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84 旅立ち前夜
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84 旅立ち前夜
その後もリンゼヒースと色々な事を話し合って擦り合わせた。
王都の状況も詳しく聞けたが、決して良い状況ではないようで、話を聞いているだけで頭痛と胃痛がしてきそうだった。まるで厄災だな。どうやらかしたらこの短時間でここまで国が乱せるんだ。
そして、やはり俺が予想していたよりもずっと早く事態は動きそうだ。なんなら、祝夏の宴を待たずして終わるかもしれない。
どうせやるなら同じ様に夜会の場で大々的にやり返してやりたかった気もするが、あまり派手にやっても余計な恨みを買うだけだと思って少しばかり違う方向に舵を切る事にした。シガウスを筆頭に周りには「甘い!」って怒られそうだけど。
ただし、主犯の男を許すつもりはないし、締めるところはきっちり締めるつもりだ。早く収束するという事はその後の問題に使える時間が増えるのと同義だ。迫る疫病や魔物の大量発生に向けて準備する時間が取れるのは大きいだろう。
正直なところ、奸臣を吊し上げるよりも政治に時間を割きたいのが今の本音だ。予想以上にガタガタになっている状況の国政を立て直すのに時間も労力も掛かるだろうし、ラソワを始めとした諸外国にいつまでも弱味は見せられない。
この大陸にはローライツとラソワの他に二つの大きな国とそれらに属するような形で小さな国が幾つかある。お互いに同盟を結んでそれなりに安定しているように見えるが、水面下では隙を狙い合っているような状態だ。何かきっかけがあれば、つけ入ってくる事は明らか。
宰相の不在や王都の状況は既に知られているだろうし、何より大使達の前でラソワとの関係が悪化する瞬間を見られている。モタモタすればする程に国を取り巻く情勢は悪くなっていくだろう。
きな臭い動きをしている連中もいるようなので、やはりそろそろ潮時だったのだと思う。もう少しくらいのんびりしたかったが、それで国が滅んだんじゃ意味がない。
そんな状況で王都に戻ったらどう動くのが良いか。自室の窓辺で夜の湖を見つめながらボンヤリと考えていた。
あっという間に一日が終わって明日は遂に王都へ戻る。オルテガがリンゼヒース達と風呂に入りに行っているから一人きりの寝室で零した溜息は魔石ランプの頼りない灯りに照らされた薄暗い室内に溶けて消えた。
柔らかな月明かりが降り注ぐ湖は黒曜石のように煌めいていて綺麗だ。この光景も暫く見納めとなるのが寂しいな。
ふと視界に入るのは自らの左手。窓辺の椅子に座りながら月明かりに照らされる指輪を見つめる。濃いオレンジ色の宝石が、射し込む月光を浴びて輝くのが綺麗だ。
「……いいなぁ」
左手の薬指に嵌る指輪を見つめながら思わず言葉が零れた。
最近、オルテガの想いを実感する度に、「私」が羨ましくなる。椅子の上で膝を抱えてその膝に顔を埋めながら溜め息を零した。
寂しい、なんて「俺」が思っていい事ではないんだろう。それでも、誰かとこうやって想い合うのは素直に羨ましいなと思う。
セイアッドを滅びの運命から救済すれば、「俺」の存在意義は終わる。そうなれば、「俺」はもう要らなくなる。
この体を「私」に返して、「俺」の存在は消えるのだろう。
「……ずっと分かってた筈なのに……ちょっときついな」
仮初とはいえ、誰かに想われる心地良さを覚えてしまった。誰かを想う愛おしさを知ってしまった。
「今更知ったってもう遅いのに」
指先で指輪をなぞりながら自嘲する。どうせなら、「俺」として生きていた時に知りたかった。
嗚呼でも。昔、歌にあったっけ。この気持ちを知れただけでも幸福な事なのだろう。
例え近く失うとしても何も知らないままだったらきっともっと寂しいままだった。
「俺」の感情に引き摺られて感傷的になるのはいけない事だ。「私」として振る舞うのに邪魔になる。それなのに、今はどうしても誰かに話を聞いて欲しかった。だが、この世界に「俺」個人の事を知る人はいない、真に理解してくれる人もいない。
「リア?」
いつの間にか風呂から戻ってきたらしいオルテガが声を掛けてくる。直ぐに我に返り、顔を上げて笑みを作るがオルテガの表情は曇っていた。
「どうした? 何が悲しいんだ?」
「……何でもないよ。ただ、嬉しくて幸せを噛み締めていた」
察しが良すぎるのも考えものだな。立ち上がって、近寄ってきたオルテガの背に腕を回して抱き着きながら小さな嘘をつく。嬉しいのは本当だ。でも、今はそれ以上に寂しい。
こんな弱い自分を知りたくなかった。そして、彼に知られたくない。早く切り替えなければと思えば思うほど、心がぐちゃぐちゃになっていく。
このまま何もかも打ち明けられたら。いっそ突き放してくれたら楽になるんだろうか。
息が詰まる程強く抱き締め返してくれる熱い体に身を委ねながら、「俺」は思う。このまま死ねたら良いのにと。
何もかも投げ出してこの腕の中で眠りに就けたら…それはそれは幸せな事だろう。だが、そんな事が許される訳もない。
明日、俺達は王都に戻る為に出発する。やらなければならない事が山積みで、「私」も胸の奥に眠っている。「俺」が役目を放棄する訳にはいかない。
「……愛しているよ、フィン」
だから、せめてその日が来るまでは…。
その後もリンゼヒースと色々な事を話し合って擦り合わせた。
王都の状況も詳しく聞けたが、決して良い状況ではないようで、話を聞いているだけで頭痛と胃痛がしてきそうだった。まるで厄災だな。どうやらかしたらこの短時間でここまで国が乱せるんだ。
そして、やはり俺が予想していたよりもずっと早く事態は動きそうだ。なんなら、祝夏の宴を待たずして終わるかもしれない。
どうせやるなら同じ様に夜会の場で大々的にやり返してやりたかった気もするが、あまり派手にやっても余計な恨みを買うだけだと思って少しばかり違う方向に舵を切る事にした。シガウスを筆頭に周りには「甘い!」って怒られそうだけど。
ただし、主犯の男を許すつもりはないし、締めるところはきっちり締めるつもりだ。早く収束するという事はその後の問題に使える時間が増えるのと同義だ。迫る疫病や魔物の大量発生に向けて準備する時間が取れるのは大きいだろう。
正直なところ、奸臣を吊し上げるよりも政治に時間を割きたいのが今の本音だ。予想以上にガタガタになっている状況の国政を立て直すのに時間も労力も掛かるだろうし、ラソワを始めとした諸外国にいつまでも弱味は見せられない。
この大陸にはローライツとラソワの他に二つの大きな国とそれらに属するような形で小さな国が幾つかある。お互いに同盟を結んでそれなりに安定しているように見えるが、水面下では隙を狙い合っているような状態だ。何かきっかけがあれば、つけ入ってくる事は明らか。
宰相の不在や王都の状況は既に知られているだろうし、何より大使達の前でラソワとの関係が悪化する瞬間を見られている。モタモタすればする程に国を取り巻く情勢は悪くなっていくだろう。
きな臭い動きをしている連中もいるようなので、やはりそろそろ潮時だったのだと思う。もう少しくらいのんびりしたかったが、それで国が滅んだんじゃ意味がない。
そんな状況で王都に戻ったらどう動くのが良いか。自室の窓辺で夜の湖を見つめながらボンヤリと考えていた。
あっという間に一日が終わって明日は遂に王都へ戻る。オルテガがリンゼヒース達と風呂に入りに行っているから一人きりの寝室で零した溜息は魔石ランプの頼りない灯りに照らされた薄暗い室内に溶けて消えた。
柔らかな月明かりが降り注ぐ湖は黒曜石のように煌めいていて綺麗だ。この光景も暫く見納めとなるのが寂しいな。
ふと視界に入るのは自らの左手。窓辺の椅子に座りながら月明かりに照らされる指輪を見つめる。濃いオレンジ色の宝石が、射し込む月光を浴びて輝くのが綺麗だ。
「……いいなぁ」
左手の薬指に嵌る指輪を見つめながら思わず言葉が零れた。
最近、オルテガの想いを実感する度に、「私」が羨ましくなる。椅子の上で膝を抱えてその膝に顔を埋めながら溜め息を零した。
寂しい、なんて「俺」が思っていい事ではないんだろう。それでも、誰かとこうやって想い合うのは素直に羨ましいなと思う。
セイアッドを滅びの運命から救済すれば、「俺」の存在意義は終わる。そうなれば、「俺」はもう要らなくなる。
この体を「私」に返して、「俺」の存在は消えるのだろう。
「……ずっと分かってた筈なのに……ちょっときついな」
仮初とはいえ、誰かに想われる心地良さを覚えてしまった。誰かを想う愛おしさを知ってしまった。
「今更知ったってもう遅いのに」
指先で指輪をなぞりながら自嘲する。どうせなら、「俺」として生きていた時に知りたかった。
嗚呼でも。昔、歌にあったっけ。この気持ちを知れただけでも幸福な事なのだろう。
例え近く失うとしても何も知らないままだったらきっともっと寂しいままだった。
「俺」の感情に引き摺られて感傷的になるのはいけない事だ。「私」として振る舞うのに邪魔になる。それなのに、今はどうしても誰かに話を聞いて欲しかった。だが、この世界に「俺」個人の事を知る人はいない、真に理解してくれる人もいない。
「リア?」
いつの間にか風呂から戻ってきたらしいオルテガが声を掛けてくる。直ぐに我に返り、顔を上げて笑みを作るがオルテガの表情は曇っていた。
「どうした? 何が悲しいんだ?」
「……何でもないよ。ただ、嬉しくて幸せを噛み締めていた」
察しが良すぎるのも考えものだな。立ち上がって、近寄ってきたオルテガの背に腕を回して抱き着きながら小さな嘘をつく。嬉しいのは本当だ。でも、今はそれ以上に寂しい。
こんな弱い自分を知りたくなかった。そして、彼に知られたくない。早く切り替えなければと思えば思うほど、心がぐちゃぐちゃになっていく。
このまま何もかも打ち明けられたら。いっそ突き放してくれたら楽になるんだろうか。
息が詰まる程強く抱き締め返してくれる熱い体に身を委ねながら、「俺」は思う。このまま死ねたら良いのにと。
何もかも投げ出してこの腕の中で眠りに就けたら…それはそれは幸せな事だろう。だが、そんな事が許される訳もない。
明日、俺達は王都に戻る為に出発する。やらなければならない事が山積みで、「私」も胸の奥に眠っている。「俺」が役目を放棄する訳にはいかない。
「……愛しているよ、フィン」
だから、せめてその日が来るまでは…。
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