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一、迷子
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しおりを挟む夜風が身を震わせる夏の終わりに、ルーカスの服に汗が染み込む。閑静な住宅街の道路に寝転び、満月を見上げていた。
目を閉じ、首筋から熱と脈拍を感じながらも、守られているような安心感に力が抜けていく。荒い呼吸が次第に落ち着き、ルーカスは静かに家の中へと足を踏み入れた。
「ルードさん、その子の様子は」
少年がソファに寝かされ、ルードは触診を続けながら口を開く。
「発熱は高いが、正常範囲だ。だがな……」
言葉を濁し、何かを考えるような視線を向ける。
「孤児院の子供か」
眉をひそめ、首を横に振る。
「今日、パン屋の前で会ったんだ。行く当てがないみたいだから連れて帰ってきたんだ」
「……そうか」
ルードはゆっくりと顔をあげ、ルーカスの顔を見つめる。その表情には痛ましさが浮かび、唇が強く結ばれている。
椅子に腰を下ろしたルードは、再び口を開いた。
「そいつ、尊い身分の出だろうな」
ルードは右手の中指を指した。
「右の中指の皮膚が厚い。これは字を書く習慣があるからだ」
次に、小指と薬指の付け根を擦る。
「剣の稽古でできた豆がある」
彼はしばし手を見つめ、顎に指をあてた。
「顎が小さいのは、柔らかい食事に慣れてる証拠だ」
最後に、自分の荒れた掌を差し出す。
「肌はきれいだ。ちゃんと手入れできる暮らしをしてる」
ルードと少年の手は、まるで別の世界で育ったもののように違っていた。
ルーカスは少年の横で膝をつき、少年の熱を帯びた頬を撫でる。少し躊躇しながら服を纏った。自身の肘が当たった腹には、赤い腫れが残っていた。
「痣、……残るかな」
ルードが眉をひそめる。
「どっかにぶつけたのか」
ばつが悪そうに後ろに向かって肘入れの動作をする。
「……俺の肘」
ルードの顔は険しくなる。
「何があった」
ルーカスは視線を落とし、しばらく黙った。そして、後頭部の髪をかき上げる。
「ここ、噛まれたんだ」
ルードは静かに立ち上がり、棚から箱を取り出した。中からガーゼと包帯を取り出し、流れ出る血を止めるため、慎重に首を圧迫する。
ルーカスは抵抗することもなく、口元に微かな笑みを浮かべた。包帯の感触を確かめるように首筋を撫で、振り返って穏やかに笑った。
ルードは小さく息を吐き、少年に近づいた。指で少年の口角を押し上げる。
「ここ見てみろ」
少年の口内を覗き見る。
「歯が尖ってる」
ルーカスは頷き、手を離した。
「さっき言ったろ、顎が小さいって。犬歯だけ異様に鋭い。まるで獲物を逃さないために進化したみたいだ」
ルーカスは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、頭を抱える。
「人を、食うのか」
「生では食わんさ。仕留められるほどの力もない。錯乱してたんだろう」
「……」
「まぁ、子供だからって油断すんなってこった」
ルードは立ち上がり、奥の部屋から毛布を抱えて戻ってきた。それをルーカスに放ると、「診察は終わりだ」と言い残して再び奥へ引っ込んだ。
ルーカスはしばらく考えたのち、少年に毛布をかける。少年の頭をそっと抱き寄せ、自らも目を閉じた。その手には、安らぎを与えるような優しさと、噛み付かれぬよう押さえつける僅かな力が混じっている。
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