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王都編85 まれびと達の語らい
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王都編85 まれびと達の語らい
その日の夕方には無事にシュッド辺境伯邸にてステラを保護する事が出来たという知らせが入った。
ルファス経由でそっと教えられたその知らせに俺は細く息を吐いて椅子の背もたれに体を預ける。これでステラの身は大丈夫だろう。
正直なところ、ステラに対する急な方針転換で俺も対策が後手になっている部分があった。だから、絶対的に信頼出来る伯父の存在と辺境伯の名前が使える事は非常に有難い。
ステラが俺に籠絡された事を知ったミナルチークがステラを始末するよう動く前に保護出来て良かった。
もう一つ憂慮していたのはアスフール家の立ち位置だ。アスフール家は元々立ち回りもミナルチーク派の動きをして来た。しかし、ミナルチークの妹が嫁いでからは状況が大きく変わっているようだ。
蓋を開けてみればミナルチーク兄妹の仲は最悪で、更にアスフール家現当主とミナルチークの妹君は兄ラドミールの反対を押し切った壮絶な恋愛結婚を果たしたのだという。何でも、ずっとアスフール家当主に恋をしていたが、政略結婚させられそうになった妹君がダメ元で勝手に婚約を打診した。その結果、当時寡夫だったアスフール当主は是非にと返したらしい。それから兄と妹で度々骨肉の争いを繰り広げつつ、完全に没交渉に至ったそうだ。
そんな状況なのに、セイアッドに想いを寄せていた息子ヤロミールを利用しようとした事で妹君は酷く御立腹されているようだ。ついでに俺を追い出した事に伴ってロアール商会も撤退した事でお気に入りのお茶や化粧品が手に入らなくなった!と激怒していたそうなので、完全に決裂しているらしい。
肝心のアスフール家当主はというと元々落ち目のミナルチーク派を見限りたかったが、妹を嫁に貰った手前、完全に関係を切る事が難しかった様だ。それが今回息子であるヤロミールを巻き込んだ事で言い分も出来た上に俺との繋がりが出来たと喜んでいるそうだ。間違い無くアスフール侯爵が一番逞しい人だな。
思っていたより、ヤロミールの家庭環境が複雑過ぎてちょっと気の毒になってしまった。次に会った時にはもう少し優しくしてやろう。
しかし、お陰で俺はアスフール家との協力関係も結べそうだ。味方は多い方が良いからな。それに、アスフール家に続く者がいるかもしれない。
派閥を変えるという事は平常時であれば非常にリスキーなものだが、今現在の世情は大荒れに荒れている。荒れた状況で形勢の悪い者を見限るのは当然の事だ。そうしないと自分が生き残っていけないのだから。
夫婦それぞれからとっても丁寧な「これからどうぞ宜しくお願いします」的な挨拶文が送られて来たのでアスフール家については多分大丈夫だろう。妹君の方は私怨ががっつり盛り込まれていたが…。
とりあえず、無事に保護出来たステラは辺境伯邸にてアントンを中心とした辺境三家と騎士団から派遣した女性騎士に守ってもらう。それから、ヘドヴィカにも行ってもらう事にした。これはヘドヴィカ自身からの強い要望があったからだ。同じ転生者として、ヘドヴィカはステラを見捨てられなかったようだし、同じ転生者で女性同士ならステラも多少は安心できるだろう。ついでに色々話してもらえると有難いところだ。
「ヘドヴィカ」
帰り支度をしている彼女を呼び止めれば、ヘドヴィカは直ぐに手を止めて俺の方に来てくれる。
「何でしょうか」
軽く小首を傾げる少女は可愛らしい。そんな彼女に面倒事を押し付ける様で申し訳ないが、と思いながらデスクの引き出しから手紙を取り出して差し出す。
「もし、ステラが話せそうな状態なら今後についての話をして欲しい。手紙には俺の私見が書いてあるから後で君の意見も聞かせてくれ」
おずおずと言った様子で手紙を受け取ったヘドヴィカはポカンとした様子でこちらを見ている。何かあったのだろうか、と俺の方も首を傾げれば我に返った彼女はグッと拳を握り締めた。
「一人称が「俺」のセイアッド様も良い……!!」
何か言っているが聞かなかった事にしておこう。ここで突っ込んだら負けだ。それに、この間ヘドヴィカと「俺」として話した時にも言っていたと思うが…。
「……おーい、頼んだぞ」
「はっ! 大丈夫ですお任せくださいっ!」
我に返ったヘドヴィカがビシッと敬礼して見せる。本当に大丈夫かなぁ…。
不安に駆られている中で響くのはノックの音だ。あー、そろそろ時間か。
返事も聞かずに入ってくるのはオルテガだ。俺とヘドヴィカを見ると柔らかく目元を緩めながら近付いてくる。嫌な予感がするな。オルテガとヘドヴィカが揃うと碌な事にならない。しかも、コイツらいつの間にか情報を交換していたようで、お互いに状況は違えど転生者として記憶がある事を知っているらしい。
「オルテガ様、お疲れ様です。お迎えですか?」
「ああ」
ヘドヴィカに軽く返事をするとデスクまでやって来たオルテガ。何をされるのかと警戒している俺は触られない様に手を膝の上に引っ込めていた。まあ、そんな抵抗なんて些細なものなんだろう。俺が触られない様にしているのを察したらしいオルテガがニンマリと目を細めた。
「リア、帰ろう。今日はささやかだが婚約成立の祝宴をガーランド家で用意している」
甘くて低い声でそう言いながらオルテガが俺の長い黒髪を一筋掬って口付ける。以前の俺だったらここで悶絶していただろう。だが、今は彼と婚約した身だし、多少の免疫がついて来たからこれくらいなら…!
「今夜からお前との共寝は俺だけの権利だ。夜は二人きりで過ごそう」
「ぐ……っ」
うっとりする様な声と顔とで誘ってくるから厄介だ。しかも言ってる事はヤル気満々だし。このむっつりスケベめ。
「……明日も仕事なんだから夜は寝る」
「残念だ」
変な声が出そうになったのを我慢しながら告げれば、残念そうにオルテガが眉尻を下げる。こういう顔をすれば俺が折れるとでも思ってるんだろうが、今週末に迫った祝夏の宴の為に準備の追い込みをしたい。
「今週は駄目だ。色々準備があって忙しいんだぞ」
「……仕方が無いか」
ぷいと顔を背けながら拒否すれば、言わんとしている事を察したのだろう。落胆した様な声がする。心底残念そうな声に胸が痛むが、これは奴の常套手段。ここで絆されると後々痛い目に遭うのは俺だ。
「オルテガ様、少し苛めすぎたのでは?」
「いいや、ああいう態度を取って見せてはいるが、内心満更でも無いから大丈夫だ」
聞こえてるぞ、そこ!!
ひそひそと囁き合っているヘドヴィカとオルテガの方を軽く睨んでやるが、俺が睨んだところで迫力なんてないので効果はない。いつの間にか仲良くなりやがって。コイツらが結託すると間違い無く割を食うのは俺だ。
「ああもう、さっさと帰るぞ。腹が減った」
話を無理矢理打ち切って立ち上がれば、すかさずオルテガが俺の腰を抱きに来る。本当に片時たりとも手放したくないらしい。思わず胡乱な目で見てしまった。
「セイアッド様、最近私やオルテガ様に対して話し方とか態度に遠慮がなくなりましたね」
「俺はこっちの方が素だ」
ヘドヴィカもオルテガも「俺」を知った上で受け入れてくれている。だったら、とこの二人の前では比較的素を出して話している事も増えて来た。
元々口調は似ていたが、お貴族様育ちでセオドアの真似をして身に付けた喋り方をしている「私」と極々普通の一般人育ちである「俺」だ。「俺」の方が口調は乱暴になりがちなので普段は多少気を付けて喋っている。
「素で話せる方が気楽で良い。お前達ならこれくらい許してくれるだろう?」
軽く首を傾げながら訊ねてやれば、二人して固まっている。悪いな、俺だってやられてばかりではないのだ。オルテガは言うまでもなく俺にメロメロだし、ヘドヴィカは前世の推しがセイアッドだと言っていた以上俺のガワに弱いのだから。
「はー、ほんと狡いですよ! そういうところです!」
「今のを他所でやるなよ」
オルテガにぎゅうぎゅう抱き締められ、ヘドヴィカには怒られた。よし、このやり方は効果がありそうだな、覚えておこう。
悪ふざけは置いといて、だ。本格的に腹も減ったし、色々あって疲れたので早く帰りたいのも事実である。
ヘドヴィカを帰し、遊び疲れて寝ているフィーヌースを抱えてドアに鍵を掛けたら帰路に着く。並んで歩くオルテガは何だかご機嫌な様子でいつもより足取りが軽い。
まあ、気持ちは分かる。これからは大手を振って「彼が婚約者です」と喧伝出来るのだから。
そんなに抑えているように見えなかったが、彼なりに大いに我慢していたらしい。いや、何処がだよ。今までだって散々やりたい放題だっただろう。
人前で散々恥ずかしい目に遭わされてきた俺はやっと気が付いて戦慄する。公で認められる関係になった今、オルテガがどんな行動をするのか予想が付かない事に…。
「……頼むから節度を持って接してくれ」
「善処する」
絞り出した懇願に帰って来たのは実に日本人らしいテンプレートだった。
ガーランド侯爵家に戻ってからはそれはもうお祭り騒ぎだ。
セレドニオ・エルカンナシオン夫妻から始まり上から下までガーランド家が勢揃いして出迎えてくれた上で祝ってくれた。合間にはレヴォネ家の少ない家人達が混じっていて、皆涙ながらに喜んでくれている。
そんな状況に最近緩みに緩んだ俺の涙腺が保つはずもなく。帰って祝われた瞬間に涙が止まらなくなってしまった。
「俺」も「私」も独りで立って行かなければならないとずっとずっと思っていた。誰かに甘えるのは悪で、独りでやらなければならないと思い込んで。
いつからか泣き方なんて忘れていた。それなのに、ここ数ヶ月で劇的に色々な事が変わって。
自分を受け入れてくれる人達がいる有り難さを思い知って、彼等にそれ以上の思いを返したいと思った。
何より、心から好きな人が出来た。そんな人から愛される事の暖かさを知った。想いを返せる幸せを知った。
思えば、「俺」達が生きていた世界はとても狭かったのだろう。自分で作ったしがらみで雁字搦めになって、勝手に独りでやらなければと思い込んでいた。
その狭い世界には与えられる悪意しか入って来なくて、余計に人と関わる事を一人で恐れて。周りに目をやれば、手を差し出してくれた人も気に掛けてくれた人も沢山いたのに。
「俺」は気が付けなかった。だから、もう間違えたくない。
涙腺崩壊状態で涙が止まらない俺を、あたふたしながら強く抱き締めてくれるオルテガ。その温かい胸に顔を埋めながら俺は必死で涙を止めようと唇を噛んだ。
その日の夕方には無事にシュッド辺境伯邸にてステラを保護する事が出来たという知らせが入った。
ルファス経由でそっと教えられたその知らせに俺は細く息を吐いて椅子の背もたれに体を預ける。これでステラの身は大丈夫だろう。
正直なところ、ステラに対する急な方針転換で俺も対策が後手になっている部分があった。だから、絶対的に信頼出来る伯父の存在と辺境伯の名前が使える事は非常に有難い。
ステラが俺に籠絡された事を知ったミナルチークがステラを始末するよう動く前に保護出来て良かった。
もう一つ憂慮していたのはアスフール家の立ち位置だ。アスフール家は元々立ち回りもミナルチーク派の動きをして来た。しかし、ミナルチークの妹が嫁いでからは状況が大きく変わっているようだ。
蓋を開けてみればミナルチーク兄妹の仲は最悪で、更にアスフール家現当主とミナルチークの妹君は兄ラドミールの反対を押し切った壮絶な恋愛結婚を果たしたのだという。何でも、ずっとアスフール家当主に恋をしていたが、政略結婚させられそうになった妹君がダメ元で勝手に婚約を打診した。その結果、当時寡夫だったアスフール当主は是非にと返したらしい。それから兄と妹で度々骨肉の争いを繰り広げつつ、完全に没交渉に至ったそうだ。
そんな状況なのに、セイアッドに想いを寄せていた息子ヤロミールを利用しようとした事で妹君は酷く御立腹されているようだ。ついでに俺を追い出した事に伴ってロアール商会も撤退した事でお気に入りのお茶や化粧品が手に入らなくなった!と激怒していたそうなので、完全に決裂しているらしい。
肝心のアスフール家当主はというと元々落ち目のミナルチーク派を見限りたかったが、妹を嫁に貰った手前、完全に関係を切る事が難しかった様だ。それが今回息子であるヤロミールを巻き込んだ事で言い分も出来た上に俺との繋がりが出来たと喜んでいるそうだ。間違い無くアスフール侯爵が一番逞しい人だな。
思っていたより、ヤロミールの家庭環境が複雑過ぎてちょっと気の毒になってしまった。次に会った時にはもう少し優しくしてやろう。
しかし、お陰で俺はアスフール家との協力関係も結べそうだ。味方は多い方が良いからな。それに、アスフール家に続く者がいるかもしれない。
派閥を変えるという事は平常時であれば非常にリスキーなものだが、今現在の世情は大荒れに荒れている。荒れた状況で形勢の悪い者を見限るのは当然の事だ。そうしないと自分が生き残っていけないのだから。
夫婦それぞれからとっても丁寧な「これからどうぞ宜しくお願いします」的な挨拶文が送られて来たのでアスフール家については多分大丈夫だろう。妹君の方は私怨ががっつり盛り込まれていたが…。
とりあえず、無事に保護出来たステラは辺境伯邸にてアントンを中心とした辺境三家と騎士団から派遣した女性騎士に守ってもらう。それから、ヘドヴィカにも行ってもらう事にした。これはヘドヴィカ自身からの強い要望があったからだ。同じ転生者として、ヘドヴィカはステラを見捨てられなかったようだし、同じ転生者で女性同士ならステラも多少は安心できるだろう。ついでに色々話してもらえると有難いところだ。
「ヘドヴィカ」
帰り支度をしている彼女を呼び止めれば、ヘドヴィカは直ぐに手を止めて俺の方に来てくれる。
「何でしょうか」
軽く小首を傾げる少女は可愛らしい。そんな彼女に面倒事を押し付ける様で申し訳ないが、と思いながらデスクの引き出しから手紙を取り出して差し出す。
「もし、ステラが話せそうな状態なら今後についての話をして欲しい。手紙には俺の私見が書いてあるから後で君の意見も聞かせてくれ」
おずおずと言った様子で手紙を受け取ったヘドヴィカはポカンとした様子でこちらを見ている。何かあったのだろうか、と俺の方も首を傾げれば我に返った彼女はグッと拳を握り締めた。
「一人称が「俺」のセイアッド様も良い……!!」
何か言っているが聞かなかった事にしておこう。ここで突っ込んだら負けだ。それに、この間ヘドヴィカと「俺」として話した時にも言っていたと思うが…。
「……おーい、頼んだぞ」
「はっ! 大丈夫ですお任せくださいっ!」
我に返ったヘドヴィカがビシッと敬礼して見せる。本当に大丈夫かなぁ…。
不安に駆られている中で響くのはノックの音だ。あー、そろそろ時間か。
返事も聞かずに入ってくるのはオルテガだ。俺とヘドヴィカを見ると柔らかく目元を緩めながら近付いてくる。嫌な予感がするな。オルテガとヘドヴィカが揃うと碌な事にならない。しかも、コイツらいつの間にか情報を交換していたようで、お互いに状況は違えど転生者として記憶がある事を知っているらしい。
「オルテガ様、お疲れ様です。お迎えですか?」
「ああ」
ヘドヴィカに軽く返事をするとデスクまでやって来たオルテガ。何をされるのかと警戒している俺は触られない様に手を膝の上に引っ込めていた。まあ、そんな抵抗なんて些細なものなんだろう。俺が触られない様にしているのを察したらしいオルテガがニンマリと目を細めた。
「リア、帰ろう。今日はささやかだが婚約成立の祝宴をガーランド家で用意している」
甘くて低い声でそう言いながらオルテガが俺の長い黒髪を一筋掬って口付ける。以前の俺だったらここで悶絶していただろう。だが、今は彼と婚約した身だし、多少の免疫がついて来たからこれくらいなら…!
「今夜からお前との共寝は俺だけの権利だ。夜は二人きりで過ごそう」
「ぐ……っ」
うっとりする様な声と顔とで誘ってくるから厄介だ。しかも言ってる事はヤル気満々だし。このむっつりスケベめ。
「……明日も仕事なんだから夜は寝る」
「残念だ」
変な声が出そうになったのを我慢しながら告げれば、残念そうにオルテガが眉尻を下げる。こういう顔をすれば俺が折れるとでも思ってるんだろうが、今週末に迫った祝夏の宴の為に準備の追い込みをしたい。
「今週は駄目だ。色々準備があって忙しいんだぞ」
「……仕方が無いか」
ぷいと顔を背けながら拒否すれば、言わんとしている事を察したのだろう。落胆した様な声がする。心底残念そうな声に胸が痛むが、これは奴の常套手段。ここで絆されると後々痛い目に遭うのは俺だ。
「オルテガ様、少し苛めすぎたのでは?」
「いいや、ああいう態度を取って見せてはいるが、内心満更でも無いから大丈夫だ」
聞こえてるぞ、そこ!!
ひそひそと囁き合っているヘドヴィカとオルテガの方を軽く睨んでやるが、俺が睨んだところで迫力なんてないので効果はない。いつの間にか仲良くなりやがって。コイツらが結託すると間違い無く割を食うのは俺だ。
「ああもう、さっさと帰るぞ。腹が減った」
話を無理矢理打ち切って立ち上がれば、すかさずオルテガが俺の腰を抱きに来る。本当に片時たりとも手放したくないらしい。思わず胡乱な目で見てしまった。
「セイアッド様、最近私やオルテガ様に対して話し方とか態度に遠慮がなくなりましたね」
「俺はこっちの方が素だ」
ヘドヴィカもオルテガも「俺」を知った上で受け入れてくれている。だったら、とこの二人の前では比較的素を出して話している事も増えて来た。
元々口調は似ていたが、お貴族様育ちでセオドアの真似をして身に付けた喋り方をしている「私」と極々普通の一般人育ちである「俺」だ。「俺」の方が口調は乱暴になりがちなので普段は多少気を付けて喋っている。
「素で話せる方が気楽で良い。お前達ならこれくらい許してくれるだろう?」
軽く首を傾げながら訊ねてやれば、二人して固まっている。悪いな、俺だってやられてばかりではないのだ。オルテガは言うまでもなく俺にメロメロだし、ヘドヴィカは前世の推しがセイアッドだと言っていた以上俺のガワに弱いのだから。
「はー、ほんと狡いですよ! そういうところです!」
「今のを他所でやるなよ」
オルテガにぎゅうぎゅう抱き締められ、ヘドヴィカには怒られた。よし、このやり方は効果がありそうだな、覚えておこう。
悪ふざけは置いといて、だ。本格的に腹も減ったし、色々あって疲れたので早く帰りたいのも事実である。
ヘドヴィカを帰し、遊び疲れて寝ているフィーヌースを抱えてドアに鍵を掛けたら帰路に着く。並んで歩くオルテガは何だかご機嫌な様子でいつもより足取りが軽い。
まあ、気持ちは分かる。これからは大手を振って「彼が婚約者です」と喧伝出来るのだから。
そんなに抑えているように見えなかったが、彼なりに大いに我慢していたらしい。いや、何処がだよ。今までだって散々やりたい放題だっただろう。
人前で散々恥ずかしい目に遭わされてきた俺はやっと気が付いて戦慄する。公で認められる関係になった今、オルテガがどんな行動をするのか予想が付かない事に…。
「……頼むから節度を持って接してくれ」
「善処する」
絞り出した懇願に帰って来たのは実に日本人らしいテンプレートだった。
ガーランド侯爵家に戻ってからはそれはもうお祭り騒ぎだ。
セレドニオ・エルカンナシオン夫妻から始まり上から下までガーランド家が勢揃いして出迎えてくれた上で祝ってくれた。合間にはレヴォネ家の少ない家人達が混じっていて、皆涙ながらに喜んでくれている。
そんな状況に最近緩みに緩んだ俺の涙腺が保つはずもなく。帰って祝われた瞬間に涙が止まらなくなってしまった。
「俺」も「私」も独りで立って行かなければならないとずっとずっと思っていた。誰かに甘えるのは悪で、独りでやらなければならないと思い込んで。
いつからか泣き方なんて忘れていた。それなのに、ここ数ヶ月で劇的に色々な事が変わって。
自分を受け入れてくれる人達がいる有り難さを思い知って、彼等にそれ以上の思いを返したいと思った。
何より、心から好きな人が出来た。そんな人から愛される事の暖かさを知った。想いを返せる幸せを知った。
思えば、「俺」達が生きていた世界はとても狭かったのだろう。自分で作ったしがらみで雁字搦めになって、勝手に独りでやらなければと思い込んでいた。
その狭い世界には与えられる悪意しか入って来なくて、余計に人と関わる事を一人で恐れて。周りに目をやれば、手を差し出してくれた人も気に掛けてくれた人も沢山いたのに。
「俺」は気が付けなかった。だから、もう間違えたくない。
涙腺崩壊状態で涙が止まらない俺を、あたふたしながら強く抱き締めてくれるオルテガ。その温かい胸に顔を埋めながら俺は必死で涙を止めようと唇を噛んだ。
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