盤上に咲くイオス

菫城 珪

文字の大きさ
95 / 209

84 旅立ち前夜

しおりを挟む
84  旅立ち前夜
 
 その後もリンゼヒースと色々な事を話し合って擦り合わせた。
 王都の状況も詳しく聞けたが、決して良い状況ではないようで、話を聞いているだけで頭痛と胃痛がしてきそうだった。まるで厄災だな。どうやらかしたらこの短時間でここまで国が乱せるんだ。
 そして、やはり俺が予想していたよりもずっと早く事態は動きそうだ。なんなら、祝夏の宴を待たずして終わるかもしれない。
 どうせやるなら同じ様に夜会の場で大々的にやり返してやりたかった気もするが、あまり派手にやっても余計な恨みを買うだけだと思って少しばかり違う方向に舵を切る事にした。シガウスを筆頭に周りには「甘い!」って怒られそうだけど。
 ただし、主犯の男を許すつもりはないし、締めるところはきっちり締めるつもりだ。早く収束するという事はその後の問題に使える時間が増えるのと同義だ。迫る疫病や魔物の大量発生に向けて準備する時間が取れるのは大きいだろう。
 正直なところ、奸臣を吊し上げるよりも政治に時間を割きたいのが今の本音だ。予想以上にガタガタになっている状況の国政を立て直すのに時間も労力も掛かるだろうし、ラソワを始めとした諸外国にいつまでも弱味は見せられない。
 この大陸にはローライツとラソワの他に二つの大きな国とそれらに属するような形で小さな国が幾つかある。お互いに同盟を結んでそれなりに安定しているように見えるが、水面下では隙を狙い合っているような状態だ。何かきっかけがあれば、つけ入ってくる事は明らか。
 宰相の不在や王都の状況は既に知られているだろうし、何より大使達の前でラソワとの関係が悪化する瞬間を見られている。モタモタすればする程に国を取り巻く情勢は悪くなっていくだろう。
 きな臭い動きをしている連中もいるようなので、やはりそろそろ潮時だったのだと思う。もう少しくらいのんびりしたかったが、それで国が滅んだんじゃ意味がない。
 そんな状況で王都に戻ったらどう動くのが良いか。自室の窓辺で夜の湖を見つめながらボンヤリと考えていた。
 あっという間に一日が終わって明日は遂に王都へ戻る。オルテガがリンゼヒース達と風呂に入りに行っているから一人きりの寝室で零した溜息は魔石ランプの頼りない灯りに照らされた薄暗い室内に溶けて消えた。
 柔らかな月明かりが降り注ぐ湖は黒曜石のように煌めいていて綺麗だ。この光景も暫く見納めとなるのが寂しいな。
 ふと視界に入るのは自らの左手。窓辺の椅子に座りながら月明かりに照らされる指輪を見つめる。濃いオレンジ色の宝石が、射し込む月光を浴びて輝くのが綺麗だ。
「……いいなぁ」
 左手の薬指に嵌る指輪を見つめながら思わず言葉が零れた。
 最近、オルテガの想いを実感する度に、「私」が羨ましくなる。椅子の上で膝を抱えてその膝に顔を埋めながら溜め息を零した。
 寂しい、なんて「俺」が思っていい事ではないんだろう。それでも、誰かとこうやって想い合うのは素直に羨ましいなと思う。
 セイアッドを滅びの運命から救済すれば、「俺」の存在意義は終わる。そうなれば、「俺」はもう要らなくなる。
 この体を「私」に返して、「俺」の存在は消えるのだろう。
「……ずっと分かってた筈なのに……ちょっときついな」
 仮初とはいえ、誰かに想われる心地良さを覚えてしまった。誰かを想う愛おしさを知ってしまった。
「今更知ったってもう遅いのに」
 指先で指輪をなぞりながら自嘲する。どうせなら、「俺」として生きていた時に知りたかった。
 嗚呼でも。昔、歌にあったっけ。この気持ちを知れただけでも幸福な事なのだろう。
 例え近く失うとしても何も知らないままだったらきっともっと寂しいままだった。
「俺」の感情に引き摺られて感傷的になるのはいけない事だ。「私」として振る舞うのに邪魔になる。それなのに、今はどうしても誰かに話を聞いて欲しかった。だが、この世界に「俺」個人の事を知る人はいない、真に理解してくれる人もいない。
「リア?」
 いつの間にか風呂から戻ってきたらしいオルテガが声を掛けてくる。直ぐに我に返り、顔を上げて笑みを作るがオルテガの表情は曇っていた。
「どうした? 何が悲しいんだ?」
「……何でもないよ。ただ、嬉しくて幸せを噛み締めていた」
 察しが良すぎるのも考えものだな。立ち上がって、近寄ってきたオルテガの背に腕を回して抱き着きながら小さな嘘をつく。嬉しいのは本当だ。でも、今はそれ以上に寂しい。
 こんな弱い自分を知りたくなかった。そして、彼に知られたくない。早く切り替えなければと思えば思うほど、心がぐちゃぐちゃになっていく。
 このまま何もかも打ち明けられたら。いっそ突き放してくれたら楽になるんだろうか。
 息が詰まる程強く抱き締め返してくれる熱い体に身を委ねながら、「俺」は思う。このまま死ねたら良いのにと。
 何もかも投げ出してこの腕の中で眠りに就けたら…それはそれは幸せな事だろう。だが、そんな事が許される訳もない。
 明日、俺達は王都に戻る為に出発する。やらなければならない事が山積みで、「私」も胸の奥に眠っている。「俺」が役目を放棄する訳にはいかない。
「……愛しているよ、フィン」
 だから、せめてその日が来るまでは…。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

双子のスパダリ旦那が今日も甘い

ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。

子持ちオメガが運命の番と出会ったら

ゆう
BL
オメガバースのblです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

処理中です...