盤上に咲くイオス

菫城 珪

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27 余韻

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27  余韻
 
 嵐のような一夜が明けて、俺はベッドの中で目を覚まし、ゴロゴロしていた。そして、改めて思う。
 ……全身が痛い。
 筋肉痛やら傷やらで全身えらいこっちゃ状態だ。いや、これは挑発した俺が悪い。ここまでオルテガが激しいとは思ってなかった。
 体中あちこちに傷があるし、腹と腰と腕には手の形をした内出血。下半身はじんじんしていて立てる気がしない。
 そんな状況なのに、いや、そんな状況を自覚すればする程に甘い痺れに襲われて俺はベッドの中で思わず身悶える。
 何故ならめちゃくちゃ佳かったからだ……!
 烈しく求められて衝動のままに犯され、本能の赴くまま交わり合う。ずっと望んだが叶えられなかった事だ。
 昨夜、やっとオルテガの強固な理性の砦を破壊出来たわけだが、正直に白状すれば癖になりそうだった。
 体格差のある体で逃げられないように押さえ込まれ、一晩中激しく求められた。何回達したか途中から覚えていないし、なんなら幾度か意識もぶっ飛んでたと思う。気絶してもやめてもらえなかったとかそう思うだけで背筋がゾクゾクする。
 身動ぐ度にじくじくと痛む傷すら愛された証。特にうなじに残された傷が深いようだ。背後からガツガツと突き上げられ、長い髪を掻き分けながら噛み付かれた傷。そのピリリとした微かな痛みに苛まれる度に胎の奥が熱くなり陶酔しそうになる。
 そんな風に快楽の余韻にずぶずぶな俺とは対照的に、オルテガは先程から床に正座している。立派な体躯なのにしょんぼりと項垂れて小さくなっている姿はまるきり叱られた大型犬だ。
「やり過ぎた。すまない……」
 幾度目かわからない謝罪を受けながらベッドの上で小さく溜息を零す。謝られるよりも愛でて欲しいのに。
「フィン、私が望んだ事だぞ。お前が気に病む事はない」
 幾度目か分からない慰めを口にするが、オルテガはゆるゆると首を横に振って納得しない。鋼の理性でこれまで己を律してきたのに、いざその箍が外れたら自分でも予想外に手酷く抱いてしまい、その事を深く反省しているらしい。
 まあ、確かに起きたら全身傷だらけ、色んなものでぐちゃぐちゃな惨状の恋人が隣にいたら普通に血の気が引くよな。下手したらDVだ。
 だが、それは合意がなかった場合の話だ。今回は合意というかむしろ俺の方から煽って誘った。俺の自業自得であってオルテガが気に病む事はないと思うんだが。
「それでも、だ。痛むだろう?」
 ああもう、生真面目な奴だな。どちらかというと俺は痛みよりもじわじわと熾火のように身に残り苛む熱の方を持て余しているというのに。自分に被虐趣味があるなんて知らなかった。
 心配そうにベッドの下から伸ばされる手に擦り寄って甘えながらどう返事をしたら良いのか考える。下手な返事をすると二度としてくれなくなりそうだからここは慎重にいかねば。
「なあ、フィン。私は嬉しかったよ。本能のままお前が私を求めてくれるのが、めちゃくちゃに抱かれるのが……正直癖になりそうだ」
「もうしないぞ」
 うっとりしながら呟いたら即拒否された。その返事に面白くない、と唇を尖らせて見せる。
「なんだ、お前は良くなかったのか?」
 首を傾げながら訊ねればオルテガが唸った。おやおやおや、この反応は……。
「私が望んで良いと言ったんだ。お前は私の望みを叶えただけだろう?」
 笑みを浮かべながら甘く囁く。お前は悪くないのだと言い聞かせながら次を強請るとしよう。
「フィン、またしよう」
「うぐ……だ、駄目だ。お前を大切にしたい」
 にっこり笑って言えば、オルテガが言い淀む。よしよし、これは上手く『お願い』すればまたしてくれそうだな。一度道を外れたら二度も三度も同じ事だ。オルテガも素直になれば楽なのにな。
「……まあ、いずれにせよ暫くは無理だな。今日は午前中は休む。昼からヒューゴを呼んでくれ」
「わかった」
 この場でこれ以上詰めるのは逆効果だろうとごろりとベッドに寝転がりながら仕事モードに切り替えれば、オルテガが苦笑する。寝転がったまま、立ち上がったオルテガを見上げればシャツの背中部分にポツポツと赤黒い物が滲んでいる部分が有った。
「……お前だって怪我してるじゃないか」
 筋状に微かに血が滲む傷にその怪我をさせたのが昨夜の自分だと思い当たる。しがみついた時に爪を立てて引っ掻いたのだろう。
「この傷は名誉の勲章だ」
 楽しげに言うオルテガを手招きして近寄ってもらう。その広い背を抱き締めながら歌うように囁くのは治癒魔法だ。
「……なんで治したんだ」
 抱き締めたままだからオルテガの表情はわからないが、声は不満そうに聞こえる。傷を治した事が気に入らないらしい。
「騎士に背中の傷は恥だろう?」
「金創は、な。次は治すなよ」
 そう言われて頬にキスをされる。オルテガは国でも一、二を争う騎士だ。体中に傷はあれど、背中には殆どない。「私」にとってそれはとても誇らしく尊い事だ。
 彼が敵に背を見せた事がないという証左なのだから。
「お前だけだぞ。俺の背に傷をつけられるのは」
 すり、と頬を撫でられ低い声が耳を擽る。背筋が甘く震える中で、その言葉を噛み締めた。
「光栄な事だ。ローライツ王国が誇る護国の剣、その背に傷をつけられるのが私だけだなんて」
 背中に軽く爪を立てながら熱い腕に体を任せる。昨夜散々抱き合ったからか、すんなりと体に馴染むその熱と匂いが愛おしい。
 拙い触れ合いなのに、またオルテガが欲しくなってしまう。いつから俺はこんなに強欲になったのだろうか。
「リア……」
 低くて甘い声が耳元を擽る。肌を撫でる吐息の熱さにうっとりしながらオルテガの胸に鼻先を擦り寄せた。
 いつまでもこうしていたいが、そうもいかない。
「なあ、フィン。これからしばらくお前との時間が作れなくなるかもしれない。それでも、嫌わないでくれるか?」
「その程度で嫌いになるわけないだろう」
 多くは言わずに強く抱き締めてくれる腕に安堵した。これで、安心して戦える。
「……全てが終わったら俺のものになってくれるんだろう?」
「ああ」
「それなら良い。だが、無理はするなよ」
 額にキスをされ、夕焼け色の瞳が俺を見る。愛おしそうにこちらを見つめる瞳に込み上げるのは幸福感と切なさだ。
 彼の為にも、「私」の為にも早急に終わらせなければ。
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