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第一巻
Ⅰ章 崩壊する世界•優し過ぎる村
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僕はひとまず薄暗い森を探索してみる事にした。
足下にあった木の枝を拾ってみる。
とても硬くて丈夫で、まるで鉄製のようだった。
不意に静かな足音が何処かから聞こえた。
姿勢を低くし、音に集中する。
すると、音は自分の背後からしている事に気づいた。
すぐさま振り向き、木の枝を構える。
けれど今度は、振り向いた自分の背後から音がした。
その時僕は悟った。
(挟み撃ち…いや、囲まれているんだ)と。
最悪にもこの場所は周りよりも少し盛り上っており、周囲には身を潜められそうな茂みなどが多くある一方こちらは木が多少ある程度だった。
気づくと音は一切しなくなっていた。
遠くの小鳥のさえずりが響き渡る。
次の瞬間、僕の左側から大きな狼のような生物が襲いかかってきた。
口を開け、鋭い牙を露にしながら、放物線を描(えが)くように空中から飛び掛かろうとする生物の前に、僕は咄嗟に手に持っていた木の枝を横にして突き出した。
すると生物は木の枝を噛み、両方の前足を僕の肩に置きながら爪を立てた。
「……ぐっ!」
勢いよく飛び掛かってきたため、危うく押し倒されそうだったが、それに何とか耐えると、木の枝をしっかりと握り締め、「はあぁー!」という声と共に身体を大きく振った。
その勢いで、生物は少しだけ吹き飛ばされた。
しかし、それと同時に襲ってきた生物と同種の生物がほぼ全ての方向から飛び出して襲いかかってきた。
瞬時に最初に襲われた方向には生物がいない事を確認すると、その方向に向かって猛ダッシュした。
(逃げなきゃ、折角の異世界転生を無駄にはしない!)
そんなことを思いながら、でこぼこした地形にたまに足を取られながら必死に走った。
しかし、断然生物達のほうが素早く、僕は後一歩の距離まで追い付かれた。
再び生物に飛び付かれそうになったその瞬間、僕は木の陰から誰かに腕を掴まれ引き寄せられた。
何とか生物の攻撃は躱(かわ)せたが、生物達は直ぐに方向転換をしてこちらを見た。
すると今度は、上から新鮮な肉がいくつか落ちてきた。
生物達はそれをじっくり観察した後、口に咥え一瞬で何処かへ去っていった。
「危なかったねー。」声のした方向を見ると、背後に自分より少し身長の低い160cm前後の白金の瞳をした少女が立っていた。
少女は、白いキャミソール型のトップスに黒地に深緑のラインが入ったパーカーのようなものを羽織り、金の星形の刺繍の入った紺色のミニスカートと白地のニーハイソックスのようなものを着けていた。
「君が助けてくれたの?」僕がそう訊くと、少女は白みがかった金髪のポニーテールを揺らしながら首を振った。
「私はただ、君の腕を引っ張っただけ。本当に助けたのはあの人達だよ。」少女がそう言うと、木の上から何人かの人々が降りてきた。
それを見て、さっきの生物を肉で追い払ってくれた人達なのだと僕は瞬時に理解した。
「助けて頂き、ありがとうございます。」僕は同時に頭を下げた。
「いや、礼はいいさ。それに、自分じゃあ否定しているが、そこのフィリオンが一番最初にお前さんに気づいて、助けようと動いたからな。」口髭を生やし、茶髪オールバックで、灰色のロングコートと黒のロングパンツのようなものを着た集団のリーダーのような男性が少女を指差しながら言った。
僕は少女の方を再び向いた。
「だから私は……」少女がそう言いかけた時、僕はまた否定するんだと察した。
「腕を引っ張っただけだとしても、僕の命は救われた。ありがとう。」
少女が発言する前に笑顔でそう言うと、少女は一瞬呆然としたが直ぐに口角を上げ、
「なら、良かった。」と言った。
「お前さん村の人じゃないな。ここにいちゃ、さっきみたいなのに襲われるかもしれんから、お前さんを俺達の村に案内してやるよ。ついてきな。」先程のリーダー風の男性がそう言って手招きした。
「良いんですか?」僕がそう訊くと、男性は元々上がっていた口角をさらに上げた。
「当たり前だ、丁度俺達も村に帰るとこだったからな。」
「では、お言葉に甘えて。」そう言って僕は集団の後を追って歩き始めた。
歩き始めて1分も経たないうちに少し舗装された道へ出た。
「そうえばまだ、名前言って無かったね。」少女は僕の隣でそう言うと、自分の胸元に右手を当てた。
「私はフィリオン。フィリオン ニーシャ。」次にフィリオンは一番前を歩いていたリーダー風の男性を指差した。
「あの人は、ハルア。ハルア マーゴ。村の外で物資を集めたりする私達のリーダー。」
ハルアは自分の名前が聞こえると、僕の方に笑顔で一瞥した。
「あ、僕の名前は……」それに続き、僕も自己紹介しようとしたが…
「あぁごめん。どうせ村の皆にも紹介するから、皆が集まってる時にお願いしてもいいかな?」とフィリオンは申し訳なさそうに言った。
「別に良いですけど…でも、それだと正体不明の怪しい人ですよ?危険な人かもしれないのに。」
僕はフィリオン達の警戒心の無さに少し不安になった。
「それを自分で言う時点で、君は良い人だよ。それと、いつもその喋り方なの?何て言うか…、言葉がカタイ?んだよね。」
フィリオンは僕の喋り方の違和感をぎこちなく言った。
すると、会話を静かに聞いていた周囲の人達も頷いた。
その時僕はある考えが過(よぎ)った。
(この地域、或いはこの世界に敬語の概念は無いのか?それとも、フィリオン達が知らないだけか…。)
そこまで考えると、少なくとも今は必要の無い考察だと思い、止めた。
「あー、いや、そうだな…。じゃあ、こんな感じでいい?フィリオン。」
「うん!」
フィリオンは元気よく頷きながら言った。
そして今度は、前を向いて指差した。
「あれが私達の村、ラータ村。」
見るとそこには、広い盆地の中に木の棒を束ねた柵に囲われたいくつかの建物郡があった。
建物は全て木造で、屋根や壁などにそれぞれ違ったペイントがされていた。
村の中央には川が流れ、小さな橋が架けられていた。
僕達は道なりに進み、《ラータ村》と書かれた看板が掛かった門を潜って、村に入った。
村に入って暫くすると、村人達が帰りを待っていたと言わんばかりに続々と集まり、あっという間に周りを囲まれてしまった。
「ただいま皆。今日は珍しくお客さんがいてな、村長の家で歓迎会をしようと思うから、ここにいない人達も呼んで来てくれ。」ハルアが言うと、周りは急にソワソワとしだし、ほとんどの人が足早に散って行った。
「俺達は一旦着替えたりしてくるから、フィリオンは村長の家まで案内してやってくれ。」
「うん。」
ハルアの言葉にフィリオンは頷くと、少し前を歩いてから振り向いて、僕を見た。
そして、小さく手招きしながら「こっちだよ。」と言った。
フィリオンについて行くと、少し傾斜を登った所に村全体やその周囲が見渡せそうな
物見櫓(ものみやぐら)が併設された日本風の大きな屋敷があった。
屋敷の門をフィリオンは何の躊躇いもなく開けた。
そして、家の扉も同じように開けると、
「ただいまー。」と言う声を家に響かせた。
(まぁ、そんな予感はしてた。)
案内役にフィリオンが選ばれた時点で、僕はその可能性も考えていた。
「お帰り、フィオ。」玄関にはフィリオンよりも濃い金髪の女性、恐らくは母親と思われる人が立っていた。
「ただいま。母(はー)ちゃん、今日外で人と会って、その人が襲われてから皆で助けたんだ。それで、今ここまで案内して来たんだけど…。」
フィリオンは僕の方を見た。
その目線を追ってフィリオンの母親も僕を見た。
「それは大変だったわね。どうぞ上がって?」
フィリオンの母親は僕に向かって手招きした。
「ありがとう…。」つい癖で敬語になってしまいそうだったが、それを抑え込み、言葉に甘えて家に入った。
家の中まで日本の屋敷のようだったが、違う点としては土足なのと、家具は洋風だった。
フィリオンの母親は僕をリビングに案内すると、「お茶でも持って来るわ。」と言って去って行った。
僕は中心にある大きなテーブルの1辺の側に座った。
「ビックリした?」対面に座ったフィリオンが訊いた。
「?」どの事に対してなのか分からず、僕は首をかしげた。
「私が村長の娘だって事。」
「ああ、いや。予想はしてたから。」
フィリオンは少し驚いた表情をしていた。
「そうなんだ。察しが良いんだね。」
「そうなのかな。でも、たまに推察しすぎてボーっとしちゃうけどね。」
などと雑談しているとフィリオンの母親(※以降フィリ母と略称。)がお茶と焼き菓子らしきものを持って、僕の近くに置いた。
「この村に客なんていつぶりかしら。きっとこの家で歓迎会するのよね。」
「えっ、何も言ってないのに、ハルアと同じ事を…」
ハルアが歓迎会をしたいと言っていたが、その事をフィリ母が聞いた様子はなかった。
「やっぱり、ハルアも同じ事を考えていたのね。
というより、皆同じように考えているんじゃないかしら。」
フィリ母が言い終わると同時に、家の扉を叩く音が聞こえた。
僕はフィリオンと共にフィリ母についていき、玄関の扉が開かれると、そこには大行列があった。
その中にはハルア達の姿もあり、村の人達が集まっているんだということが分かった。
「あ、皆ちょっと待っててね。準備をさっさと終わらせるから。」
フィリ母は扉を開けたまま、その場から離れようとすると、何人かが「手伝うよ。」と立候補して家の中へと入ってきた。
フィリ母と手伝い人は、リビングとは全く違う方向に歩いて行ったので、僕達もついていった。
暫く歩くとそこには、広々とした宴会場があった。
リビングには無かった畳のようなものが、部屋の床に敷き詰められていた。
フィリ母と手伝い人はテーブルなどを準備していた。
「フィオ、席に案内してあげて。」フィリ母は準備を続けながら言った。
「うん。」フィリオンは頷きながら返事をした後、僕の腕を掴んだ。
「こっち。」
そう短く言って、一番奥にあった席へ向かって、腕を軽く引っ張った。
席に着くと、フィリオンが口を開いた。
「今さらだけど、大勢に囲まれても大丈夫?」
「うん、一応は。」
「嫌なら別に…。」
「ううん、皆準備してくれたりしてるから。」
「そっか。」フィリオンは嬉しそうに返事した。
準備が終わると、あっという間に宴会場は人でいっぱいになった。
皆が僕に注目している。
目の前や周りのテーブルには沢山の料理が並べられていた。
僕の隣にはフィリオンとその母、そして銀髪の男性がやって来た。
この男性が言うまでもなく村長だろう。
「村長のスナル ニーシャだ。宜しく。」村長は僕に向かってそう言うと、今度は目の前の村人達の方を向いた。
「皆、よく集まってくれた。」村長が話し出すと、それまでガヤガヤとしていた周囲が静かになった。
「集まった理由は明白だが、今一度言おう、歓迎会だ!」その瞬間、拍手喝采が起こった。
「では、早速自己紹介してくれるか?」村長は僕を見ながら言った。
僕は静かに頷き、立ち上がった。
「僕の名前は、ルーィレ ヴァチタナ。」この名前は、自己紹介がこのタイミングまで延期されたことで生まれた名前だ。
フィリオンに会った時はまだ決まっていなかったが道中、元の世界の名前、たちばな るいを基に思い付いた。
「襲われているところを助けてもらっただけじゃなく、このような宴を開いてくれてありがとう。」
僕が軽く頭を下げると、「いいんだよ。」「遠慮するなー。」といった声が周りから聞こえた。
僕はその言葉に口角を上げつつも、一度目を閉じ、深呼吸をした。そして……
「それともう一つ言っておきたいことがあって。」
周りは再び静かになった。
「信じられないかも…いや、信じなくてもいいけど僕は、違う世界からやって来たんだ。」
すると、段々と周りはガヤガヤとしてきた。
「その話、本当か?」
訊ねてきたのは村長だった。
「ええ。」僕はただ頷いた。
「だとすれば、君は不運な世界に来てしまった…。」村長は悲しげに言った。
「えっ?」僕は以外にもあっさりと違う世界から来た事を受け入れてる村長達とその不穏なワードに驚いた。
「この世界は、後3年程で消滅すると言われている。」
「なっ!」流石に驚きを隠せず、僕は目を大きく開いた。
だが、その瞬間何かが脳裏を駆けた気がした。
「……いや、気にしないで。取り敢えず今は宴を楽しもう。そういう話は後ですればいい。」僕がそう言うと、「そうだな、楽しもう。」、「宴だ宴!」というように周りが騒ぎ始めた。
村長やフィリオンは暫く暗い感じのままだったが、段々周りに影響され、次第に明るくなっていった。
宴はあっという間に終わり、皆次々と帰宅していった。
フィリ母や残った一部の人は片付けなどをしていた。
「…楽しませるつもりが、ショックを与えてしまったな。」再び暗い雰囲気となった村長が言った。
「いや、宴は楽しめから。」
「そうか、それなら良かったが…。」村長はふと外を見た。
「この世界の一部は既に消滅している。だから、我々は楽しく今を生き、終える覚悟は出来ている。だが…。」
「それなんだけど、僕の事は心配いらないよ。僕は世界を移動できる力を持っているから。」
「え!?そんな力持ってるの?」フィリオンが驚きながら言う。
その隣で村長も分かりやすく驚いていた。
「うん。だから僕が心配してるのはこの世界。村の皆も良い人だらけだし、まだ僕が見ていない場所だってある。だから…」僕はゆっくり目を閉じる。そこに思い描くのはたった半日しか過ごしていないこの世界。それだけの時間でも、僕はこの世界は美しいと思った。
だから僕は決断をした。
次の日、僕は早朝に目が覚めた。
親切にも村長達が空いている部屋を貸してくれたのだ。
僕は軽く身なりを整えると、家を出て、近くの物見櫓を登ってみた。
そこからは、まだ輝きの弱い半円の太陽が姿を見せていた。
そこで初めて、昨日の事が夢などではなかった事が確認できた。
辺りの光景を眺めていると、フィリオンも物見櫓へと登ってきた。
「昨日言ってたやつ、本当にやるの?」
「勿論。」
「でも、たった一週間で出来るの?」
「分からない。でも、やらなきゃ。」僕の胸に刻んだ決意が身体中にこだました。
「こうしている間にも、この世界は消滅しているみたいだから。」
僕は、「ふぅ。」と軽く息を吐くと、フィリオンを一瞥した。
そして、「行こっか。」と言うと、フィリオンは「うん。」と答え、僕達は物見櫓を降りた。
降りる前に最後に見た太陽は、光が増し、完全な円形の姿をしていた。
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リビングに行くと、そこには既に朝食が準備されていた。
「あ、おはよう。フィオ、ルーィレ。」奥にあるキッチンから4つのお皿持って出てきたフィリ母が挨拶した。
『おはよう』、母ちゃん。」
僕は挨拶すると、テーブルの上に準備されていた朝食を見た。
そこには、完全に見覚えしかないベーコンエッグの姿があった。
(どうやら、この世界の食事は元の世界と大して変わらないようだ。思い返せば、昨日の宴会も、見慣れた料理が多かった。)
「ちょうど、朝食が出来上がったとこなの。」フィリ母は持っていたお皿をそれぞれの席の前に置いた。
「待ってて、父(ちー)君呼んで来るから。」そう言いながら、フィリ母は着けていたエプロンを外した。
その時、村長が居間へやって来た。
「皆、おはよう。」
『おはよう。』
僕達は同時に挨拶を返したが、フィリオンとフィリ母は少し驚いた表情をしていた。
「珍しいわね。自力で起きて来るなんて。」
フィリ母の言葉に同意するように、フィリオンは頷いた。
「この世界を救おうとしている人がいるんだ。私だって、ずぼらなままじゃいられないよ。」
そして、僕とニーシャ 一家はそれぞれの席に座った。
ニーシャ 一家は掌を合わせると『美味しく食べる!』と言った。
(あっ、流石にそこは違うんだな。でもやってることもその意味もほぼ一緒…。)
「ルーィレの世界でも、こういう文化はあった?」
今のところ、異世界感を全く感じられていないことに、内心逆に驚いていた時、フィリオンが尋ねた。
「うん。というか言い方以外ほぼ一緒だけどね。」
「へぇー、じゃあなんて言ってたの?」
フィリオンにそう訊かれたので、僕はお手本のように料理に向き合って両方の掌を合わせた。
「頂きます。…こういう感じかな。」
「ふーん。ほんとにほぼ一緒だね。でも、やっぱちょっと違和感。」
「はは、それはお互い様だと思うよ。」
苦笑いしながらそう言うと、僕は朝食を食べ始めた。
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食べ終わるタイミングは全員ほぼ同じだった。
ニーシャ 一家は再び掌を合わせた。
『食材にありがとう。』
フィリオンはそう言うと、期待の眼差しでこちらを見てきた。
僕は無言で目を逸らし、空になった皿の方を向いた。そして掌を合わせ、
「ご馳走さまでした。」
「……なんだか、少しでも違う文化を見るのは面白いな。」
フィリオンはじーっと僕を見つめたまま言った。
「うん。分かるよその気持ち。」
僕は立ち上がり、部屋へと戻った。
身支度を整えると、玄関へ向かう。
フィリオンと共に、村長とフィリ母に『いってくる』と言い、家を出た。
そして、ここからとても濃い一週間が始まった。
一日目
最低限身を守れるように、戦闘や狩りが得意な村人達からその基礎を学んだ。
拳、剣、弓、槍、短剣の使い方や即席の武器の作り方まで。
他にも、獣の急所やサバイバルテクニック、基本戦術も教わった。
その場にはハルアの姿もあった。
二日目
魔法や魔術の基礎を簡易的に学んだ。
この世界に魔法があったことに多少安堵しつつ、小さな火球や氷球を飛ばしたり、物を多少動かす程度は出来るようになった。
一方、フィリオンは一所懸命に魔法を出そうとしていたが、一度も出ていなかった。
この世界の魔法は、体内のマナを消費して発動するというよくあるパターンのようだ。
お陰で、その日は前日以上に疲れた。
その場にもハルアの姿があった。
三日目
この世界の一部の植物や生物のことについてと野営を学んだ。
初日に僕を襲った狼のような生物は、《四足歩行肉食生物 ガオミオ》というらしい。
生態はほぼ狼と同じで、群れで行動し、群れで狩りをするらしい。(ていうか名前も入れ替えればほぼオオカミ)
他には、巨体で普段は森の奥などで生活する
《ベリアー》という生物もいるらしい。まだ出会ったことはないが、恐らく熊と似たような生物だろう。
植物は、毒性植物で紫色の花弁に触れると毒性の粉を出す《カルヴェ》という植物や大量のマナを蓄える《マナツボ》という植物等々を学んだ。
野営はキャンプの延長線上だったのですんなり覚えられた。
そして、この三日目の教師役はハルアだった。
四日目
早朝に目覚め、支度を素早く終わらせると、前日にハルアから手渡されたリュックを背負って、フィリオンと共に家を出た。
村の入り口まで行くと、そこにはハルアをはじめとした僕をこの村まで案内してくれたメンバーがいた。
「もしかして、待たせちゃった?」
フィリオンが訊くと、ハルアは首を横に振った。
「いいや、時間通りだ。早速出発しよう。」
ハルアがそう言うと、全員が頷き、歩き始めた。
「皆、付き合ってくれてありがとう。」
「いいって、俺達とお前さんの仲だろう?」
僕は静かに頷いた。
この日は、消えかけているという世界の一端を調査する為に村を出た。
しかし、その場所に到着するのに半日以上はかかる為、この日と次の日の半日を調査に当てる事にした。
前日までの3日間の学びはこの日に備えての事だった。
道中、小休止を何度か挟みながら僕達は目的地へ到着した。
それは森の中で突然現れた。
そこには、半径20m程の白い大穴があった。
少し観察すると、謎の白|が大地を侵食している事が分かった。
そして侵食した所は少しずつ崩れて、光となって消えた。
「成る程、これが……。」
「私も初めて見たけど、これは…何て言うか…凄い。」
ハルアは大穴をしばらくじっと見つめていた。
「…よし、少し離れたところにテントを張ろう。」
皆が頷き、その場から少し離れた所に各々でテントを張った。
さらに、魔法を使って周囲の枝などで簡易的な柵を建てた。
それから調査を再開させた。
しかし、日は暮れ始め、調査できる時間が僅かになっていた。
僕達は陸地と白|の境目に立ち調査を開始した。
唯一ハルアだけは何かあった時、助けられるように僕達の少し後ろにいた。
僕は出来るだけ情報を集めようと、色々な事を試してみた。
まず、水をかけてみたが、水が白|に近付いた瞬間水が白|となり、光となって消えた。
他にも色々な物を近付けたが、全て光となって消えた。
次に、危険ではあったが触れてみることにした。
幸い触れる程度では何の影響も無いようで、掴むことも出来た。
触感は砂や砂利などに似ていた。
しかし、持ち上げると手の隙間からさらさらとこぼれ、全て光となった。
臭いもせず、この白|は無という概念が実体化したものかと思えるほど、なにも無かった。
やがて、日が落ち調査が困難になった為、僕達はキャンプ地へ戻った。
焚き火を皆で囲み、お肉や野菜を煮込んだ鍋などを食した。
「…やっぱり俺が前に見た時よりもでかくなってやがる。」ハルアが腕を組み、目を閉じながら言った。
「…確か、ハルアが第一発見者なんだっけ?」
僕は村長から訊いた情報を確認した。
「ああ。一ヶ月程前に、この辺でしか取れないものを取りに来たんだが、その時に発見したのは5cm程度の穴だった。」
「それが、あんなに…」フィリオンは目を大きく開きながら、暗闇に包まれた穴の方向を見ていた。
「…取り敢えず、今日は食べたら休もう。明日も早いから。」僕の発言に皆賛同し、食事の後皆は各々のテントに入って行った。
しかし、僕はその夜直ぐには寝ることが出来なかった。
(消える世界を取り戻す方法が果たして他の世界にあるのだろうか。試してもいないがそもそも、本当に他の世界に行けるのだろうか。)
実際に世界の消滅を目にしたことで、様々な不安要素が頭の中で嵐を巻き起こしていた。
そうして頭を抱えているところに、ある人物が訪ねて来た。
「ルーィレ、ちょっと……いい?」フィリオンだった。
しかし、いつもと違いどこか元気が無かった。
「うん。」と頷き僕はテントの外に出た。
「ごめんね。寝るとこだったのに。」
「ううん。寝れなかったから。」
「そうなの?」フィリオンは意外そうに首をかしげた。
「うん。…それより、フィリオンこそどうしたの?」
「実は私も寝れなくて。」そう言うとフィリオンは少しだけ場所を移した。
僕に背を向け、ゆっくりと深呼吸をした。
次の瞬間、トンッと軽い衝撃が僕の前方から加わった。
見ると、僕の腹部にフィリオンが抱き付いていた。
「え…フィリオン?」
「ごめん、暫くこうさせて。」
僕は静かに頷き、黙り込んだ。
「私さ、この世界が消えるの…前から予言で知ってはいたんだ。その覚悟もしていたつもりだった…。」
フィリオンは暫く間を置いた。
「…でも、実際に目にしてみて私怖くなちゃった。あれが侵食してきて、私達もああやって光になっちゃうのかなって考えたら眠れなくて…!…それで…!」フィリオンは静かに泣いていた。
第三者からすると分からないだろうが、抱き付かれている僕からすると、どれほど恐怖していて、どのくらい泣いているのかが伝わってくる。
「…私自身はまだいい。でも、皆が…、家族や友人、子供達が消えるのが怖い…!」
フィリオンの脚が崩れ、膝で立っていた。
その時、僕はそれまであった不安が一気に吹き飛んだ。
(彼女は、不安なんかじゃなく恐怖してるんだ。それも自身のことではなく仲間のことで。
それに比べたら、僕の不安なんてちっぽけなものだ。
僕に良くしてくれたこの世界の崩壊を止めよう、僕の命に代えてでも。)
僕はフィリオンの肩に手を置いた。
「大丈夫。言ったよね、僕が救ってみせるって。」
「…うん……あ!いや信用して無かったってことじゃないからね。…ただその…」フィリオンは急に立ち上がり手を一所懸命に振った。
「分かってるよ。というか、むしろ今の言葉に感謝したいぐらい。」
「…え?」振る手をピタッと止めたフィリオンは目を大きく開けていた。
「僕も、あの光景を実際に目にして、少し不安になっていたんだ。本当にこれを何とか出来るのか?って。
でも、フィリオンの言葉を聞いて、それでもやらなくちゃって思えたんだ。」
結局のところ、考え方は何も変わっていなかった。[出来るかどうかは分からないけどやってみる]ってこと。
だけど、それを再確認させてくれたフィリオンには感謝しかなかった。
こんなに早く、挫折&復帰するの中々無い展開だと自分でも感じていた。
「…取り敢えず、明日も早いしもう寝よう。」
僕がそう言って、お互いのテントへと戻った。
五日目
夜明けの少し前に僕は起きた。
テントを出ると、薄暗い空の下(もと)に、軽く運動しているハルアがいた。
「お、早いな。」
こちらを見たハルアが軽く手を振った。
「ハルアこそ。」
「俺はリーダーだからな。周囲の警戒や焚き火を焚いといてやらないと。」
「相変わらず優しいね。なんか手伝うよ。」
「お、じゃあ焚き火やっといてくれるか?俺は周辺見てくる。」
僕は頷いて、魔法を使って焚き火を焚き始めた。
ふと薄暗い空を見た。
遠くには数多の星々が、輝くのが見えた。
(そういえば、ここは地球なのだろうか。それとも、別の星系なのだろうか。やはり、自分の目で異世界を見ると色々な事に興味が湧くな。ん?あれは北極星?)
そこには徐々に明るくなる空に一際明るく光る星が自身の真上に見えた。
さらに視線をそこから右の方に向けると、同じく目立って光る、先程よりも大きな星があった。
(まさか、明けの明星!?…ということは…いや、断定するのは早いか…。)
そんな事を考えていると、ハルアが見回りから戻って来た。
そして日が出て、皆がテントから出てきた。
その後皆で朝食を囲んだ。
しかし、前日もそうだったが一人だけ食事の挨拶が違うのは気恥ずかしかった。
が、毎度フィリオンの期待の目があった為仕方なく元の世界での挨拶をし、朝食を食べ終え、テントを片付け、大穴の調査を再開した。
昨日、調査した際に触れた事をまず思いだし、僕は容器に入れる事を試みた。
しかし、小さな試験管型の容器を白|に近づけた瞬間、昨日の他の物と同じように消えた。
そこで今度は手でさっと掬い、全てこぼれてしまう前に容器の中に入れ、蓋をした。
すると、試験管型容器が消える事なく白|を確保する事が出来た。
そこで僕はある確信を持った。
僕は付近で試行錯誤しているハルア達を呼び寄せ、白|が入った容器を見せた。
容器の中での白|はまるで霧そのものが液体になったかのように、粒子の塊がゆらゆらと動いていた。
それを見て、皆が驚いた。
「よく容器に入れられたな。俺達は何度やっても容器の方が消えたんんだが。」
ハルアは下顎を撫でながら、まじまじと白|を見た。
「それなんだけど、一つ分かった事があるかも。昨日、この白|に手を入れてみたんだ。」
「え!?。」「大丈夫なの?」
皆が驚いた表情や心配そうな目で見てきた。
僕は軽く頷くと話を続けた。
「うん。何一つ問題はないよ。でね、何で大丈夫だったんだろうって考えた時思ったんだ。もしかしたらこの白|は質量以上のものは侵食出来ないんじゃないかって。」
『…?』
辺りに静寂が広がったが、そこに大きな疑問符が存在していたのは一目瞭然だった。
この状態になることを予期していた僕は、自信ありげにニヤッと笑った。
「簡単に説明すると、例えばこの容器に土を入れて、水を入れたとする。水が多ければ土はバラバラになり泥水になるけど、水が少ないと土に水は吸収され水の方が無くなる。」
僕は持っていた容器を少し掲げた。
「これも多分似たようなもので、白|の粒子で物体を囲めれば侵食できるけど、粒子に触れていない部分が多いと侵食出来ないんじゃないかな。」
「じゃあ、大きなものでかき集めたり、埋め立てたりすればこの侵食は止められるの?」
フィリオンが言って、僕は少し考えたが、直ぐに首を振った。
「いや、ある程度は抑えられるかもだけど、完全じゃないと思う。なぜなら、さっき例に出した水のようなものだとすれば、地下にどんどん侵食し、そこから地表へ広がる可能性があるからね。」
「そうだな。それに、そんなことで侵食が止められるのなら、ここまで大事にはなってないからな。」
僕とハルアの言葉に、フィリオンは俯いた。
「そっか…。」
「…だが、触れる事が出来たというのは大きな進展だ。早速確保作業に移ろう。」
皆が頷き、一斉に白|の回収作業が始まった。
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暫くして、白|が入った試験管型容器が、20本程とガスボンベのような細長いタンク1本分が回収された。
「…よし、そろそろ引き上げるぞー。」
ハルアの声と共に、皆は容器を魔法の水泡のようなもので囲い、それを袋に詰めた。
僕はタンクを背負った人や、袋を持った人の分のテント道具の入ったリュックを持った。
そして、皆がハルアの前に立ち「それじゃ、帰ろう。」と言うハルアの声と共に歩き出した。
/
「そうえば、僕はこの白|を研究やサンプルの用途で持ち歩くつもりだけど、ハルア達はどうするの?」
道中歩きながら、僕はハルアに聞いた。
「ん?まぁこっちも同じようなもんだ。知り合いの研究者に持ってたりして解析してもらうつもりだ。」
「そっか…って…あれ…。」
「…ああ。」
僕達の目の前には一匹のガオミオが敵意剥き出しでこちらを睨んでいた。
「ど、どうするの?手持ちにお肉はないし、村までも遠いけど…。」
重たい空気が周囲に充満した。
こいう時、戦って撃退又は殺害が一般的だろうが、あの村の人達はそれを好まない。
見ず知らずの僕をすんなり受け入れ、僕の話を信じてくれる、超がつく程の善良人達だ。
故に、この場面でも前回のように追い払う事を考える者が多かった。
ただ一人、隊の安全を第一に考えていたハルア以外は。
「…しょうがない、こうなったら…。」
そう言ってハルアは腰の後ろにある両刃剣に手を置いた。
(このままじゃハルアはあのガオミオを殺す)そう思った僕は思わず口を開けた。
「待って!」
その声にハルアやフィリオン達は驚きを隠せずにいた。
「僕が何とかしてみる。」
僕は荷物を置いて、ゆっくりとガオミオに近付いた。
「おい!?」
ハルアは僕の肩を掴んで止めた。
「大丈夫、剣を取らなくたって、傷つけなくたって、どうにか出来る。」
振り向かずにそう言って僕は前に歩んでいった。
(とても、狂暴化している。僕が最初に出会ったガオミオよりも恐ろしい。武器はある、だが使いたくはない。)
ガオミオが急に飛びかかって来たのを見て僕はすかさず右前方にローリングした。
ガオミオは着地と同時に、身体の前身を軸にし180度回転し、こちらを睨んだ。
(…今後の旅で様々な困難に僕は出会うだろう。故にこの程度の困難、突破しなければ!)
僕は一瞬だけ周りを見渡した。
(どこを見ても草木だらけの森の中、地の利は明らかにあちらにある。)
次にガオミオの後ろにいたハルア達を見た。
(協力してもらう?いや、全員戦闘訓練はしてるだろうが無駄に仲間達を怪我させたくない。それにサンプルもある。万が一があっては危険だ。)
そして再び、目の前のガオミオを見た。
(ハルア達の方が距離は近い筈なのに、こちらを敵視し続けている。という事は、攻撃性が高いというよりも防衛本能で動いているのか?)
「なら…」
ガオミオは先程と同じようにこちらに向かって飛びかかって来た。
僕は目の前に魔法で水泡を生成した。
水泡はゴム質のボールのように勢いのあるガオミオを受け止め、さらに弾き返した。
弾き返されたガオミオが地面に着地するその瞬間を狙って僕は、ガオミオに抱き付き、口を掴んだ。
「ねぇ!誰か睡眠魔法とか使えない!?」
暴れるガオミオを抑え付けながらハルア達に向かってそう叫んだ。
すると1人が走って来て、その華奢な手がガオミオに触れると、ピタッと動きを止め、眠りについた。
それを確認した僕は、「ふぅ」と息を吐くと、顔を上げてガオミオを眠らせた張本人と顔を合わせた。
「ありがとう、フィリオン。」
僕はそう言ったが、フィリオンは首を振った。
「ルーィレが抑えてくれたおかげ。」
フィリオンは手の平を見つめた。
「私の魔法は、質は良いんだけど、発射することが出来なくて…だからこうやって触れる必要があるんだよね。」
フィリオンは手を下ろし、俯いた。
「はぁ、私がもっと上手く魔法を使えれば…。」
僕はそんなフィリオンの肩を軽く叩いた。
「確かにフィリオンが上手く魔法を使えるようになれば、かなり助かるかもしれない。でも、ここにそれを気にする人はいるの?」
僕は周囲にいた調査隊の人達の顔を見渡した。
「僕にはいないように見えるよ。」
フィリオンはゆっくりと顔を上げ、僕を見つめた。
「…ふふ。」
するとフィリオンは突然くすくすと笑い始めた。
「へ?何で笑うの?」
「だって、ハルアと言ってる事一緒なんだもん。」
「えっ」
僕は反射的にハルアを見た。
「ふっ、そうだな。ほとんど同じだ。」
そう言いながらハルアは僕の肩に手を乗せた。
「言ったろフィリオン。皆気にしてない、お前がむしろ気にしすぎだってさ。」
フィリオンは静かに頷いた。
「うん、そうだね。」
僕は何だか損したような気分になったが、フィリオンが笑っているのを見て安心した。
そして、フィリオンの隣で眠っているガオミオに目を向けた。
「あ、そうだ。皆少し静かにしてくれる?」
僕は口元に人差し指を置いて、静かにするよう促した。
静かになった森の中で耳を澄ました。
すると、そう遠くはない場所から子犬のような鳴き声が聞こえた。
僕は寝ているガオミオを抱え、すぐさまその方向へと走り出した。
「皆、こっち。」
「あ、ちょっと待って。」
フィリオンは突然走り出した僕を必死に追った。
鳴き声はどんどん大きくなり、大きな岩が見えた所で僕は手を広げ、フィリオンに止まるよう指示した。
ゆっくりと鳴き声に近付くと、そこにはガオミオの子供と思わしき生物が3匹集まっていた。
「わ、可愛い。」
「そうだね、でも…。」
3匹の中心にはぐったりと倒れたガオミオの子供とそれを座って見つめる一匹のガオミオがいた。
ガオミオはこちらに気づき、子供を守ろうと立ち上がったがフラフラとしていて、僕達の近くに来た瞬間倒れてしまった。
慌てて僕とフィリオンはそのガオミオに近付いた。
フィリオンが、かがんでガオミオを触ってみた。
「だいぶ疲れてるみたい。」
「そっか、フィリオンはその子見てて。」
そう言って僕は抱えていたガオミオをそっと置いて、奥でぐったりとしていた子ガオミオに近付いた。
ゆっくりと身体を触ってみる。
(耳が熱い、心拍数が上がってる、息も少し荒い、高熱に近い症状?)
そう考えていると、後ろからハルア達が来た。
「あ、ハルアこっち。」
僕はハルアを手招きして子ガオミオの様子を見せた。
ハルアは子ガオミオの身体の上で手を広げ、魔法で解析した。
「これは…もしかしたら魔力暴走症かもしれねぇ。」
「魔力暴走症?」
「ああ、人間や生物には体内の魔力…つまりマナがあって、それを使って魔法が使える事は学んだよな?」
僕は頷いた。
「マナは生まれた時からあって、身体の成長と共にどんどん貯蔵量が増える。しかし、その貯蔵量が増えたタイミングでマナツボなどの魔力を大量に含んでいるものを摂取或いは近くで呼吸すると、マナが身体中に広がり、熱や呼吸困難になったりする。」
「…対処方は?」
「カルヴェを使う。」
「え?カルヴェって確か毒性植物じゃ…」
「そうだ。だが、カルヴェには身体毒と魔力毒の2種類が合わさっている。今回使うのはカルヴェの毒性を薄め、魔力毒のみを抽出したものだ。魔力毒にはマナを食べるという特性があるからな。」
そう言って、ハルアは自身のリュックの中から小さな袋に入った紫色の粉を取り出した。
「だが、薄めたと言っても毒は毒。下手すれば苦しめる事になる。そこで…」
言いながら今度は青色の粉を取り出した。
「これはマナツボの花を粉末にしたものだ。」
「マナツボ!?だって…」
「お前さんの言いたい事は分かる。だが、これは天然のとは違って魔力量が調整されている。」
ハルアは袋を開け、それぞれの粉を魔法で右手と左手に纏わせた。
「少々強引だがこの2つで魔力量を調整する。お前さんコイツの魔力量見れるか?自分のマナを感じる時みたいにコイツのマナを感じてみてくれ。」
僕は頷き、マナの流れを意識してみる。
すると、子ガオミオから段々と青白いオーラが広がっていった。
「見えた。凄い魔力量、全体の260%ってとこかな。」
「分かった、それじゃ100%のところまで誘導してくれ。」
僕は静かに頷き、ハルアの治療を見守った。
ハルアは魔法で手に纏わせた粉を子ガオミオの各所に落としていった。
「魔力量減少、230…190…150…速度緩めて。」
ハルアは僕の指示を聞くと、落とす粉の量を調整した。
「130…120…115…110…108…7…6…5…4…3…2…1…0…。」
ハルアは手を止め、僕を見た。
「僕の目に狂いがなければ誤差無しだ。お疲れハルア。」
僕は喜びが抑えきれず、笑みを溢した。
「良かったー。」
フィリオンを含む他の隊員達の安堵の声が広がる。
「いや、まだ目覚めた訳じゃない。気を抜くな。」
ハルアのその一言で場は静寂に包まれた。
皆の視線が子ガオミオに向けられる。
すると、ぐったりとしていた子ガオミオが目を開け、立ち上がった。
突然、その子ガオミオが走り出し、辺りを駆け回った。
今度こそ助かった事が確認でき、場には再び安堵の声が広がった。
「見事な手腕だねハルア。」
「お前さんこそ、良く的確なパーセントを言えたな。」
「まぁ、そいうのは慣れてるからね。」
(ボスの体力とかパーセントや割合で見てたし。)
「やばっ」ハルアが小言で言うと、突然立ち上がった。
「悪いが皆、ここで時間使った分急いで帰るぞ。ついて来てくれ。」
ハルアはガオミオ一家に軽く手を振ると早々に歩き出した。
他の隊員もそれに続く。
「元気でね。」
一時眠らせていたガオミオの頭を撫でていたフィリオンもそう言って去っていった。
僕は最後にガオミオ一家全員が元気な事を確認した。
「じゃあ、またね。」
僕はそう言うと、ハルア達の後を追った。
『はぁ、はぁ、はぁ。』
「何とか、日没に、帰って来れたな。」
僕達はほぼ予定していた時間に村に帰って来る事が出来た。
もっとも、道中走ったりなどしたため体力を大きく使う事になったが。
そのため僕達は村の入り口でマラソン選手がゴールした時の如く地面に座り込んでいた。
ハルアは何とか立ち上がり、僕達を見た。
「皆相当疲れただろう。サンプルは俺がこの辺の村の外れで管理しとくから、皆は家に帰ってゆっくり休め。」
そう言うと、隊員が一人一人立ち上がり、
「すまんハルア。じゃあ俺は先に休むよ。」
「ごめんなさい。家族にも心配かけたくないから。」
という感じで、各々家に帰って行った。
「お前さん達も今日は帰ってゆっくり休め。」
ハルアは僕達を見て言った。
「いや、僕も一緒に残って管理するよ。最初に確保したのは僕だしね。」
「あ、じゃあ私も。」
僕に続くようにフィリオンが手を上げながら言った。
「でも、フィリオンは家族が待ってるだろう?」
「うーん、じゃあ母ちゃんに許可もらって来る。」
フィリオンはそう言って走り出して、数歩のところで足を止めた。
「あ、母ちゃん。父君。」
フィリ母と村長兼フィリ父が手を振りながらこちらに歩いて来た。
「そろそろ着いてる頃合いだと思って来ちゃった。お帰り、フィオ。」
「うん。ただいま母ちゃん、父君。」
村長はその言葉に笑顔で頷くと、ハルアの方を向いた。
「お疲れさん。ん?後ろのものは…まさか?」
「ああ、研究サンプル用に持ち帰った白|。だが、ちゃんとした保管場所が作られて無いから、安全の為にも今日はこの辺でテントを張るよ。」
「そうか。」
大きく頷いた。
「あ、僕も今日はこの辺で休むよ。」
「君も?」
「うん、白|を確保したものとしての責任があるからね。」
ハルアが掌を上にして、僕を指した。
「ルーィレが最初に白|の採取方を確立したんだ。」
「ほうそうか。君のお陰で、崩壊に抗う一歩を踏み出せたんだな。ありがとう。」
僕は少し頭を下げる村長に対し、首を横に振った。
「あ、そうだ。母ちゃんと父君に言いたい事があるんだった。」
思い出したように言ったフィリオンの方をフィリ母と村長は向いた。
「私も2人と同じようにこの辺で寝てもいい?」
村長とフィリ母は顔を見合わせた。
「どうして?」
フィリ母が笑顔で訊く。
「うーんと、だってー、あーそう、一緒にやるって決めたから。村長の娘として、うん、決めたから。」
それは僕がこの村に初めて来た時の夜、宴が終わり、皆が帰った後、僕が下した決断を話した時。
この世界に来た初日、夜
「僕はこの力を活かしてこの世界を救いたい。いや、救う絶対に。」
フィリオンと村長は愕然としていた。
「あ、いやしかし、そうは言ってもどうするつもりなのだ?」
「まずは、一週間でこの世界の崩壊の原因となっているものの観察や研究、出来ることならサンプルまで持ち帰りたい。勿論その前に多少の訓練や勉学は必要だと思うけど。」
「たった一週間で!?」
フィリオンの言葉に僕は頷いた。
「崩壊の原因や理屈の解明にどれだけの時間がかかるか分からない。だから、出来る事は早めにやっておきたいんだ。サンプルを持ち帰る事が出来れば、他の世界でも研究する事が可能かも。」
「…それが、君の選ぶ道か?」
僕は強く頷いた。
村長は静かに目を閉じた。
「その道はきっと厳しいだろう。殆どが己の身を焦がす事になる。それでも、その道を進むか?」
僕に迷いは無かった。
「うん、この選択を変える事はしない。例え何があろうと、僕はこの道を進む。《世界》を救う。」
この時の《世界》とは、フィリオン達の世界だけでは無く、これから訪れるであろう世界も含めての発言だった。
困っている人に手を伸ばし、助けを求める人の前に現れる、そんな、いつか憧れたようなヒーローに、勇者になってみたいと思ったから。
「なら、私も一緒に行く。君がこの世界で最初に会った人として、村長の娘として、君の負担を少しでも減らしたいから。」
フィリオンの勇気あるその言葉は、僕にとってとても衝撃的だった。けれども、少し嬉しかった。
「でも、いいの?」
「だって、ずっと他人任せっていうのも申し訳ないし、それに……」
「それに?」
フィリオンは少し笑った。
「…それに、ただ見てるだけなんてつまらないからね。」
現在
「私は、フィリオンの下した判断なら別に構わない。何、家にいない時間が1日増えただけだ。」
「そうね。家から遠く離れている訳でもないし。フィオはもう小さな子供じゃないんだから。」
「えっと、じゃあ?」
フィリオンの目が村長とフィリ母の間を行ったり来たりしていた。
「ええ、いいわよ。3人で会話でも楽しんで。」
「うん、ありがとう母ちゃん、父君。」
「ええ。…ところで…ルーィレ?ちょっといいかしら?」
フィリ母はフィリオンから少し距離を取った所から小さく手招いた。
「?」
不思議に思いながらも僕は、フィリ母にゆっくり近付いた。
フィリオン、村長、ハルアは聞こえた内容からしてサンプルをどうするかの方針を話していた。
〔ねぇ、ルーィレ。訊いてもいいかしら?〕
フィリ母は小言で言った。
「何を?」
僕がそう言うと、フィリ母は口元に人差し指を当て、目線を一瞬だけフィリオンに向けた。
〔フィオとはどういう関係になった?〕
「?」
〔恋人?〕
「え?いや…」
〔それとも結婚した?〕
「あのー」
〔ああもしかして、もう肉体の触れ合いをしたのかしら?〕
「な!?」
フィリ母の怒涛の3連撃の言葉を聞き、頭の中はツッコミたい事だらけだったがそっと押し殺した。
〔それでー…どうなの?〕
「いやいやいやいやいや、何もないよ!?大体まだ一週間も過ごしてないって。」
「ふーん……。」
フィリ母は僕をじっくり見つめた。
そして唐突に軽く笑った。
「それもそうね。ちょっと気が早かったみたい。ごめんね。」
「あー、うん。」
(うーん、気が早いとかいうレベルじゃない気がするけど。)
そう考えていると、フィリ母はフィリオンの方を向いた。
「でもあの娘、あなたに何かを感じているような気がするのよね。」
「何か?」
「そう、何なのかは分からないけど、でも僅か一週間弱であそこまで一緒にいたいって言うものだから、あなたに一目惚れでもしたんじゃないかなって思ちゃった。」
「だとしても一週間弱じゃそんなに発展しないって。」
「ふふ、どうかしら?」
「何話してるの?」
振り返ると、フィリオンがこちらへ近付いて来ていた。
「なんでなもないわ。ちょっとした雑談。」
「ふーん。ルーィレ、そろそろテント張ろう?」
「うん。そうだね。」
「それじゃあ母ちゃん達は帰るわね。何かあったらいつでも帰って来てもいいからね。」
「うん。分かった。」
フィリ母はその言葉に頷くと、振り向いて去っていった。
と思ったら、数歩の所でこちらに半身を向け、姿勢を少し低くして、片手で口元の片側を覆った。
そして小言で
〔眠ってるとこを襲っても…〕
と言われ、反射的に僕は
「しないから!!」
と少々大きな声で言った。
フィリオンは驚き、フィリ母は微笑みながら村長と一緒に帰っていった。
「?どうしたのルーィレ?」
「ああいや、ごめん。なんでもないよ。」
「母ちゃん、襲うとかなんと言ってたような気がするけど…ルーィレ、誰かと戦うの?」
「いやーそういう訳じゃないけど…取り敢えずテント張ろう。」
「うん!」
「…フィリオンの母って…なんか色々凄いね…。」
「?母ちゃんは凄いよ?」
/
テントを張り終え、ハルアが準備した焚き火を3人で囲っていた。
焚き火の上には鉄の鍋が置かれ、その中では前回と同じように肉や野菜がグツグツと煮込まれていた。
ただし、前回は鍋料理のようなものだったが、今回は野菜スープ或いはコンソメスープのようなものだった。
「言ってくれれば手伝ったのに…。」
僕はハルアに向かって言った。
「まぁ難しいもんでもないし、これぐらいはリーダーの務めだからな。さて、そろそろ出来ただろう。」
ハルアは立ち上がって、鍋から皿に装い、パンと一緒に僕とフィリオンに手渡しした。
スープを一口飲んでみると、疲れた身体に染みるように味が深く広がった。
「美味しい。」
「うん、とっても。」
「はは、ありがとよ。」
ハルアは少し気恥ずかしそうに、笑顔で答えた。
「ところで、ハルアは元々は医者か何かだった?」
「ん?まぁそうだが、話したっけか?」
僕は首を横に振った。
「でも、子ガオミオの時のあの動き、あの判断、あの技術を見て、かなって。」
そう言うとハルアは軽く笑った。
「お前さん、やっぱり優れた観察眼と直感力を持ってるな。ガオミオとの戦闘でも衝撃吸収用の魔法を応用してガオミオを傷つける事なく鎮圧していたし。」
「でも、最終的に眠らせたのはフィリオンだよ。」
「私は本当に最後だけだよ。それまで頑張ってくれたルーィレのお陰。」
「それに、あの魔法も魔法を使う事自体も、お前さん訓練以外だとあれが初めてだろ?」
「うん、だけど魔法の使い方は学んでたし、衝撃吸収の魔法はその直前に見てたからイメージしやすかった。」
「はははは、やっぱお前さん、天才の類いだ。」
「えぇ?そう?」
「普通1日そこらで魔法はあんなに咄嗟に発動出来たりしねぇって。」
「うんうん。ルーィレは魔法の天才だよ。はぁ、それに比べて私は非凡、いやそれ以下…。」
「いや、前も言ったがフィリオンは常人よりも高密度のマナを有している。イメージが出来ないから至近距離でしか魔法が使えないと言っていたがそもそも、そのマナをコントロールするだけでも十分凄い事なんだ。だから、フィリオンは非凡と言うよりも特別と言った方が正しい。」
「特別…かー。それならもっと頑張らないと。」
「あ、ちょっといい?」
僕は右手を上げて主張した。
「それなんだけどさ、絵があればイメージしやすかったりする?」
「絵かー。うん、確かにそれならっ。」
「成る程な、そういう手段があったか。」
フィリオンは希望の光を見つけ、ウキウキしていた。
その後は少し雑談をし、食器を片付け、再び焚き火を囲った。
「ところでハルア、明日は保管場所の作成?」
「ああ、そうだな。」
僕が訊くと、ハルアは頷いてそう答えたが、直後少し俯いて顎に手を置いた。
「しかし、どうしたもんかな。まさかサンプルを持って帰れるとは思って無かったからな。建築は疎か設計図すらない状態だ。」
「それなら今考えよう。」
「何か考えが?」
「うーん、取り敢えず白|が万が一漏れ出しても大丈夫なように縦か横、或いは両方に広さが必要だ。でないと侵食されるからね。」
「確かにな。他には見た目、素材、骨組みに、内装ってとこか。」
「素材、テルディエはどう?」
「テルディエ?」
聞き覚えのない単語に思わず発言したフィリオンの方を向いた。
「ルーィレが私と最初に会った時に持ってたあの枝、その大元の木の事。」
「ああ…これの事?」
僕はバックパックに付けていた白銀の枝を取り出した。
「そうそれ。」
「確かにテルディエなら防水性、耐火性、防法性など、あらゆる耐性が優れているが…。」
そこでハルアは悩み始めた。
「何か問題が?」
「今言ったようにテルディエは耐久性に優れている。それ故、加工も難しいんだ。切る事に関しちゃ何度も繰り返せば切れるが、問題は接着魔法が効かない事だな。」
「普通の釘は刺さらないし、テルディエで作った釘はお互いが反発して刺さらなかったんだっけ?」
「ああ。」
フィリオンの捕捉に何かが頭を過る。
(釘は使えない…なら釘を使わないで建築……っ!)
「ねぇ、切る事は出来るんだよね?」
「ああ。時間はかかるがな。」
「それ精密に出来る?」
「魔法を駆使すれば出来ると思うぞ。」
(あるじゃんあるじゃん、釘を使わない建築!日本が世界に誇る技術!いいねぇ、ようやく異世界転生らしくなってきたー!)
「なら、方法はあるかも。」
「え、本当?」
フィリオンの言葉に僕は頷く。
「どんな方法だ?」
「ええとね…」
(詳しい事は分からないけど、仕組みならなんとなく理解してる。)
「凹凸を使って組み合わせるんだ。例えば…」
(そしてこの技術を使うのなら、自然と見た目、骨組み、内装も決まって来る!)
六日目
目を開けると、寝ている僕の上にフィリオンが乗っていた。
「フィリオン?何にしてるの?」
「何って…決まってるじゃん。ほらっ早く私とイイコトしよっ?」
フィリオンの両手が僕の顔へ迫る。
「うわ!」
僕は咄嗟に飛び起きた。
周りを見渡すが、そこにフィリオンの姿はない。
(はぁ、夢か。)
頭を抱えながら安堵の息を吐く。
(フィリ母のせいで変な夢見た。……忘れよっ。)
僕は頭を抱えたまま、テントを出た。
まだ少し夜空の残る空を眺めながら深呼吸した。
(それよりも、今日からは重役だ!頑張らないと。)
「おっ、相変わらず早いな。」
「そっちこそ。本当に寝てる?」
朝ご飯を準備するハルアに言う。
「勿論だ。一応言っとくが、俺もさっき起きたばかりだからな。」
「そっか。何か手伝うよ。」
そう言って、ハルアに近付いた時、フィリオンが眠そうにテントから出てきた。
「…おはよー。」
「お、フィリオン。おはよう、珍しく早いな。」
「うん、何か目が覚めて。早起き練習には丁度良いかなって。」
「おはよう、フィリ…」
フィリオンの顔を見た瞬間、夢の事が脳内に浮かび上り、数秒間フィリオンから目を逸らした。
「?どうしたのルーィレ。私の顔に何か?」
「あ、いや。おはよう、フィリオン。」
「うん、おはよ。」
(はぁ、忘れるとは言ったが、本人がこんなに近くにいるなら早々には無理そうだな…。)
そして、その後は3人で朝食を食べた。
もはやこの世界の食事の挨拶も慣れ、僕だけ挨拶が違う気恥ずかしさにも慣れてきた。
朝食を食べ終えると道具や、テントを片付け、サンプルの近くに行った。
暫くすると、他の隊員達や大工、建築家などが集まってきた。
どうやら、昨日中に僕達が設計図を作ると踏んで、隊員達があらかじめ大工や建築家に声をかけていたらしい。
全員が集まると、サンプルを持って、村の入り口付近を離れ、村の外の余っている土地にやって来た。
サイズを確認し、枠を決めると魔法の力によりあっという間に土台が完成した。
しかし、僕の不安と緊張はどんどんと高まっていた。
(設計図はあるし、ハルアや他の建築家からも認められはしたが果たして上手くいくのか…いやまずはやってみないと。)
それから現場は主に資材運搬班、資材加工班、建築班に別れていた。
僕は設計図を元に建築班に細かい指示を出したり、不備がないか監視及び管理作業をしていた。
それから時間が流れるように経ち、遂に建物が完成した。
朝から始めた建築だが、気付けば夕暮れとなっていた。
「ようやく完成だ!…て…あれ?」
そう、夕暮れで完成したのだ。
(早くない?早すぎない!?魔法大工こわ~。)
「でも、まぁいっか。皆!お疲れ!完成だよ!」
それを聞いた者は、各々喜びを露(あらわ)にした。
僕は完成した建物を見上げた。
それはお寺のお堂のような三角の屋根が四方にあり、中心には五重塔のようなものがそびえ立っていた。
瓦屋根ではないし、白銀一色だが和風な建物が出来上がった。
(そうえば、釘を使わない建物はないとかいう話も何かで見たことある気がするけど、これは正真正銘の釘無し建物だ!もしかして、人類初のコトしちゃった?)
そんな事を考えながら、僕は早速サンプルを手にし、ハルア達と共に建物の入り口に立った。
入り口部分の建築にはハルアが関わったらしく、ハルア本人かハルアの認めた人しか入れないようになっているらしい。
入り口の扉にハルアが手を翳(かざ)すと、扉が左右にスライドした。
中に入ると広々とした空間が広がっていた。
中央の大柱付近に近づき、ハルア達は小型のドラム式洗濯機のようなものを設置していった。
「それは?」
「これはサンプルをより安全に保管出来る外部からの衝撃に強いカプセルだ。」
ハルア達はそのカプセルの中に小型のサンプルを丁寧に入れ、タンク容器のサンプルは、それが入る大型のカプセルに入れられた。
サンプルがしっかり保管された事を確認した僕達は、保管所から出た。
「ふぅ、取り敢えずこれで一件落着かな。」
僕はそう言って、思いっきり背伸びをした。
「いや、最後にルーィレに頼みたい事がある。」
「?、なにかな?」
僕が振り返えると、ハルアは保管所を指差していた。
「お前さんが設計したんだ。折角だから名前をつけてくんねえか?」
「そっか。ああうん、そうだね。」
設計に夢中で、名前なんて考えていなかった僕はその場で考えて始めた。
「そうだなぁ、うーん。《ホーブレイ》と名付けよう。」
名前を発言した瞬間、ハルアやフィリオン、隊員達、大工達、建築家などから一斉に拍手が鳴り響いた。
希望<ホープ>と勇気<ブレイブ>を掛け合わせた造語。
白|は勇気を持って掴んだ希望であることからそう名付けた。
夜
久々に<といっても3日ぶりぐらいだが>ニーシャ宅にフィリオンと僕は帰り、食卓を囲んでいた。
「…ああそうだ村長。村の皆にホーブレイは好きに色を塗って良いって伝えて。」
「良いのか?」
訊かれて僕は頷いた。
「他の家は色があるのに、あれだけ無いのは何か寂しいし。」
「そうか、分かった伝えよう。」
「ありがとう。」
そう言って、僕は食事を終えた。
「明日はどうするの?」
フィリオンが訊いてきた。
「うーん。まぁ、物資集めかな。明後日にはこの世界を発つつもりだから、次の世界でも使えそうなものを集める。」
「…そっか。じゃあ、私も手伝う。」
フィリオンの声は微かに震えていたような気がした。
「…うん、ありがとう。」
しかし、僕は敢えてそれに触れる事はせず、言葉を返した。
七日目
朝食を食べ、フィリオンと共に家を出た僕は、まずホーブレイへ向かった。
ホーブレイでは大工達や建築家が撤収作業を行っていた。
そこには余ったテルディエの板材や棒などがあった。
貰っていいか訊いてみたところ、あっさり了承してくれた。
しかし、ただで貰う訳にはいかないと思い、撤収の手伝いをした。
次に、ハルア達と共に森で、木の実や野草などを採取した。
フィリオンは得意な分野だからか、張り切って採取作業を行っていた。
遅めの昼食を摂り、最後にニーシャ宅にあった本をいくつか手に取り、物見櫓に登った。
「別にここまで付き合う必要無かったのに。」
僕は一緒に登って来たフィリオンに言った。
「一緒にって言ったからね。それに、本読むの嫌いじゃないしっ。」
「そっか。」
僕はそう言って本を読み始めた。
本にはこの世界や国の歴史が書かれていた。
この世界には、主に8つの大陸に別れているようで、ラータ村のあるスウェルコ大陸、その西にあるヴェルラ大陸、スウェルコの南にあるアンデイ大陸、スウェルコの南西にあるサバズウィ大陸、極西にあるテダルコ大陸、極東にあるミルマカ大陸、極南にあるニジェニア大陸、極北にあるモワゾクル大陸があるようだ。
ラータ村はスウェルコ大陸の大国、ゼゼの正反対に位置し、かなりの辺境のようだ。
その後もこの国歴史や地理は勿論、他の国についても軽く目を通した。
気がつけばもう日は沈みかけていた。
「…もうすぐ夜だね。」
夕日を眺めていた僕に気付いたフィリオンが言った。
「そうだね。そして眠る時間がきて、明日になれば僕は行く。」
「ルーィレは早く行きたい?」
「うーん、少し寂しくはあるけど、一刻も早くこの世界を救いたいから。」
「そう…だよね。…ごめん、先に戻るね。」
「ああ…うん。」
フィリオンは足早に去って行った。
円形だった夕日は山の陰に沈んでゆき、日の光は弱くなって、やがて消えた。
それを見た後僕は、ニーシャ宅へと戻った。
/
「あ、ルーィレ、こっち。」
声のした方を見ると、フィリオンが手招きしていた。
(あの方向は…ああもしかして。)
なんとなくの予想はつきながらも、僕はフィリオンに付いて行った。
その先には宴会場が広がっており、席なども準備されていた。
僕は初日と同じ奥の席に案内された。
「じゃ、ここで待ってて。直ぐに皆来ると思うから。」
フィリオンの言葉通り、少し時間が経っただけで、沢山の人が集まって来て、5分程した頃には全員が集まっていた。
そして、村長がグラスを片手に立ち上がった。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。ルーィレは明日から、我らの世界を救う為に他の世界へと旅立つ。その旅路の安全を祈願して乾杯。」
『乾杯。』
村長に続くように村の人々がそう叫ぶ。
そして、賑やかな宴会が始まった。
「君こそが希望だ。」「どうか、世界を救って。」
などの言葉をかけられながら僕は食事や会話を楽しんだ。
しかしふと、フィリオンを見てみると静かな笑顔を張り付けたまま食事がほとんど減っていなかった。
僕はそっとフィリオンに近づき声をかける。
「手が止まってるよフィリオン。」
「え?あっ…。」
「折角なんだから、食べた方が良いよ。」
フィリオンは無言で頷いた。
その後はそのまま宴会を皆で楽しみ、やがて終わり、お風呂に入って、ベッドで横になった。
僕は目を閉じて、もう一度自分のしたいことを確認する。
(僕は世界を救いたい。困っている人を助けたい。…でも、ヒーローのように強くもなければ、勇者ほど勇気がある訳でもない。僕に出来るのは異世界を行き来して、全く違う文明の繋ぎ手となること。そう、例えば物品なんかを運んで……その在り方はまるで……)
翌日
今日もまた、早朝に目が覚めた。
支度をし、リビングへ向かうと、フィリ母が朝食の準備をしていた。
「ああ、ルーィレ。おはよう。今、一人分出すわね。」
そう言って、テーブルに皿を置き始めた。
それは、この世界に来て最初に食べた朝食と同じメニュー。
今となっては、もはや懐かしいとまで言える。
「頂きます。」そう言って食べ始め、「ご馳走さまでした。」と言って食事を終えた。
「じゃあ、行ってくる。」
「もう違う世界に行くの?」
フィリ母に訊かれ、僕は首を横に振る。
「いや、まずはホーブレイに行ってサンプルを一つ持ったら、村の入り口から出ま…出るよ。」
久々に敬語が出てきかけたが、直ぐに訂正した。
「そう、じゃあ頑張ってっ。」
「うん。」
僕は頷き、ニーシャ宅を離れた。
ホーブレイに向かう途中の道にハルアがいた。
「よ、一旦ホーブレイか?」
「うん。サンプルを一つ貰いに。」
「そうか。」
ホーブレイへの道をハルアと共に歩く。
「そうえば一つ訊きたい事があったんだ。」
「何だ?」
「まぁ予想が付かない訳じゃ無いんだけど…どうして僕が武術や魔法を学んでいた時もハルアいたの?」
その時丁度ホーブレイに着き、中へと入った。
「お前さんを見守るのってのもあったし、武術も魔法もトップは俺だからな。」
僕はカプセルの中からサンプルを取り出し、リュックに入れた。
「だろうと思った。何でも出来るんだね、ハルアは。」
「まぁな。何でもではないと思うが。」
「…そうだね。」
僕達はホーブレイを出て、村の入り口に向かった。
そこには恐らく、ラータ村の村人全員が集まっていた。
僕に気付いた村人達は僕に声援を送ってくれた。
「フィリオン、いねぇな。」
「うん…。でも、僕も行かなきゃ。」
「…そうだな。元気で頑張れよ。」
「うんっ、定期的に戻って来るよ。」
そう言いながらハルアに手を振り、入り口に向かって足を踏み出した。
もうすぐ村を出るところで、一人の影が僕の前に姿を現した。
「改めて、どうか頼んだよ。」
「任せて、村長。」
村長は僕の言葉に、笑顔で何度か頷いた。
「…もう一つだけ頼まれてくれないか?」
僕は首をかしげた。
その時、僕の後方から荒い息遣いと、素早い足音が聞こえた。
「ルーィレ!ちょ…と…待っ…って…!」
僕の前に来たフィリオンは、ゼェゼェと息を切らしていた。
その背中には、僕と同じようにリュックを背負っていた。
「私…も、私も…連れて…行って…。」
その言葉を聞いた瞬間、僕は村長に目線を合わせた。
「いいんですか?」
「ああ、私達は前に言った通り、フィリオンが決めた事なら反対しない。」
「でも、きっと危険だよ?僕だって、守れるか分からない。」
「…それでも、それでも私はルーィレと一緒に行きたい。この世界を救いたいし、色んな景色を見てみたいから。」
息を整えたフィリオンの言葉を聴き、ふと横を向く。
そこには笑顔で手を振るフィリ母がいた。
「大丈夫、自分の身は自分で守れるようにするから。」
僕は口角を上げ、フィリオンが言っていたことを思いだす。
「[それに、ただ見てるだけなんてつまらないから]かな?」
僕の言葉にフィリオンは少し驚いていたが、直ぐに笑顔で頷いた。
「うんっ!」
「分かった、じゃ、一緒に行こう。」
「ありがとう。」
村長の言葉に僕は静かに首を横に振って、フィリオンと共に村を出た。
僕は目を閉じて、目の前の何も無い空間に手を翳す。
すると、手から金色(こんじき)の糸のようなものが飛び出して、光る扉を編み出した。
僕はフィリオンの手を握って、扉の中へと向かった。
(世界と世界を繋ぎ、物品なんかを運んだりする。そう、その在り方はまるで…行商人。僕は今日から異世界行商人となる!)
足下にあった木の枝を拾ってみる。
とても硬くて丈夫で、まるで鉄製のようだった。
不意に静かな足音が何処かから聞こえた。
姿勢を低くし、音に集中する。
すると、音は自分の背後からしている事に気づいた。
すぐさま振り向き、木の枝を構える。
けれど今度は、振り向いた自分の背後から音がした。
その時僕は悟った。
(挟み撃ち…いや、囲まれているんだ)と。
最悪にもこの場所は周りよりも少し盛り上っており、周囲には身を潜められそうな茂みなどが多くある一方こちらは木が多少ある程度だった。
気づくと音は一切しなくなっていた。
遠くの小鳥のさえずりが響き渡る。
次の瞬間、僕の左側から大きな狼のような生物が襲いかかってきた。
口を開け、鋭い牙を露にしながら、放物線を描(えが)くように空中から飛び掛かろうとする生物の前に、僕は咄嗟に手に持っていた木の枝を横にして突き出した。
すると生物は木の枝を噛み、両方の前足を僕の肩に置きながら爪を立てた。
「……ぐっ!」
勢いよく飛び掛かってきたため、危うく押し倒されそうだったが、それに何とか耐えると、木の枝をしっかりと握り締め、「はあぁー!」という声と共に身体を大きく振った。
その勢いで、生物は少しだけ吹き飛ばされた。
しかし、それと同時に襲ってきた生物と同種の生物がほぼ全ての方向から飛び出して襲いかかってきた。
瞬時に最初に襲われた方向には生物がいない事を確認すると、その方向に向かって猛ダッシュした。
(逃げなきゃ、折角の異世界転生を無駄にはしない!)
そんなことを思いながら、でこぼこした地形にたまに足を取られながら必死に走った。
しかし、断然生物達のほうが素早く、僕は後一歩の距離まで追い付かれた。
再び生物に飛び付かれそうになったその瞬間、僕は木の陰から誰かに腕を掴まれ引き寄せられた。
何とか生物の攻撃は躱(かわ)せたが、生物達は直ぐに方向転換をしてこちらを見た。
すると今度は、上から新鮮な肉がいくつか落ちてきた。
生物達はそれをじっくり観察した後、口に咥え一瞬で何処かへ去っていった。
「危なかったねー。」声のした方向を見ると、背後に自分より少し身長の低い160cm前後の白金の瞳をした少女が立っていた。
少女は、白いキャミソール型のトップスに黒地に深緑のラインが入ったパーカーのようなものを羽織り、金の星形の刺繍の入った紺色のミニスカートと白地のニーハイソックスのようなものを着けていた。
「君が助けてくれたの?」僕がそう訊くと、少女は白みがかった金髪のポニーテールを揺らしながら首を振った。
「私はただ、君の腕を引っ張っただけ。本当に助けたのはあの人達だよ。」少女がそう言うと、木の上から何人かの人々が降りてきた。
それを見て、さっきの生物を肉で追い払ってくれた人達なのだと僕は瞬時に理解した。
「助けて頂き、ありがとうございます。」僕は同時に頭を下げた。
「いや、礼はいいさ。それに、自分じゃあ否定しているが、そこのフィリオンが一番最初にお前さんに気づいて、助けようと動いたからな。」口髭を生やし、茶髪オールバックで、灰色のロングコートと黒のロングパンツのようなものを着た集団のリーダーのような男性が少女を指差しながら言った。
僕は少女の方を再び向いた。
「だから私は……」少女がそう言いかけた時、僕はまた否定するんだと察した。
「腕を引っ張っただけだとしても、僕の命は救われた。ありがとう。」
少女が発言する前に笑顔でそう言うと、少女は一瞬呆然としたが直ぐに口角を上げ、
「なら、良かった。」と言った。
「お前さん村の人じゃないな。ここにいちゃ、さっきみたいなのに襲われるかもしれんから、お前さんを俺達の村に案内してやるよ。ついてきな。」先程のリーダー風の男性がそう言って手招きした。
「良いんですか?」僕がそう訊くと、男性は元々上がっていた口角をさらに上げた。
「当たり前だ、丁度俺達も村に帰るとこだったからな。」
「では、お言葉に甘えて。」そう言って僕は集団の後を追って歩き始めた。
歩き始めて1分も経たないうちに少し舗装された道へ出た。
「そうえばまだ、名前言って無かったね。」少女は僕の隣でそう言うと、自分の胸元に右手を当てた。
「私はフィリオン。フィリオン ニーシャ。」次にフィリオンは一番前を歩いていたリーダー風の男性を指差した。
「あの人は、ハルア。ハルア マーゴ。村の外で物資を集めたりする私達のリーダー。」
ハルアは自分の名前が聞こえると、僕の方に笑顔で一瞥した。
「あ、僕の名前は……」それに続き、僕も自己紹介しようとしたが…
「あぁごめん。どうせ村の皆にも紹介するから、皆が集まってる時にお願いしてもいいかな?」とフィリオンは申し訳なさそうに言った。
「別に良いですけど…でも、それだと正体不明の怪しい人ですよ?危険な人かもしれないのに。」
僕はフィリオン達の警戒心の無さに少し不安になった。
「それを自分で言う時点で、君は良い人だよ。それと、いつもその喋り方なの?何て言うか…、言葉がカタイ?んだよね。」
フィリオンは僕の喋り方の違和感をぎこちなく言った。
すると、会話を静かに聞いていた周囲の人達も頷いた。
その時僕はある考えが過(よぎ)った。
(この地域、或いはこの世界に敬語の概念は無いのか?それとも、フィリオン達が知らないだけか…。)
そこまで考えると、少なくとも今は必要の無い考察だと思い、止めた。
「あー、いや、そうだな…。じゃあ、こんな感じでいい?フィリオン。」
「うん!」
フィリオンは元気よく頷きながら言った。
そして今度は、前を向いて指差した。
「あれが私達の村、ラータ村。」
見るとそこには、広い盆地の中に木の棒を束ねた柵に囲われたいくつかの建物郡があった。
建物は全て木造で、屋根や壁などにそれぞれ違ったペイントがされていた。
村の中央には川が流れ、小さな橋が架けられていた。
僕達は道なりに進み、《ラータ村》と書かれた看板が掛かった門を潜って、村に入った。
村に入って暫くすると、村人達が帰りを待っていたと言わんばかりに続々と集まり、あっという間に周りを囲まれてしまった。
「ただいま皆。今日は珍しくお客さんがいてな、村長の家で歓迎会をしようと思うから、ここにいない人達も呼んで来てくれ。」ハルアが言うと、周りは急にソワソワとしだし、ほとんどの人が足早に散って行った。
「俺達は一旦着替えたりしてくるから、フィリオンは村長の家まで案内してやってくれ。」
「うん。」
ハルアの言葉にフィリオンは頷くと、少し前を歩いてから振り向いて、僕を見た。
そして、小さく手招きしながら「こっちだよ。」と言った。
フィリオンについて行くと、少し傾斜を登った所に村全体やその周囲が見渡せそうな
物見櫓(ものみやぐら)が併設された日本風の大きな屋敷があった。
屋敷の門をフィリオンは何の躊躇いもなく開けた。
そして、家の扉も同じように開けると、
「ただいまー。」と言う声を家に響かせた。
(まぁ、そんな予感はしてた。)
案内役にフィリオンが選ばれた時点で、僕はその可能性も考えていた。
「お帰り、フィオ。」玄関にはフィリオンよりも濃い金髪の女性、恐らくは母親と思われる人が立っていた。
「ただいま。母(はー)ちゃん、今日外で人と会って、その人が襲われてから皆で助けたんだ。それで、今ここまで案内して来たんだけど…。」
フィリオンは僕の方を見た。
その目線を追ってフィリオンの母親も僕を見た。
「それは大変だったわね。どうぞ上がって?」
フィリオンの母親は僕に向かって手招きした。
「ありがとう…。」つい癖で敬語になってしまいそうだったが、それを抑え込み、言葉に甘えて家に入った。
家の中まで日本の屋敷のようだったが、違う点としては土足なのと、家具は洋風だった。
フィリオンの母親は僕をリビングに案内すると、「お茶でも持って来るわ。」と言って去って行った。
僕は中心にある大きなテーブルの1辺の側に座った。
「ビックリした?」対面に座ったフィリオンが訊いた。
「?」どの事に対してなのか分からず、僕は首をかしげた。
「私が村長の娘だって事。」
「ああ、いや。予想はしてたから。」
フィリオンは少し驚いた表情をしていた。
「そうなんだ。察しが良いんだね。」
「そうなのかな。でも、たまに推察しすぎてボーっとしちゃうけどね。」
などと雑談しているとフィリオンの母親(※以降フィリ母と略称。)がお茶と焼き菓子らしきものを持って、僕の近くに置いた。
「この村に客なんていつぶりかしら。きっとこの家で歓迎会するのよね。」
「えっ、何も言ってないのに、ハルアと同じ事を…」
ハルアが歓迎会をしたいと言っていたが、その事をフィリ母が聞いた様子はなかった。
「やっぱり、ハルアも同じ事を考えていたのね。
というより、皆同じように考えているんじゃないかしら。」
フィリ母が言い終わると同時に、家の扉を叩く音が聞こえた。
僕はフィリオンと共にフィリ母についていき、玄関の扉が開かれると、そこには大行列があった。
その中にはハルア達の姿もあり、村の人達が集まっているんだということが分かった。
「あ、皆ちょっと待っててね。準備をさっさと終わらせるから。」
フィリ母は扉を開けたまま、その場から離れようとすると、何人かが「手伝うよ。」と立候補して家の中へと入ってきた。
フィリ母と手伝い人は、リビングとは全く違う方向に歩いて行ったので、僕達もついていった。
暫く歩くとそこには、広々とした宴会場があった。
リビングには無かった畳のようなものが、部屋の床に敷き詰められていた。
フィリ母と手伝い人はテーブルなどを準備していた。
「フィオ、席に案内してあげて。」フィリ母は準備を続けながら言った。
「うん。」フィリオンは頷きながら返事をした後、僕の腕を掴んだ。
「こっち。」
そう短く言って、一番奥にあった席へ向かって、腕を軽く引っ張った。
席に着くと、フィリオンが口を開いた。
「今さらだけど、大勢に囲まれても大丈夫?」
「うん、一応は。」
「嫌なら別に…。」
「ううん、皆準備してくれたりしてるから。」
「そっか。」フィリオンは嬉しそうに返事した。
準備が終わると、あっという間に宴会場は人でいっぱいになった。
皆が僕に注目している。
目の前や周りのテーブルには沢山の料理が並べられていた。
僕の隣にはフィリオンとその母、そして銀髪の男性がやって来た。
この男性が言うまでもなく村長だろう。
「村長のスナル ニーシャだ。宜しく。」村長は僕に向かってそう言うと、今度は目の前の村人達の方を向いた。
「皆、よく集まってくれた。」村長が話し出すと、それまでガヤガヤとしていた周囲が静かになった。
「集まった理由は明白だが、今一度言おう、歓迎会だ!」その瞬間、拍手喝采が起こった。
「では、早速自己紹介してくれるか?」村長は僕を見ながら言った。
僕は静かに頷き、立ち上がった。
「僕の名前は、ルーィレ ヴァチタナ。」この名前は、自己紹介がこのタイミングまで延期されたことで生まれた名前だ。
フィリオンに会った時はまだ決まっていなかったが道中、元の世界の名前、たちばな るいを基に思い付いた。
「襲われているところを助けてもらっただけじゃなく、このような宴を開いてくれてありがとう。」
僕が軽く頭を下げると、「いいんだよ。」「遠慮するなー。」といった声が周りから聞こえた。
僕はその言葉に口角を上げつつも、一度目を閉じ、深呼吸をした。そして……
「それともう一つ言っておきたいことがあって。」
周りは再び静かになった。
「信じられないかも…いや、信じなくてもいいけど僕は、違う世界からやって来たんだ。」
すると、段々と周りはガヤガヤとしてきた。
「その話、本当か?」
訊ねてきたのは村長だった。
「ええ。」僕はただ頷いた。
「だとすれば、君は不運な世界に来てしまった…。」村長は悲しげに言った。
「えっ?」僕は以外にもあっさりと違う世界から来た事を受け入れてる村長達とその不穏なワードに驚いた。
「この世界は、後3年程で消滅すると言われている。」
「なっ!」流石に驚きを隠せず、僕は目を大きく開いた。
だが、その瞬間何かが脳裏を駆けた気がした。
「……いや、気にしないで。取り敢えず今は宴を楽しもう。そういう話は後ですればいい。」僕がそう言うと、「そうだな、楽しもう。」、「宴だ宴!」というように周りが騒ぎ始めた。
村長やフィリオンは暫く暗い感じのままだったが、段々周りに影響され、次第に明るくなっていった。
宴はあっという間に終わり、皆次々と帰宅していった。
フィリ母や残った一部の人は片付けなどをしていた。
「…楽しませるつもりが、ショックを与えてしまったな。」再び暗い雰囲気となった村長が言った。
「いや、宴は楽しめから。」
「そうか、それなら良かったが…。」村長はふと外を見た。
「この世界の一部は既に消滅している。だから、我々は楽しく今を生き、終える覚悟は出来ている。だが…。」
「それなんだけど、僕の事は心配いらないよ。僕は世界を移動できる力を持っているから。」
「え!?そんな力持ってるの?」フィリオンが驚きながら言う。
その隣で村長も分かりやすく驚いていた。
「うん。だから僕が心配してるのはこの世界。村の皆も良い人だらけだし、まだ僕が見ていない場所だってある。だから…」僕はゆっくり目を閉じる。そこに思い描くのはたった半日しか過ごしていないこの世界。それだけの時間でも、僕はこの世界は美しいと思った。
だから僕は決断をした。
次の日、僕は早朝に目が覚めた。
親切にも村長達が空いている部屋を貸してくれたのだ。
僕は軽く身なりを整えると、家を出て、近くの物見櫓を登ってみた。
そこからは、まだ輝きの弱い半円の太陽が姿を見せていた。
そこで初めて、昨日の事が夢などではなかった事が確認できた。
辺りの光景を眺めていると、フィリオンも物見櫓へと登ってきた。
「昨日言ってたやつ、本当にやるの?」
「勿論。」
「でも、たった一週間で出来るの?」
「分からない。でも、やらなきゃ。」僕の胸に刻んだ決意が身体中にこだました。
「こうしている間にも、この世界は消滅しているみたいだから。」
僕は、「ふぅ。」と軽く息を吐くと、フィリオンを一瞥した。
そして、「行こっか。」と言うと、フィリオンは「うん。」と答え、僕達は物見櫓を降りた。
降りる前に最後に見た太陽は、光が増し、完全な円形の姿をしていた。
/
リビングに行くと、そこには既に朝食が準備されていた。
「あ、おはよう。フィオ、ルーィレ。」奥にあるキッチンから4つのお皿持って出てきたフィリ母が挨拶した。
『おはよう』、母ちゃん。」
僕は挨拶すると、テーブルの上に準備されていた朝食を見た。
そこには、完全に見覚えしかないベーコンエッグの姿があった。
(どうやら、この世界の食事は元の世界と大して変わらないようだ。思い返せば、昨日の宴会も、見慣れた料理が多かった。)
「ちょうど、朝食が出来上がったとこなの。」フィリ母は持っていたお皿をそれぞれの席の前に置いた。
「待ってて、父(ちー)君呼んで来るから。」そう言いながら、フィリ母は着けていたエプロンを外した。
その時、村長が居間へやって来た。
「皆、おはよう。」
『おはよう。』
僕達は同時に挨拶を返したが、フィリオンとフィリ母は少し驚いた表情をしていた。
「珍しいわね。自力で起きて来るなんて。」
フィリ母の言葉に同意するように、フィリオンは頷いた。
「この世界を救おうとしている人がいるんだ。私だって、ずぼらなままじゃいられないよ。」
そして、僕とニーシャ 一家はそれぞれの席に座った。
ニーシャ 一家は掌を合わせると『美味しく食べる!』と言った。
(あっ、流石にそこは違うんだな。でもやってることもその意味もほぼ一緒…。)
「ルーィレの世界でも、こういう文化はあった?」
今のところ、異世界感を全く感じられていないことに、内心逆に驚いていた時、フィリオンが尋ねた。
「うん。というか言い方以外ほぼ一緒だけどね。」
「へぇー、じゃあなんて言ってたの?」
フィリオンにそう訊かれたので、僕はお手本のように料理に向き合って両方の掌を合わせた。
「頂きます。…こういう感じかな。」
「ふーん。ほんとにほぼ一緒だね。でも、やっぱちょっと違和感。」
「はは、それはお互い様だと思うよ。」
苦笑いしながらそう言うと、僕は朝食を食べ始めた。
/
食べ終わるタイミングは全員ほぼ同じだった。
ニーシャ 一家は再び掌を合わせた。
『食材にありがとう。』
フィリオンはそう言うと、期待の眼差しでこちらを見てきた。
僕は無言で目を逸らし、空になった皿の方を向いた。そして掌を合わせ、
「ご馳走さまでした。」
「……なんだか、少しでも違う文化を見るのは面白いな。」
フィリオンはじーっと僕を見つめたまま言った。
「うん。分かるよその気持ち。」
僕は立ち上がり、部屋へと戻った。
身支度を整えると、玄関へ向かう。
フィリオンと共に、村長とフィリ母に『いってくる』と言い、家を出た。
そして、ここからとても濃い一週間が始まった。
一日目
最低限身を守れるように、戦闘や狩りが得意な村人達からその基礎を学んだ。
拳、剣、弓、槍、短剣の使い方や即席の武器の作り方まで。
他にも、獣の急所やサバイバルテクニック、基本戦術も教わった。
その場にはハルアの姿もあった。
二日目
魔法や魔術の基礎を簡易的に学んだ。
この世界に魔法があったことに多少安堵しつつ、小さな火球や氷球を飛ばしたり、物を多少動かす程度は出来るようになった。
一方、フィリオンは一所懸命に魔法を出そうとしていたが、一度も出ていなかった。
この世界の魔法は、体内のマナを消費して発動するというよくあるパターンのようだ。
お陰で、その日は前日以上に疲れた。
その場にもハルアの姿があった。
三日目
この世界の一部の植物や生物のことについてと野営を学んだ。
初日に僕を襲った狼のような生物は、《四足歩行肉食生物 ガオミオ》というらしい。
生態はほぼ狼と同じで、群れで行動し、群れで狩りをするらしい。(ていうか名前も入れ替えればほぼオオカミ)
他には、巨体で普段は森の奥などで生活する
《ベリアー》という生物もいるらしい。まだ出会ったことはないが、恐らく熊と似たような生物だろう。
植物は、毒性植物で紫色の花弁に触れると毒性の粉を出す《カルヴェ》という植物や大量のマナを蓄える《マナツボ》という植物等々を学んだ。
野営はキャンプの延長線上だったのですんなり覚えられた。
そして、この三日目の教師役はハルアだった。
四日目
早朝に目覚め、支度を素早く終わらせると、前日にハルアから手渡されたリュックを背負って、フィリオンと共に家を出た。
村の入り口まで行くと、そこにはハルアをはじめとした僕をこの村まで案内してくれたメンバーがいた。
「もしかして、待たせちゃった?」
フィリオンが訊くと、ハルアは首を横に振った。
「いいや、時間通りだ。早速出発しよう。」
ハルアがそう言うと、全員が頷き、歩き始めた。
「皆、付き合ってくれてありがとう。」
「いいって、俺達とお前さんの仲だろう?」
僕は静かに頷いた。
この日は、消えかけているという世界の一端を調査する為に村を出た。
しかし、その場所に到着するのに半日以上はかかる為、この日と次の日の半日を調査に当てる事にした。
前日までの3日間の学びはこの日に備えての事だった。
道中、小休止を何度か挟みながら僕達は目的地へ到着した。
それは森の中で突然現れた。
そこには、半径20m程の白い大穴があった。
少し観察すると、謎の白|が大地を侵食している事が分かった。
そして侵食した所は少しずつ崩れて、光となって消えた。
「成る程、これが……。」
「私も初めて見たけど、これは…何て言うか…凄い。」
ハルアは大穴をしばらくじっと見つめていた。
「…よし、少し離れたところにテントを張ろう。」
皆が頷き、その場から少し離れた所に各々でテントを張った。
さらに、魔法を使って周囲の枝などで簡易的な柵を建てた。
それから調査を再開させた。
しかし、日は暮れ始め、調査できる時間が僅かになっていた。
僕達は陸地と白|の境目に立ち調査を開始した。
唯一ハルアだけは何かあった時、助けられるように僕達の少し後ろにいた。
僕は出来るだけ情報を集めようと、色々な事を試してみた。
まず、水をかけてみたが、水が白|に近付いた瞬間水が白|となり、光となって消えた。
他にも色々な物を近付けたが、全て光となって消えた。
次に、危険ではあったが触れてみることにした。
幸い触れる程度では何の影響も無いようで、掴むことも出来た。
触感は砂や砂利などに似ていた。
しかし、持ち上げると手の隙間からさらさらとこぼれ、全て光となった。
臭いもせず、この白|は無という概念が実体化したものかと思えるほど、なにも無かった。
やがて、日が落ち調査が困難になった為、僕達はキャンプ地へ戻った。
焚き火を皆で囲み、お肉や野菜を煮込んだ鍋などを食した。
「…やっぱり俺が前に見た時よりもでかくなってやがる。」ハルアが腕を組み、目を閉じながら言った。
「…確か、ハルアが第一発見者なんだっけ?」
僕は村長から訊いた情報を確認した。
「ああ。一ヶ月程前に、この辺でしか取れないものを取りに来たんだが、その時に発見したのは5cm程度の穴だった。」
「それが、あんなに…」フィリオンは目を大きく開きながら、暗闇に包まれた穴の方向を見ていた。
「…取り敢えず、今日は食べたら休もう。明日も早いから。」僕の発言に皆賛同し、食事の後皆は各々のテントに入って行った。
しかし、僕はその夜直ぐには寝ることが出来なかった。
(消える世界を取り戻す方法が果たして他の世界にあるのだろうか。試してもいないがそもそも、本当に他の世界に行けるのだろうか。)
実際に世界の消滅を目にしたことで、様々な不安要素が頭の中で嵐を巻き起こしていた。
そうして頭を抱えているところに、ある人物が訪ねて来た。
「ルーィレ、ちょっと……いい?」フィリオンだった。
しかし、いつもと違いどこか元気が無かった。
「うん。」と頷き僕はテントの外に出た。
「ごめんね。寝るとこだったのに。」
「ううん。寝れなかったから。」
「そうなの?」フィリオンは意外そうに首をかしげた。
「うん。…それより、フィリオンこそどうしたの?」
「実は私も寝れなくて。」そう言うとフィリオンは少しだけ場所を移した。
僕に背を向け、ゆっくりと深呼吸をした。
次の瞬間、トンッと軽い衝撃が僕の前方から加わった。
見ると、僕の腹部にフィリオンが抱き付いていた。
「え…フィリオン?」
「ごめん、暫くこうさせて。」
僕は静かに頷き、黙り込んだ。
「私さ、この世界が消えるの…前から予言で知ってはいたんだ。その覚悟もしていたつもりだった…。」
フィリオンは暫く間を置いた。
「…でも、実際に目にしてみて私怖くなちゃった。あれが侵食してきて、私達もああやって光になっちゃうのかなって考えたら眠れなくて…!…それで…!」フィリオンは静かに泣いていた。
第三者からすると分からないだろうが、抱き付かれている僕からすると、どれほど恐怖していて、どのくらい泣いているのかが伝わってくる。
「…私自身はまだいい。でも、皆が…、家族や友人、子供達が消えるのが怖い…!」
フィリオンの脚が崩れ、膝で立っていた。
その時、僕はそれまであった不安が一気に吹き飛んだ。
(彼女は、不安なんかじゃなく恐怖してるんだ。それも自身のことではなく仲間のことで。
それに比べたら、僕の不安なんてちっぽけなものだ。
僕に良くしてくれたこの世界の崩壊を止めよう、僕の命に代えてでも。)
僕はフィリオンの肩に手を置いた。
「大丈夫。言ったよね、僕が救ってみせるって。」
「…うん……あ!いや信用して無かったってことじゃないからね。…ただその…」フィリオンは急に立ち上がり手を一所懸命に振った。
「分かってるよ。というか、むしろ今の言葉に感謝したいぐらい。」
「…え?」振る手をピタッと止めたフィリオンは目を大きく開けていた。
「僕も、あの光景を実際に目にして、少し不安になっていたんだ。本当にこれを何とか出来るのか?って。
でも、フィリオンの言葉を聞いて、それでもやらなくちゃって思えたんだ。」
結局のところ、考え方は何も変わっていなかった。[出来るかどうかは分からないけどやってみる]ってこと。
だけど、それを再確認させてくれたフィリオンには感謝しかなかった。
こんなに早く、挫折&復帰するの中々無い展開だと自分でも感じていた。
「…取り敢えず、明日も早いしもう寝よう。」
僕がそう言って、お互いのテントへと戻った。
五日目
夜明けの少し前に僕は起きた。
テントを出ると、薄暗い空の下(もと)に、軽く運動しているハルアがいた。
「お、早いな。」
こちらを見たハルアが軽く手を振った。
「ハルアこそ。」
「俺はリーダーだからな。周囲の警戒や焚き火を焚いといてやらないと。」
「相変わらず優しいね。なんか手伝うよ。」
「お、じゃあ焚き火やっといてくれるか?俺は周辺見てくる。」
僕は頷いて、魔法を使って焚き火を焚き始めた。
ふと薄暗い空を見た。
遠くには数多の星々が、輝くのが見えた。
(そういえば、ここは地球なのだろうか。それとも、別の星系なのだろうか。やはり、自分の目で異世界を見ると色々な事に興味が湧くな。ん?あれは北極星?)
そこには徐々に明るくなる空に一際明るく光る星が自身の真上に見えた。
さらに視線をそこから右の方に向けると、同じく目立って光る、先程よりも大きな星があった。
(まさか、明けの明星!?…ということは…いや、断定するのは早いか…。)
そんな事を考えていると、ハルアが見回りから戻って来た。
そして日が出て、皆がテントから出てきた。
その後皆で朝食を囲んだ。
しかし、前日もそうだったが一人だけ食事の挨拶が違うのは気恥ずかしかった。
が、毎度フィリオンの期待の目があった為仕方なく元の世界での挨拶をし、朝食を食べ終え、テントを片付け、大穴の調査を再開した。
昨日、調査した際に触れた事をまず思いだし、僕は容器に入れる事を試みた。
しかし、小さな試験管型の容器を白|に近づけた瞬間、昨日の他の物と同じように消えた。
そこで今度は手でさっと掬い、全てこぼれてしまう前に容器の中に入れ、蓋をした。
すると、試験管型容器が消える事なく白|を確保する事が出来た。
そこで僕はある確信を持った。
僕は付近で試行錯誤しているハルア達を呼び寄せ、白|が入った容器を見せた。
容器の中での白|はまるで霧そのものが液体になったかのように、粒子の塊がゆらゆらと動いていた。
それを見て、皆が驚いた。
「よく容器に入れられたな。俺達は何度やっても容器の方が消えたんんだが。」
ハルアは下顎を撫でながら、まじまじと白|を見た。
「それなんだけど、一つ分かった事があるかも。昨日、この白|に手を入れてみたんだ。」
「え!?。」「大丈夫なの?」
皆が驚いた表情や心配そうな目で見てきた。
僕は軽く頷くと話を続けた。
「うん。何一つ問題はないよ。でね、何で大丈夫だったんだろうって考えた時思ったんだ。もしかしたらこの白|は質量以上のものは侵食出来ないんじゃないかって。」
『…?』
辺りに静寂が広がったが、そこに大きな疑問符が存在していたのは一目瞭然だった。
この状態になることを予期していた僕は、自信ありげにニヤッと笑った。
「簡単に説明すると、例えばこの容器に土を入れて、水を入れたとする。水が多ければ土はバラバラになり泥水になるけど、水が少ないと土に水は吸収され水の方が無くなる。」
僕は持っていた容器を少し掲げた。
「これも多分似たようなもので、白|の粒子で物体を囲めれば侵食できるけど、粒子に触れていない部分が多いと侵食出来ないんじゃないかな。」
「じゃあ、大きなものでかき集めたり、埋め立てたりすればこの侵食は止められるの?」
フィリオンが言って、僕は少し考えたが、直ぐに首を振った。
「いや、ある程度は抑えられるかもだけど、完全じゃないと思う。なぜなら、さっき例に出した水のようなものだとすれば、地下にどんどん侵食し、そこから地表へ広がる可能性があるからね。」
「そうだな。それに、そんなことで侵食が止められるのなら、ここまで大事にはなってないからな。」
僕とハルアの言葉に、フィリオンは俯いた。
「そっか…。」
「…だが、触れる事が出来たというのは大きな進展だ。早速確保作業に移ろう。」
皆が頷き、一斉に白|の回収作業が始まった。
/
暫くして、白|が入った試験管型容器が、20本程とガスボンベのような細長いタンク1本分が回収された。
「…よし、そろそろ引き上げるぞー。」
ハルアの声と共に、皆は容器を魔法の水泡のようなもので囲い、それを袋に詰めた。
僕はタンクを背負った人や、袋を持った人の分のテント道具の入ったリュックを持った。
そして、皆がハルアの前に立ち「それじゃ、帰ろう。」と言うハルアの声と共に歩き出した。
/
「そうえば、僕はこの白|を研究やサンプルの用途で持ち歩くつもりだけど、ハルア達はどうするの?」
道中歩きながら、僕はハルアに聞いた。
「ん?まぁこっちも同じようなもんだ。知り合いの研究者に持ってたりして解析してもらうつもりだ。」
「そっか…って…あれ…。」
「…ああ。」
僕達の目の前には一匹のガオミオが敵意剥き出しでこちらを睨んでいた。
「ど、どうするの?手持ちにお肉はないし、村までも遠いけど…。」
重たい空気が周囲に充満した。
こいう時、戦って撃退又は殺害が一般的だろうが、あの村の人達はそれを好まない。
見ず知らずの僕をすんなり受け入れ、僕の話を信じてくれる、超がつく程の善良人達だ。
故に、この場面でも前回のように追い払う事を考える者が多かった。
ただ一人、隊の安全を第一に考えていたハルア以外は。
「…しょうがない、こうなったら…。」
そう言ってハルアは腰の後ろにある両刃剣に手を置いた。
(このままじゃハルアはあのガオミオを殺す)そう思った僕は思わず口を開けた。
「待って!」
その声にハルアやフィリオン達は驚きを隠せずにいた。
「僕が何とかしてみる。」
僕は荷物を置いて、ゆっくりとガオミオに近付いた。
「おい!?」
ハルアは僕の肩を掴んで止めた。
「大丈夫、剣を取らなくたって、傷つけなくたって、どうにか出来る。」
振り向かずにそう言って僕は前に歩んでいった。
(とても、狂暴化している。僕が最初に出会ったガオミオよりも恐ろしい。武器はある、だが使いたくはない。)
ガオミオが急に飛びかかって来たのを見て僕はすかさず右前方にローリングした。
ガオミオは着地と同時に、身体の前身を軸にし180度回転し、こちらを睨んだ。
(…今後の旅で様々な困難に僕は出会うだろう。故にこの程度の困難、突破しなければ!)
僕は一瞬だけ周りを見渡した。
(どこを見ても草木だらけの森の中、地の利は明らかにあちらにある。)
次にガオミオの後ろにいたハルア達を見た。
(協力してもらう?いや、全員戦闘訓練はしてるだろうが無駄に仲間達を怪我させたくない。それにサンプルもある。万が一があっては危険だ。)
そして再び、目の前のガオミオを見た。
(ハルア達の方が距離は近い筈なのに、こちらを敵視し続けている。という事は、攻撃性が高いというよりも防衛本能で動いているのか?)
「なら…」
ガオミオは先程と同じようにこちらに向かって飛びかかって来た。
僕は目の前に魔法で水泡を生成した。
水泡はゴム質のボールのように勢いのあるガオミオを受け止め、さらに弾き返した。
弾き返されたガオミオが地面に着地するその瞬間を狙って僕は、ガオミオに抱き付き、口を掴んだ。
「ねぇ!誰か睡眠魔法とか使えない!?」
暴れるガオミオを抑え付けながらハルア達に向かってそう叫んだ。
すると1人が走って来て、その華奢な手がガオミオに触れると、ピタッと動きを止め、眠りについた。
それを確認した僕は、「ふぅ」と息を吐くと、顔を上げてガオミオを眠らせた張本人と顔を合わせた。
「ありがとう、フィリオン。」
僕はそう言ったが、フィリオンは首を振った。
「ルーィレが抑えてくれたおかげ。」
フィリオンは手の平を見つめた。
「私の魔法は、質は良いんだけど、発射することが出来なくて…だからこうやって触れる必要があるんだよね。」
フィリオンは手を下ろし、俯いた。
「はぁ、私がもっと上手く魔法を使えれば…。」
僕はそんなフィリオンの肩を軽く叩いた。
「確かにフィリオンが上手く魔法を使えるようになれば、かなり助かるかもしれない。でも、ここにそれを気にする人はいるの?」
僕は周囲にいた調査隊の人達の顔を見渡した。
「僕にはいないように見えるよ。」
フィリオンはゆっくりと顔を上げ、僕を見つめた。
「…ふふ。」
するとフィリオンは突然くすくすと笑い始めた。
「へ?何で笑うの?」
「だって、ハルアと言ってる事一緒なんだもん。」
「えっ」
僕は反射的にハルアを見た。
「ふっ、そうだな。ほとんど同じだ。」
そう言いながらハルアは僕の肩に手を乗せた。
「言ったろフィリオン。皆気にしてない、お前がむしろ気にしすぎだってさ。」
フィリオンは静かに頷いた。
「うん、そうだね。」
僕は何だか損したような気分になったが、フィリオンが笑っているのを見て安心した。
そして、フィリオンの隣で眠っているガオミオに目を向けた。
「あ、そうだ。皆少し静かにしてくれる?」
僕は口元に人差し指を置いて、静かにするよう促した。
静かになった森の中で耳を澄ました。
すると、そう遠くはない場所から子犬のような鳴き声が聞こえた。
僕は寝ているガオミオを抱え、すぐさまその方向へと走り出した。
「皆、こっち。」
「あ、ちょっと待って。」
フィリオンは突然走り出した僕を必死に追った。
鳴き声はどんどん大きくなり、大きな岩が見えた所で僕は手を広げ、フィリオンに止まるよう指示した。
ゆっくりと鳴き声に近付くと、そこにはガオミオの子供と思わしき生物が3匹集まっていた。
「わ、可愛い。」
「そうだね、でも…。」
3匹の中心にはぐったりと倒れたガオミオの子供とそれを座って見つめる一匹のガオミオがいた。
ガオミオはこちらに気づき、子供を守ろうと立ち上がったがフラフラとしていて、僕達の近くに来た瞬間倒れてしまった。
慌てて僕とフィリオンはそのガオミオに近付いた。
フィリオンが、かがんでガオミオを触ってみた。
「だいぶ疲れてるみたい。」
「そっか、フィリオンはその子見てて。」
そう言って僕は抱えていたガオミオをそっと置いて、奥でぐったりとしていた子ガオミオに近付いた。
ゆっくりと身体を触ってみる。
(耳が熱い、心拍数が上がってる、息も少し荒い、高熱に近い症状?)
そう考えていると、後ろからハルア達が来た。
「あ、ハルアこっち。」
僕はハルアを手招きして子ガオミオの様子を見せた。
ハルアは子ガオミオの身体の上で手を広げ、魔法で解析した。
「これは…もしかしたら魔力暴走症かもしれねぇ。」
「魔力暴走症?」
「ああ、人間や生物には体内の魔力…つまりマナがあって、それを使って魔法が使える事は学んだよな?」
僕は頷いた。
「マナは生まれた時からあって、身体の成長と共にどんどん貯蔵量が増える。しかし、その貯蔵量が増えたタイミングでマナツボなどの魔力を大量に含んでいるものを摂取或いは近くで呼吸すると、マナが身体中に広がり、熱や呼吸困難になったりする。」
「…対処方は?」
「カルヴェを使う。」
「え?カルヴェって確か毒性植物じゃ…」
「そうだ。だが、カルヴェには身体毒と魔力毒の2種類が合わさっている。今回使うのはカルヴェの毒性を薄め、魔力毒のみを抽出したものだ。魔力毒にはマナを食べるという特性があるからな。」
そう言って、ハルアは自身のリュックの中から小さな袋に入った紫色の粉を取り出した。
「だが、薄めたと言っても毒は毒。下手すれば苦しめる事になる。そこで…」
言いながら今度は青色の粉を取り出した。
「これはマナツボの花を粉末にしたものだ。」
「マナツボ!?だって…」
「お前さんの言いたい事は分かる。だが、これは天然のとは違って魔力量が調整されている。」
ハルアは袋を開け、それぞれの粉を魔法で右手と左手に纏わせた。
「少々強引だがこの2つで魔力量を調整する。お前さんコイツの魔力量見れるか?自分のマナを感じる時みたいにコイツのマナを感じてみてくれ。」
僕は頷き、マナの流れを意識してみる。
すると、子ガオミオから段々と青白いオーラが広がっていった。
「見えた。凄い魔力量、全体の260%ってとこかな。」
「分かった、それじゃ100%のところまで誘導してくれ。」
僕は静かに頷き、ハルアの治療を見守った。
ハルアは魔法で手に纏わせた粉を子ガオミオの各所に落としていった。
「魔力量減少、230…190…150…速度緩めて。」
ハルアは僕の指示を聞くと、落とす粉の量を調整した。
「130…120…115…110…108…7…6…5…4…3…2…1…0…。」
ハルアは手を止め、僕を見た。
「僕の目に狂いがなければ誤差無しだ。お疲れハルア。」
僕は喜びが抑えきれず、笑みを溢した。
「良かったー。」
フィリオンを含む他の隊員達の安堵の声が広がる。
「いや、まだ目覚めた訳じゃない。気を抜くな。」
ハルアのその一言で場は静寂に包まれた。
皆の視線が子ガオミオに向けられる。
すると、ぐったりとしていた子ガオミオが目を開け、立ち上がった。
突然、その子ガオミオが走り出し、辺りを駆け回った。
今度こそ助かった事が確認でき、場には再び安堵の声が広がった。
「見事な手腕だねハルア。」
「お前さんこそ、良く的確なパーセントを言えたな。」
「まぁ、そいうのは慣れてるからね。」
(ボスの体力とかパーセントや割合で見てたし。)
「やばっ」ハルアが小言で言うと、突然立ち上がった。
「悪いが皆、ここで時間使った分急いで帰るぞ。ついて来てくれ。」
ハルアはガオミオ一家に軽く手を振ると早々に歩き出した。
他の隊員もそれに続く。
「元気でね。」
一時眠らせていたガオミオの頭を撫でていたフィリオンもそう言って去っていった。
僕は最後にガオミオ一家全員が元気な事を確認した。
「じゃあ、またね。」
僕はそう言うと、ハルア達の後を追った。
『はぁ、はぁ、はぁ。』
「何とか、日没に、帰って来れたな。」
僕達はほぼ予定していた時間に村に帰って来る事が出来た。
もっとも、道中走ったりなどしたため体力を大きく使う事になったが。
そのため僕達は村の入り口でマラソン選手がゴールした時の如く地面に座り込んでいた。
ハルアは何とか立ち上がり、僕達を見た。
「皆相当疲れただろう。サンプルは俺がこの辺の村の外れで管理しとくから、皆は家に帰ってゆっくり休め。」
そう言うと、隊員が一人一人立ち上がり、
「すまんハルア。じゃあ俺は先に休むよ。」
「ごめんなさい。家族にも心配かけたくないから。」
という感じで、各々家に帰って行った。
「お前さん達も今日は帰ってゆっくり休め。」
ハルアは僕達を見て言った。
「いや、僕も一緒に残って管理するよ。最初に確保したのは僕だしね。」
「あ、じゃあ私も。」
僕に続くようにフィリオンが手を上げながら言った。
「でも、フィリオンは家族が待ってるだろう?」
「うーん、じゃあ母ちゃんに許可もらって来る。」
フィリオンはそう言って走り出して、数歩のところで足を止めた。
「あ、母ちゃん。父君。」
フィリ母と村長兼フィリ父が手を振りながらこちらに歩いて来た。
「そろそろ着いてる頃合いだと思って来ちゃった。お帰り、フィオ。」
「うん。ただいま母ちゃん、父君。」
村長はその言葉に笑顔で頷くと、ハルアの方を向いた。
「お疲れさん。ん?後ろのものは…まさか?」
「ああ、研究サンプル用に持ち帰った白|。だが、ちゃんとした保管場所が作られて無いから、安全の為にも今日はこの辺でテントを張るよ。」
「そうか。」
大きく頷いた。
「あ、僕も今日はこの辺で休むよ。」
「君も?」
「うん、白|を確保したものとしての責任があるからね。」
ハルアが掌を上にして、僕を指した。
「ルーィレが最初に白|の採取方を確立したんだ。」
「ほうそうか。君のお陰で、崩壊に抗う一歩を踏み出せたんだな。ありがとう。」
僕は少し頭を下げる村長に対し、首を横に振った。
「あ、そうだ。母ちゃんと父君に言いたい事があるんだった。」
思い出したように言ったフィリオンの方をフィリ母と村長は向いた。
「私も2人と同じようにこの辺で寝てもいい?」
村長とフィリ母は顔を見合わせた。
「どうして?」
フィリ母が笑顔で訊く。
「うーんと、だってー、あーそう、一緒にやるって決めたから。村長の娘として、うん、決めたから。」
それは僕がこの村に初めて来た時の夜、宴が終わり、皆が帰った後、僕が下した決断を話した時。
この世界に来た初日、夜
「僕はこの力を活かしてこの世界を救いたい。いや、救う絶対に。」
フィリオンと村長は愕然としていた。
「あ、いやしかし、そうは言ってもどうするつもりなのだ?」
「まずは、一週間でこの世界の崩壊の原因となっているものの観察や研究、出来ることならサンプルまで持ち帰りたい。勿論その前に多少の訓練や勉学は必要だと思うけど。」
「たった一週間で!?」
フィリオンの言葉に僕は頷いた。
「崩壊の原因や理屈の解明にどれだけの時間がかかるか分からない。だから、出来る事は早めにやっておきたいんだ。サンプルを持ち帰る事が出来れば、他の世界でも研究する事が可能かも。」
「…それが、君の選ぶ道か?」
僕は強く頷いた。
村長は静かに目を閉じた。
「その道はきっと厳しいだろう。殆どが己の身を焦がす事になる。それでも、その道を進むか?」
僕に迷いは無かった。
「うん、この選択を変える事はしない。例え何があろうと、僕はこの道を進む。《世界》を救う。」
この時の《世界》とは、フィリオン達の世界だけでは無く、これから訪れるであろう世界も含めての発言だった。
困っている人に手を伸ばし、助けを求める人の前に現れる、そんな、いつか憧れたようなヒーローに、勇者になってみたいと思ったから。
「なら、私も一緒に行く。君がこの世界で最初に会った人として、村長の娘として、君の負担を少しでも減らしたいから。」
フィリオンの勇気あるその言葉は、僕にとってとても衝撃的だった。けれども、少し嬉しかった。
「でも、いいの?」
「だって、ずっと他人任せっていうのも申し訳ないし、それに……」
「それに?」
フィリオンは少し笑った。
「…それに、ただ見てるだけなんてつまらないからね。」
現在
「私は、フィリオンの下した判断なら別に構わない。何、家にいない時間が1日増えただけだ。」
「そうね。家から遠く離れている訳でもないし。フィオはもう小さな子供じゃないんだから。」
「えっと、じゃあ?」
フィリオンの目が村長とフィリ母の間を行ったり来たりしていた。
「ええ、いいわよ。3人で会話でも楽しんで。」
「うん、ありがとう母ちゃん、父君。」
「ええ。…ところで…ルーィレ?ちょっといいかしら?」
フィリ母はフィリオンから少し距離を取った所から小さく手招いた。
「?」
不思議に思いながらも僕は、フィリ母にゆっくり近付いた。
フィリオン、村長、ハルアは聞こえた内容からしてサンプルをどうするかの方針を話していた。
〔ねぇ、ルーィレ。訊いてもいいかしら?〕
フィリ母は小言で言った。
「何を?」
僕がそう言うと、フィリ母は口元に人差し指を当て、目線を一瞬だけフィリオンに向けた。
〔フィオとはどういう関係になった?〕
「?」
〔恋人?〕
「え?いや…」
〔それとも結婚した?〕
「あのー」
〔ああもしかして、もう肉体の触れ合いをしたのかしら?〕
「な!?」
フィリ母の怒涛の3連撃の言葉を聞き、頭の中はツッコミたい事だらけだったがそっと押し殺した。
〔それでー…どうなの?〕
「いやいやいやいやいや、何もないよ!?大体まだ一週間も過ごしてないって。」
「ふーん……。」
フィリ母は僕をじっくり見つめた。
そして唐突に軽く笑った。
「それもそうね。ちょっと気が早かったみたい。ごめんね。」
「あー、うん。」
(うーん、気が早いとかいうレベルじゃない気がするけど。)
そう考えていると、フィリ母はフィリオンの方を向いた。
「でもあの娘、あなたに何かを感じているような気がするのよね。」
「何か?」
「そう、何なのかは分からないけど、でも僅か一週間弱であそこまで一緒にいたいって言うものだから、あなたに一目惚れでもしたんじゃないかなって思ちゃった。」
「だとしても一週間弱じゃそんなに発展しないって。」
「ふふ、どうかしら?」
「何話してるの?」
振り返ると、フィリオンがこちらへ近付いて来ていた。
「なんでなもないわ。ちょっとした雑談。」
「ふーん。ルーィレ、そろそろテント張ろう?」
「うん。そうだね。」
「それじゃあ母ちゃん達は帰るわね。何かあったらいつでも帰って来てもいいからね。」
「うん。分かった。」
フィリ母はその言葉に頷くと、振り向いて去っていった。
と思ったら、数歩の所でこちらに半身を向け、姿勢を少し低くして、片手で口元の片側を覆った。
そして小言で
〔眠ってるとこを襲っても…〕
と言われ、反射的に僕は
「しないから!!」
と少々大きな声で言った。
フィリオンは驚き、フィリ母は微笑みながら村長と一緒に帰っていった。
「?どうしたのルーィレ?」
「ああいや、ごめん。なんでもないよ。」
「母ちゃん、襲うとかなんと言ってたような気がするけど…ルーィレ、誰かと戦うの?」
「いやーそういう訳じゃないけど…取り敢えずテント張ろう。」
「うん!」
「…フィリオンの母って…なんか色々凄いね…。」
「?母ちゃんは凄いよ?」
/
テントを張り終え、ハルアが準備した焚き火を3人で囲っていた。
焚き火の上には鉄の鍋が置かれ、その中では前回と同じように肉や野菜がグツグツと煮込まれていた。
ただし、前回は鍋料理のようなものだったが、今回は野菜スープ或いはコンソメスープのようなものだった。
「言ってくれれば手伝ったのに…。」
僕はハルアに向かって言った。
「まぁ難しいもんでもないし、これぐらいはリーダーの務めだからな。さて、そろそろ出来ただろう。」
ハルアは立ち上がって、鍋から皿に装い、パンと一緒に僕とフィリオンに手渡しした。
スープを一口飲んでみると、疲れた身体に染みるように味が深く広がった。
「美味しい。」
「うん、とっても。」
「はは、ありがとよ。」
ハルアは少し気恥ずかしそうに、笑顔で答えた。
「ところで、ハルアは元々は医者か何かだった?」
「ん?まぁそうだが、話したっけか?」
僕は首を横に振った。
「でも、子ガオミオの時のあの動き、あの判断、あの技術を見て、かなって。」
そう言うとハルアは軽く笑った。
「お前さん、やっぱり優れた観察眼と直感力を持ってるな。ガオミオとの戦闘でも衝撃吸収用の魔法を応用してガオミオを傷つける事なく鎮圧していたし。」
「でも、最終的に眠らせたのはフィリオンだよ。」
「私は本当に最後だけだよ。それまで頑張ってくれたルーィレのお陰。」
「それに、あの魔法も魔法を使う事自体も、お前さん訓練以外だとあれが初めてだろ?」
「うん、だけど魔法の使い方は学んでたし、衝撃吸収の魔法はその直前に見てたからイメージしやすかった。」
「はははは、やっぱお前さん、天才の類いだ。」
「えぇ?そう?」
「普通1日そこらで魔法はあんなに咄嗟に発動出来たりしねぇって。」
「うんうん。ルーィレは魔法の天才だよ。はぁ、それに比べて私は非凡、いやそれ以下…。」
「いや、前も言ったがフィリオンは常人よりも高密度のマナを有している。イメージが出来ないから至近距離でしか魔法が使えないと言っていたがそもそも、そのマナをコントロールするだけでも十分凄い事なんだ。だから、フィリオンは非凡と言うよりも特別と言った方が正しい。」
「特別…かー。それならもっと頑張らないと。」
「あ、ちょっといい?」
僕は右手を上げて主張した。
「それなんだけどさ、絵があればイメージしやすかったりする?」
「絵かー。うん、確かにそれならっ。」
「成る程な、そういう手段があったか。」
フィリオンは希望の光を見つけ、ウキウキしていた。
その後は少し雑談をし、食器を片付け、再び焚き火を囲った。
「ところでハルア、明日は保管場所の作成?」
「ああ、そうだな。」
僕が訊くと、ハルアは頷いてそう答えたが、直後少し俯いて顎に手を置いた。
「しかし、どうしたもんかな。まさかサンプルを持って帰れるとは思って無かったからな。建築は疎か設計図すらない状態だ。」
「それなら今考えよう。」
「何か考えが?」
「うーん、取り敢えず白|が万が一漏れ出しても大丈夫なように縦か横、或いは両方に広さが必要だ。でないと侵食されるからね。」
「確かにな。他には見た目、素材、骨組みに、内装ってとこか。」
「素材、テルディエはどう?」
「テルディエ?」
聞き覚えのない単語に思わず発言したフィリオンの方を向いた。
「ルーィレが私と最初に会った時に持ってたあの枝、その大元の木の事。」
「ああ…これの事?」
僕はバックパックに付けていた白銀の枝を取り出した。
「そうそれ。」
「確かにテルディエなら防水性、耐火性、防法性など、あらゆる耐性が優れているが…。」
そこでハルアは悩み始めた。
「何か問題が?」
「今言ったようにテルディエは耐久性に優れている。それ故、加工も難しいんだ。切る事に関しちゃ何度も繰り返せば切れるが、問題は接着魔法が効かない事だな。」
「普通の釘は刺さらないし、テルディエで作った釘はお互いが反発して刺さらなかったんだっけ?」
「ああ。」
フィリオンの捕捉に何かが頭を過る。
(釘は使えない…なら釘を使わないで建築……っ!)
「ねぇ、切る事は出来るんだよね?」
「ああ。時間はかかるがな。」
「それ精密に出来る?」
「魔法を駆使すれば出来ると思うぞ。」
(あるじゃんあるじゃん、釘を使わない建築!日本が世界に誇る技術!いいねぇ、ようやく異世界転生らしくなってきたー!)
「なら、方法はあるかも。」
「え、本当?」
フィリオンの言葉に僕は頷く。
「どんな方法だ?」
「ええとね…」
(詳しい事は分からないけど、仕組みならなんとなく理解してる。)
「凹凸を使って組み合わせるんだ。例えば…」
(そしてこの技術を使うのなら、自然と見た目、骨組み、内装も決まって来る!)
六日目
目を開けると、寝ている僕の上にフィリオンが乗っていた。
「フィリオン?何にしてるの?」
「何って…決まってるじゃん。ほらっ早く私とイイコトしよっ?」
フィリオンの両手が僕の顔へ迫る。
「うわ!」
僕は咄嗟に飛び起きた。
周りを見渡すが、そこにフィリオンの姿はない。
(はぁ、夢か。)
頭を抱えながら安堵の息を吐く。
(フィリ母のせいで変な夢見た。……忘れよっ。)
僕は頭を抱えたまま、テントを出た。
まだ少し夜空の残る空を眺めながら深呼吸した。
(それよりも、今日からは重役だ!頑張らないと。)
「おっ、相変わらず早いな。」
「そっちこそ。本当に寝てる?」
朝ご飯を準備するハルアに言う。
「勿論だ。一応言っとくが、俺もさっき起きたばかりだからな。」
「そっか。何か手伝うよ。」
そう言って、ハルアに近付いた時、フィリオンが眠そうにテントから出てきた。
「…おはよー。」
「お、フィリオン。おはよう、珍しく早いな。」
「うん、何か目が覚めて。早起き練習には丁度良いかなって。」
「おはよう、フィリ…」
フィリオンの顔を見た瞬間、夢の事が脳内に浮かび上り、数秒間フィリオンから目を逸らした。
「?どうしたのルーィレ。私の顔に何か?」
「あ、いや。おはよう、フィリオン。」
「うん、おはよ。」
(はぁ、忘れるとは言ったが、本人がこんなに近くにいるなら早々には無理そうだな…。)
そして、その後は3人で朝食を食べた。
もはやこの世界の食事の挨拶も慣れ、僕だけ挨拶が違う気恥ずかしさにも慣れてきた。
朝食を食べ終えると道具や、テントを片付け、サンプルの近くに行った。
暫くすると、他の隊員達や大工、建築家などが集まってきた。
どうやら、昨日中に僕達が設計図を作ると踏んで、隊員達があらかじめ大工や建築家に声をかけていたらしい。
全員が集まると、サンプルを持って、村の入り口付近を離れ、村の外の余っている土地にやって来た。
サイズを確認し、枠を決めると魔法の力によりあっという間に土台が完成した。
しかし、僕の不安と緊張はどんどんと高まっていた。
(設計図はあるし、ハルアや他の建築家からも認められはしたが果たして上手くいくのか…いやまずはやってみないと。)
それから現場は主に資材運搬班、資材加工班、建築班に別れていた。
僕は設計図を元に建築班に細かい指示を出したり、不備がないか監視及び管理作業をしていた。
それから時間が流れるように経ち、遂に建物が完成した。
朝から始めた建築だが、気付けば夕暮れとなっていた。
「ようやく完成だ!…て…あれ?」
そう、夕暮れで完成したのだ。
(早くない?早すぎない!?魔法大工こわ~。)
「でも、まぁいっか。皆!お疲れ!完成だよ!」
それを聞いた者は、各々喜びを露(あらわ)にした。
僕は完成した建物を見上げた。
それはお寺のお堂のような三角の屋根が四方にあり、中心には五重塔のようなものがそびえ立っていた。
瓦屋根ではないし、白銀一色だが和風な建物が出来上がった。
(そうえば、釘を使わない建物はないとかいう話も何かで見たことある気がするけど、これは正真正銘の釘無し建物だ!もしかして、人類初のコトしちゃった?)
そんな事を考えながら、僕は早速サンプルを手にし、ハルア達と共に建物の入り口に立った。
入り口部分の建築にはハルアが関わったらしく、ハルア本人かハルアの認めた人しか入れないようになっているらしい。
入り口の扉にハルアが手を翳(かざ)すと、扉が左右にスライドした。
中に入ると広々とした空間が広がっていた。
中央の大柱付近に近づき、ハルア達は小型のドラム式洗濯機のようなものを設置していった。
「それは?」
「これはサンプルをより安全に保管出来る外部からの衝撃に強いカプセルだ。」
ハルア達はそのカプセルの中に小型のサンプルを丁寧に入れ、タンク容器のサンプルは、それが入る大型のカプセルに入れられた。
サンプルがしっかり保管された事を確認した僕達は、保管所から出た。
「ふぅ、取り敢えずこれで一件落着かな。」
僕はそう言って、思いっきり背伸びをした。
「いや、最後にルーィレに頼みたい事がある。」
「?、なにかな?」
僕が振り返えると、ハルアは保管所を指差していた。
「お前さんが設計したんだ。折角だから名前をつけてくんねえか?」
「そっか。ああうん、そうだね。」
設計に夢中で、名前なんて考えていなかった僕はその場で考えて始めた。
「そうだなぁ、うーん。《ホーブレイ》と名付けよう。」
名前を発言した瞬間、ハルアやフィリオン、隊員達、大工達、建築家などから一斉に拍手が鳴り響いた。
希望<ホープ>と勇気<ブレイブ>を掛け合わせた造語。
白|は勇気を持って掴んだ希望であることからそう名付けた。
夜
久々に<といっても3日ぶりぐらいだが>ニーシャ宅にフィリオンと僕は帰り、食卓を囲んでいた。
「…ああそうだ村長。村の皆にホーブレイは好きに色を塗って良いって伝えて。」
「良いのか?」
訊かれて僕は頷いた。
「他の家は色があるのに、あれだけ無いのは何か寂しいし。」
「そうか、分かった伝えよう。」
「ありがとう。」
そう言って、僕は食事を終えた。
「明日はどうするの?」
フィリオンが訊いてきた。
「うーん。まぁ、物資集めかな。明後日にはこの世界を発つつもりだから、次の世界でも使えそうなものを集める。」
「…そっか。じゃあ、私も手伝う。」
フィリオンの声は微かに震えていたような気がした。
「…うん、ありがとう。」
しかし、僕は敢えてそれに触れる事はせず、言葉を返した。
七日目
朝食を食べ、フィリオンと共に家を出た僕は、まずホーブレイへ向かった。
ホーブレイでは大工達や建築家が撤収作業を行っていた。
そこには余ったテルディエの板材や棒などがあった。
貰っていいか訊いてみたところ、あっさり了承してくれた。
しかし、ただで貰う訳にはいかないと思い、撤収の手伝いをした。
次に、ハルア達と共に森で、木の実や野草などを採取した。
フィリオンは得意な分野だからか、張り切って採取作業を行っていた。
遅めの昼食を摂り、最後にニーシャ宅にあった本をいくつか手に取り、物見櫓に登った。
「別にここまで付き合う必要無かったのに。」
僕は一緒に登って来たフィリオンに言った。
「一緒にって言ったからね。それに、本読むの嫌いじゃないしっ。」
「そっか。」
僕はそう言って本を読み始めた。
本にはこの世界や国の歴史が書かれていた。
この世界には、主に8つの大陸に別れているようで、ラータ村のあるスウェルコ大陸、その西にあるヴェルラ大陸、スウェルコの南にあるアンデイ大陸、スウェルコの南西にあるサバズウィ大陸、極西にあるテダルコ大陸、極東にあるミルマカ大陸、極南にあるニジェニア大陸、極北にあるモワゾクル大陸があるようだ。
ラータ村はスウェルコ大陸の大国、ゼゼの正反対に位置し、かなりの辺境のようだ。
その後もこの国歴史や地理は勿論、他の国についても軽く目を通した。
気がつけばもう日は沈みかけていた。
「…もうすぐ夜だね。」
夕日を眺めていた僕に気付いたフィリオンが言った。
「そうだね。そして眠る時間がきて、明日になれば僕は行く。」
「ルーィレは早く行きたい?」
「うーん、少し寂しくはあるけど、一刻も早くこの世界を救いたいから。」
「そう…だよね。…ごめん、先に戻るね。」
「ああ…うん。」
フィリオンは足早に去って行った。
円形だった夕日は山の陰に沈んでゆき、日の光は弱くなって、やがて消えた。
それを見た後僕は、ニーシャ宅へと戻った。
/
「あ、ルーィレ、こっち。」
声のした方を見ると、フィリオンが手招きしていた。
(あの方向は…ああもしかして。)
なんとなくの予想はつきながらも、僕はフィリオンに付いて行った。
その先には宴会場が広がっており、席なども準備されていた。
僕は初日と同じ奥の席に案内された。
「じゃ、ここで待ってて。直ぐに皆来ると思うから。」
フィリオンの言葉通り、少し時間が経っただけで、沢山の人が集まって来て、5分程した頃には全員が集まっていた。
そして、村長がグラスを片手に立ち上がった。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。ルーィレは明日から、我らの世界を救う為に他の世界へと旅立つ。その旅路の安全を祈願して乾杯。」
『乾杯。』
村長に続くように村の人々がそう叫ぶ。
そして、賑やかな宴会が始まった。
「君こそが希望だ。」「どうか、世界を救って。」
などの言葉をかけられながら僕は食事や会話を楽しんだ。
しかしふと、フィリオンを見てみると静かな笑顔を張り付けたまま食事がほとんど減っていなかった。
僕はそっとフィリオンに近づき声をかける。
「手が止まってるよフィリオン。」
「え?あっ…。」
「折角なんだから、食べた方が良いよ。」
フィリオンは無言で頷いた。
その後はそのまま宴会を皆で楽しみ、やがて終わり、お風呂に入って、ベッドで横になった。
僕は目を閉じて、もう一度自分のしたいことを確認する。
(僕は世界を救いたい。困っている人を助けたい。…でも、ヒーローのように強くもなければ、勇者ほど勇気がある訳でもない。僕に出来るのは異世界を行き来して、全く違う文明の繋ぎ手となること。そう、例えば物品なんかを運んで……その在り方はまるで……)
翌日
今日もまた、早朝に目が覚めた。
支度をし、リビングへ向かうと、フィリ母が朝食の準備をしていた。
「ああ、ルーィレ。おはよう。今、一人分出すわね。」
そう言って、テーブルに皿を置き始めた。
それは、この世界に来て最初に食べた朝食と同じメニュー。
今となっては、もはや懐かしいとまで言える。
「頂きます。」そう言って食べ始め、「ご馳走さまでした。」と言って食事を終えた。
「じゃあ、行ってくる。」
「もう違う世界に行くの?」
フィリ母に訊かれ、僕は首を横に振る。
「いや、まずはホーブレイに行ってサンプルを一つ持ったら、村の入り口から出ま…出るよ。」
久々に敬語が出てきかけたが、直ぐに訂正した。
「そう、じゃあ頑張ってっ。」
「うん。」
僕は頷き、ニーシャ宅を離れた。
ホーブレイに向かう途中の道にハルアがいた。
「よ、一旦ホーブレイか?」
「うん。サンプルを一つ貰いに。」
「そうか。」
ホーブレイへの道をハルアと共に歩く。
「そうえば一つ訊きたい事があったんだ。」
「何だ?」
「まぁ予想が付かない訳じゃ無いんだけど…どうして僕が武術や魔法を学んでいた時もハルアいたの?」
その時丁度ホーブレイに着き、中へと入った。
「お前さんを見守るのってのもあったし、武術も魔法もトップは俺だからな。」
僕はカプセルの中からサンプルを取り出し、リュックに入れた。
「だろうと思った。何でも出来るんだね、ハルアは。」
「まぁな。何でもではないと思うが。」
「…そうだね。」
僕達はホーブレイを出て、村の入り口に向かった。
そこには恐らく、ラータ村の村人全員が集まっていた。
僕に気付いた村人達は僕に声援を送ってくれた。
「フィリオン、いねぇな。」
「うん…。でも、僕も行かなきゃ。」
「…そうだな。元気で頑張れよ。」
「うんっ、定期的に戻って来るよ。」
そう言いながらハルアに手を振り、入り口に向かって足を踏み出した。
もうすぐ村を出るところで、一人の影が僕の前に姿を現した。
「改めて、どうか頼んだよ。」
「任せて、村長。」
村長は僕の言葉に、笑顔で何度か頷いた。
「…もう一つだけ頼まれてくれないか?」
僕は首をかしげた。
その時、僕の後方から荒い息遣いと、素早い足音が聞こえた。
「ルーィレ!ちょ…と…待っ…って…!」
僕の前に来たフィリオンは、ゼェゼェと息を切らしていた。
その背中には、僕と同じようにリュックを背負っていた。
「私…も、私も…連れて…行って…。」
その言葉を聞いた瞬間、僕は村長に目線を合わせた。
「いいんですか?」
「ああ、私達は前に言った通り、フィリオンが決めた事なら反対しない。」
「でも、きっと危険だよ?僕だって、守れるか分からない。」
「…それでも、それでも私はルーィレと一緒に行きたい。この世界を救いたいし、色んな景色を見てみたいから。」
息を整えたフィリオンの言葉を聴き、ふと横を向く。
そこには笑顔で手を振るフィリ母がいた。
「大丈夫、自分の身は自分で守れるようにするから。」
僕は口角を上げ、フィリオンが言っていたことを思いだす。
「[それに、ただ見てるだけなんてつまらないから]かな?」
僕の言葉にフィリオンは少し驚いていたが、直ぐに笑顔で頷いた。
「うんっ!」
「分かった、じゃ、一緒に行こう。」
「ありがとう。」
村長の言葉に僕は静かに首を横に振って、フィリオンと共に村を出た。
僕は目を閉じて、目の前の何も無い空間に手を翳す。
すると、手から金色(こんじき)の糸のようなものが飛び出して、光る扉を編み出した。
僕はフィリオンの手を握って、扉の中へと向かった。
(世界と世界を繋ぎ、物品なんかを運んだりする。そう、その在り方はまるで…行商人。僕は今日から異世界行商人となる!)
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