盤上に咲くイオス

菫城 珪

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番外編(〜王都編)

とある女の後悔

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とある女の後悔

 その子は年齢にしては妙に大人びた子供だった。
 初めに話を聞いた時は両親を一度に亡くした訳アリの子供で夫の親戚の間をたらい回しにされている子、という話だった。私の家で面倒を見る事になったと夫から相談された時には驚いたものだ。
 そんなに引き取る相手が現れないなんて余程問題を起こす子なんじゃないかと不安に思った。私には既に二人の息子がいたし、あの子達に何かするような子だったらどうしようかと。

 やがて、僅かな手荷物と共にやって来たのは物静かな少年だ。
 真咲という少年は、私の予想に反して礼儀正しくまた真面目な子だった。年齢の割りに妙に大人びていた事が気になったが、宿題も自分でやるし、成績も良い。率先して家の手伝いもしてくれる。
 正直、私はとても助かっていた。やんちゃ盛りの息子二人に振り回される中、あの子が家の細々とした事を片付けてくれるから私も彼を頼る事が増えていた。
 でも、その光景が自分の息子達にとって面白くないものだったのだろう。普段はいくら言っても碌に手伝いもしないのに、真咲君がいると奪う様にして手伝いに参加していた。
 ギクシャクしながら、それでも私達はお互いに歩み寄ろうとしていたと思う。
 旦那がクリスマスにプレゼントしたゲームを嬉しそうに受け取ってくれて、恐る恐るといった様子で息子達と遊ぶ姿は微笑ましかった。

 そして、それは彼が来てから一年程経ったある日のこと。たまたま手伝いをしてくれていた真咲君が頼んでいた事を終わらせた事を報告しに来てくれた時だ。
 彼が私の事を「お母さん」と呼んだ。それはきっと自然に溢れたもので、きっと彼が意識して呼んだものではなかったのだろう。学校で先生をお母さんと呼んでしまうのと同じだ。
 呼んだ後で気が付いて気恥ずかしそうにする彼は年相応に見えた。同時にそうやって間違って呼ぶくらいには心を開いてくれたのだと嬉しく思った。
 しかし、その場にいた息子達はそんな光景が面白くなかったのだろう。私が真咲君に構う事に妬いていた下の息子に、限界が来てしまった。
「お前のお母さんじゃない!!」
 その場に響いた息子の一言に真咲君の表情が凍り付き、一瞬だけ酷く傷付いたような顔をした。直ぐに顔が伏せられてしまったからその後彼がどんな顔をしていたのか分からない。
 息子達もまた、そんな真咲君の表情を見たのだろう。あの時の事をずっと後悔していたようだ。
 真咲君は小さく「ごめんなさい」と呟くとそれきり私達家族と距離が出来てしまった。
 ゆっくりと歩み寄ろうとしていたのに、あの時の出来事が決定的な事となって真咲君は私や息子達との歩み寄りをやめてしまったようだ。
 どれ程声を掛けても見えない壁が出来てしまったように彼は私達から距離を取る。色々な家で心無い事を言われて来たのだろう。一年経ってやっと心を開き掛けてくれたのに。
 近付き掛けていた彼は私達と一歩置くようになってしまった。見えないけれど、明確な壁を感じて息子達との仲は余計にギクシャクして。
 長い話し合いの末にこのままではお互いにストレスになってしまうと結論が出たのは夏の事だ。
 上の息子が高校受験を控えているからと理由をつけて私達はあの子を別の家に託す事にした。
 次の家はあまり彼を歓迎してくれるような家ではなさそうだと複雑そうな表情で話していた夫の言葉が今でも胸に小さな棘として突き刺さっている。
 別れの日に、真咲くんはほんの少しだけ笑って楽しかったと言ってくれた。泣きそうなその笑みと大切そうに抱えたゲーム機は今でも忘れられない。
 …後になって聞いた事だけれど、彼の両親の葬儀で心無い事を言った大人達がいたらしい。そして、彼はそれを直に聞いてしまったそうだ。
 両親を亡くしたばかりの少年が聞いてどんなに傷付いた事だろう。
 人との距離を取るのも、きっと彼にとっての自衛手段だったに違いない。
 大人に甘える事も出来ず、一人きりで生きるあの子の孤独はどれ程深いものだったのだろう。

 あれから十年と少しが経って、あの子が死んだとテレビのニュースで見た。
 詳細は報じていなかったが、過重労働の末の事故死だったという。
 ゲーム会社の名前と共に報じられた彼の死に思い出すのは夫が買い与えたゲームを受け取った時の真咲君の事だ。
 普段はあまり動かない表情が嬉しそうに綻んで、珍しくはしゃいだ姿を見せてくれた。同じゲームで遊ぶ事で息子達とも少しずつ距離が縮まっていて。それからはゲームで遊ぶ時間も増えて初めて子供らしい姿を見せてくれた。
 嗚呼、神様。どうしてあの子がこんな目に遭わなければならないのですか。
 私はあの時あの子の手を離した事をずっと後悔していた。
 あの時、私がもっと上手く立ち回れていたら、あの子は今でも幸せそうに笑っていてくれたのではないかと。
 テレビの前で涙を零しながら、私の胸には深い後悔が落ちるばかりだった。
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