盤上に咲くイオス

菫城 珪

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番外編(〜王都編)

月光讃歌

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月光讃歌

 月が綺麗な夜だった。
 サンルームの窓から降り注ぐのは静謐な月光だ。仄かなその光は柔らかく世界を染めている。そんな光を浴びながらオルテガ・フィン・ガーランドは幸福の絶頂にあった。
 理由は隣にいる婚約者だ。
 自分に寄りかかる様にして盃を傾ける姿は玲瓏であり、淡い月光の下では更にその美貌が映える。機嫌の良い様子の彼はその表情を綻ばせながらくすくすと笑みを零す。
「ご機嫌だな」
 柔らかな薄桃色に染まった頬を指先で撫でれば、月光の様な銀色の瞳がオルテガを見上げた。美しいかんばせには優しい笑みが浮かぶ。
「機嫌も良くなるさ。こんなに良い夜なんだぞ。月が綺麗で、酒も美味いし、隣にお前もいる」
 くすくすと笑みを零しながら自分の肩に寄り掛かるセイアッドは珍しく上機嫌に語った。普段は奥ゆかしく照れ屋な彼らしくない物言いに、結構酔っているのだろうかと思い至る。
 すりすりと猫の様に頬を擦り寄せてくる婚約者はいつもならば自分からこうして甘えてくる事は稀だ。甘えたいようなそぶりを見せるのに、まるでそれを悪だと思っているかの様だから。だからそっと触れて優しく促してやる事が多いのだが、今夜はやけに素直だ。
 彼が内包する人格の生い立ちを考えれば、人との触れ合いが苦手なのも納得出来る。だからこそ、「彼」は餓えていた。こうして手放しで身を任せられるような居場所に。
 抱き上げて膝の上に細身の体を横抱きに乗せる。いつもなら文句や可愛らしい悪態が飛んでくるというのに、今日はほんの少し驚いた様に瞳を丸くするだけで照れた様な様子はない。
「ん、ふふ……どうしたんだ?」
「お前を甘やかしたい気分なんだ。少し付き合ってくれ」
 あくまでも自分がしたいのだと甘い声で強請ってみせれば、オルテガに甘いセイアッドは目元を緩め、仕方ないなと言いながらも身を預けてくれた。艶やかな髪を撫でながら額に口付ければ、銀色の瞳が細くなる。
「キスは額だけか?」
 誘う様な艶やかな声と共に首にしなやかな腕が回った。普段は初心な反応をして見せるのに乗り気になると壮絶な艶を纏う婚約者はその落差が激しい。どうやら今夜は乗り気の様だ。
 自身の容姿に驚くほど無頓着な幼馴染は自分の仕草一つでどれだけ男を狂わせるのかいまだに良く判っていないのだろう。一度手酷く抱いて思い知らせてやりたい気もするが、酷くされるのも好みのようだから結局喜ばせるだけだ。
 どうしたものかとオルテガの乱れる心など知りもしないのだろう。うっとりとこちらを見つめる銀色の瞳には確かな欲が滲む。
 汚い事など何も知らないような清廉な幼馴染。その本性が淫靡で旺盛だったのはオルテガにとって嬉しい誤算だった。自分からこうして求めてくるなんて絶対にあり得ないと思っていたのに、いざ心を通わせれば、彼は頻繁にオルテガを惑わした。
 まるで伝承にある魔物のようだ。惑わされ溺れて、喰らっても貪ってもまだ足りない。どんどん深みに嵌って、逃れる事も出来ない。知らず生唾を飲み込んで上下する喉仏に、焦れた様子でセイアッドが食い付いてくる。
「……いいのか? 普段ならこんな所では嫌だと言うのに」
 微かに喉に触れる歯の感触に煽られながらも、素直に応じるのは業腹だと意地悪く訊ねてみれば、セイアッドは子供の様に唇を尖らせて見せる。
「そのつもりで人払いしたんじゃないのか」
 どうやら家人に近付かないよう言い渡していたのを見ていたようだ。そんな決定的なところが露見しているのでは今日のところは完敗だ、とオルテガは早々に白旗を掲げる事にした。
 目の前にあるのは最上の御馳走だ。どれ程の者が喰らい付きたいと願っても、この至高の月はオルテガのもの。
 その全てを独り占めに出来る幸福を噛み締めながら、薄いシャツ越しに薄い体をなぞる。それだけで薄い唇から零れ落ちる甘い啼き声に腰が熱くなった。
「ん……」
 指先で腹をなぞるだけで腕の中で細い体が身悶える。先の快楽に思いを馳せているのか、恍惚とした表情で柳腰を揺らす姿はいやらしい。
「あぁ……フィン」
 甘い声が耳を擽り、唇に柔らかなものが触れる。応える様にその唇を啄めば、目の前にある瞳が満足そうに蕩けた。
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