをしている輩が居るのは知っているよな?」
「はい。確か、獅子という族ですよね?」
この街で良からぬことばかり起こしている族だ。
「よく分かってるじゃねえか。お前が帰ってきたらそいつらをどう潰すか作戦をたてる。」

「…わかりました。」
「頼んだぞ」
総長は微笑んで病室を出て行った。

やべえ。やべえよ。俺は決して同性愛者じゃあないが、あのフェロモンはやべえ。
男の俺でもトキメクようなあの微笑み。
通りで女が集るわけだ。
深いため息をついて、顔をあげる。

『や、やぁ。』

「…」

『…あは』

「…」

『…』

「…は?なんでいるの」

え、何。いつからいたの。この女。
俺の目の前にいるのは、確かに昨日話した変な女で。

『忘られちゃったのかと思ったよ~。焦った焦った。』

「何の用?」
優しく問いかける。

『いや、此処に来る途中にリハビリ室寄ったんだけど、なんか昨日君がいた所ら辺にこれが落ちてたから。もしかして君のかなぁって。』
そう言って手渡されたのは、俺の大事な大事な、ストラップ。

落とすことなんて初めてだ。
でもそれ以上に驚いたのは…

「っなんで、届けてくれたの?」
Black catの伝統的なストラップを、返しに来てくれたこと。

前の総長が、結構お茶目な性格だったからストラップを全員で持つようにしよう、ってなったんだ。
総長は金色。幹部は黒色。面子は灰色。
そう代々決まっていて。普通こんなの見つけたら女共は嬉々として盗み、自慢するだろう。

なのに、なんで…。この女は盗まない?
女の手に乗った黒色のストラップを呆然と見つめる。

『なんでって…。んー。』
戸惑うような声に顔を上げる。すると彼女は苦笑いを作り、

『当たり前のことをしただけだよ?』
当然の如く言い放った。

あり得ない。身体が固まった。なんだ、この女。頭おかしいんじゃねえの?

『何を驚いてんのか知らんが、大事なものなら落とさないように!』
そっと俺の手に置かれたストラップ。

女は俺から離れていく。

「…待って。」
『え?』
女は驚いた顔をして振り返る。驚いたのは俺の方だ。
何くい止めてんだ。勘違いさせるだろ。

「よかったら、またおいでよ」

苦し紛れに出た言葉。
本当はそんなこと思っていない。そう、思っていないはず。

なのに彼女は、
『ふふ。ありがとう、また、くるね』
嬉しそうに笑ったんだ。
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