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第三話 妖狐と不審死
7 雪音の秘密
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「お母様。あのね、お隣のお兄ちゃんがね、もう二度と遊んでくれないって。雪音と仲良くするのは危ないんだって」
あれも、今夜と同じく初冬の晩だった。大切な友に拒絶され、心の奥に空虚な穴を抱えたかのような寂寞の中。止めどなく涙を流す幼い雪音の背中を撫でて、母は生き様を説いた。
「雪音、したたかに生きるのよ。誰かを愛することほど、無駄なことはないわ。だから、ふとした拍子に他人に依存してしまわないよう、普段から割り切って過ごすのよ」
だが、当時の雪音には理解しがたいことだった。雪音は肩を震わせながら反駁する。
「でも、そんなの独りぼっちみたいで悲しいよ」
「いいえ、違うわ雪音」
母の声は柔らかいが、体温が通っていない。
「本当に悲しいのは、手に入れた大切なものを理不尽に失うことなの」
「お母様も、何かを失くしたの?」
「そうね」
雪音の背中を撫でる手が一瞬止まり、それから何事もなかったかのように再び滑る。
「失くしたわ。でも当然よ。最初から手にしてはならないものだったのだから」
その声があまりにも切なげだったので、幼く純真だった雪音は拳を握り母を真っ直ぐに見上げて言った。
「お母様、私はずっとお側におります。だから寂しくなんかありません」
「雪音」
母は驚きに目を丸くして、湧き上がる感動を堪えて唇を噛む。やがて数秒の瞑目の後、再び瞼の間から覗いた黒い瞳からは、一切の感情が抜け落ちていた。
「雪音、あなたは殿にそっくりね。早く独り立ちして、私の見える場所からいなくなって頂戴。あなたを見ていると、思い出してしまうの。いつか、私が殺してしまうかもしれないあの人のことを」
濡れた頬が凍りつくように冷えている。続いて全身を強烈な寒気に襲われて、雪音は身震いをして瞼を開けた。
「嫌な夢でしたこと」
呟きながら、ひんやりとした頬を撫でる。冷たくなった涙を拭い、瞬きを繰り返しながら薄暗い視界に目を慣らす。
唯一の光源は、正面の岩壁に空いた小さな通気口から差し込む陽光だ。白い光芒が妙に眩しい。その反対側には鉄格子。どうやらここは、牢の中らしい。
雪音の記憶は、町人地の川辺を最後に途切れている。
状況把握のために首を巡らせた時、脈打つような頭痛を覚え、額を抱えて唸った。そういえば、何者かから頭部辺りに衝撃を受けたのだった。軽い脳震盪でも起こしたかもしれない。
深呼吸をして痛みの波を堪える。雪音はゆっくり顔を上げ、這うようにして鉄格子の側へと向かった。
ぐう、と情けないいびきが聞こえた。見れば、看守らしき人間の男が床几に深く腰掛け、鉄格子に側頭を預けて居眠りをしていた。
雪音は袖で口元を覆い、軽く眉根を寄せる。
「まあ。不用心な」
音を立てないようにそっと距離を詰める。淡い光の中、男の手に鍵束が握られているのが見えた。おそらく、この牢を開く鍵もそこにある。
罠ではなかろうか。
あまりにも都合のいい状況に、雪音は束の間躊躇する。けれどもすでに囚われの身。これ以上悪い方向には進むまい。雪音は格子の間から手を伸ばす。指先が、鍵束に触れた。
金属が擦れる音が地下空間に反響して肝を冷やしたが、どうしたことか男はぴくりともしない。変わらず健やかな寝息を立てるだけである。
雪音は、外側にある鍵穴を手の感覚を頼りに探り当て、何本か鍵を挿して開錠を試みる。三本目でようやく正しい組み合わせを見つけると、錠は呆気なく外れた。
ぎぎ、と古びた音を立てながら、鉄格子が開く。囚われ人が脱出した気配に、並んだ牢の奥から、身じろぎする音がした。
他にも閉じ込められている者がいる。目を凝らして隣の牢の闇を窺えば、女ばかりが詰め込まれていた。牢内に漂う微かな麝香の香り。雪音は思わず上ずった声で呟いた。
「あなた方は……妖狐?」
その時だ。
「おい、誰かいるのか」
進行方向にあたる階段の上から、足音と共に男が接近する。雪音は後方へ身を隠そうと肩越しに振り返るが、薄闇の中に黒い壁が立ちはだかるのみ。行き止まりだ。
薄らと積もった砂を足裏が擦る音が次第に大きくなる。雪音は唾を嚥下して顎を上げ、階段の先を見上げる。
ふわり、と男の匂いがした。眼球の奥に少し力を込める。地上側から漂ってくる無色透明な靄――生物の雄ならば皆必ずその身に纏う、陽の気が視えた。
雪音は目まぐるしく思考を巡らせる。白澤の姫、妖山城主の妻として、軽はずみなことはできかねる。だが、せっかくの逃亡の機会をみすみす逃すわけにはいかない。
囚われた妖狐を解放し、全員で敵に対抗すれば、この場を切り抜けられるかもしれない。……そうだ、妖狐。彼女らがいるのだから、看守らの身に何が起こったとしても、雪音の仕業だと断定されることはないだろう。そして何よりも、熟考するだけの時間が残されていなかった。
「おい、そこにいるのは」
男が言い終わらぬうちに雪音は地を蹴って、相手の首に抱きついた。突然のことに驚きの声を上げる男の首筋に軽く噛みついて、そして吸った。
「な……」
己の身に何が起こったのか、理解が追いついていないらしい。男は反射的に雪音を抱き留めた格好のまま、よろめいて岩壁に背中をつけた。それから我に返り、雪音の身体を引きはがそうとするが、四肢からはとうに力が抜け落ちている。反撃かなわず、ずりずりと背中を擦るようにしてその場に蹲る。
「おま、え、白澤の」
「見間違いよ」
首筋から唇を離し、男の視界に顔を寄せる。食事の名残を惜しむように自身の唇をぺろりと舐め、雪音は、恍惚と嫌悪の間で揺れ動く男の黒い瞳に向けて嫣然と微笑んだ。
「もう終わりなの? やっぱり殿方は屈強に限るわね。さあ、お休みなさい」
気力を保とうと震える睫毛に、優しく手を添わせる。軽く撫でれば男は、抵抗も空しく意識を消失した。
雪音は大きく安堵の息を吐く。気を取り直して、床几に座る居眠り看守の方へと戻る。顔を覗き込めば、変わらず規則正しい寝息を立てている。この騒ぎにも覚醒の気配が全くないのが妙ではあるが、都合がいい。雪音は牢の中で様子を窺っていた妖狐に向けて言った。
「待っていて、今出してあげるから……」
「そこまでだ」
突然、地下空間が明るくなった。思わず目を細め、手で眼球を庇いながら視線を向けると、煌々と燃え盛る松明を掲げた人影があった。
「まさかここで会うとはな」
地を這うような低い声が雪音の耳朶を撫でる。光に目が慣れると、ぼやけていた人影は二十代半ばほどの男の姿となる。中肉中背に、防寒の胴服を羽織っている。柔和な丸い目には、顔立ちに不釣り合いなほどの憎悪が浮かんでいた。
彼を、知っている。それどころか、かつて思慕を抱いていた。想定外の人物の姿に、雪音は瞠目する。
彼の姿を目にした途端、腹の奥底から粘質で重苦しい感情が溢れ出す。それはやがて四肢の先まで広がって、全身を絡め取る。呼吸すらままならず、雪音は小さく喘いだ。
「あなたは」
「見ず知らずの男の生気を吸うとは、夫のある身で相変わらず節操がないな、雪音。いいや」
男は口の端を歪めた。
「悪しき妖狐、と呼んだ方がいいか」
様々な感情が浮かんでは消え浮かんでは消え、手が震えそうになる。雪音は唇を引き結び、鍵束を強く握り締めて平静を装った。男は一歩足を踏み出す。その背後に、数人の男が雪音を牽制するように立ち並んでいることがわかった。
「まさか、おまえが白澤の姫だったとは。しかし五年前と全く見た目が変わらないな。実際はいくつなんだ」
やけに饒舌なのは、彼も気が立っているからなのだろうか。雪音は細く深呼吸をしてから、飄々と返した。
「まあ、お久しぶりですこと、喜助様。女子に年齢を訊ねるなんて無粋な方ね」
袖を口元に寄せ、拗ねるふりをしながら様子を窺うが、喜助は表情を変えない。雪音は嘆息して答えた。
「十七ですわ。狐は三歳で大人になりますの。だって、いつまでも子どもだったら、殿方の陽の気を吸えませんでしょう」
「では認めるのだな。白澤の姫の正体は妖狐であると。……まあ、どちらにしてもこの鬱陶しいほどの麝香の匂い。言い逃れのできぬ証拠だ」
喜助は背後につき従う男たちに向けて、鋭く命じた。
「拘束せよ」
その一言で、まるで滝が落ちるように、上階から人の波が押し寄せる。あっという間に捕らわれて、雪音は全身の自由を失った。眉一つ動かさずにその様子を眺めていた喜助に向けて、雪音は吐き捨てるようにして言った。
「偉いお立場になられたのね、喜助様。貧しい農村暮らしの中、妖山の麓で妖狸に騙されて連日ご飯をあげたり妖狐と恋仲になったりしていた頃の面影など、これっぽっちもございませんわ」
煽る言葉に、喜助の頬がぴくりと痙攣する。けれども、それだけだった。彼は冷淡な目で雪音を射ると、踵を返しながら再び命じた。
「屋敷に連れて行け。一応、主の縁者だ。丁重に扱うように」
(主の縁者。ということはやっぱり)
雪音は心の中で呟いて、男らに促されるまま足を進めて階段を上った。背後からは、囚われの妖狐らが固唾を呑んで心配げな眼差しを送っている。
雪音たちが地上に出る直前。牢の中、妖狐たちの間から、四足歩行の影が現れ鉄格子をすり抜けた。それは誰に気づかれることもなく喜助の腰辺りに飛びつくと、どろんと白煙を上げて姿を消した。
あれも、今夜と同じく初冬の晩だった。大切な友に拒絶され、心の奥に空虚な穴を抱えたかのような寂寞の中。止めどなく涙を流す幼い雪音の背中を撫でて、母は生き様を説いた。
「雪音、したたかに生きるのよ。誰かを愛することほど、無駄なことはないわ。だから、ふとした拍子に他人に依存してしまわないよう、普段から割り切って過ごすのよ」
だが、当時の雪音には理解しがたいことだった。雪音は肩を震わせながら反駁する。
「でも、そんなの独りぼっちみたいで悲しいよ」
「いいえ、違うわ雪音」
母の声は柔らかいが、体温が通っていない。
「本当に悲しいのは、手に入れた大切なものを理不尽に失うことなの」
「お母様も、何かを失くしたの?」
「そうね」
雪音の背中を撫でる手が一瞬止まり、それから何事もなかったかのように再び滑る。
「失くしたわ。でも当然よ。最初から手にしてはならないものだったのだから」
その声があまりにも切なげだったので、幼く純真だった雪音は拳を握り母を真っ直ぐに見上げて言った。
「お母様、私はずっとお側におります。だから寂しくなんかありません」
「雪音」
母は驚きに目を丸くして、湧き上がる感動を堪えて唇を噛む。やがて数秒の瞑目の後、再び瞼の間から覗いた黒い瞳からは、一切の感情が抜け落ちていた。
「雪音、あなたは殿にそっくりね。早く独り立ちして、私の見える場所からいなくなって頂戴。あなたを見ていると、思い出してしまうの。いつか、私が殺してしまうかもしれないあの人のことを」
濡れた頬が凍りつくように冷えている。続いて全身を強烈な寒気に襲われて、雪音は身震いをして瞼を開けた。
「嫌な夢でしたこと」
呟きながら、ひんやりとした頬を撫でる。冷たくなった涙を拭い、瞬きを繰り返しながら薄暗い視界に目を慣らす。
唯一の光源は、正面の岩壁に空いた小さな通気口から差し込む陽光だ。白い光芒が妙に眩しい。その反対側には鉄格子。どうやらここは、牢の中らしい。
雪音の記憶は、町人地の川辺を最後に途切れている。
状況把握のために首を巡らせた時、脈打つような頭痛を覚え、額を抱えて唸った。そういえば、何者かから頭部辺りに衝撃を受けたのだった。軽い脳震盪でも起こしたかもしれない。
深呼吸をして痛みの波を堪える。雪音はゆっくり顔を上げ、這うようにして鉄格子の側へと向かった。
ぐう、と情けないいびきが聞こえた。見れば、看守らしき人間の男が床几に深く腰掛け、鉄格子に側頭を預けて居眠りをしていた。
雪音は袖で口元を覆い、軽く眉根を寄せる。
「まあ。不用心な」
音を立てないようにそっと距離を詰める。淡い光の中、男の手に鍵束が握られているのが見えた。おそらく、この牢を開く鍵もそこにある。
罠ではなかろうか。
あまりにも都合のいい状況に、雪音は束の間躊躇する。けれどもすでに囚われの身。これ以上悪い方向には進むまい。雪音は格子の間から手を伸ばす。指先が、鍵束に触れた。
金属が擦れる音が地下空間に反響して肝を冷やしたが、どうしたことか男はぴくりともしない。変わらず健やかな寝息を立てるだけである。
雪音は、外側にある鍵穴を手の感覚を頼りに探り当て、何本か鍵を挿して開錠を試みる。三本目でようやく正しい組み合わせを見つけると、錠は呆気なく外れた。
ぎぎ、と古びた音を立てながら、鉄格子が開く。囚われ人が脱出した気配に、並んだ牢の奥から、身じろぎする音がした。
他にも閉じ込められている者がいる。目を凝らして隣の牢の闇を窺えば、女ばかりが詰め込まれていた。牢内に漂う微かな麝香の香り。雪音は思わず上ずった声で呟いた。
「あなた方は……妖狐?」
その時だ。
「おい、誰かいるのか」
進行方向にあたる階段の上から、足音と共に男が接近する。雪音は後方へ身を隠そうと肩越しに振り返るが、薄闇の中に黒い壁が立ちはだかるのみ。行き止まりだ。
薄らと積もった砂を足裏が擦る音が次第に大きくなる。雪音は唾を嚥下して顎を上げ、階段の先を見上げる。
ふわり、と男の匂いがした。眼球の奥に少し力を込める。地上側から漂ってくる無色透明な靄――生物の雄ならば皆必ずその身に纏う、陽の気が視えた。
雪音は目まぐるしく思考を巡らせる。白澤の姫、妖山城主の妻として、軽はずみなことはできかねる。だが、せっかくの逃亡の機会をみすみす逃すわけにはいかない。
囚われた妖狐を解放し、全員で敵に対抗すれば、この場を切り抜けられるかもしれない。……そうだ、妖狐。彼女らがいるのだから、看守らの身に何が起こったとしても、雪音の仕業だと断定されることはないだろう。そして何よりも、熟考するだけの時間が残されていなかった。
「おい、そこにいるのは」
男が言い終わらぬうちに雪音は地を蹴って、相手の首に抱きついた。突然のことに驚きの声を上げる男の首筋に軽く噛みついて、そして吸った。
「な……」
己の身に何が起こったのか、理解が追いついていないらしい。男は反射的に雪音を抱き留めた格好のまま、よろめいて岩壁に背中をつけた。それから我に返り、雪音の身体を引きはがそうとするが、四肢からはとうに力が抜け落ちている。反撃かなわず、ずりずりと背中を擦るようにしてその場に蹲る。
「おま、え、白澤の」
「見間違いよ」
首筋から唇を離し、男の視界に顔を寄せる。食事の名残を惜しむように自身の唇をぺろりと舐め、雪音は、恍惚と嫌悪の間で揺れ動く男の黒い瞳に向けて嫣然と微笑んだ。
「もう終わりなの? やっぱり殿方は屈強に限るわね。さあ、お休みなさい」
気力を保とうと震える睫毛に、優しく手を添わせる。軽く撫でれば男は、抵抗も空しく意識を消失した。
雪音は大きく安堵の息を吐く。気を取り直して、床几に座る居眠り看守の方へと戻る。顔を覗き込めば、変わらず規則正しい寝息を立てている。この騒ぎにも覚醒の気配が全くないのが妙ではあるが、都合がいい。雪音は牢の中で様子を窺っていた妖狐に向けて言った。
「待っていて、今出してあげるから……」
「そこまでだ」
突然、地下空間が明るくなった。思わず目を細め、手で眼球を庇いながら視線を向けると、煌々と燃え盛る松明を掲げた人影があった。
「まさかここで会うとはな」
地を這うような低い声が雪音の耳朶を撫でる。光に目が慣れると、ぼやけていた人影は二十代半ばほどの男の姿となる。中肉中背に、防寒の胴服を羽織っている。柔和な丸い目には、顔立ちに不釣り合いなほどの憎悪が浮かんでいた。
彼を、知っている。それどころか、かつて思慕を抱いていた。想定外の人物の姿に、雪音は瞠目する。
彼の姿を目にした途端、腹の奥底から粘質で重苦しい感情が溢れ出す。それはやがて四肢の先まで広がって、全身を絡め取る。呼吸すらままならず、雪音は小さく喘いだ。
「あなたは」
「見ず知らずの男の生気を吸うとは、夫のある身で相変わらず節操がないな、雪音。いいや」
男は口の端を歪めた。
「悪しき妖狐、と呼んだ方がいいか」
様々な感情が浮かんでは消え浮かんでは消え、手が震えそうになる。雪音は唇を引き結び、鍵束を強く握り締めて平静を装った。男は一歩足を踏み出す。その背後に、数人の男が雪音を牽制するように立ち並んでいることがわかった。
「まさか、おまえが白澤の姫だったとは。しかし五年前と全く見た目が変わらないな。実際はいくつなんだ」
やけに饒舌なのは、彼も気が立っているからなのだろうか。雪音は細く深呼吸をしてから、飄々と返した。
「まあ、お久しぶりですこと、喜助様。女子に年齢を訊ねるなんて無粋な方ね」
袖を口元に寄せ、拗ねるふりをしながら様子を窺うが、喜助は表情を変えない。雪音は嘆息して答えた。
「十七ですわ。狐は三歳で大人になりますの。だって、いつまでも子どもだったら、殿方の陽の気を吸えませんでしょう」
「では認めるのだな。白澤の姫の正体は妖狐であると。……まあ、どちらにしてもこの鬱陶しいほどの麝香の匂い。言い逃れのできぬ証拠だ」
喜助は背後につき従う男たちに向けて、鋭く命じた。
「拘束せよ」
その一言で、まるで滝が落ちるように、上階から人の波が押し寄せる。あっという間に捕らわれて、雪音は全身の自由を失った。眉一つ動かさずにその様子を眺めていた喜助に向けて、雪音は吐き捨てるようにして言った。
「偉いお立場になられたのね、喜助様。貧しい農村暮らしの中、妖山の麓で妖狸に騙されて連日ご飯をあげたり妖狐と恋仲になったりしていた頃の面影など、これっぽっちもございませんわ」
煽る言葉に、喜助の頬がぴくりと痙攣する。けれども、それだけだった。彼は冷淡な目で雪音を射ると、踵を返しながら再び命じた。
「屋敷に連れて行け。一応、主の縁者だ。丁重に扱うように」
(主の縁者。ということはやっぱり)
雪音は心の中で呟いて、男らに促されるまま足を進めて階段を上った。背後からは、囚われの妖狐らが固唾を呑んで心配げな眼差しを送っている。
雪音たちが地上に出る直前。牢の中、妖狐たちの間から、四足歩行の影が現れ鉄格子をすり抜けた。それは誰に気づかれることもなく喜助の腰辺りに飛びつくと、どろんと白煙を上げて姿を消した。
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