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なんでも人形ラボラトリー
第46話 二兎追うものは一兎も得ず
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~なんでも人形ラボラトリー 市街地~
一行が入国してから丸一日が経過したが、昼前であるにも拘らず空には依然として風景画の様に凍りついて動かない満月と星々が煌めき、街中を埋め尽くすイルミネーションが爛々と輝き辺りを照らしている。
ラデック、ティエップ、ハピネス、ジャハル、ラプーの5人は活気のある市街地を物珍しそうに物色しながら散策し、時折飲食店や雑貨屋で立ち止まって雑談をしている。ハピネスの案内でラルバ達のいる地下街へ足は向いているものの、その歩みは緩慢で落ち着いている。
そこへ1人の踊り子が足を絡れさせてジャハルにぶつかった。ジャハルは咄嗟に受け止めて抱え込み、余裕の表情で微笑みかける。
「おっと。お怪我はありませんか?」
「あ、す、すみません……!!お姉さんこそお怪我は!?」
「鍛えているのでね。心配は無用です」
その様子を見てラデックが思い出したかの様に辺りを見回す。
「……そういえばティエップ。ここでは毎日お祭り騒ぎと言っていたが、この国の風習か何かか?」
ラデックの問いかけに、余所見をしていたティエップがハッとして視線をラデックへと向ける。
「あ、はい!踊りは“常夜の呪い”を保つ儀式なんです」
「儀式?」
「珍しいですよね。詳しい仕組みは知らないんですが、この国は“大勢の人が踊っている間だけ夜になる”魔法がかかっているんです。そして夜の間だけ言葉が出鱈目になってしまう。元々は砂漠の暑さを凌ぐためだったとか、魔力を貯めるためだったとか色々言われていますが、詳しい起源は分かっていません」
「起源がわかっていない?そんな奇妙な呪い、何故態々受け継いでいるんだ?」
「あはは……普通そうなりますよね。でも常夜の呪いはでっかい屋根みたいなものですから、砂漠の暑さを軽減できるのは大きなメリットですし、月光や星光、特に満月の光は大きな再生可能エネルギー、波導源になります。この国の電力だって9割近くが月光発電に頼っているんですよ」
そう言ってティエップは遠く離れた塔を指差す。話の流れからして月光発電所と思われる施設は、ぼんやりとした青い発光を脈動させている。
「なるほど……簡単に言えば、踊るという運動エネルギーを波導エネルギーに変換しているわけか」
「更に電気エネルギーに変換しているので無駄な手間に見えますが、結構効率が良いんですよ。そんなに土地も要りませんし」
ラデックがブツブツと独り言を溢しながら歩き始める。その後もハピネスの案内でラルバの元へ向かう一行は、牛歩ながらも確実に合流地点へ近づきつつあった。
~なんでも人形ラボラトリー 地下街入り口~
廃墟の様に朽ち果てた入り口のトタン屋根が、おどろおどろしい洞窟の奥から噴き出てくる風でガタガタと音を立てて揺れている。寂れた空間に似つかわしくない監視カメラがじっとラデック達を睨み、あちこちに備え付けられた換気用の巨大なファンがごうごうと音を立てて回っている。それらはまるで「出て行け」と吼え、地下街を守っているかのように見えた。
ラデックが入り口の壁に寄りかかる老人に会釈をすると、老人は同じように会釈を返した後に態とらしく咳込む。常人がこの仕草を見たならば「大丈夫ですか?」と声をかけたくなるだろうが、それが貧困層に蔓延る悪質な”物乞い擬き“の手口である。
彼等が欲しいのは金銭ではなく情報。繁華街で観光客に集る物乞いとは比べ物にならぬほど狡猾で目敏く、こうして地下街に入って行く常識知らずな観光客の素性や経歴を奥に潜む仲間へ伝え、皮膚の一欠片すら残らず剥ぎ取りバラし金に換える。
老人の態とらしい咳を見たジャハルは、若干顔を顰めながらも腰に下げた魔袋に手を入れ、常備している携帯食料を老人の足元へ置き足早に立ち去る。
「いやあこらありがてぇなぁ。おい嬢ちゃん、この先に何の用――――」
ジャハルは老人の言葉を無視して突き進み、ラデック達にも「構うな」と目配せをして急かす。ラデックは後ろ髪引かれながらもジャハルに続く。その後を追うラプーと一緒にハピネスも歩き出すが、立ち止まったままのティエップを気にして立ち止まる。
「ティエップ?何か気になることでも?」
「あっいえ……あの、この先本当に行くんですか……?」
「心配するな、いざとなればラデック君が――――」
「…………ティエップ?」
老人の声が2人の会話を遮った。
しかしその声は先程の軽快で不潔な浮浪者の声色ではなく、何か恨みや怨念を感じさせる重苦しい呻き声に近い声だった。
その声はジャハル達にも聞こえた様で、踵を返してこちらへ戻ってきていることがわかった。ハピネスはそれを確認してから老人に向き直り、戯けるように振る舞う。
「ああ、この子“ティエループ・ソニア”って言うんですよ。不出来な預言者でね。優秀な預言者に“ティエップ”ってのがいるもんで、皮肉を込めたあだ名でそう呼んでるんですよ」
嫌な予感がしたハピネスは口八丁でティエップを庇い煙に巻く。しかし老人の眼は既に確信に近い憎悪でぎらぎらと輝いており、言いくるめが通用していないことがわかった。
「オメェ等出てこい!!!“ティエップ”だっ!!!」
老人の地を揺るがす怒声が洞窟に響き渡る。するとラデック達が逃げ出すまもなく数十人の賊に包囲され、ラデック達は洞窟の壁際に追い詰められる。
吐き気を催す殺気にあてられたティエップはひどく怯え、高熱に魘されているかのように肩を震わせる。ラデックが落ち着かせようと抱き寄せ肩を撫でるが、その震えは一向に収まらない。
「……どういうことだ!?おい!!ジャハル!!」
「わかっている……!!」
ジャハルは大剣を振り翳して賊の前に立ちはだかり、声高に名乗り出る。
「私は人道主義自己防衛軍所属!!“クサリ”総指揮官ジャハルだ!!彼女の身柄は我々の庇護下にある!!逆らうならば武力行使も厭わん!!早々に武器を下げて退け!!」
「待て」
若い男の声。その声は呟くような小さいものであったが、確実に全員の耳に届き賊は黙って振り向く。そこには赤い髪で片目を隠した男と、紫色の長髪を靡かせる使奴が立っていた。
「ハザクラ!!ラルバ!!」
ラデックは安堵して助けを求める。
「預言者の女性が狙われている!!守ってくれ!!」
しかしその呼びかけにハザクラは答えず、代わりにラルバが嘲笑するように肩をすくめた。
「え?なんて?まあ言葉分かんなくても大体何て言ってるかは想像つくけどさ。あっはっはっは」
常夜の呪いでラデックの言葉が分からないラルバは、カラッとした笑顔で後頭部を掻きながら仰け反り笑う。
「いやあ私もびっくりなんだけどね。その子、悪逆無道の大悪党の長なんだってさ。地位で言えばネルダバ以上?覚えてるかな、グルメの国へ行く直前に豚に食わせた運送会社幹部のデブ。あれ以上にすごいらしいよ。子供拉致って殺しちゃったり、そのままバラして売っちゃったり、色んな賭場で負け込んだクズ共を混ぜ混ぜしてお薬作ったりしてるんだってさ。まーおっそろしーい」
ラデックが絶句してティエップを見るが、依然震えたまま動かない彼女を見てラデックは再びラルバに向けて声を荒げる。
「何かの間違いだ!!彼女にそんなことできるはずがない!!」
「違うんですラデックさんっ!!!」
強く否定するラデックの言葉を、ティエップが身を震わせながら遮った。
「わた、私なんです……!!!その……悪党と言うのは……!!!」
「な……なん……!?」
「すみません……!!!ずっと、ずっと言えませんでした……!!!自分っでも……どう、言ったら、いい、のか……わからな、くて……!!!」
ティエップは泣き崩れながら必死に言葉を紡ぐ。その言葉にはジャハルも言葉を失い立ち尽くし、ハピネスは若干呆れたような微笑みで顔を背ける。すると再び賊が声を荒げラデック達に武器を向ける。
「そいつを差し出せ!!!死にテェのか!!!」
「殺せ!!!私等の仇だ!!!庇うならアンタも殺すぞ!!!」
「私達がどれだけソイツに苦しめられたか……!!!ぶっ殺してやる!!!」
「殺せ!!!」「殺せ!!!」「殺せ!!!」「殺せ!!!」
今にも襲いかからんと迫りくる賊の群れにラデック達は狼狽る。群れの奥からはハザクラが静かにこちらを見つめ、「諦めろ」と黙って首を振っている。しかし納得していないジャハルは堪らず声を上げた。
「ハザクラ!!何かがおかしい!!彼女はドメスティック・スレイヴだったんだぞ!?悪党の頭領など務まるはずがない!!」
それに同調するかのようにラデックも声を上げた。
「彼女は犯罪など犯せる性格じゃあない!!使奴に尋問をさせればすぐに分かることだ!!イチルギはどこにいる!?」
しかしハザクラは顔を伏せ、再び首を小さく振って否定する。
「イチルギとバリアは別行動だ。それに、本人が自白している以上否定は難しいだろう」
「しかしどう考えても――――」
パァン!!!
発砲音。賊の一人が放った銃弾がティエップの脇腹を貫いた。それを合図に賊がティエップへと押し寄せる。ジャハルは咄嗟にハピネスとラプーの首根っこを掴み跳び退くが、いち早くティエップに覆い被さったラデックは逃げ遅れあっという間に賊に埋もれ見えなくなった。
そして、その瞬間。最早ラデックに弁解する理性は残っていなかった。
「――――虚構、拡張」
瞬く間に景色は“燃え上がり”夥しい量のスイッチが犇くコックピットの風景が浮かび上がる。
ラデックが手に持っていた石ころに口をつけ大きく息を吹き込むと、石はまるで”風船のように大きく膨らみ“破裂した。その爆発は賊を吹き飛ばして地面へ叩きつけ、破片で皮膚をズタズタに引き裂いた。
ラデックはそのまま自分の上着をティエップに被せて膝を抱えさせる。
「この中にいろ。すぐ終わる」
上着は一瞬で“鋼鉄のように固まり”ティエップを閉じ込め、それを確認したラデックは吹き飛ばされた賊の方を向く。そして突進してきた女の手を掴み“改造”して四肢の自由を奪った。
「降参するまでやめないからな」
そう宣言すると、ラデックは目にも止まらぬ速さで賊に接近し、1人また1人と改造して地面に転がして行く。賊は必死の抵抗を見せるが、ラデックが全員の行動を封じるまでに5分とかからなかった。
景色が再び“燃え上がって“コックピットが焦げ落ち、元のみすぼらしい洞窟の入り口が姿を表した。ラデックはティエップにかけられた上着を取り、袖を通してティエップの脇腹に手を当てる。ラデックの異能によって、滝のように血が吹き出していた傷口は瞬く間に塞がる。しかし一気に大量の血を失ったティエップは朦朧としてその場に崩れ落ちた。
そしてラデックは無表情のままゆっくり立ち上がり、ハザクラの方へ顔を向ける。
「……これがお前の正義か?」
ラデックはいつもと変わらぬ無表情だが、その目には確かに燃え盛る敵意が宿っている。しかしハザクラは黙ってラデックを見つめ、静かに目を伏せる。
「もし今回ティエップが無実なのであれば、想定を怠った俺の責任だ」
ラデックは眉一つ動かさずに視線をティエップへと戻し、その身を案ずるように髪を撫でた。しかしティエップは再びポロポロと涙を溢し、ぼそぼそと呟く。
「ごめんなさい……全部、全部私がやったんです……こど、子供達も、いっぱい殺しました……色んな、人を……たくさん……たくさん……殺しました……ぁ……!!!」
しかし、最早ラデックはその言葉を全く信じていなかった。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
突然一瞬で空気が澱み、魔力が変質したことが感じ取れた。ラデックが振り向くと、ハザクラがマッチのような木片、霊祓灯に火をつけて常夜の呪いを無効化していることがわかった。そしてラルバがニコニコと笑顔を作りながらラデック達に近寄り――――
「せいやっ!!」
「ぐあっ!!」
ハピネスを引っ叩いた。
「な、何故……」
「ハピネス!!ネタバレは厳禁だと言っただろうが!!」
「な、何も言ってない!!」
涙目で頬を抑えるハピネスの横で、ラルバが気怠そうに首を左右に傾ける。
「あー喜べラデック。多分その子は無実だ」
ラデックは驚いてラルバに顔を寄せる。
「ほ、本当か!?」
「ん。ていうか最初見た時から善人って分かってたしね。そんな極悪人だったらとっくにカマかけてボコしてるよ」
その言葉を聞いて地に伏せていた賊が声を震わせて何かを言うが、霊祓灯が焚かれて常夜の呪いが解かれた今、その言葉を理解することはできない。しかしラルバは内容を大まかに推測して返事をする。
「あーなんつってるのか分かんないけど、君等も多分間違ってないよ。この子が悪党のリーダーだって情報は本当だろーねー」
ラデックは理解が追いつかず首を捻る。
「どういうことだラルバ。同姓同名の別人がいるのか?しかし自白に関してはどう捉えたら……」
ラルバは大きく溜息を吐いて首を振る。
「……ハピネスの反応見てれば分かるよ。全くこいつは……」
ラルバがハピネスの額にデコピンを打ち込む。
「あだっ!何故だ……何も言ってないのに……」
「態度が露骨なんだよ!!」
ラルバは子供のように地団駄を踏んで怒りを露にする。
「ハピネスは異能でずっと私を追ってたんだろう!?じゃあ私と合流した今はどこを見てるって言うんだ!」
ハピネスが身体をびくっと痙攣させて、気まずそうに目を背ける。
「どっか近場で面白そうなところを見にいったんだろうさ。私だったらイチルギの方を見に行くが……残念ながらハピネスはイチルギの行方を知らん」
ラルバはラデック達に背を向けて洞窟の外の方へ顔を向ける。
「でもって戦々恐々とした怒号飛び交う中で、あの澄ました顔!!きっとこの騒動の発端を知ったんだろうねぇ……つーまーり?”見れば一発でこの状況を理解できる圧倒的回答“を見ちゃったわけだよ。この狸は。たーとーえーばー」
ラルバはすっと目線を上げ、監視カメラを睨む。
「私等を監視する使奴研究員とかさ」
~???~
埃だらけの暗室の中。唯一の光源となっている巨大なモニターには、こちらをまっすぐ見つめるラルバの姿が映っている。その目を忌々しそうに見つめる老人はわなわなと肩を震わせ、歯を食いしばり固まっている。
「く、く、くっ………………そ……が、ぁぁぁぁ…………!!!」
その表情は憎悪か恐怖か、老人は乱暴にモニターの電源ボタンを殴り、態と足音を立てて部屋を出て行った。
一行が入国してから丸一日が経過したが、昼前であるにも拘らず空には依然として風景画の様に凍りついて動かない満月と星々が煌めき、街中を埋め尽くすイルミネーションが爛々と輝き辺りを照らしている。
ラデック、ティエップ、ハピネス、ジャハル、ラプーの5人は活気のある市街地を物珍しそうに物色しながら散策し、時折飲食店や雑貨屋で立ち止まって雑談をしている。ハピネスの案内でラルバ達のいる地下街へ足は向いているものの、その歩みは緩慢で落ち着いている。
そこへ1人の踊り子が足を絡れさせてジャハルにぶつかった。ジャハルは咄嗟に受け止めて抱え込み、余裕の表情で微笑みかける。
「おっと。お怪我はありませんか?」
「あ、す、すみません……!!お姉さんこそお怪我は!?」
「鍛えているのでね。心配は無用です」
その様子を見てラデックが思い出したかの様に辺りを見回す。
「……そういえばティエップ。ここでは毎日お祭り騒ぎと言っていたが、この国の風習か何かか?」
ラデックの問いかけに、余所見をしていたティエップがハッとして視線をラデックへと向ける。
「あ、はい!踊りは“常夜の呪い”を保つ儀式なんです」
「儀式?」
「珍しいですよね。詳しい仕組みは知らないんですが、この国は“大勢の人が踊っている間だけ夜になる”魔法がかかっているんです。そして夜の間だけ言葉が出鱈目になってしまう。元々は砂漠の暑さを凌ぐためだったとか、魔力を貯めるためだったとか色々言われていますが、詳しい起源は分かっていません」
「起源がわかっていない?そんな奇妙な呪い、何故態々受け継いでいるんだ?」
「あはは……普通そうなりますよね。でも常夜の呪いはでっかい屋根みたいなものですから、砂漠の暑さを軽減できるのは大きなメリットですし、月光や星光、特に満月の光は大きな再生可能エネルギー、波導源になります。この国の電力だって9割近くが月光発電に頼っているんですよ」
そう言ってティエップは遠く離れた塔を指差す。話の流れからして月光発電所と思われる施設は、ぼんやりとした青い発光を脈動させている。
「なるほど……簡単に言えば、踊るという運動エネルギーを波導エネルギーに変換しているわけか」
「更に電気エネルギーに変換しているので無駄な手間に見えますが、結構効率が良いんですよ。そんなに土地も要りませんし」
ラデックがブツブツと独り言を溢しながら歩き始める。その後もハピネスの案内でラルバの元へ向かう一行は、牛歩ながらも確実に合流地点へ近づきつつあった。
~なんでも人形ラボラトリー 地下街入り口~
廃墟の様に朽ち果てた入り口のトタン屋根が、おどろおどろしい洞窟の奥から噴き出てくる風でガタガタと音を立てて揺れている。寂れた空間に似つかわしくない監視カメラがじっとラデック達を睨み、あちこちに備え付けられた換気用の巨大なファンがごうごうと音を立てて回っている。それらはまるで「出て行け」と吼え、地下街を守っているかのように見えた。
ラデックが入り口の壁に寄りかかる老人に会釈をすると、老人は同じように会釈を返した後に態とらしく咳込む。常人がこの仕草を見たならば「大丈夫ですか?」と声をかけたくなるだろうが、それが貧困層に蔓延る悪質な”物乞い擬き“の手口である。
彼等が欲しいのは金銭ではなく情報。繁華街で観光客に集る物乞いとは比べ物にならぬほど狡猾で目敏く、こうして地下街に入って行く常識知らずな観光客の素性や経歴を奥に潜む仲間へ伝え、皮膚の一欠片すら残らず剥ぎ取りバラし金に換える。
老人の態とらしい咳を見たジャハルは、若干顔を顰めながらも腰に下げた魔袋に手を入れ、常備している携帯食料を老人の足元へ置き足早に立ち去る。
「いやあこらありがてぇなぁ。おい嬢ちゃん、この先に何の用――――」
ジャハルは老人の言葉を無視して突き進み、ラデック達にも「構うな」と目配せをして急かす。ラデックは後ろ髪引かれながらもジャハルに続く。その後を追うラプーと一緒にハピネスも歩き出すが、立ち止まったままのティエップを気にして立ち止まる。
「ティエップ?何か気になることでも?」
「あっいえ……あの、この先本当に行くんですか……?」
「心配するな、いざとなればラデック君が――――」
「…………ティエップ?」
老人の声が2人の会話を遮った。
しかしその声は先程の軽快で不潔な浮浪者の声色ではなく、何か恨みや怨念を感じさせる重苦しい呻き声に近い声だった。
その声はジャハル達にも聞こえた様で、踵を返してこちらへ戻ってきていることがわかった。ハピネスはそれを確認してから老人に向き直り、戯けるように振る舞う。
「ああ、この子“ティエループ・ソニア”って言うんですよ。不出来な預言者でね。優秀な預言者に“ティエップ”ってのがいるもんで、皮肉を込めたあだ名でそう呼んでるんですよ」
嫌な予感がしたハピネスは口八丁でティエップを庇い煙に巻く。しかし老人の眼は既に確信に近い憎悪でぎらぎらと輝いており、言いくるめが通用していないことがわかった。
「オメェ等出てこい!!!“ティエップ”だっ!!!」
老人の地を揺るがす怒声が洞窟に響き渡る。するとラデック達が逃げ出すまもなく数十人の賊に包囲され、ラデック達は洞窟の壁際に追い詰められる。
吐き気を催す殺気にあてられたティエップはひどく怯え、高熱に魘されているかのように肩を震わせる。ラデックが落ち着かせようと抱き寄せ肩を撫でるが、その震えは一向に収まらない。
「……どういうことだ!?おい!!ジャハル!!」
「わかっている……!!」
ジャハルは大剣を振り翳して賊の前に立ちはだかり、声高に名乗り出る。
「私は人道主義自己防衛軍所属!!“クサリ”総指揮官ジャハルだ!!彼女の身柄は我々の庇護下にある!!逆らうならば武力行使も厭わん!!早々に武器を下げて退け!!」
「待て」
若い男の声。その声は呟くような小さいものであったが、確実に全員の耳に届き賊は黙って振り向く。そこには赤い髪で片目を隠した男と、紫色の長髪を靡かせる使奴が立っていた。
「ハザクラ!!ラルバ!!」
ラデックは安堵して助けを求める。
「預言者の女性が狙われている!!守ってくれ!!」
しかしその呼びかけにハザクラは答えず、代わりにラルバが嘲笑するように肩をすくめた。
「え?なんて?まあ言葉分かんなくても大体何て言ってるかは想像つくけどさ。あっはっはっは」
常夜の呪いでラデックの言葉が分からないラルバは、カラッとした笑顔で後頭部を掻きながら仰け反り笑う。
「いやあ私もびっくりなんだけどね。その子、悪逆無道の大悪党の長なんだってさ。地位で言えばネルダバ以上?覚えてるかな、グルメの国へ行く直前に豚に食わせた運送会社幹部のデブ。あれ以上にすごいらしいよ。子供拉致って殺しちゃったり、そのままバラして売っちゃったり、色んな賭場で負け込んだクズ共を混ぜ混ぜしてお薬作ったりしてるんだってさ。まーおっそろしーい」
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「何かの間違いだ!!彼女にそんなことできるはずがない!!」
「違うんですラデックさんっ!!!」
強く否定するラデックの言葉を、ティエップが身を震わせながら遮った。
「わた、私なんです……!!!その……悪党と言うのは……!!!」
「な……なん……!?」
「すみません……!!!ずっと、ずっと言えませんでした……!!!自分っでも……どう、言ったら、いい、のか……わからな、くて……!!!」
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「そいつを差し出せ!!!死にテェのか!!!」
「殺せ!!!私等の仇だ!!!庇うならアンタも殺すぞ!!!」
「私達がどれだけソイツに苦しめられたか……!!!ぶっ殺してやる!!!」
「殺せ!!!」「殺せ!!!」「殺せ!!!」「殺せ!!!」
今にも襲いかからんと迫りくる賊の群れにラデック達は狼狽る。群れの奥からはハザクラが静かにこちらを見つめ、「諦めろ」と黙って首を振っている。しかし納得していないジャハルは堪らず声を上げた。
「ハザクラ!!何かがおかしい!!彼女はドメスティック・スレイヴだったんだぞ!?悪党の頭領など務まるはずがない!!」
それに同調するかのようにラデックも声を上げた。
「彼女は犯罪など犯せる性格じゃあない!!使奴に尋問をさせればすぐに分かることだ!!イチルギはどこにいる!?」
しかしハザクラは顔を伏せ、再び首を小さく振って否定する。
「イチルギとバリアは別行動だ。それに、本人が自白している以上否定は難しいだろう」
「しかしどう考えても――――」
パァン!!!
発砲音。賊の一人が放った銃弾がティエップの脇腹を貫いた。それを合図に賊がティエップへと押し寄せる。ジャハルは咄嗟にハピネスとラプーの首根っこを掴み跳び退くが、いち早くティエップに覆い被さったラデックは逃げ遅れあっという間に賊に埋もれ見えなくなった。
そして、その瞬間。最早ラデックに弁解する理性は残っていなかった。
「――――虚構、拡張」
瞬く間に景色は“燃え上がり”夥しい量のスイッチが犇くコックピットの風景が浮かび上がる。
ラデックが手に持っていた石ころに口をつけ大きく息を吹き込むと、石はまるで”風船のように大きく膨らみ“破裂した。その爆発は賊を吹き飛ばして地面へ叩きつけ、破片で皮膚をズタズタに引き裂いた。
ラデックはそのまま自分の上着をティエップに被せて膝を抱えさせる。
「この中にいろ。すぐ終わる」
上着は一瞬で“鋼鉄のように固まり”ティエップを閉じ込め、それを確認したラデックは吹き飛ばされた賊の方を向く。そして突進してきた女の手を掴み“改造”して四肢の自由を奪った。
「降参するまでやめないからな」
そう宣言すると、ラデックは目にも止まらぬ速さで賊に接近し、1人また1人と改造して地面に転がして行く。賊は必死の抵抗を見せるが、ラデックが全員の行動を封じるまでに5分とかからなかった。
景色が再び“燃え上がって“コックピットが焦げ落ち、元のみすぼらしい洞窟の入り口が姿を表した。ラデックはティエップにかけられた上着を取り、袖を通してティエップの脇腹に手を当てる。ラデックの異能によって、滝のように血が吹き出していた傷口は瞬く間に塞がる。しかし一気に大量の血を失ったティエップは朦朧としてその場に崩れ落ちた。
そしてラデックは無表情のままゆっくり立ち上がり、ハザクラの方へ顔を向ける。
「……これがお前の正義か?」
ラデックはいつもと変わらぬ無表情だが、その目には確かに燃え盛る敵意が宿っている。しかしハザクラは黙ってラデックを見つめ、静かに目を伏せる。
「もし今回ティエップが無実なのであれば、想定を怠った俺の責任だ」
ラデックは眉一つ動かさずに視線をティエップへと戻し、その身を案ずるように髪を撫でた。しかしティエップは再びポロポロと涙を溢し、ぼそぼそと呟く。
「ごめんなさい……全部、全部私がやったんです……こど、子供達も、いっぱい殺しました……色んな、人を……たくさん……たくさん……殺しました……ぁ……!!!」
しかし、最早ラデックはその言葉を全く信じていなかった。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
突然一瞬で空気が澱み、魔力が変質したことが感じ取れた。ラデックが振り向くと、ハザクラがマッチのような木片、霊祓灯に火をつけて常夜の呪いを無効化していることがわかった。そしてラルバがニコニコと笑顔を作りながらラデック達に近寄り――――
「せいやっ!!」
「ぐあっ!!」
ハピネスを引っ叩いた。
「な、何故……」
「ハピネス!!ネタバレは厳禁だと言っただろうが!!」
「な、何も言ってない!!」
涙目で頬を抑えるハピネスの横で、ラルバが気怠そうに首を左右に傾ける。
「あー喜べラデック。多分その子は無実だ」
ラデックは驚いてラルバに顔を寄せる。
「ほ、本当か!?」
「ん。ていうか最初見た時から善人って分かってたしね。そんな極悪人だったらとっくにカマかけてボコしてるよ」
その言葉を聞いて地に伏せていた賊が声を震わせて何かを言うが、霊祓灯が焚かれて常夜の呪いが解かれた今、その言葉を理解することはできない。しかしラルバは内容を大まかに推測して返事をする。
「あーなんつってるのか分かんないけど、君等も多分間違ってないよ。この子が悪党のリーダーだって情報は本当だろーねー」
ラデックは理解が追いつかず首を捻る。
「どういうことだラルバ。同姓同名の別人がいるのか?しかし自白に関してはどう捉えたら……」
ラルバは大きく溜息を吐いて首を振る。
「……ハピネスの反応見てれば分かるよ。全くこいつは……」
ラルバがハピネスの額にデコピンを打ち込む。
「あだっ!何故だ……何も言ってないのに……」
「態度が露骨なんだよ!!」
ラルバは子供のように地団駄を踏んで怒りを露にする。
「ハピネスは異能でずっと私を追ってたんだろう!?じゃあ私と合流した今はどこを見てるって言うんだ!」
ハピネスが身体をびくっと痙攣させて、気まずそうに目を背ける。
「どっか近場で面白そうなところを見にいったんだろうさ。私だったらイチルギの方を見に行くが……残念ながらハピネスはイチルギの行方を知らん」
ラルバはラデック達に背を向けて洞窟の外の方へ顔を向ける。
「でもって戦々恐々とした怒号飛び交う中で、あの澄ました顔!!きっとこの騒動の発端を知ったんだろうねぇ……つーまーり?”見れば一発でこの状況を理解できる圧倒的回答“を見ちゃったわけだよ。この狸は。たーとーえーばー」
ラルバはすっと目線を上げ、監視カメラを睨む。
「私等を監視する使奴研究員とかさ」
~???~
埃だらけの暗室の中。唯一の光源となっている巨大なモニターには、こちらをまっすぐ見つめるラルバの姿が映っている。その目を忌々しそうに見つめる老人はわなわなと肩を震わせ、歯を食いしばり固まっている。
「く、く、くっ………………そ……が、ぁぁぁぁ…………!!!」
その表情は憎悪か恐怖か、老人は乱暴にモニターの電源ボタンを殴り、態と足音を立てて部屋を出て行った。
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だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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