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三、両義的変化
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しおりを挟む王宮から乗り物で一時間ほど走った場所にある離宮では、ルーカスを迎える準備のため、宮殿内に従者たちの慌ただしい足音が響いていた。
自室から顔を出した、この離宮で最も権力を持つ第二皇子カリオス・アルヴァリスは、従者の報告に普段どおり気のない返事を返しつつも、満面の笑みを浮かべて迎賓口へと向かう。ほどなくして、ルーカスを乗せた乗り物が彼の視界に入った。
乗り物から降りたルーカスへ駆け寄ったカリオスは、ティテマとは異なる色の瞳を持ち、背丈はルーカスよりわずかに低い。
「はじめまして。私は第二皇子、カリオス・アルヴァリス。この宮の主だ」
差し出された手にルーカスが慎重に手を添えると、カリオスはその手をぐっと力強く握りしめた。
「ルーカスと申します。国王陛下より、今後四年間こちらで教育を受けるよう命じられ、参上いたしました」
「ああ、そう。それより、この宮を案内しよう」
つないだ手を引かれ、ルーカスはカリオスの背中を追いかけるようにして歩き出した。
宮殿内は広く、ひとつひとつの施設の説明に数秒しか費やしていないにもかかわらず、案内が終わる頃にはすでに日が傾き始めていた。
ルーカスとは対照的に少しの疲れも見せないカリオスは、これからルーカスが過ごす部屋へと招き入れ、静かに扉を閉めた。
カリオスはソファに腰を下ろし、ルーカスにも向かいの席を指し示した。ルーカスが座ると同時に、カリオスの質問が途切れることなく飛んできた。
「年齢は」
「十八です」
「……四つ上か。じゃあ、特技やスキル、受賞経験。何か秀でているものは」
カリオスはテーブルに手をつき、身を乗り出してくる。
「あ、りません」
「そんなわけないだろ。何かあるはずだ。たとえば——戦闘力、……はなさそうだな。交渉力とか、指揮能力、洞察力。……犬歯が鋭いとか」
ルーカスはわずかに肩を震わせた。その動きを見逃さなかったカリオスはルーカスの口元に手を伸ばし、口内を覗き込む。しかし普通の犬歯を確認すると、つまらなそうにソファへ座り直した。
「アイツが興味を持ったんだ。何かあるはずだ」
カリオスの足先が忙しなく動く。
「……ティマイアス皇子のことですか」
ルーカスが問うと、カリオスは露骨に顔をしかめた。
「そう、アイツだよ。能面ロボットサイコ野郎」
怒気を含んだその悪口の羅列に、ルーカスは思わず目を瞬かせる。彼の知る人物像と一致する単語が一つもない。カリオスのティテマへの不満は相当溜まっているらしく、侮辱は止まる気配がない。
「五歳の俺が必死に選んだプレゼントを持って誕生日を祝ってやりに行ったんだ。で、アイツが何て言ったと思う」
「……ありがとう。ですか」
カリオスは鼻で笑い、顎をしゃくってみせた。
「『必要ない。君は君の役目を果たせ』だとさ。五つ下の俺に向かって、だぞ」
あまりにもティテマらしくない言葉に、ルーカスは思わず小さく笑ってしまった。
「俺は好かれたくて、いろいろ話しかけたりしたんだ。そしたらアイツ、『無駄なことはしなくていい。君が何をしようと、好きにも嫌いにもならない』だとよ。……で、こっちは腹が立って嫌がらせしたら、離宮に移されたってわけ」
そう吐き捨てると、カリオスはソファに寝転び、深いため息をついた。
「……王座なんて興味ないけどさ。いつも作り物みたいな顔してるアイツの、崩れた表情を一度でいいから見てみたい」
少しの沈黙の後、カリオスはふと思い出したように身を起こし、ルーカスをじっと見つめた。
「そう——その絶好の機会が、現れたんだ」
離宮からティテマへ届けられた文には、こう記されていた。
『ルーカス伯爵、拉致。第一皇子の王位継承権の剥奪を望む』
拉致を事実として成立させるため、ルーカスは部屋から出ることを禁じられた。しかしカリオスは毎日のように部屋へ入り浸り、ティテマの悪口や日々のできごとを延々と話していく。ルーカスは、自分の知るティテマとはかけ離れたその言われように、つい笑ってしまうのだった。
そうして部屋に閉じこめられて数週間が経った。
「……カリオス様。おそらく第一皇子は、私を助けには来ないと思います」
「なんで。君はアイツのお気に入りなんだろう」
カリオスの言葉に、ルーカスは小さく微笑んだ。
「その噂が流れてから、一度も会いにいらしていません。カリオス様のお話に出てくる彼は、私が知る彼とはまるで違う。……もしかすると、この国でただ一人の私に、気を遣ってくださっていたのかもしれません」
「……」
それから数日、カリオスはルーカスを閉じ込めたままにしていた。しかし何の動きもなかったため、ついに解放することにした。
数週間ぶりに部屋を出たルーカスを待っていたのは、王宮から移ってきたテレシアだった。
「お久しぶりです。ルーカス様」
「テレシアさん」
ルーカスの表情が明るくなり、隣のカリオスはあからさまに嫌そうな顔をする。
「ルーカス、この人知ってるの」
「えぇ、私の基礎教育をしてくださいました」
テレシアはカリオスを鋭い目で睨んだ。
「カリオス様。その態度と口の利き方は何ですか」
「ああ、うるさいうるさい。ルーカス、行こう」
腕を引っ張られ歩き出したルーカスに向かって、テレシアが声を張り上げた。
「ルーカス様。本日より、カリオス様と共に貴族教育を受けていただきます。カリオス様を止めてくださいませ」
その言葉に、ルーカスは引っ張られた腕をそっとつかみ返し、カリオスの動きを止めた。
「ルーカス、俺を裏切るのか」
「いえ。せっかく一緒に受講できるのであれば、私はカリオス様と共に授業を受けたいと思います」
ルーカスの柔らかな笑みに、カリオスは言い返すことができず、しぶしぶ教材の山が積み上げられた部屋へと入っていった。
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