盤上に咲くイオス

菫城 珪

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83 まれびと

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83  まれびと
 
「あー……情け無い所を見せたな」
 ややあって漸く落ち着いたのか体を離したリンゼヒースが苦笑混じりに悪態を零した。赤くなった目元を痛々しく思って指先で彼の肌に触れながら呟くのは回復魔法だ。
 淡い光を受けて懐かしそうに目を細くするリンゼヒースは小さく礼を言うと深呼吸をして俺を見る。
「今度はお前の番だ。王位継承以外にも話があるんだろ?」
「……ああ」
 リンゼヒースの後に話すのは正直気が引ける。それに、拒絶されたらどうしようと不安は募るのだ。サディアスは大丈夫だと言ってくれたが…。
 なかなか言葉が紡げずにいると、今度は俺がリンゼヒースにくしゃりと頭を撫でられた。
「大丈夫だ。何となく、お前の事情に察しはついてるから」
 リンゼヒースの言葉の意味がわからぬままに彼の目を見れば、柔らかく微笑み返される。
「君はリアであり、リアではない誰かなんだろう?」
 突然向けられた核心を突く言葉にヒュッと息が詰まる。まさかこちらから話す前にこんなストレートに言い当てられるとは思いもしなかった。
 心臓が一気に嫌な音を立てながら弾む。
「悪い、切り出すのがいきなり過ぎたな」
 どう返して良いのかすら思い浮かばないまま硬直していれば、リンゼヒースが申し訳なさそうに頬を掻く。
「どこから説明したもんか……。結論から言えばお前と同じような現象は大陸内ではこれまでにも幾度か発生しているものなんだ。この国でも過去に一度存在している」
 衝撃の発言に思考が付いてこない。リンゼヒースの言葉を信じるならば、「俺」と同じような者が過去にも幾人かいたという事なのか?
「……ええと、順に説明してもらっても?」
 長い沈黙の末にやっと絞り出した言葉は情けなくも少々うわずってしまった。
 
 リンゼヒース曰く。
 この世界にはごく稀に「まれびと」と呼ばれる者達が現れるのだという。
「まれびと」はこの世界ではない別の世界からやってくる者達を指す。彼等は魂だけやってきて誰かの体に入る場合もあれば、この世界で新たに受肉する事もあるし、時には元の世界の姿形を保ったまま現れる事もあるらしい。
 異世界の知識を携えた者達が歩んだ人生は様々だ。
 時に繁栄を、時に災厄を。まれびとが現れるのは国や世界にとって何か起きる時。だからこそ、混乱を避ける為に各国の上層部はまれびとの存在を共有しつつ、自分達以外に秘匿してきた。
 ローライツ王国では王族が成人した際にその事実が告げられ、王やその血族はまれびとを警戒する、らしい。
「……「私」ですら知らないんだが」
「そりゃ極秘事項だからな」
 悪びれもせずに肩を竦めて見せると、リンゼヒースが悪戯っぽく笑う。その表情に肩肘張るのが馬鹿馬鹿しくなって大きく溜め息を零した。
「君はそのまれびとだな」
「……リンゼヒースの説明が事実ならそうなるか」
 サディアスの時と同じように「俺」として話せば、彼は夜明けの太陽色した瞳を輝かせた。好奇心に塗れたその視線に軽く嫌な予感を覚える。
「いやー、俺の世代で二人もまれびとに出会うとは。俺は運が良いな」
「その口振りだと協力者はやはりまれびとか」
「確証はない。それに本人は隠したいようだから今は追求していないが、言動からして高確率でまれびとだと俺は思う。そちらは一旦置いておいて先に君の話だ。……君はどこの誰で、今リアはどうなっている?」
 それは先程とは打って変わって冷たい声音だった。此方を見つめる瞳は優しさなど微塵も無く、まるで氷のように冷たい。
 正体が分かっているなら隠す必要も誤魔化す必要もない、か。
 下手に誤魔化してリンゼヒースとセイアッドの関係を悪くするくらいなら初めから全て話してしまった方がいい。そう諦めて白状する為に口を開く。
「……「俺」は別の世界にある日本という国から来た。セイアッドとして意識が目覚めたのは断罪の夜。セイアッド自身はあの夜の事で酷く傷付いて眠っている状態だが、記憶や感情、感覚はお互いに共有している」
「君の目的は?」
 淡々と話をすれば、リンゼヒースは次の質問を投げ掛けてきた。尋問するような口振りに、彼はサディアスとは違って憤っているのかもしれないと思った。
 当たり前の事だ。何者かが親友に成り代わっていると聞いたら普通はそういう反応をするだろう。
「そんなの決まっている。セイアッドを破滅の運命から救済し、幸福にする事だ。……「俺」の知る状況ではセイアッドは必ず破滅する。「俺」はずっと……ずっとずっとそれが許せなかった!」
 感情が昂ぶってつい大きな声が出た。ハッと我に返ってリンゼヒースを見れば、彼は真っ直ぐに俺を見つめたままだ。
「……大きな声を出して済まない。お前達からすれば、「俺」の存在は異物でしかないだろう。だが、もう少し時間が欲しい。せめて、王都で事を成すまでは」
 そうすれば、心置きなく「私」に全てを返せる。「俺」が消えても、皆がいてくれるなら「私」は大丈夫だろう。セイアッドは幸せになれる。
 リンゼヒースは途中から口を挟まずに黙って俺の話を聞いていた。静かに此方を見つめる彼の表情からは考えが読み取れない。だが、例え「俺」が拒絶されたとしても此処で邪魔される訳にはいかなかった。何とかして彼を説得しなければ。
「……名を」
「?」
「名前を教えて欲しい」
 それは予想外の質問だった。
「……真咲。真咲・石川だ」
 少し悩んでからこの世界のように名を先にして答える。久方振りに口にした「俺」自身の名は既に懐かしいものになりつつあった。
「マサキ。君に礼を言いたい。リアを救ってくれてありがとう」
 そう言ってリンゼヒースは静かに頭を垂れた。王族に頭を下げさせた事に背筋が粟立つのを感じながら慌てて彼の肩に手をやって頭を上げさせる。
「王族が軽々しく頭を下げるんじゃない」
 予想外の展開に内心気が気でないんだが、何とか冷静を装いながらリンゼヒースを叱れば、彼は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「君がいなければ、俺達は永遠にリアを失っていた。俺達にとってリアは掛け替えのない友人であり、国にとって無くてはならない存在だ。何より……彼を独りにせずに済んだ」
「……そうか、お前も知っているのか」
 小さく頷く姿に溜め息を零す。出来る事なら彼等には聞かせたくなかった。自分達を含めた周囲に見捨てられてセイアッドが自死するなど、知らない方がいい。
「ああ。君達まれびとの知る未来にリアはいないんだろう? その通りになっていたら、きっと俺達は一生深く後悔して生きた事だろう。だが、未来は変わった。他ならぬ君のおかげで」
 夜明けの太陽のような瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。先程見せた冷たさは微塵もなく、ただいつものように明るく力強い瞳がそこにはあった。
「マサキ、俺は君に協力すると誓おう」
 真っ直ぐに向けられる言葉に困惑する。普通は自分の親友が乗っ取られたとなったらもっと嫌悪感や猜疑心を抱くんじゃないだろうか。
 サディアスといい、リンゼヒースといい、妙に飲み込みが良過ぎて此方が困惑してしまう。
「想像でしかないんだが、君とリアは限りなく近しい者なんだろうな。まれびとの知識がなければ、何にも気が付かなかったと思う」
 そうなんだろうか。俺が知るセイアッドはあくまでもゲーム内のキャラクターとして動いていたセイアッドだけだ。過去の振る舞いやゲーム以外での彼を、俺は知らない。
 これまでセイアッドは俺が考えたキャラクターだと思っていたんだが、セイアッドとの繋がりがあったからこそ無意識のうちに日本で彼の存在をキャラクターとして生み出したのかもしれない。
 リンゼヒースからの話を聞きながらもこの世界には俺の知らない事がまだ沢山あるのだと思った。しかし、今はそれを考えるのは後回しだ。
「君はリアであり、リアは君でもある。そんな状態なんだろう。そうで無ければ、自然にリアとして振る舞う事は難しいし、俺達には直ぐにバレていた。それに……」
 一度言葉を区切ると、リンゼヒースは満面の笑みを浮かべて俺の肩を叩いた。
「床に座らせてお説教とか叱り方がまんまリアだった」
「……」
 そこで判断されるのは非常に遺憾だ。
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