【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

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フルール男爵夫妻の後悔と揃いの衣装

 時間は少し遡り、ルーカスはフルール男爵家に来ていた。
 客間のソファーには、ルーカスの隣にエレインが腰かけており、正面に養父母である男爵夫妻が緊張した面持ちで腰かけていた。
 生誕祭のパーティに招待されたエレインを迎えに来たのだが、その前に男爵夫妻から書類を受け取り、不備が無いか確認をしているのだ。
 「確かに受け取りました。不備はありませんので、本日この時間を以って、貴方たちの任務は遂行されたと見なします。今までの養育費は、明日以降指定の口座に振り込まれる予定ですので、ご確認ください。こちらが、振込予定金額になります」
 男爵夫妻に課せられた任務はエレインが公爵邸に戻るまでである為、この時点ではまだ確定はしていない。
 この先はルーカスが代行する事になっており、男爵夫妻はお金を受け取るまでは安心出来ず、無事に公爵邸へ戻ってくれる事を祈っていた。
 「ありがとうございます」
 男爵夫妻は、ルーカスから書類を受け取り、振込予定金額を見て腰を抜かした。
 この先、夫婦二人で遊んで暮らして行くには、充分過ぎる程の金額が記載されていたのである。
 「こっこっこっ………」
 フルール男爵は、想像以上の金額に、恐れ戦き言葉が出なかった。
 ルーカスは、何が言いたいのか理解した様で、男爵に言葉を掛けた。
 「僕たちの母であるキャサリン皇弟妃から、エレインの養父母である男爵夫妻に対する感謝の気持ちが含まれております。貴方たちがエレインに家庭教師を付け、王立学園に入れてくれなければ、妹に出会う事はありませんでした。僕からも、深く感謝の意を表します。しかし、今後一切僕たちとの係わりは無いものとする事への、慰謝料も含まれている事をご理解頂きたい」
 男爵夫妻は、言葉が出ない代わりに、首を激しく上下に振るのであった。
 必要な書類を受け取り用が済んだルーカスは、男爵家に残っていた使用人たちにエレインの荷物を公爵邸へ運んでおく様にと指示を出す。
 「さあ、行こうかエリー」
 「少しお待ちください、お兄様」
 エレインは、ルーカスが差し出した手を掴み立ち上がると、そのまま男爵夫妻の元へ行った。
 腰を抜かして立ち上がれない二人に、感謝の気持ちを込めて抱擁したのである。
 「お義父様、お義母様。私をここまで育ててくださり、感謝申し上げます。お兄様は一切関わる事を許さないと申しておりますが、私にとって掛け替えの無い両親である事に変わりはございません。この屋敷で育った五年間は、私の人生の中でとても幸せなものでした。今日で会えなくなってしまうのは、とても悲しいのです。ご迷惑でなければ、遊びに来ても宜しいでしょうか」
 「エリー。可哀想だが、それは契約違反になる。見過ごす事は出来ない」
 「お兄様…」
 縋る様な瞳で見つめられると、ルーカスは果てし無く弱かった。
 「分かった、僕から母上に伝えておく。許可が下りたら、遊びに来よう」
 「嬉しい。お義父様、お義母様、これからも宜しくお願い致します」
 満面の笑みで見つめて来るエレインに、男爵夫妻は激しい罪悪感を覚えたが、同時に娘に対する愛情が芽生えた瞬間でもあった。
 もっと大切に愛情をかけて育ててあげれば良かった、家族でいろいろな所へ連れて行ってあげれば良かったと、深い後悔に襲われたのである。
 ルーカスと揃いの衣装を着て、馬車に乗り込む姿を見送り、エレインの幸せを願うのだった。
 「何時でも遊びに来なさい」
 男爵は、小さな声で呟いていた。

 エレインはまだ知らないが、奴隷商人へ売り飛ばさなかった事に感謝の気持ちを込めて、孤児院にもキャサリンがエレインの名で寄付をしていたのだ。
 院長は、エレインに深く感謝した。
 そして古びた孤児院を建て直し、子供たちの衣服を買い揃え、残った寄付金は生活費に充てて決して私腹を肥やす事はしなかった。
 意外かもしれないがエレインが育った孤児院の院長は、個人資産で古い建物を買い取り、不幸な孤児たちを育てる為に人生を捧げていたのだ。

 「お兄様。私の我儘を聞いてくださり、ありがとうございます」
 「構わない。愛する妹の願いならば、どんな事をしてでも叶えてみせる」
 エレインは、心の底から幸せを感じていた。
 記憶に無いオルターナ公爵よりも、朧げなキャサリン皇弟妃よりも、フルール男爵夫妻を実の親の様に慕っているのだ。
 そして目の前にいるルーカスが、幼い頃に出会った実の兄だった事を知り、孤独だった人生にカラフルな色が加わったのである。
 もう何も引け目を感じる事無く、兄に甘える事が出来る喜びを、嚙みしめていた。

 「エリー。そのドレス、とても良く似合っている。何時にも増して、可愛いな」
 「お兄様も、とても良く似合っていますわ。私、こんなに素敵なドレスを着たのは初めてです。汚さない様に気を付けなくては…」
 ドレスの皺を気にしながら座り直すエレインを、ルーカスは目を細めて見ていた。
 『アルフレッドが見たら、どんな顔をするのか楽しみだな』
 ルーカスとエレインは髪の色も瞳の色も同じなので、揃いの衣装に自分たちの色を加えると、頭のてっぺんから足の爪先まで黄色で統一されてしまうのだ。
 流石にそれは無いと思い、悪戯心でプラチナブロンドの髪に青い瞳を持つ、アルフレッドの色を満載に取り込んだのだった。
 これがエレイン一人ならば問題になっただろうが、ルーカスと揃いの衣装と直ぐに分かる為、見た者たちは驚きはしても問題視する者はいないだろう。
 深い瑠璃色の生地に、銀箔を使った糸で刺繍を施していて、レースも銀糸で編んだ物を惜しみなく使用していた。
 ルーカスのカフスと、エレインの装身具はアルフレッドの瞳の色と同じアウイナイトで統一されており、どれも帝国から取り寄せた極上の品である。
 毎日幼い頃から飽きる程、アルフレッドを見て来たルーカスが決めた色合いなのだ。

 王宮に着くと、二人でアルフレッドの色を纏った衣装に、先ずは案内係が目を見開いた。
 「お待ちしておりました、オルターナ皇子殿下、オルターナ皇女殿下。控室にご案内致します」
 長い廊下を歩いていると、通りすがる宮仕えたちが一瞬固まって横目で見ているのを、ルーカスは楽しくて仕方が無かった。
 エレインは社交場に出た事が無いので、今日がデビュタントになる。
 婚約者がいたのなら、二人で揃いの衣装を仕立てるのだろうが、エレインに婚約者はいない。
 この衣装は、ルーカスから竹馬の友である、アルフレッドへのプレゼントでもあるのだ。
 ルーカスは、エレインを隠す様に控室に入ると、案の定既にアルフレッドが待っていた。
 ここはルーカスたちの控室なのだが、きっと先に来て待っているだろうと予測していたのだ。
 
 「やあ、我が友よ。その衣装は、わた………え?」
 『えええええ…えっ』
 「ゴンッ」と、鈍い音がした。
 アルフレッドはルーカスが自分の色を纏って現れた事で「私への愛情表現か」と、言おうとしたのだが、後ろからひょっこりとエレインが顔を出したのだ。
 驚きのあまり勢いよく立ち上がったせいで、脛をテーブルにぶつけてしまったのだが、愛する人の前で無様な姿は見せたくはない。
 何時もの優しい、笑顔で二人を出迎えたのだが、心の中の葛藤は忙しなかった。
 『い、痛い!可愛い!痛い!可愛い!痛いけど可愛いではないか!私の色を使ったドレスを着て来るなんて、聞いていないぞルーカス。まるで、婚約者の様ではないか!脛をぶつけると、こんなに幸せを感じるなどと、誰が知っていた』
 ここは王族として受けて来た教養が勝り平静を装っていた事で、エレインには脛をぶつけた事を、知られずに済んだのだった。
 美丈夫のアルフレッドが、間抜け面で微動だにしない姿を見て、悪戯が成功して嬉しくて堪らないルーカスが揶揄い始めた。
 「ごきげんよう、竹馬の友よ。わた…の、続きはどうした」
 長い付き合いだ、心の内を見透かしているのは、アルフレッドにも伝わっている。
 「あ~…いや、参ったね、あはは。ごきげんよう、オルターナ兄妹」
 「端折るな!」
 ニヤニヤと、いやらしい笑顔を向けているルーカスとは違って、緊張しながらエレインはアルフレッドに挨拶をした。
 「アルフレッド殿下に、拝謁申し上げます。この度は、国王陛下の…」
 『可愛い!緊張感が、こちらまで伝わって来る。私も愛称で呼びたいが、まだ早い。せめて名前で呼ばせてくれないだろうか…いや、先ずは緊張を取ってあげなければ』
 アルフレッドは、通常の四倍速で、思考を巡らせている。
 「堅苦しい挨拶は、しなくてもいいよ。何時も通り、気安く接して欲しいなフルール嬢…嫌、違うな。オルターナ嬢になったのだね」
 ルーカスは、間違えた振りなど業とらしいと思ったが、鈍感なエレインの事だからアルフレッドの真意に気付いていないだろうと思った。
 「エリーの事は、名前呼びにしてくれないか。オルターナでは、僕が呼ばれている様だ」
 『流石ルーカス、我が友よ。気遣いに、感謝する。お前にドレスを着せるよりも、彼女のドレス姿の方が、何億倍も美しいぞ』
 「そうか、幼い頃を思い出すな。ルーカスは女の子の様に可愛かったので、オルターナ嬢と呼んで揶揄っていたのだ。懐かしい私たちの思い出だよ」
 「まあ。私も御一緒したかったですわ。お兄様の幼少期は、とても可愛らしかったのでしょうね。どうぞ私の事は、殿下のお好きな様に呼んでくださいませ」
 「ありがとう。では遠慮なく、エレイン嬢と呼ばせて貰うよ。遅くなってしまったが、今日のドレスはとても素敵だね。美しい君を、更に引き立たせている。金色の髪と琥珀色の瞳に、瑠璃色が良く映えるとは、想定外だったね。つい見惚れてしまったよ」
 「お褒めの言葉を、ありがとうございます。嬉しいですわ」
 屈託のない満面の笑みを向けられて、アルフレッドは思わず咳払いをしながら、顔を背けてしまった。
 『その笑顔は、反則ではないか。これから祝賀会だと言うのに、落ち着くのだ。大階段から、転げ落ちてしまいそうだ』
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