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ヒトシズク・レストラン
第26話 精忠無比な謀反人
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~ヒトシズク・レストラン ゴミ処理場~
「えぇ……ここでやるの?」
ラルバは顔の中心に力を込め、心底嫌そうに不満を漏らす。
巨大な石の部屋を埋め尽くす生ゴミのコンサートホールに、天井付近から突き出す何本ものパイプから腐った廃棄物を絶え間なく吐き出し、嗅がずとも鼻腔を突き刺す悪臭が這い回る。常人であれば、防護服を着込もうが気が狂う程の地獄絵図。
「……この悪臭の中随分と余裕そうですね。ご安心を、勝者は備え付けのシャワールームで綺麗さっぱり臭いは落とせます」
「敗者は?」
「このまま掃き溜めの中で数ヶ月……そのあと焼却され灰と一緒に棄てられるか、また生ゴミの下敷きです」
アビスは少しストレッチして一息つくと、目にも止まらぬ速さでラルバに突進する。
「おっと、危ないよせっかちさん」
ラルバは後ろに倒れて突進を交わし、寝転がった状態からアビスの腹に蹴りを打ち込む。上空へ蹴り上げられたアビスは咄嗟に受け身を取ろうと下を見る。しかし、落下地点でラルバが肩をグルグル回して拳を振りかぶっているのを見て眉を顰めた。
「どっせぇぇぇええぇぇぇぃ………あり?」
ラルバが予想したタイミングを過ぎても滞空しているアビス。ラルバが「はて」と首を傾げると、アビスの背後から何かが飛んでいった直後、指先を槍のように尖らせラルバ目掛け落下する。
「おっとと、異能か!!」
ラルバは飛び退いて距離を取り、先程アビスの背後から飛んでいった物体を目で追う。
真っ赤な海老の体に8対のゴキブリの羽根と、そこへ鳥の脚を生やした生ゴミのモンスターが2匹。フロアの天井付近を高速で飛び回っているのが見えた。
「何だあの気持ち悪いの……」
「一般人相手なら幻影の翼だとか何とかそれっぽい事言って誤魔化せるんですがね……」
アビスが“両手の指を組んで手を握り、外側へ勢いよく弾いた”瞬間、処理場の壁が”剥がれるようにガラガラと崩れて“いき、”夥しい数の枯れ木と墓石が姿を表す。腐敗臭が立ち込める薄暗いコンクリートのゴミ処理場は、一瞬でおどろおどろしい真夜中の墓場へと変化した。
「おっ!異能の“虚構拡張”か!私もできるぞ!」
そう言ってラルバが胸の前で指を組もうとするが、依然足元を埋め尽くす生ゴミから飛び出してきた魚の頭部に弾かれ阻止される。その一瞬の隙を逃さず、ゴミの中から幾千もの亡骸の化け物が溢れ、怯んだラルバに襲いかかる。
「おっ、うおっ、危ないって言うより汚いねこれ。アビスの異能ってネクロマンサー?」
「当たりです」
兎のように飛び跳ね無数の死骸の避けながら、飛んできた生ゴミキメラの1匹をキャッチして見つめる。魚の目玉が埋め込まれた脈動する赤黒い肉塊から、何本もの蟹の鋏が突き出し蠢きラルバの腕を斬りつけている。ラルバがゆっくり手に力を込めると、黒い粘液を吐き出して絶叫の代わりに鋏をぶんぶんと振り暴れ回った。
「うーん、無理そうかな」
荒れ狂う屍の猛攻から逃げ回りつつ、手の中の怪物を握り潰す。蟹の鋏が一瞬痙攣して関節を伸ばしたかと思うと、直ぐに力なく萎れた。ラルバがそのまま手に力を込めると、動かなくなった怪物から”ボコボコと岩が湧き出し“始める。
「おっ!できたできた!」
「それがラルバ様の異能ですか?」
ラルバは背後からの質問と同時に飛んできた回し蹴りをしゃがんで躱す。アビスはそのまま片足立ちで蹴りの雨を浴びせる。
「岩の生成というと生産系ですか?握り殺したゾンビに意味は?」
暴風の如く吹き荒れるアビスの猛攻を、ヘラヘラと笑いながら避け続けるラルバ。
「さぁーどぉーでしょーねー、教えませーん」
「生産系ではない。となると非生物対象の変化系ですね。残念ながら“彼等”は一応生物扱いだと思いますよ」
「うん。殺さないと無理だった」
のんびりと会話をする2人。しかし、その落ち着いた声色とは対極的に攻防の勢いは激化する一方で、目にも止まらぬ拳の空振りはけたたましい風切り音を打ち鳴らし、鉄をも押し潰す掌打は命中と共に落雷のような轟音で景色を揺らす。
アビスのフェイントを読み切ったラルバのハイキックを、姿勢を崩したアビスが後ろへ身を翻して躱し距離を取る。
「発動条件が接触必須ならコッチが有利ですね。異能だけじゃなくて魔法も使った方がいいんじゃないですか?」
アビスが手を胸の前で交差させると、足元から大量のムカデのような死骸キメラが湧き出しラルバへ突進していく。
「アビスと魔力差ある状態で戦うのはキツいかなぁ。筋力落ちるし、疲れるし」
首を傾けて肩を回しストレッチをすると、ラルバは飛びかかって来たムカデのモンスターを避けようともせずニヤリと笑う。
「まあ勝てるけど」
アビスの視界が急に傾いた。
突然の落下。潜没。
突如としてアビス達の立っていた生ゴミの山は消え去り、代わりに透き通った水が辺りに満ちている。巨大な湖となり水没した墓場は、重力で2人を飲み込んだ。
アビスは着水の衝撃で泡だらけになった視界から、辛うじてラルバの姿を捉える。木っ端微塵になった死骸キメラと、倒れた墓石に蹲踞の姿勢で構えるラルバ。アビスが姿勢を立て直すより早く、ラルバは大きく跳躍して水飛沫を散らしながら飛び跳ねる。
「私の勝ちぃー」
水の中にいるアビスに声は届かなかったが、読唇術でラルバの口元から微かに読み取れた。
「お見事です」
俯いたアビスの独り言は、一瞬で巨大な氷塊と化した湖に閉じ込められた。
「こんなもんかなー……どう?動けそう?」
「無理ですね。少なくとも半日はこのままかと」
アビスの異能が解け、真夜中の墓場の景色が元の巨大なコンクリートの部屋に戻ったゴミ処理場で、ラルバはアビスの身体をバラバラに切り刻んでいる。
「こんな細切れにしても死なんとは……使奴ってのは不思議なもんだなぁ」
「でも、段々と意識が遠のくような気はしますよ。放っておけば恐らくは死ぬんじゃないでしょうか」
地面に転がる生首は眠そうに半目を保ちながら呟く。
「でもラデックが……使奴研究所では使奴の死亡事例は確認されていないそうだぞ」
「そうですか……まあ……どっち、に……し……ろ…………」
何かを喋りながらも、アビスはゆっくりと目を閉じて動かなくなる。ラルバはそれを見届けてから背を向けてシャワー室へ歩き出した。
~ヒトシズク・レストラン レインフォン邸「神の食卓」~
ゼルドームは椅子に縛りつけられながらも、どこか心に余裕があった。“愛と正義の平和支援会”の国王から聞いた“使奴隷属化”の方法。それによって従えたアビスの助けを確信していた。ゼルドームがヒトシズク・レストランを代表する権力者になってからの十数年、数多の人間を拷問にかけ、捌き、隠し、謀り、その全てを完璧に行なって来た完全なる下僕。その実力は笑顔の七人衆をも凌ぐと大いに期待をしていた。
しかしそんな期待も虚しく、目の前に姿を表したラルバは紅藤の髪を靡かせ、鮫のような牙を釣り上がった口角から覗かせた。
「やあやあゼルドーム審査委員長。ご機嫌いかがかな?」
口を縛られているゼルドームは、返事の代わりに鼻息荒く目を見開く。
「んー?アビスはどうしたのかって?細切れにして捨てて来たよ!残念だったねぇ」
ラルバはガタガタと震えるゼルドームに膝をついて目線を合わせる。
「んふふ~まさかアビスが殺されるなんて!って思ってる?思ってるねぇ。こんな強い使奴が相手じゃ勝てっこない!お手上げだ~!って感じ?」
そのまま爪先でくるりと一回転して椅子の後ろに立ち、ゼルドームの首に両手を添える。
「それは大きな間違いだ」
唐突に声のトーンを落として威圧するラルバ。ゼルドームは身体を一瞬強張らせて、首に添えられた手の冷たさに震える。
「アビスは手加減してくれたんだ。じゃなかったら私とて五体満足ではいられん」
ゼルドームの頭にかかる恐怖の靄を、疑念が突き破り蔓延る。その様子を見たラルバは、そのまま低い声で淡々と語り続ける。
「アビスが裏切った?奴隷化が解けた?あの馬鹿がしくじった?そんな筈はない!いいや、そんな筈あるんだよ。その原因はゼルドーム、お前だ」
ラルバがゼルドームの首に添えた手に力を込め始める。鋭い爪がゆっくりと肉に食い込み始め、ゼルドームは少しでも空気の通り道を確保しようと上を向く。
「どうせ”邪魔者は殺せ“とか言ったんだろうな。無論私は殺されそうになったが……アビスは”私を殺そうとする以外のこと“はしなかった。これがどう言う意味かわかるか?」
ラルバは更に指先に力を込める。だぶだぶに太ったゼルドームの首の肉がゆっくりと裂け始め、鮮血が皮膚を伝い落ちる。
「私を守れ――とか言っていればこうはなっていなかっただろう。アビスの死体操作能力は優秀だ。目眩しにも足止めにも使えるし、何より自分がわざわざ敵の前に立つ必要はない。しかし、お前の杜撰な命令のお陰でアビスは悪手を選ぶことができた」
ラルバがポケットからボイスレコーダーを取り出してスイッチを入れると、ゼルドームと数人の男の声が流れてきた。
「ゼルドーム様……!また“至高の人肉料理“を食べさせていただけるなんて……!こっ光栄です……!!」
「んはぁはぁ……遠慮するなぁ……!うまいものは皆で分かち合ってこその美味!恐らく“今が一番うまい”ぞぉ……!」
荒い呼吸音と、口を縛られているかのような呻き声。
「それじゃあまず私から……ジュルルルルルッ!んぼっ!んぼっ!!」
吸い上げるような水音と、粘性の咀嚼音。
「んじゅっ……んぶはぁ……うみゃいぃぃいいいいい……!!」
「ゼルドーム様……!!わたっ、私にもっ……!!」
「んあぁ……いいだろいいだろぉ……!ほれ!」
「はむっ!んむっ!!はぐっ!はぐっ!」
レコーダーの電源を切り、ゼルドームの首を握った手をより強く締める。
「大方”情報を漏らすな“とでも言ったんだろう。だが死人に口なし。これから殺す相手に何を言おうが”情報を漏らすな“という制約には触れないからな。アビスはこの“不躾な侵入者”に色々教えてくれたぞ。拷問の方法に期間に発案者。その過程に於ける数々の無慈悲な犠牲。何よりこの録音だって公開しなければ“情報を漏らすな”という制約には触れない。アビスはずっと待っていたんだ。“自分を殺すことのできる正義のヒーローの助け“を。その為にずっと備え続けていた。己を殺させる方法、自らに課せられた制約の穴、悪行の証拠、それらの努力が実る今日という日を待ち続けた」
ラルバは更に首を絞める手に力を込める。
「そして私が来た!!!」
ゼルドームは顔を真っ赤にして白目を剥く。しかし、ラルバが同時に回復魔法を使っているため、死ぬことも気絶も出来ず只管に鼻息荒く悶えるしか無い。
「お前はアビスに負けたんだよ……!!平和なこの国でのんびりと悪食に垂涎し!その身に余る力に胡座をかき!!優秀な人間を文字通り食い潰してきたクソ豚野郎が!!!絶対に命令に逆らえない使い捨ての性奴隷1人に負けたんだよっ!!!」
ラルバは大きく振りかぶるとゼルドームの背中に自らの手を突き刺し、比喩などではなく“心臓を鷲掴み”にする。
「…………っ!!!っ!!!っ!!!」
ゼルドームは余りの激痛に身体を大きく揺らして涙する。しかし想像を絶する痛みと苦しみにもがこうが、椅子に縛りつけられた身体では身体を捻って苦痛を逃すことは叶わず、指先を伸ばすことが限界である。
「この世で最も苦しい死に方の一つに、焼死に次いで窒息が挙げられる。そして、最も痛い病気の中に挙げられている心筋梗塞。丁度今お前が受けている苦しみに限りなく近いだろう。だが心筋梗塞は他の疼痛と違い、苦しみから解放されるタイミングが早い」
ラルバが心臓をぐりぐりとこね回すと、それに合わせてゼルドームが大きく震える。
「だが、それをもし回復魔法で延命させたらどうだ?ククク……コレは盗賊の国、“一匹狼の群れ”で学んだんだが、間違いなく世界で1番の苦しみと言って差し支えないだろう。数多の善人を食殺してきたお前にお似合いの末路だ」
指先に魔力を集中させ、通常であれば50人がかりで行うような最高位の回復魔法をかけ続ける。しかし本来回復魔法とは直接患部を刺激するものであるため、同時に麻酔代わりの混乱魔法や痛みそのものを取り除く拘束魔法を併用することが一般的である。ゼルドームにとって今の状況は、麻酔なしで行われる解剖手術も同然であった。
「私とて首吊りだけでも1時間耐えられん苦しみだ。あれに心臓の苦しみとなると、10分耐えられんだろうな。あれは苦しかった。まあお前のようなクズには最低でもあと”5時間“は生きながらえてもらうぞ。私の魔力が続く限り付き合ってもらう」
ゼルドームは椅子をガタガタ揺らして抗議するが、余りに微弱な抵抗は返って苦しみを助長させる。
衛兵達が隠された入り口から神の食卓の扉を開き、最高位の回復魔法の余波で未だ意識を保っている死体寸前のゼルドームを見つけたのは、ラルバ達がヒトシズク・レストランを立ち去ってから1週間も後のことであった。
「えぇ……ここでやるの?」
ラルバは顔の中心に力を込め、心底嫌そうに不満を漏らす。
巨大な石の部屋を埋め尽くす生ゴミのコンサートホールに、天井付近から突き出す何本ものパイプから腐った廃棄物を絶え間なく吐き出し、嗅がずとも鼻腔を突き刺す悪臭が這い回る。常人であれば、防護服を着込もうが気が狂う程の地獄絵図。
「……この悪臭の中随分と余裕そうですね。ご安心を、勝者は備え付けのシャワールームで綺麗さっぱり臭いは落とせます」
「敗者は?」
「このまま掃き溜めの中で数ヶ月……そのあと焼却され灰と一緒に棄てられるか、また生ゴミの下敷きです」
アビスは少しストレッチして一息つくと、目にも止まらぬ速さでラルバに突進する。
「おっと、危ないよせっかちさん」
ラルバは後ろに倒れて突進を交わし、寝転がった状態からアビスの腹に蹴りを打ち込む。上空へ蹴り上げられたアビスは咄嗟に受け身を取ろうと下を見る。しかし、落下地点でラルバが肩をグルグル回して拳を振りかぶっているのを見て眉を顰めた。
「どっせぇぇぇええぇぇぇぃ………あり?」
ラルバが予想したタイミングを過ぎても滞空しているアビス。ラルバが「はて」と首を傾げると、アビスの背後から何かが飛んでいった直後、指先を槍のように尖らせラルバ目掛け落下する。
「おっとと、異能か!!」
ラルバは飛び退いて距離を取り、先程アビスの背後から飛んでいった物体を目で追う。
真っ赤な海老の体に8対のゴキブリの羽根と、そこへ鳥の脚を生やした生ゴミのモンスターが2匹。フロアの天井付近を高速で飛び回っているのが見えた。
「何だあの気持ち悪いの……」
「一般人相手なら幻影の翼だとか何とかそれっぽい事言って誤魔化せるんですがね……」
アビスが“両手の指を組んで手を握り、外側へ勢いよく弾いた”瞬間、処理場の壁が”剥がれるようにガラガラと崩れて“いき、”夥しい数の枯れ木と墓石が姿を表す。腐敗臭が立ち込める薄暗いコンクリートのゴミ処理場は、一瞬でおどろおどろしい真夜中の墓場へと変化した。
「おっ!異能の“虚構拡張”か!私もできるぞ!」
そう言ってラルバが胸の前で指を組もうとするが、依然足元を埋め尽くす生ゴミから飛び出してきた魚の頭部に弾かれ阻止される。その一瞬の隙を逃さず、ゴミの中から幾千もの亡骸の化け物が溢れ、怯んだラルバに襲いかかる。
「おっ、うおっ、危ないって言うより汚いねこれ。アビスの異能ってネクロマンサー?」
「当たりです」
兎のように飛び跳ね無数の死骸の避けながら、飛んできた生ゴミキメラの1匹をキャッチして見つめる。魚の目玉が埋め込まれた脈動する赤黒い肉塊から、何本もの蟹の鋏が突き出し蠢きラルバの腕を斬りつけている。ラルバがゆっくり手に力を込めると、黒い粘液を吐き出して絶叫の代わりに鋏をぶんぶんと振り暴れ回った。
「うーん、無理そうかな」
荒れ狂う屍の猛攻から逃げ回りつつ、手の中の怪物を握り潰す。蟹の鋏が一瞬痙攣して関節を伸ばしたかと思うと、直ぐに力なく萎れた。ラルバがそのまま手に力を込めると、動かなくなった怪物から”ボコボコと岩が湧き出し“始める。
「おっ!できたできた!」
「それがラルバ様の異能ですか?」
ラルバは背後からの質問と同時に飛んできた回し蹴りをしゃがんで躱す。アビスはそのまま片足立ちで蹴りの雨を浴びせる。
「岩の生成というと生産系ですか?握り殺したゾンビに意味は?」
暴風の如く吹き荒れるアビスの猛攻を、ヘラヘラと笑いながら避け続けるラルバ。
「さぁーどぉーでしょーねー、教えませーん」
「生産系ではない。となると非生物対象の変化系ですね。残念ながら“彼等”は一応生物扱いだと思いますよ」
「うん。殺さないと無理だった」
のんびりと会話をする2人。しかし、その落ち着いた声色とは対極的に攻防の勢いは激化する一方で、目にも止まらぬ拳の空振りはけたたましい風切り音を打ち鳴らし、鉄をも押し潰す掌打は命中と共に落雷のような轟音で景色を揺らす。
アビスのフェイントを読み切ったラルバのハイキックを、姿勢を崩したアビスが後ろへ身を翻して躱し距離を取る。
「発動条件が接触必須ならコッチが有利ですね。異能だけじゃなくて魔法も使った方がいいんじゃないですか?」
アビスが手を胸の前で交差させると、足元から大量のムカデのような死骸キメラが湧き出しラルバへ突進していく。
「アビスと魔力差ある状態で戦うのはキツいかなぁ。筋力落ちるし、疲れるし」
首を傾けて肩を回しストレッチをすると、ラルバは飛びかかって来たムカデのモンスターを避けようともせずニヤリと笑う。
「まあ勝てるけど」
アビスの視界が急に傾いた。
突然の落下。潜没。
突如としてアビス達の立っていた生ゴミの山は消え去り、代わりに透き通った水が辺りに満ちている。巨大な湖となり水没した墓場は、重力で2人を飲み込んだ。
アビスは着水の衝撃で泡だらけになった視界から、辛うじてラルバの姿を捉える。木っ端微塵になった死骸キメラと、倒れた墓石に蹲踞の姿勢で構えるラルバ。アビスが姿勢を立て直すより早く、ラルバは大きく跳躍して水飛沫を散らしながら飛び跳ねる。
「私の勝ちぃー」
水の中にいるアビスに声は届かなかったが、読唇術でラルバの口元から微かに読み取れた。
「お見事です」
俯いたアビスの独り言は、一瞬で巨大な氷塊と化した湖に閉じ込められた。
「こんなもんかなー……どう?動けそう?」
「無理ですね。少なくとも半日はこのままかと」
アビスの異能が解け、真夜中の墓場の景色が元の巨大なコンクリートの部屋に戻ったゴミ処理場で、ラルバはアビスの身体をバラバラに切り刻んでいる。
「こんな細切れにしても死なんとは……使奴ってのは不思議なもんだなぁ」
「でも、段々と意識が遠のくような気はしますよ。放っておけば恐らくは死ぬんじゃないでしょうか」
地面に転がる生首は眠そうに半目を保ちながら呟く。
「でもラデックが……使奴研究所では使奴の死亡事例は確認されていないそうだぞ」
「そうですか……まあ……どっち、に……し……ろ…………」
何かを喋りながらも、アビスはゆっくりと目を閉じて動かなくなる。ラルバはそれを見届けてから背を向けてシャワー室へ歩き出した。
~ヒトシズク・レストラン レインフォン邸「神の食卓」~
ゼルドームは椅子に縛りつけられながらも、どこか心に余裕があった。“愛と正義の平和支援会”の国王から聞いた“使奴隷属化”の方法。それによって従えたアビスの助けを確信していた。ゼルドームがヒトシズク・レストランを代表する権力者になってからの十数年、数多の人間を拷問にかけ、捌き、隠し、謀り、その全てを完璧に行なって来た完全なる下僕。その実力は笑顔の七人衆をも凌ぐと大いに期待をしていた。
しかしそんな期待も虚しく、目の前に姿を表したラルバは紅藤の髪を靡かせ、鮫のような牙を釣り上がった口角から覗かせた。
「やあやあゼルドーム審査委員長。ご機嫌いかがかな?」
口を縛られているゼルドームは、返事の代わりに鼻息荒く目を見開く。
「んー?アビスはどうしたのかって?細切れにして捨てて来たよ!残念だったねぇ」
ラルバはガタガタと震えるゼルドームに膝をついて目線を合わせる。
「んふふ~まさかアビスが殺されるなんて!って思ってる?思ってるねぇ。こんな強い使奴が相手じゃ勝てっこない!お手上げだ~!って感じ?」
そのまま爪先でくるりと一回転して椅子の後ろに立ち、ゼルドームの首に両手を添える。
「それは大きな間違いだ」
唐突に声のトーンを落として威圧するラルバ。ゼルドームは身体を一瞬強張らせて、首に添えられた手の冷たさに震える。
「アビスは手加減してくれたんだ。じゃなかったら私とて五体満足ではいられん」
ゼルドームの頭にかかる恐怖の靄を、疑念が突き破り蔓延る。その様子を見たラルバは、そのまま低い声で淡々と語り続ける。
「アビスが裏切った?奴隷化が解けた?あの馬鹿がしくじった?そんな筈はない!いいや、そんな筈あるんだよ。その原因はゼルドーム、お前だ」
ラルバがゼルドームの首に添えた手に力を込め始める。鋭い爪がゆっくりと肉に食い込み始め、ゼルドームは少しでも空気の通り道を確保しようと上を向く。
「どうせ”邪魔者は殺せ“とか言ったんだろうな。無論私は殺されそうになったが……アビスは”私を殺そうとする以外のこと“はしなかった。これがどう言う意味かわかるか?」
ラルバは更に指先に力を込める。だぶだぶに太ったゼルドームの首の肉がゆっくりと裂け始め、鮮血が皮膚を伝い落ちる。
「私を守れ――とか言っていればこうはなっていなかっただろう。アビスの死体操作能力は優秀だ。目眩しにも足止めにも使えるし、何より自分がわざわざ敵の前に立つ必要はない。しかし、お前の杜撰な命令のお陰でアビスは悪手を選ぶことができた」
ラルバがポケットからボイスレコーダーを取り出してスイッチを入れると、ゼルドームと数人の男の声が流れてきた。
「ゼルドーム様……!また“至高の人肉料理“を食べさせていただけるなんて……!こっ光栄です……!!」
「んはぁはぁ……遠慮するなぁ……!うまいものは皆で分かち合ってこその美味!恐らく“今が一番うまい”ぞぉ……!」
荒い呼吸音と、口を縛られているかのような呻き声。
「それじゃあまず私から……ジュルルルルルッ!んぼっ!んぼっ!!」
吸い上げるような水音と、粘性の咀嚼音。
「んじゅっ……んぶはぁ……うみゃいぃぃいいいいい……!!」
「ゼルドーム様……!!わたっ、私にもっ……!!」
「んあぁ……いいだろいいだろぉ……!ほれ!」
「はむっ!んむっ!!はぐっ!はぐっ!」
レコーダーの電源を切り、ゼルドームの首を握った手をより強く締める。
「大方”情報を漏らすな“とでも言ったんだろう。だが死人に口なし。これから殺す相手に何を言おうが”情報を漏らすな“という制約には触れないからな。アビスはこの“不躾な侵入者”に色々教えてくれたぞ。拷問の方法に期間に発案者。その過程に於ける数々の無慈悲な犠牲。何よりこの録音だって公開しなければ“情報を漏らすな”という制約には触れない。アビスはずっと待っていたんだ。“自分を殺すことのできる正義のヒーローの助け“を。その為にずっと備え続けていた。己を殺させる方法、自らに課せられた制約の穴、悪行の証拠、それらの努力が実る今日という日を待ち続けた」
ラルバは更に首を絞める手に力を込める。
「そして私が来た!!!」
ゼルドームは顔を真っ赤にして白目を剥く。しかし、ラルバが同時に回復魔法を使っているため、死ぬことも気絶も出来ず只管に鼻息荒く悶えるしか無い。
「お前はアビスに負けたんだよ……!!平和なこの国でのんびりと悪食に垂涎し!その身に余る力に胡座をかき!!優秀な人間を文字通り食い潰してきたクソ豚野郎が!!!絶対に命令に逆らえない使い捨ての性奴隷1人に負けたんだよっ!!!」
ラルバは大きく振りかぶるとゼルドームの背中に自らの手を突き刺し、比喩などではなく“心臓を鷲掴み”にする。
「…………っ!!!っ!!!っ!!!」
ゼルドームは余りの激痛に身体を大きく揺らして涙する。しかし想像を絶する痛みと苦しみにもがこうが、椅子に縛りつけられた身体では身体を捻って苦痛を逃すことは叶わず、指先を伸ばすことが限界である。
「この世で最も苦しい死に方の一つに、焼死に次いで窒息が挙げられる。そして、最も痛い病気の中に挙げられている心筋梗塞。丁度今お前が受けている苦しみに限りなく近いだろう。だが心筋梗塞は他の疼痛と違い、苦しみから解放されるタイミングが早い」
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「だが、それをもし回復魔法で延命させたらどうだ?ククク……コレは盗賊の国、“一匹狼の群れ”で学んだんだが、間違いなく世界で1番の苦しみと言って差し支えないだろう。数多の善人を食殺してきたお前にお似合いの末路だ」
指先に魔力を集中させ、通常であれば50人がかりで行うような最高位の回復魔法をかけ続ける。しかし本来回復魔法とは直接患部を刺激するものであるため、同時に麻酔代わりの混乱魔法や痛みそのものを取り除く拘束魔法を併用することが一般的である。ゼルドームにとって今の状況は、麻酔なしで行われる解剖手術も同然であった。
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ゼルドームは椅子をガタガタ揺らして抗議するが、余りに微弱な抵抗は返って苦しみを助長させる。
衛兵達が隠された入り口から神の食卓の扉を開き、最高位の回復魔法の余波で未だ意識を保っている死体寸前のゼルドームを見つけたのは、ラルバ達がヒトシズク・レストランを立ち去ってから1週間も後のことであった。
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