シドの国

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ヒトシズク・レストラン

第27話 ヒトシズク・レストラン

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~ヒトシズク・レストラン ゴミ処理場~

 無機質で巨大なコンクリートの部屋に、今日も国中の生ゴミが集められる。鼻腔を抉る悪臭を伴って、真下に転がるアビスに覆い被さる。
 首から下を細切れにされたアビスに腐った汚物を除ける術はなく、腐敗した異臭の塊が美しい顔にボチャっと落ちる。そして、生首に意識を保とうと消費した莫大な魔力の反動で目を閉じた。
 今日まで悪逆無道の限りを尽くしてきた。命令に逆らえなかったと言い訳をしてしまえばそれまでだが、自分の中に巣食う亡霊の幻がそれを許さなかった。数々の未来ある若人達を、夢見る職人達を、希望に溢れた善人達を――――騙し、捉え、痛めつけ、おとしめ、悪魔も逃げ出すような殺戮さつりくに手を染めてきた。
 恐らくゼルドームの絶命が近いのだろう。首の認証輪にんしょうりんは赤く輝き、“死の魔法”の展開を始める。アビスは、ゼルドームと“愛と正義の平和支援会”の国王が話していたことを思い出す。
「使奴を隷属れいぞくさせる際には注意点がある。それは主人の死を使奴が感じ取ると、自分に“死の魔法”をかけちまうことだ。元はと言えば、大昔に主人のいなくなった使奴の暴走を防止するためにつけられた機能だが、今となっちゃあ邪魔でしかねぇ――――」
 そんな汚れにけがれたくずには相応しい末路だろう。アビスは惨めな最期を迎える舞台を見ようと、もう一度だけ薄目を開ける。死の魔法で急激に減りゆく魔力のせいか、今にも手放してしまいそうな朦朧もうろうとした意識で、何を思ったのか口元に触れた何かの残骸をかじった。恐らくタンパク質を含んでいるであろう物体は、酷くえた臭いを放ち、僅かな甘味と突き刺すような酸味と苦味で、とても人間が口に入れてよい物ではなかった。
 しかし、アビスはこの味に少しだけ覚えがあった。醜悪な肉片を吟味ぎんみするように口の中で転がし、遠い昔の事を思い返していた。



 使奴の研究所を抜け出した時、外の世界は想像よりもずっと荒廃していた。いや、そもそも想像なんてする暇はなかったのだけれど。戦闘機が鳥の群れのように飛び交い、落下してきた爆弾や墜落機の地を揺るがす轟音が絶え間なく鳴り響いていたのをよく覚えている。
 とにかく研究所には戻りたくなかった。だから何を考えるわけでもなく、ただただ歩き続けた。廃墟とクレーターが続くだけの薄汚れた荒野を、1日、3日、1週間。今思えば――眠気も空腹も疲れも我慢できたのは、私が最初に感じた違和感のない異変だったんだろう。自分が使奴という化け物だと知るまでは、そんなこと一切不思議に思わなかった。
 海に突き当たってから海岸沿いを歩いていると、まだ半分以上は屋根が残っている廃屋を見つけた。中は腐敗しかけた木と、埃と、僅かな火薬の臭いが残っていて、家具や内壁も殆ど残っていないほぼ外壁と柱だけのハリボテのような廃屋だった。
 隅の方に残っていた小さな椅子に腰掛けて、何日かぶりに思考を再開した。
 ここはどこなんだろう。私は何者なんだろう。これから何をしよう。少しだけ研究所に戻ろうかとも考えたけど、なんだか戻っちゃいけないような気がしてやめた。
 そのまま石像のように何日も過ごした。家のすぐ側に戦闘機が墜落した時は、「ああ、どうせなら真上に墜ちてきてくれれば良かったのに」と思った。
 けどある日、突然家の扉が開かれた。10歳程の小柄な女の子が、痩せ細った身体に何か緑色の塊を抱きしめ、恐怖に染まった顔でこちらを見た。
「た、助けて下さい…………!!」
 脱水症状だろうか、呂律ろれつは回っておらず唇は乾き切っている。にも拘らず両目いっぱいに涙を溜めて私を見つめる。
 事情は分からなくとも、幼気な子供を見捨てることに気乗りはせず、何日かぶりに椅子から腰を上げて入り口の扉を開ける。外には1人の男――これまたガリガリに痩せ細った浮浪者がこちらへ歩いてきていた。
「おおっ……女……?女っ……!!子供もっ!!!」
 浮浪者は私を見ると、半開きになった口から涎を撒き散らして走ってきた。思わず男の腹に蹴りを入れると、思ったより力が強かったのか、はたまた男が脆すぎたのか、裸足の爪先は男の腹に食い込み絶命させた。
 振り返ると、女の子が私の手を握ってこちらを見上げていた。私は……

 別に助けるつもりではなかったが、子供という存在は嫌いでは無いし、あんな浮浪者が彷徨うろつき戦闘機飛び交う荒野に放り出す訳にもいかず、子供に手を引かれるまま海岸沿いを2人で歩いていた。
「こっち!こっち!ここなら安全だよっ!」
 見たところ墜落した戦闘機だろうか。女の子は手招きをして、巨大な鉄の塊に入ったひび割れから中に入っていく。遅れて入ると、中にいた人間が一斉にこちらを見た。
「なんだあの肌の色……!人間か……!?」
「生物兵器じゃねぇのか……!?」
 私を見て怯える人間たちの中、女の子は端で寝ている女性に駆け寄る。
「おかーさん!見て!鳥だよ!お腹すいたでしょ!?」
「レイン……!お前こんなもののために外へ……!!」
 そこで初めて女の子が抱いていた物が生物の死骸だと言うことがわかった。だけど、アレはもう……
「寄越せレインッ!!!」
「だっ、だめっ!それはおかーさんの……!!」
 後ろから来た大柄な男が女の子から死骸を引ったくる。
「もう“サリ”は助からねぇ!!俺達生きていける人間が食うべきだ!!」
「おかーさんの……!おかーさんのっ…………!!!」
 女の子は男の足にしがみついて爪を立てる。それを男が払い除けようと腕を振りかぶった。
「離れっ……あぁ!?」
 ――――子供という存在は嫌いでは無い。それに、圧倒的な力で弱者が虐げられるこの状況に、ただならぬ不満を感じていた。だから止めた。振りかぶった男の腕を掴み、死骸を奪い取ってから誰もいない方へ投げ飛ばした。
「これは……この子の物です」
「テメェ……!!」
 男が起き上がり再び向かってくるが、後ろに回って首根っこを引いてやると尻餅をついて倒れた。
「あまりヤケにならないでください。殺してしまう可能性があります」
 私がそう警告すると、男は不満半分恐怖半分といった顔で少し後退あとずさった。私は女の子の方を向いて鳥の死骸を手渡す。
「おねーさん……!ありがと……!!」
 感謝の言葉は素直の嬉しかった。初めて心が満たされたような気がした。だから、次に発する言葉を少しだけ躊躇ためらった。
「でも……恐らくそれは食べられません」
「え……?」
 幼い女の子が涙を止めて脱力したことが、私には何より辛かった。
「……高濃度の負の波動と薬物に汚染されています。可食部位は……恐らく爪の先にも満たないでしょう」
 死骸から剥き出しになっている筋肉繊維を爪で削り、少しだけ口に含む。強烈なえた臭いと、突き刺すような酸味と苦味が舌を抉るようだった。
 再び女の子が身体を震わせる。しかし、もう乾き切った身体からは涙どころか飲み込む唾も出ていない。人を殺すよりも、男を投げ飛ばすよりも、研究所に戻るよりも、ずっと一人で生きていくよりも……今が一番辛かった。
 女の子が鳥の死骸をボトリと落として、その場に座り込む。母親が後ろからゆっくりと這って近づき、優しく抱きしめた。
「おかーさんごめんね……!ごめんね……!」
「いいんだよレイン……私はお前さえ居てくれたら……!」
 私に何かできないだろうか。多分私は他の人間とは違う。何か、何かあるはずだ。この人たちを救う方法が。
「……少々お待ちを」
 私は鳥の死骸を拾って、腹に切れ目を入れて左右へ引きちぎった。どこか食べられる部位はないだろうか。汚染はどうすれば除去できるだろうか。どうにか……どうにかして……そうだ、生き返らせれば新陳代謝で波動汚染はなんとかなるかもしれない。あとは回復魔法と反転魔法で薬物を無毒化できれば……
 異能を使い握っていた死骸が脚をバタつかせて蘇ると、女の子を含め全員が怯えて私から離れた。しかし今はどうだっていい。女の子の喜ぶ顔が見たかった。私はもう、あの時に「ありがとう」の虜になってしまったのかもしれない。
「……コレで恐らくは食べても問題ありません」
 独特の臭気を放つ緑の奇怪な死骸だった塊は、茶色い鴨に戻り脚を痙攣けいれんさせている。すると、横にいた男が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あんた……何をした……!?」
 多分普通では無いことをしたのだろう。これ以上怖がられないためにも正直に答えた。
「生き返らせて回復魔法と反転魔法で無毒化しました。私は多分皆さんにできないことができます。でも安心して下さい。私は皆さんの味方です」
 私はそのまま立ち上がり背を向けて拠点の外へ出た。
「どっどこへ行く?」
「料理します。少々お待ちを」
 海水を蒸発させて得た塩。比較的香りの良い野草。出来ることは少なかったが、最低限“料理”と言えるものにはなったと思う。食べやすく割いた鴨を葉に乗せて女の子の元へ戻った。
「どうぞ。最低限料理とは呼べるはずです」
 母親の前に差し出して食べるよう促す。
「レイン……お前から食べな。お前の捕ってきた物なんだから……」
「ううん!おかーさんにあげる!食べて!」
 私も女の子のために口添えをした。
「食べて下さい。コレは貴女のものです」
 母親は少し躊躇ためらったが、「ありがとう」と呟いて一欠片だけ口に含む。
「……美味しい。……こんなに美味しい物を食べたのはいつぶりだろうねぇ……」
 母親は目から一粒の涙を溢してゆっくりと咀嚼そしゃくする。
「ほら、レインも食べな……とっても……とっても美味しいよ……!」
「どうぞ」
 私も女の子が遠慮しないように差し出した。女の子も小さい欠片を遠慮がちにとって口に入れる。
「……おいしい!」
 女の子がこっちを見てニッと笑った。私は……もうこの感動から逃れられないかもしれない。
「おねーさんも食べて!」
「いや、私は……」
「食べておくれ。貴女がいなけりゃ、絶対にありつけなかったご馳走なんだから……」
 食べ物を必要としない私が食べるのは勿体ないと躊躇ためらったが、2人の好意を無下にする訳にもいかず「では一口だけ……」と、少しだけいただいた。
 お世辞にも美味とは言えないただの塩味。パサパサで臭みも強く、さっき自分で言った“最低限料理とは呼べる“という発言を撤回したくなった。でも――――
「おいしいです」
 確かにアレは”ご馳走“だったと思う。
「みんなで食べよう!ちょこっとになっちゃうけど!みんなで!!」
 女の子は立ち上がって周囲の人間を手招きする。皆顔を見合わせて一瞬考え込むが、すぐに立ち上がって料理に群がった。
「うめぇ……!うめぇ!!」
「ああ……肉なんて何年ぶりだ!!」
「ここでビールでもグーッとよ!!あ……何でもねぇ……」
「美味い……美味いなぁ……!!」
「みんな美味しいって!お姉さんありがとう!!」
 また胸が締め付けられるような感触がした。とても心地よい苦しさ。私は少し席を外し、外に置いてきたもう一品を取りに行った。
「どうぞ。少ないですが、栄養価は高いです」
 鳥の骨と、植物の根を煮込んだだけの簡素なスープ。ないよりは良いだろうと思い、最も栄養を必要としている母親に手渡す。
「コレも分けよう!」
 女の子が立ち上がって周りの人間に振り向く。
「こ、これをですか?一人スプーン一杯程しかありませんよ?」
「スプーン一杯でも!みんなで分けよう!」
 コレには流石に皆面食らって口を半開きにするが、女の子は手作りと見られる食器を何個も持ち出し、スープをすくっては一人一人順番に手渡す。
「はい!」
「ああ……い、いいのか?」
「どうぞ!」
「あり、がとう……」
「どーぞ!」
「……ああ。ありがとう」

「じゃあコレおかーさんの分!みんなよりちょっと多いよ!」
「ああ……ありがとう。レイン」
 結局母親の元に残ったスープは一口ほどだったが、私はもう何も思うことはなかった。私は、今日やっと生きる意味を見出せた。



 それからというもの、使奴特有の身体能力は集落の発展に大きく貢献した。昼夜を問わず食料を探し、空襲や天災からみんなを守れるだけの力が私にはあった。魔法をたくさん使うと目に見えて疲れるし身体も脆くなるけど、みんなが私を心配してくれたからどうってことなかった。それに、数年経つと他の使奴とも出逢えた。
 ”ヴァルガンさん“は正義感に溢れた良い人だった。彼女の置いていった紋章のおかげで他の集落にも顔が利くようになった。”イチルギさん”はそっけない人だけど、目線や振る舞いから仲間を気遣っているのが良くわかる。その細やかな気遣いに言及するとすごく怒られたけど、彼女の良いところだと思う。“ジルファさん”や“カースさん“はあまり誰かと話したがるような人じゃなかったけど、2人とも人との付き合いが苦手なだけで周りに誤解されているんだと思う。最近やっと材料が揃って作れるようになったケーキを食べさせたら、2人とも照れながらお礼を言ってくれた。”ガルーダさん“という人は一方的に色々聞いてはくるけど自分のことは何も話してくれなかった。今度会ったらもう少し仲良くなってみたい。”ベルさん”は気のいい頼れるお姉さんといった感じで、とても優しい人だった。なにより、彼女に教えてもらった使奴についての情報はとても役に立った。

「”アビス“さん!!見て見て!!やっとできたの!!これが“レイン・フォーン・クレシェンド”ちゃんの第一歩となるのです!!」
「おお……これがレインさんのお店ですか。ご立派ですね」
「でしょでしょ!?んもー働いたお金ぜーんぶなくなっちゃった!!」
「えっ……それは大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃなきゃ困る!!それに困ったらアビスさんが何とかしてくれるんでしょ?」
「……レインさん。いつまでも私に頼ってばかりでは――――」
「冗談だってばー!大丈夫!きっと上手く行く!私がずっと夢見てきたことなんだから。世界中の子供達をお腹いっぱい……は――無理でも!みんなが一緒に笑顔で食べられるような世界になって欲しい……ここから、ここから始めるんだ」
「……素敵ですね」
「アビスさんが教えてくれたんだよ?覚えてる?出会った日のこと!」
「もちろん覚えていますよ。それに……レインさんの夢は私の夢でもありますから」
「アビスは自分の夢を持ってよ!こっちは私で頑張るから!」
「ふふ……期待していますよ」



「…………死にたくない」
 アビスは生ゴミに埋もれたまま、無いはずの首から下をもがき歯を食い縛る。
「嫌だ……まだ死にたくない……!!だって……!!だって…………!!!」
 目を見開いて、僅かに開いた生ゴミの隙間から天井を見上げる。
「まだ……!まだ、お腹を空かせた子供達が…………!!たくさん…………!!!」
 その呟きを皮切りに、天を貫くほどの大声で叫ぶ。
「誰かっ!!!誰か助けてっ!!!誰かぁっ!!!」
 アビスの細切れになった身体が少しずつ、死の魔法特有の朱色の炎を発し始める。
「お願いっ!!!誰かぁっ!!!」
 また新たな生ゴミが排出され、アビスの顔面に覆い被さる。その直後。
「喚くな。まだ間に合う」
 金髪の男が生ゴミを退けてアビスの生首を掘り起こした。
「アナタは……ラルバ様の――――」
「喋るな。意識を保つことに集中しろ」
 ラデックは火のついたタバコをアビスに咥えさせ、首の認証輪に手を当てる。
「バリア!!埋もれた残りのアビスの身体を!!」
 後ろにいたバリアは黙ってラデックに近づき、足元を掘り返し始める。
「いいかアビス。ゼルドームはまだ死んじゃいない。奴から伝わってくる波導の弱さで勘違いしているかもしれないが、ラルバがあの悪党をそんなに早く殺す筈はない。自分に言い聞かせろ」
 ラデックが認証輪を素早く左右に回転させ、ダイヤル錠を開けるようにまさぐる。
「使奴に設定された死の魔法の発動条件は“オーナー登録者の死亡”だ。発動タイミングは個体差がある、生きのびる自分をイメージしろ。アレだけ叫べるってことは何かしらあるだろ。それを強くイメージしろ」
 アビスは目をギュッとつむって思い浮かべる。あの日の誓い。自分の生きる意味。
「ラデック。身体揃ったよ」
 何も持たなかった私に、生きる意味をくれた人。
「でかしたバリア。身体は俺に任せろ。あとはお前の気力次第だ。アビス」
 レインさんの。私の親友の叶えられなかった夢を。
「お前のしたいことは何だ」
 私のしたいことは。






「それでね!聞いて聞いて!!お店の名前なんだけど!!」
「ああ、なんだかここ暫くうずうずしてましたね」
「そう!そうなの!もう言いたくてしょうがなくって!!ここはねぇ――――昔、アビスさんに作ってもらったお肉とかスープみたいに、みんなで一緒にご飯を食べられる場所にしたいの。例え一欠片のお肉でも、スプーン一杯のスープでもみんなで分け合える場所。その名も!」



「ヒトシズク・レストラン!!!」

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