盤上に咲くイオス

菫城 珪

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番外編(〜王都編)

倒錯と劣情

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 オルテガの部屋にあるカウチはでかい。
 男二人でも余裕で寝転がれる余裕があるせいか、彼の部屋でくつろぐ時は大体このカウチでゴロゴロするかベッドでイチャついているかのどちらかだ。
 今だって食後の時間に俺はカウチで寝転がり、オルテガがその隣に座って資料を読んでいた。俺はそんな彼の顔を下からじっと見上げている。
 見れば見るほど良い男だ。
 体格も顔立ちも性格も全て最高。オルテガ以上に良い男なんてこの世にいないだろう。
 高く通った鼻梁。意志の強さを示すような眉。秀美な顔立ちは俺の前でだけ蕩ける。鮮やかな夕焼け色の瞳が今は資料を真剣に見つめているのだけが少々気に入らない。しかし、真剣な横顔もまた良いもので。そんな横顔を眺めながら俺より厚い唇を見て、ふと悪戯を思い付いて体を起こす。
 お互いに好き勝手に行動して過ごしているので多少動いたくらいではオルテガも反応はしない。そんな関係が心地良いんだが、正直言って今はつまらん。
 真剣な表情で紙を見つめているオルテガに顔を近付け、横から唇の端に吸い付いてやった。俺の行動にオルテガが驚いて目を丸くするのを見ながら自分のものより浅黒い肌の頬を撫で、首に腕を回す。
「……そろそろ私を構ってくれても良いだろう?」
 囁きながら舌先で相手の唇を軽く舐めて誘う。普段ならばオルテガが俺の仕事の邪魔をするが、今日は逆だ。たまには意趣返ししてやったって良いだろう。
 初めは驚いていた様子だったが、黄昏色の瞳は直ぐに爛々と燃える。確かな欲が在る事に満足しながらカウチに身を横たえれば、書類を放り出したオルテガが直ぐ様覆い被さってきた。
「煽った覚悟はあるんだろうな」
「なかったら誘わない」
 頬を撫でる掌の熱。交わる視線。肌に触れる吐息にすら劣情を煽られる。
「フィン」
 名前を呼べば、応えるように口付けられた。同時に首筋に男らしい指先が触れる。肌を辿るように触れるその指の感触にゾクゾクしながら大人しく身を任せれば、オルテガがふっと笑みを浮かべた。
「どうした、そんな顔をして」
 頬に触れながら訊ねれば、彼は俺の髪を掬ってキスを落とす。
「幸せを噛み締めていた」
 短い呟きだが、その声には深い幸福に満ちていた。
「お前とこうして睦み合える事がどれ程幸福な事か」
「大袈裟だな」
 呆れたように言えば、黄昏の視線が「分かってねぇなコイツ」と非難するような雰囲気を纏う。
「お前はお前自身の価値を知らなさ過ぎる。俺と同じようにお前の寵を望む者がどれ程いると思ってるんだ」
 そらみろ叱られた。そう言われてもピンとこないのだ。俺の反応に俺が良くわかっていない事を理解したのだろう。オルテガが深い溜め息をつきながら俺の腕を掴んだ。
 何をするんだと思っていると、彼は片手で器用に自分のベルトを引き抜くとあっという間に俺の両手を拘束する。…あれ、これはまずいのでは、と腕を引き抜こうとするがベルトの拘束はびくともしない。
「フ、フィン?」
「お前は一度身をもって体感した方がいいのかもしれないな」
 つ、と指先が薄いシャツの上から俺の肌をなぞる。オルテガの雰囲気に慌てて体を起こそうとするが、足の間にオルテガが体を割り込ませて来てそれも封殺された。これはまずい。
「こんな風にお前を組み敷いて滅茶苦茶にしたいと思っている男がどれ程いるのか……想像した事はあるか?」
「あ、ある訳ないだろう。お前以外に私に懸想する奴なんかいない」
 自分が性的な対象になるなんてオルテガに抱かれるまで想像もした事がない。そもそも王都にいる時は敵対派閥のせいで骸骨のように痩せ細っていたし、碌に社交もしていなかったから厭われているとすら思っているのに。
「……時折お前のその鈍感さが憎らしくなる」
 呆れたように呟くとオルテガが俺の耳に軽く噛み付いてくる。無防備な耳に歯を立てられた痛みと、耳をくすぐる吐息に背筋がゾクゾクしてしまう。
 どうやらノーマルだと思っていたが、俺にはMっ気があるらしい。縛られて押さえ込まれて責められるという状況に少なからず興奮している。しかし、これをオルテガに気が付かれてはならない。気が付かれたが最後どうなることか。
「フィン、悪ふざけはやめろ。挑発した事は謝……ひぅっ!?」
 なんとかこの状況を打破しようと殊勝な態度で謝ってみる。しかし、オルテガの手も口も止まらず、耳の穴に舌が射し込まれて思わず悲鳴が上がった。
 ぬちゅりと濡れた音が直接耳の中に響いて背筋がぞわぞわする。それだけで抵抗出来なくなった俺の体を弄っていた手が器用にシャツのボタンを外していく。俺の体が露わになれば、興奮している事なんて一目瞭然だろう。
 胸も下腹も触れて欲しくて反応しているんだから。
「いやらしい分からず屋には仕置きしないとな」
 にべも無く断られた上にこちらを見る黄昏色の瞳が仄暗い笑みを描く。あー、これはもう俺が興奮してる事、とっくの昔にバレてるな。見るまでもないってか。意地の悪い奴め。
 だが、その意地の悪さすら俺には甘い毒でしかない。
 カウチの上で拘束されて無防備に肌を曝して。抵抗する術を封じられて相手の成すがまま。そんな状況にどうしようもないくらい興奮していた。
 熱い掌が肌を這う。唇が、舌が劣情を煽る様に触れる。
 少々乱暴でも愛撫を受ければ自然と甘い声が零れ、胎が疼く。早くこの男が欲しいと体を震わせて飢えている俺に気が付いたのだろう。オルテガが困ったように小さく微笑む。
「……これでは仕置きならないな」
 くつくつと喉の奥で笑うとオルテガが猛獣のような笑みを浮かべる。その笑みを見ただけで胎の奥が熱く疼き、餌を前に待たされた狗のように焦れてしまう。
「フィン……」
 無抵抗に晒される体は、俺と同じ様に彼にとって極上の馳走になりうるだろうか。
 そんな事を考えながら足を開き、拘束された腕をわざと頭上へと持っていき、余す事なく肢体を晒す。はしたない格好だが、誘うのにはこれくらいした方が効果的だろう。
 俺を見て唾液を呑み込み、上下する喉仏に喰らい付いてやりたいのを我慢しながら俺は艶やかに笑む。
「分かっていないのはお前の方だ。……この世界でお前だけが私を隅々まで喰らえるんだぞ」
 自然と零れる甘い声音にオルテガが目を見開き、そして黄昏色の瞳に一気に情欲の焔が灯る。
 嗚呼、堕ちた。
 うっとりしながら覆い被さってくる熱い体を受け入れる。激しさを増した愛撫に身悶えながら愛おしい男を逃さぬように拘束された腕で首を捉えた。
「羽虫のような有象無象を忌むより己の幸運を噛み締めろ。私はお前以外に抱かれるつもりはない……お前だけのものだ」
 腕の中に囲った最愛の男は俺の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
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