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王都編 エピローグ
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王都編エピローグ
瞼を刺す光の眩しさ。
素肌に触れる慣れない感触の寝具。
体を包み込む熱いもの。
ゆっくりと浮上する意識が最後に拾うのは愛しい匂いだ。
億劫ながらも目を開ければ、目の前には厚い胸がある。どうやらオルテガに抱き締められているらしい。体を動かそうとしてもびくともしなかった。
今は何時くらいだろう。射し込む朝日の感じ的には起きるにはまだ少し早い時間くらいか。
いずれにせよ、起きるのが惜しくて目の前にある胸に額を擦り寄せる。散々貪り合った体は重いし、チラッと自分の体を見ただけでも引くくらい全身に痕が残されている。しかし、その小さな傷が齎すちりりとした痛みすら愛おしいのだから俺も重症なんだろう。
朝日を浴びて眠る男の顎にはうっすらと髭が生えている。仕様なのか体質なのか、全く髭の生えない俺としては少々羨ましい。
ちょっと触ってみたくなって指先で顎をなぞれば、ぞりぞりした感触がした。普段は身嗜みも完璧に整えている男の、こんな無防備かつワイルドな姿を見て触れられるのは俺だけだと思うとちょっとした優越感を覚える。我ながら浅ましいものだ。
…オルテガも涼介も俺達がいないと生きている意味がないと言う。今ならその気持ちも分かる気がした。
彼がいなければ、俺はきっとこんなに世界を愛おしいと思えなかっただろうから。何もかもに絶望して全てを投げ出していたか、暗殺されるかで今頃きっと生きていなかったに違いない。
彼が隣にいてくれたから今もこうして歩いていける。これから先も、俺はきっとこうして彼の隣で生きていく。
そんな未来を想像をするだけで幸せで、愛おしくて。この先に何が待っていても戦える気がした。
「フィン……」
優しく名を呼んで、深い藍色の髪を撫でる事で覚醒を促す。良く眠っているところを叩き起こすのは申し訳ないが、少し声が聞きたかった。
「ん……」
小さく身動いで、ゆるりと黄昏色の瞳が瞼の隙間から現れる。まだ夢に片足を突っ込んでいるのか、緩んだ表情をしたオルテガが俺を抱き締め直すと首筋に鼻先を擦り寄せて来た。
「フィン、起きてくれ」
再び優しく覚醒を促すと、漸く意識がはっきりしてきたらしい。耳元で低い声が「おはよう」と優しく呟いた。
「まだ早いぞ。疲れているだろうからもう少し眠っておけ」
「嫌だ」
子供の様にむずがって見せれば、まだ眠そうにしながらもオルテガが困ったように苦笑する。こんな表情をしているが、我儘を言えば直ぐに嬉しそうにしてくれるのだから堪らない。
俺に寝る気がないと見るとオルテガは俺を抱き締めたまま、くるりと器用に自分が下になる様に体勢を変えた。俺は彼の体の上に寝そべる様な状態だ。
「重くないのか?」
「軽いくらいだ。お前はもう少し食べた方がいい」
オルテガの上に寝そべりながら訊ねれば、大きな手が優しく頬を撫でてくれる。その手の感触と熱が心地良くて、思わず小さく息が零れた。
「……フィン」
「どうした?」
柔らかく声をかけてくれるのが嬉しくて額をぐりぐりと彼の胸に擦り寄せる。甘える俺に応えるように優しく髪や頬を撫でてくれるのが嬉しくて堪らない。
「これから忙しくなるから今のうちにたっぷり充電させてくれ」
彼の首の後ろに腕を回してぎゅっと抱き着く。お互いに裸だから触れ合う肌が熱いくらいで、こうして過ごしている時はいつもこのまま溶けて混ざってしまえばいいのにと思う。
「好きなだけしてくれ。……リア」
髪を撫でてくれる手を楽しんでいれば、不意に真剣な声が俺を呼ぶ。視線を動かしてオルテガを見れば、声と同じように真摯な顔付きのオルテガが俺を見ていた。
「ん?」
「この先、何があっても俺はお前と共に在る。二度と離さないから……」
そう切々と言いながらオルテガが俺を強く抱き締める。
涼介は「俺」が階段から落ちるのを目の当たりにした。オルテガは自分の地位を確立させる為に必死になり過ぎて「私」から離れて過ごした所為で追い詰められていた事に気が付くのが遅れた。
現状に至るまでの諸々は間違いなく二人の心に深い傷を残しているのだろう。彼等が気に病む事ではないのに。
「フィン、涼介」
そっと二人の名を呼んで、薄く髭の生えた顎を両手で包む。そのままそっと唇を重ねれば、苦しくなる程より強く抱き締められた。
恐らく、彼等の傷が癒えるには長い時間が掛かるだろう。異常なほど嫉妬深いのも独占欲が強いのも多分それが影響しているんだと俺は思っている。
少々…いや結構迷惑を被っているが、こればかりは諦めて受け入れた方が良いのかもしれない。時間が経てばもう少し落ち着いてくれるだろう。
「この先に何があっても一緒に立ち向かって欲しい。それだけで俺は頑張れるから……」
「勿論だ。一人で何もかも背負わないで、俺にも分けて欲しい」
真っ直ぐに見つめながら告げれば、小さく頷いたオルテガがそっと口付けを返してくれた。
これから先に何が待ち受けているのか、どんな事が起こるのか、今の俺には予想すらつかない。
ただ、来たる災禍にこの世界が、人々が屈せぬように、出来る限りの備えをするのがきっと俺の役目なのだろう。
俺のこの考えが女神の意図に沿っているかはわからない。ただ、そんな気がしてならないのだ。
セイアッドとしての立場は大陸内でも大国に入るローライツ王国の宰相という地位だ。国内でも有数の貿易港を有する侯爵家の当主でもあり、諸外国にもそれなりに顔が効く。
他所の世界から来た事で多少は俯瞰的に物事を見られる真咲としての視点と合わせれば強力な武器に出来るだろう。
それに、今の「俺」達はもう一人ではない。
この数ヶ月は本当に激動だった。でも、その中でいくつも大切な縁が繋げた。
困った時には手を差し伸べてくれる人達が居る。俺はその人達に報いなければならない。
柔らかく降り注ぐ朝日を浴びながら、世界で一番愛しい人の腕の中で改めて決意を固める。
大切な人達やこの世界を守る為に。
俺はこの世界で、この国で、彼と共に生きて行く。
瞼を刺す光の眩しさ。
素肌に触れる慣れない感触の寝具。
体を包み込む熱いもの。
ゆっくりと浮上する意識が最後に拾うのは愛しい匂いだ。
億劫ながらも目を開ければ、目の前には厚い胸がある。どうやらオルテガに抱き締められているらしい。体を動かそうとしてもびくともしなかった。
今は何時くらいだろう。射し込む朝日の感じ的には起きるにはまだ少し早い時間くらいか。
いずれにせよ、起きるのが惜しくて目の前にある胸に額を擦り寄せる。散々貪り合った体は重いし、チラッと自分の体を見ただけでも引くくらい全身に痕が残されている。しかし、その小さな傷が齎すちりりとした痛みすら愛おしいのだから俺も重症なんだろう。
朝日を浴びて眠る男の顎にはうっすらと髭が生えている。仕様なのか体質なのか、全く髭の生えない俺としては少々羨ましい。
ちょっと触ってみたくなって指先で顎をなぞれば、ぞりぞりした感触がした。普段は身嗜みも完璧に整えている男の、こんな無防備かつワイルドな姿を見て触れられるのは俺だけだと思うとちょっとした優越感を覚える。我ながら浅ましいものだ。
…オルテガも涼介も俺達がいないと生きている意味がないと言う。今ならその気持ちも分かる気がした。
彼がいなければ、俺はきっとこんなに世界を愛おしいと思えなかっただろうから。何もかもに絶望して全てを投げ出していたか、暗殺されるかで今頃きっと生きていなかったに違いない。
彼が隣にいてくれたから今もこうして歩いていける。これから先も、俺はきっとこうして彼の隣で生きていく。
そんな未来を想像をするだけで幸せで、愛おしくて。この先に何が待っていても戦える気がした。
「フィン……」
優しく名を呼んで、深い藍色の髪を撫でる事で覚醒を促す。良く眠っているところを叩き起こすのは申し訳ないが、少し声が聞きたかった。
「ん……」
小さく身動いで、ゆるりと黄昏色の瞳が瞼の隙間から現れる。まだ夢に片足を突っ込んでいるのか、緩んだ表情をしたオルテガが俺を抱き締め直すと首筋に鼻先を擦り寄せて来た。
「フィン、起きてくれ」
再び優しく覚醒を促すと、漸く意識がはっきりしてきたらしい。耳元で低い声が「おはよう」と優しく呟いた。
「まだ早いぞ。疲れているだろうからもう少し眠っておけ」
「嫌だ」
子供の様にむずがって見せれば、まだ眠そうにしながらもオルテガが困ったように苦笑する。こんな表情をしているが、我儘を言えば直ぐに嬉しそうにしてくれるのだから堪らない。
俺に寝る気がないと見るとオルテガは俺を抱き締めたまま、くるりと器用に自分が下になる様に体勢を変えた。俺は彼の体の上に寝そべる様な状態だ。
「重くないのか?」
「軽いくらいだ。お前はもう少し食べた方がいい」
オルテガの上に寝そべりながら訊ねれば、大きな手が優しく頬を撫でてくれる。その手の感触と熱が心地良くて、思わず小さく息が零れた。
「……フィン」
「どうした?」
柔らかく声をかけてくれるのが嬉しくて額をぐりぐりと彼の胸に擦り寄せる。甘える俺に応えるように優しく髪や頬を撫でてくれるのが嬉しくて堪らない。
「これから忙しくなるから今のうちにたっぷり充電させてくれ」
彼の首の後ろに腕を回してぎゅっと抱き着く。お互いに裸だから触れ合う肌が熱いくらいで、こうして過ごしている時はいつもこのまま溶けて混ざってしまえばいいのにと思う。
「好きなだけしてくれ。……リア」
髪を撫でてくれる手を楽しんでいれば、不意に真剣な声が俺を呼ぶ。視線を動かしてオルテガを見れば、声と同じように真摯な顔付きのオルテガが俺を見ていた。
「ん?」
「この先、何があっても俺はお前と共に在る。二度と離さないから……」
そう切々と言いながらオルテガが俺を強く抱き締める。
涼介は「俺」が階段から落ちるのを目の当たりにした。オルテガは自分の地位を確立させる為に必死になり過ぎて「私」から離れて過ごした所為で追い詰められていた事に気が付くのが遅れた。
現状に至るまでの諸々は間違いなく二人の心に深い傷を残しているのだろう。彼等が気に病む事ではないのに。
「フィン、涼介」
そっと二人の名を呼んで、薄く髭の生えた顎を両手で包む。そのままそっと唇を重ねれば、苦しくなる程より強く抱き締められた。
恐らく、彼等の傷が癒えるには長い時間が掛かるだろう。異常なほど嫉妬深いのも独占欲が強いのも多分それが影響しているんだと俺は思っている。
少々…いや結構迷惑を被っているが、こればかりは諦めて受け入れた方が良いのかもしれない。時間が経てばもう少し落ち着いてくれるだろう。
「この先に何があっても一緒に立ち向かって欲しい。それだけで俺は頑張れるから……」
「勿論だ。一人で何もかも背負わないで、俺にも分けて欲しい」
真っ直ぐに見つめながら告げれば、小さく頷いたオルテガがそっと口付けを返してくれた。
これから先に何が待ち受けているのか、どんな事が起こるのか、今の俺には予想すらつかない。
ただ、来たる災禍にこの世界が、人々が屈せぬように、出来る限りの備えをするのがきっと俺の役目なのだろう。
俺のこの考えが女神の意図に沿っているかはわからない。ただ、そんな気がしてならないのだ。
セイアッドとしての立場は大陸内でも大国に入るローライツ王国の宰相という地位だ。国内でも有数の貿易港を有する侯爵家の当主でもあり、諸外国にもそれなりに顔が効く。
他所の世界から来た事で多少は俯瞰的に物事を見られる真咲としての視点と合わせれば強力な武器に出来るだろう。
それに、今の「俺」達はもう一人ではない。
この数ヶ月は本当に激動だった。でも、その中でいくつも大切な縁が繋げた。
困った時には手を差し伸べてくれる人達が居る。俺はその人達に報いなければならない。
柔らかく降り注ぐ朝日を浴びながら、世界で一番愛しい人の腕の中で改めて決意を固める。
大切な人達やこの世界を守る為に。
俺はこの世界で、この国で、彼と共に生きて行く。
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