盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編3 ユリシーズとの再会

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王都編3  ユリシーズとの再会
 
「お越しに感謝致します、レヴォネ卿。陛下がお待ちです」
 出迎えてくれた側近が一歩前に出て深々とお辞儀した。丁寧に頭を下げるこの男は陛下が一番信頼していた男だ。爵位は伯爵家と側近にしては低めだが、優秀で誠実な男だと聞いている。
「案内を頼む」
「はっ」
 周囲の視線を感じながらもそちらには目を向けず、真っ直ぐに彼に案内されるままに王城内を歩き出す。
 久方振りに入る王城内は勤めている臣下も使用人も下がった時間だからか奇妙な程静かで寒々しかった。これが時間のせいならいいんだが…。
 そんな人気の無い廊下を先導する男について歩く。案内される先は謁見の間だろうか。恐らく王家からの謝罪があると思うけれど。
 …と思っていたのに先導する男は謁見の間とは全然違う方向へ向かって歩いて行く。奥へ奥へと進んでいくのを訝しみながら「私」の記憶から王城の構造を想起した。
 王城は奥に行く程、或いは上に行く程重要な場所が造られている。謁見の間は王城内でも比較的手前の方にあるのだが、そこへ向かう分岐は通り過ぎてしまった。かと言って玉座がある広間に続く廊下とも道筋が違う。
 はたと思い当たるのは王城でも最奥部にある王家が暮らすプライベートな空間に続く階段だ。国王や王妃、成人前の王族は王城でも奥の奥、更に階段で二階分上がったフロアに暮らしている。今でこそ王城の外に居を構えているリンゼヒースだが、学生時代に「実家は部屋が遠くて戻るのがいちいち面倒くさい。その点、学生寮は直ぐに辿り着くから楽だ」と良くぼやいていた。成程、確かにこの距離をいちいち歩くのは面倒くさい。いや、それよりも本当にこっちで合っているんだろうか?
 黙々と案内してきた男は階段の下で立ち止まる。予想通り、辿り着いたのは王族専用の階段だ。一定の間隔で近衛騎士達が佇む階段は真紅の絨毯が敷き詰められており、豪奢な魔石のライトが辺りを照らしていた。
「私がご一緒出来るのはここまでとなります」
「本当にこちらで良いのか? これより先は王族の私室だろう」
「仰る通りです。しかし、他ならぬ陛下のお望みですので、気にせずお進み下さい」
 いやいや気にするわ。喉まで出かかった言葉を飲みつつ、意を決して階段に足を掛ける。
 王都に戻って早々に想定外の事が起きているが、大丈夫だろうか。そんな一抹の不安を抱えながら俺は豪奢な階段をゆっくりと上がっていった。
 
 フロアを二つ分上がった先、そこには「私」ですら足を踏み入れた事のない空間が広がっていた。
 真紅の絨毯が敷き詰められた広い廊下。深い緑色の壁紙が貼られた壁側には絵画や調度品が上品に飾られており、頭上には惜しげもなく魔石を使用した豪奢なシャンデリアが等間隔に並んで柔らかな光を降り注いでいる。思わず息を飲む程絢爛な空間は全て王族の為に設られたものだ。
 空間に圧倒され、思わず足を止めてしまう。セイアッドとしての記憶があるとはいえ、今現在の意識の主導が日本でも極々普通の一般人でしかなかった「俺」なのでただ歩くのすら恐縮してしまいそうだ。しかし、今現在そうも言っていられない。こういうものにも慣れていかなくては…。
 王都に戻ってきたという事は本格的に貴族が相手になるという事だ。貴族につきものなのはこういった環境だろう。庭に咲く花の種類一つ、廊下に飾る絵の一枚にすら格付けをして見栄を張り合うのが貴族という生き物だ。
 表面上笑顔でも腹の中では何を考えいるのか分からない連中ばかりだろうし、そもそも敵だって黙っていないだろう。どんな手段で足を引っ張ってくるのやら。
 既に領地ののんびりした空気を恋しく思いながら意を決して歩き出す。長い廊下の中には幾つかドアが並んでいるがどいつもこいつもでかくて豪華。庶民の「俺」は気後れ待ったなしである。
 萎縮し、立ち止まって震えそうになるのを叱咤しながら背筋を伸ばして歩いていく。幾つか先のドアの前で人が立っているからそこが目的地だろう。
「中で陛下がお待ちです。どうぞ、お入りを」
「……失礼致します」
 侍従の男に促されるまま中に入れば、そこはどうやらサロンらしい。不確かなのは中に碌な灯りがなくて薄暗いために良く見えないからだ。部屋の広さや置いてある調度品からそう判断したが、まあ間違いはないだろう。まさかいきなり王家の私的なサロンに招かれるとは思いもしなかったが。
 四人で話し合って出した予想ではまずは謁見の間で俺と陛下で話をつけてから後日改めて他の貴族を呼んで名誉回復の場が設けられると思っていた。
 謁見の間を使うという事は公式の場での話し合いとなる。当然内容は記録がつけられるし、その場に合わせた忖度もある程度必要となるだろう。しかし、場所が王家の私室となれば話は変わってくる。
 恐らく王家のサロンに招かれた意図は腹を割って話そうという陛下の意思表示だろう。
 どう転ぶのか予想も出来ぬままに唯一灯りのある窓際へと向かう。そこには魔石ランプの乗ったティーテーブルと椅子が二つ。そのうちの一つには既に誰かが掛けている。
「……急な訪いをお許し下さい、陛下」
 人影に声を掛けながら深く首を垂れる。さて、彼はどう出てくるだろうか。
「顔を上げてくれ、レヴォネ卿。君が頭を下げる謂れはない」
 許しを得たのでゆっくりと顔を上げる。今目の前にいるこの男こそ、国の最高権力者であるユリシーズ・アシェル・ローライツ国王陛下だ。
 リンゼヒースと良く似た髪と瞳の色をしており、顔立ちも良く似ているがやはり十も歳が違うせいか些か老けている印象を受ける。それに、記憶にある顔よりも更に草臥れ老けたような顔をしている。どうやら陛下にも随分と苦労を掛けてしまったようだ。
「戻ってきてくれて良かった。……もう来てくれないかと思っていたから」
 安堵に満ちた声で静かに呟くとユリシーズが立ち上がって俺の手を取った。青白いその手は手はかさついていて激務に追われて手入れする暇もなかった事が察せられる。
「長らく国務を放棄し、申し訳ありませんでした」
 王太子ライドハルトの命令で追放されたとはいえ、やろうと思えば宰相の権能を振るって王都に残る事は可能だっただろう。それを売り言葉に買い言葉で周囲を挑発して俺はさっさと領地に引きあげた。
 国務を放棄し、ユリシーズ一人に負担を掛けてしまった事は紛れもない事実であり、俺の罪だ。その結果、国は荒れ、隣国との関係も悪化しかけているのだから俺自身完全に無罪とはいかないだろう。
 再び深く頭を下げようとすれば、そっと肩に手をやられて止められた。
「いや、君は悪くない。悪いのは未熟にも王威を振るい、身勝手な沙汰を下した我が息子と息子を利用した者達だ。君には何の罪もない」
 ゆるく首を横に振りながらユリシーズはそう言ってくれる。許された事に対する安堵と、何も罰せられない事に対する罪悪感とがないまぜになって複雑な気持ちになる。正直な所、少しくらい責められると思っていたのに。
 ただ、申し訳ないと繰り返すユリシーズの姿は随分小さく見えた。彼もまたこのゴタゴタに巻き込まれた被害者でしかないというのに。
 首謀者共は陛下にも土下座させてやる。絶対にだ。
 そんな決意も新たに俺はユリシーズと話し合いを始めるべく、彼を真っ直ぐに見つめた。
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