【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

文字の大きさ
9 / 95

幼い日の思い出

しおりを挟む
 ルーカスは、初めて別邸でエレインに会った日の事を思い出していた。
 物心がついた頃から母と妹は体調が悪く別邸で療養していると父から聞かされており、病が移ると大変だからと言われ近づく事さえ禁じられていたのである。
 どんなに寂しくとも母には会わせてもらえず、次期公爵として厳しく躾けられ、毎日くたくたになるまで勉強と剣術に明け暮れていたのだ。
 そんな時、使用人たちの立ち話を聞いてしまう。
 『お嬢様の新しい靴は、出来上がったでしょうか?もう今までの靴は小さくなってしまったので、大人の靴を履いているのですよ』
 『そんな事を申されましても…旦那様には伝えておりますので、新しい靴が出来上がり次第、別邸にお持ちするとしかお答え出来ません』
 『旦那様はお嬢様がいらっしゃる事を、お忘れなのですね。奥様の事も放置されたままですし、そんなにアマンダが忘れられないのであれば、奥様に求婚なんてしなければ良かったのよ。お嬢様も、少しは奥様に似てくだされば可愛かったでしょうに、旦那様にそっくりだなんて…お可哀想だわ』
 ルーカスにとって、青天の霹靂であった。
 母と妹は、病に伏せていたのではないのかと、思うのと同時に会ってみたくなったのだ。
 使用人が本邸に出入りしているのなら、ルーカスが少しくらい見に行ったとしても、病は移らないはずだと考えたのである。
 それからは居ても立っても居られなくなり、休憩時間になると別邸を覗きに行く様になった。
 そんなある日、何時もの様に別邸近くまで来ると、質素だが趣のある庭で体型に合わないドレスを纏った幼い女の子を見つけた。
 一人でつまらなそうに、自身の小さな両手を空に翳して眺めていたのだ。
 ルーカスが声を掛けようかと迷っていると、中から使用人が出て来て女の子は別邸の中へと入ってしまった。
 『妹?』
 ルーカスは思わず呟いていた。
 父親と同じ髪色の小さな女の子の事が気になって、何度も一人で別邸を覗きに行ったのだが、いつもつまらなそうに一人で居た。
 『一緒に遊んでくれるお友達はいないのかな』
 いつも遠くから見ていたが、妹は病を患っている様にも見えなくて、勇気を出し声をかけたのだ。
 『ごきげんよう。僕はルーカス、君の名前を教えてくれるかな?』
 それが初めて妹に掛けた言葉だった。
 突然現れた少年を見て驚いたのか、目を真ん丸に見開いた女の子は、すぐに返事を返してくれた。
 『ごきげんよう、おにいさま。わたくしは、マルゲリーターと、もうします。おあいできて、うれしいです』
 たどたどしい言葉で、満面の笑みを浮かべて拙いカーテシーを見せてくれた女の子は、間違いなくルーカスを兄と呼んだ。
 蜂蜜の様な琥珀色の美しい瞳は、肖像画の中で微笑む母親と同じ色だった。
 そしてルーカスの瞳とも同じ色だった為、やはり妹なのだと瞬時に理解出来た。
 『マルゲリーターは、お友達がいないのかな?病気は治ったのかい』
 『わたくしは、げんきです。でも、とおくへいくと、しかられてしまうのです』
 そこで別邸の中から使用人が出てくる気配がした為、ルーカスは慌てて本邸へと戻ってきたのだ。
 その翌日もルーカスは、別邸へ妹に会いに行った。
 昨日は母親の事を聞けなかったので、今日は様子を尋ねてみたいと思っていたのだ。
 『母上のご病気は、まだ良くならないの?』
 『は・は・う・え?ええと…それはどなたのおなまえですか、おにいさま』
 幼い妹は、まだ言葉を覚えたてだと言う事を、失念していた。
 『ごめんね。僕が間違えてしまった様だ。お母様のご病気は、まだ治らないのかな?僕もお母様にお会いしたいよ』
 『おかあさまは、ごびょうきではありません。おにいさまに、おあいしたいと、もうしていました』
 『本当に?病気ではないのなら、僕もお母様に会えるだろうか』
 『きっと、およろこびに、なりますわ』
 妹は小さな手でルーカスの手を握り、別邸の中へ入り、母の居る部屋へと案内してくれたのだ。
 本邸に比べると小さいが、それでも広い屋敷である事に変わりは無く随分と奥まで歩いて来たが、すれ違う者はなく使用人の数が足りていない事が見て取れる。
 それでも置かれている調度品はどれも本邸にある物よりも豪華で素晴らしい物ばかりだった。
 掃除も行き届いている様で、幼いルーカスでも目を輝かせて見入ってしまう程である。
 『おかあさまは、ししゅうがおすきなのです。いつもここで、ししゅうをしているのです』
 日当たりの良い部屋の扉は開かれており、中から数人の女性の声が聞こえて来た。
 ルーカスが扉の横に立つと、肖像画の中で微笑んでいた女性が、部屋の奥の窓辺で椅子に腰かけている。
 こちらに気付いていない様で、侍女たちと刺繍枠を覗いて話し込んでいた。
 ルーカスがその光景に見惚れていると、マルゲリーターが開かれた扉をコンコンと二度叩き、訪問を告げたのだ。
 しかし振り返った侍女の誰もが、マルゲリーターではなくルーカスを凝視していた。
 母はルーカスの姿を目に移すと、持っていた刺繍枠をサイドテーブルに置き、駆け寄って来る。
 そしてとても優しく微笑み、強く抱きしめてくれた。
 幼い頃の記憶が蘇ってくる、母の優しい温もりであった。
 『愛しい私のルーカス。どんなに会いたかったか、夢ではないのね。もっとよく顔を見せてちょうだい、随分と大きくなったわね。ルーカス、愛しているわ』
 そう言って、ルーカスが会いに来た事を、とても喜んでくれたのだ。
 母の部屋に招かれたのはルーカスだけで、気が付くとマルゲリーターの姿はなかった。
 妹が、母の部屋に入る事を許されていない等、ルーカスは想像も出来なかったのである。
 その為気を利かせて、母と二人きりの時間を作ってくれたのだと、勘違いをしたのであった。
 侍女が用意した茶葉で、母が淹れてくれたお茶は特別な味がして、とても美味しかった。
 菓子を摘まみながら他愛のないおしゃべりを楽しんでいる光景を、マルゲリーターが羨ましそうに窓からのぞき見ている事を、背を向けて座っているルーカスの視界には入っていない。
 『五歳の誕生日に、お父様が何をプレゼントして下さったか、貴方は覚えているのかしら?』
 思いがけない母の問いかけに、ルーカスはしばし沈黙していた。
 『父上は、毎年誕生日に図鑑をプレゼントしてくださいます。五歳の誕生日は、動物図鑑でした。母上から頂いた刺繍のハンカチは、全て僕の宝物です』
 そう言ってルーカスは、ポケットから一枚のハンカチを取り出した。
 そのハンカチを見て、キャサリンは嬉しそうに微笑み、またルーカスを抱きしめたのだった。 
 その時キャサリンが、とても寂しそうな表情をしていたのを、ルーカスは知る由もない。
 『ここへ来る事を、誰かに伝えて来たのかしら』
 楽しい時間を過ごしている事で、ここが別邸だった事をすっかり失念していたルーカスは、本邸で騒ぎになっているのではないかと青ざめた。
 『困った子ね。きっと心配して、貴方を探しているわ。もう黙ってここへ来てはいけませんよ。分かりましたか』
 『はい、母上。今日は帰りますが、また来ても良いですか?』
 『勿論よ。いつでも遊びにいらっしゃい』
 キャサリンは、優しく抱きしめた後で、額にキスを落とし愛する息子との別れを惜しんだ。
 ルーカスも、母の頬にキスをして、名残惜しそうに本邸へ向かって走って行った。
 本邸では思った以上に騒ぎになっており、公爵に呼び出されどこで何をしていたのかを聞かれたのだ。
 ルーカスは母親の病気が治った事を、父親も本邸の使用人たちも知らないのではないかと、勘違いをしてしまった。
 妹も病気ではなく元気だと教えてあげたら、家族一緒に本邸で暮らせると思い、公爵に別邸での事を話してしまったのだ。
 父親に強く叱られたルーカスは、四六時中監視が付くようになってしまい、二度と別邸に近付く事が出来なくなってしまったのである。


 もう二度と会う事はないだろうと諦めていた妹、あの時は確かにマルゲリーターと名乗っていたのに、今はエレインと名乗っている。
 名前も違い、髪も茶色ではなく金色になっていたが、瞳は幼い頃に見た蜂蜜の様な琥珀色だった。
 間違いなく別邸で会った妹だと確信したが、お兄様とは言ってもらえず幼い頃の記憶も残っていない様で、ルーカスは途方に暮れた。
 母親が帝国へ帰る途中で妹を捨てたとは思えなかったが、誰かが何かの目的の為に妹を犠牲にした事だけは分かった。
 急激に、父親と後妻に対する憎悪が湧いてくる。
 あの男は、浮気相手を孕ませただけでは満足せずに、庶子を嫡子と偽る為に妹を捨てたのだと確信したのだ。
 そしてこの事実は早い段階で、必ず王家に知られる事となるだろう。
 『せっかく生き別れになった妹と再会出来たというのに…』
 「最悪だ…」
 親友でもあるアルフレッドの治世を共に支え合っていこうと誓っていたのに、親の仕出かした失態でルーカスの人生を奪われる事にも、怒りを感じていたのだった。
 しかしルーカスの力だけでは、どうにもならない事もある。
 今見つけたばかりの幸せな時間を、少しでも長く享受したい。
 その為に出来る事があれば、何だってやってみせようと、ルーカスは考えペンを走らせた。
 エレインとの幸せな未来を掴む為の算段が、必ず上手くいくとは限らない。
 せめて王家から沙汰が下るまでの短い間だけでも、可愛い妹との時間を大切に過ごしたいと願ったのだ。
しおりを挟む
感想 366

あなたにおすすめの小説

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

婚姻無効になったので新しい人生始めます

Na20
恋愛
旧題:婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~ セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 2025年10月24日(金) レジーナブックス様より発売決定!

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

処理中です...