盤上に咲くイオス

菫城 珪

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18 新たな憂慮と慟哭

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18  新たな憂慮と慟哭
 
 シガウスから最初に聞いたのは王都の現状だった。俺が出奔してからどうなっているのか把握しておきたかったから非常に有難い。
 シガウスの話を要約するならば、冤罪派と有罪派に分かれてお互いに小競り合いを繰り広げているようだ。
 話を聞いて驚いたのは父が新たに国政に引き入れた者以外に、若手の貴族を中心とした者達が結構な人数で精力的に俺の味方してくれている事だった。そのおかげで俺を有罪にしたい連中は上手く動けないようだ。
 国政の方は王太子が指名した宰相代理が行なっているようだが、こちらは難航しているらしい。それもそうだ。引き継ぎもなしにあの清濁ごちゃごちゃな仕事をこなせる訳がない。そもそものノウハウもないだろうから仕事を進める事すら難しいだろう。
 補佐官として残ってくれているシガウスの息子の話では仕事が多過ぎる、人手が足りないと悲鳴と不満を挙げているらしい。散々俺が言ったのに聞き入れられなかった訴えだな。
「今頃、王都の連中は君の価値に気が付いて焦っているだろう。そろそろラソワ国からの訪問もあるから尚更な」
「あー、もうそんな時期か」
 ゲームでもほとんど触れられていなかったからすっかり忘れていたが、そんな行事もあったな……。
 ラソワ国というのはローライツ王国の北東にある国だ。主な産業は絹織物でラソワ国でしか育たない特別な蚕の糸で作った織物は大陸中でその交易権の奪い合いが起きるほど人気がある。
 ローライツとラソワの仲はどちらかといえば険悪だったのだが、冷害と飢饉の折にうちの国から援助をした事で国交が回復し、それ以降親しくしている。年に一度使節団がお互いの国を訪ねるのも三年前から慣例となっていて、その準備が始まる頃だ。
 問題はラソワの連中が非常に気難しいという事だ。「私」も付き合いが始まった頃は苦労したもので、今でこそ軽口を叩いても許される間柄にはなったが機嫌を損ねれば何を言い出すかわからない。
 毎年国使としてやってくる男のことを思い出してちょっとうんざりする。国で大人しくしていれば良いのに、毎回ローライツ王国に来る度にセイアッドを散々構い倒して帰るから疲れるのだ。
 そんな連中の相手を付け焼き刃の外交で渡り合えるのだろうか。外交は国同士の縁もだが、人脈や知識がものを言う世界だ。不安しかない。変に拗れると後始末が大変そうだ。それに、戦争は勘弁して欲しいな。
「リアは向こうに気に入られていたな。何か連絡はなかったのか?」
「今の所はないが……現状を知ったら手紙や使者よりも先に本人が突撃してきそうな気がする」
 ゲームのシナリオに関わった人物ではないからすっかり頭から抜け落ちていて考えていなかったが、そうなる可能性も十分あるだろう。
 レヴォネ領は王都から見れば北西寄りに存在しているが、ローライツより北にあるラソワから行くならば王都より断然近い。ラソワの使節団は普段訪問する際には北東側にある別の貴族の領地を通っていくが、わざわざこちらに寄ってくる事も大いに考えられる。
 そして、大使も王都に常駐しているから俺の話はもう向こうに伝わっているだろう。
「面倒くさいと顔に書いてあるぞ」
 くつくつと笑うシガウスをひと睨みしてやる。あの連中の扱いにくさは接した事のある者でなければ分からないだろう。嫌われたらそれこそ詰むし、好かれたら好かれたでまた面倒くさいんだ。
 国民性なのかうちの国にくる者達の性格なのか。人の好き嫌いが激しく、また接し方の勢いがすごいのだ。裏表がなく誠実といえば聞こえはいいかもしれないが、敵対すれば敵意は隠さないし、好意を持てばこちらの都合もお構い無しにぐいぐい押し付けてくる。
 何故かよく分からないが、向こうの連中に気に入られて使節団が来るたびにそうやって好意を押し付けられるので「私」にとってこの時期は憂鬱な時期だった。ああ、思い出したらなんか疲れてきた。
 疲労感を誤魔化すように出されていた茶を軽く含めば、冷めても良い香りがする。ほんのりと甘さを感じられる茶は美味い。その香りと味にホッと息をつきながらとりあえず今はラソワの事は忘れる事にした。頑張れ未来の俺。何かあったらその時に良い案を考えてくれ、任せたぞ。
「ラソワの件は置いておいて、今後の話をしよう。……正直、王都で私を擁護する動きがそこまで大きいのは予想外だった」
「そうか? 君の功績を考えれば当然の帰結だろうに。君は自己評価が低いな」
 あっさりと切って返された言葉に困惑する。
 本当の事を言えば、ずっと不安だった。セオドアや「私」のやり方は古くから続く慣習を壊すようなやり方が多かったし、不利益を被った家も多いだろう。だから、王都での「私」の扱いはいつも鼻つまみ者だった。それに容姿の事も相俟って嫌われていたと思っていたのに……。
 父を喪い、独り抗い続けてきた事が間違っていないかどうかいつも不安だった。不利益を受けた者から罵られる度に傷付き落ち込んで、それでもこれが正しいのだと、国の為に民の為になるのだと必死で自分に言い聞かせて信じて歩んで来た。
 間違って、いなかったのだ。
 そう思った瞬間、涙が零れた。
「あ……」
 ポロポロと零れ落ちる涙を止めようとするが、上手くいかない。慌てて袖で拭っても次から次へと溢れてくる。
 これは「私」が流す涙だ。
「……リア、君は良くやっている。ここ数年、飢饉や伝染病に見舞われながらも国民の生活は守られ、新たな国交も結ばれた。その功績を誇りなさい。そして、そんな君に救われた者達が沢山いる事を忘れないで欲しい。人間という生き物は悪意や敵意の方が耳に入り易いが、君に敵意を向ける者達以上に、君を思う者も評価する者達も大勢いるんだ」
「っ……!!」
 それは「私」が一番欲しかった言葉だった。
 必死で嗚咽を殺そうとするのに、抑えられない。それだけ、「私」の慟哭は深く激しかった。
 肩を震わせて泣く俺に、シガウスはそっと席を移動し、隣に寄り添ってくれる。背を撫でる優しい手の温もりは記憶の中にある父の手に良く似ていた。情け無くも、その手がとても有難く感じられる。
 少しだけその手に甘えさせてもらう事にした。思い切り泣いて、それからまた歩き出そう。
 どれ程そうしていただろうか。漸く落ち着いた頃に顔を上げれば、シガウスが俺の顔を見て苦笑を零す。
「酷い顔だな。そんな顔をガーランド卿に見られたら私が責められる」
「確かに……」
 シガウスの指摘に、目元へと手をやり短く唱えるのは簡単な回復魔法だ。ぽっと目元で柔らかな光が浮かび、すぐに消える。それだけで目元にあった腫れぼったさは感じなくなり、目の前には驚いた顔をするシガウスがいた。
「治癒魔法が使えるのか」
「ええ。別に隠している訳ではないんだが、これといって使う場もなくて」
 この世界の魔法にはいくつか種類があるが、治癒魔法が扱える人間は多くない。レヴォネの一族は治癒魔法や補助魔法に長けた一族であるが、世間では代々宰相を歴任しているイメージの方が強いようだ。こうやって魔法を使うと大体驚かれる。
 もっとも学生時代は治癒と補助が使えるからこそオルテガとリンゼヒースのダンジョン攻略に引っ張り出されて何度か酷い目にあったものだ。巻き込まれたせいで反省文も沢山書かされたし。
 そこまで思い出して楽しく懐かしくも苦い思い出にそっと蓋をする。嗚呼、これ以上思い出すと折角持ち直したのにまた落ち込みそうだ。
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