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帝国からの手紙
ルーカスは、幼い頃から次期公爵として、アルフレッドの側近として、誰よりも厳しい教育を受けて育って来た。
その努力が無駄になってしまう事よりも、アルフレッドの力になれない事が、悔しかったのである。
愚かな父親が仕出かした事で、由緒ある公爵家が消えて行くのを、黙って見ている事も出来なかった。
期待はしていなかったが、僅かな望みを持って、母に助けを求めたのである。
幼い頃の記憶は朧気だったが、別邸で一緒にお茶を飲んだ時の母は、とても優しく聡明であった。
その母から初めて受け取った手紙の返事は、ルーカスの張り詰めていた心を、優しく溶かしてくれたのだ。
小包の中には、エレインに宛てた、手紙やプレゼントも一緒に同梱されていた。
ルーカスは、それらを大切にカバンに詰めて、学園に来ていた。
何時もならばエレインを送ってそのまま公爵邸へ帰るのだが、今日は男爵家に立ち寄ったのだ。
エレインの部屋で人払いをすると、ルーカスは実母であるキャサリンから預かった物を手渡したのだった。
「エリー。驚くと思うが、僕の言う言葉を信じて聞いて欲しい。この事はまだ、他言無用だ」
「分かりましたわ、お兄様。お話とは何でしょうか。このお荷物の差出人は、帝国の皇弟妃ですよね?何故私に…」
エレインは、母の名前を知らないのである。
皇族である証の封蝋が押された封筒を、恐ろし気に見つめていたのだ。
「それは、僕たちの母上から届いた物だ。娘が孤児院に捨てられていた事を、今まで知らずにいたらしい。エリーは間違いなく血の繋がった僕の妹で、公爵令嬢として育てられなければいけない存在だったのだ」
「私が…公爵令嬢?でも…お兄様には、妹様がいらっしゃいますよね」
「そうだ。エレインと僕は母親も父親も同じで、マルゲリーターは僕たちとは腹違いになる…」
ルーカスは、エレインの出自を包み隠さずに話して聞かせたのだった。
そして、エレインは受け取った母からの手紙を、躊躇しながらも封を開けて読んだのだ。
エレインの中にある実母は、何時も何処か寂しそうな顔で、窓辺の椅子に座って外を眺めていた。
時々刺繍をしていたようだが、エレインが近付く事を良く思っていなかったので、何を刺していたのかは分からない。
ただ、一度も名前を呼ばれた事がなかったのは覚えていた。
その理由が嘘偽りなく手紙に記されており、読み進むうちに視界がぼやけて、何度もハンカチで瞳を拭っていた。
そして、これから二人がどうなるのかも、きちんと書かれていたのである。
エレインは、自分の名前が間違われていたのでは無い事を、ここに来て漸く知る事が出来たのだ。
ずっと他人の名前を、偽っていると思っていたのである。
だが母が思いを込めて付けてくれた名前だと分かり、これからは堂々とエレインだと、名乗って良いのだと嬉しく思ったのだ。
そして大好きなルーカスと、血の繋がった兄妹である事も分かり、喜びで満たされていったのである。
手紙の他にも、エレインと名が刺繍された沢山のハンカチや巾着などの小物が包みの中に入っていた。
それはキャサリンが、娘の為に心を込めて刺繍をしたが、渡せずにいた物だったのだ。
そこには、確かに母の愛情が、あったのである。
エレインは自分の素性を知り、これからの事を考えると、不安に押し潰されそうにもなっていた。
しかしルーカスが優しく抱きしめてくれた事で、別邸で会った実の兄だった喜びの方が勝ったのである。
エレインにとっては、皇帝の血筋だとか、公爵家の娘であった事実はどうでも良かった。
ただ大好きなルーカスと、学園を卒業した後も一緒にいられる事が、嬉しかったのである。
そして、ルーカスの妹として産んでくれたキャサリンへ、感謝したのだった。
国王宛てにも、帝国から一通の手紙が届いていた。
差出人は皇弟妃キャサリン、公爵の前妻であった女性だ。
キャサリンの夫となったアンドレイには、前妻との間に子が居る為、キャサリンとの間に子は成していない。
二人は従兄妹同士なのだが、身内での婚姻が続いた事から血が濃過ぎると言う理由で、敢えてつくらずにいるのである。
彼女は、公爵家に置いて来てしまった我が子を救うべく、自ら汚名を被ったのだ。
手紙には、こう記されてあった。
オルターナ公爵とは二人目が産まれる前から不仲であり、産まれた娘が双子だったと言う事を、伝えておりませんでした。
先に産まれた娘は公爵が連れて行ってしまったので、私は抱く事はおろか姿も見ておりません。
どなたに育てられたのかも分かりませんが、後にマルゲリーターと名付けられた事は、人伝に聞かされました。
後から産まれた娘の髪色は公爵に似ておりましたが、瞳の色は私によく似ており、エレインと名付けて別邸へと引き籠ったのです。
離縁して帰国する時に、娘をどう扱ったら良いのか分からず、随分と悩みました。
出戻りの身でありながら、公爵家の血を引く娘を、黙って連れて帰って来る事は出来なかったのです。
誘拐されたと罵られる事を恐れた私は、あろう事か大切な公爵家の娘を、別邸へ置き去りにしてしまったのです。
その日は娘の五歳の誕生日でもあり、エレインと名前を刺繍したハンカチを、プレゼントしたのです。
今でも娘がそのハンカチを持っているかは分かりませんが、ルーカスが五歳の誕生日を迎えた時にプレゼントをしたハンカチと、対になる模様を刺繍してあるのです。
そのハンカチを見たオルターナ公爵が、彼によく似たもう一人の娘であるエレインにも愛情を注いでくださると、信じておりました。
しかし双子だと言う事を知らなかった公爵は、別邸に置いて行った娘を、どう扱ったら良いのか分からなったのでしょう。
私はエレインが公爵令嬢として、何不自由なく息子であるルーカスと共に、兄妹仲睦まじく幸せに暮らしているのだと思っておりました。
ですが最近になってから、娘が孤児院に捨てられた事を知り、深く胸を痛めております。
公爵がエレインを我が子だと認められないのは、全て私の責任でございます。
エレインとルーカスは、間違いなく私が腹を痛めて産んだ血の繋がった兄妹なのです。
私の産んだ子共たちが公爵家に籍を持てないと言うのであれば、私が引き取る事も考えております。
公爵家に残る事になっても、今後は私が後ろ盾となり、子供たちへのどんな援助も惜しみません。
そして、子供たちがお慕いした方と添い遂げるその日まで、兄妹仲睦まじく王国で暮らして欲しいと願っております。
私とオルターナ公爵の赤い糸は途中で切れてしまいましたが、子供たちの赤い糸は切れる事なく幸せな人生を歩む事を、切に願っております。
エレインを隠してしまった愚かな私の過ちを、笑って寛大な心でお許し頂ければ、幸いにございます。
帝国と王国の友好が、永遠と続きます様に…
手紙を読み終わった国王は、深い溜息を一つ付く。
「総裁。手紙を読んだ感想を聞かせてみよ」
「畏まりました」
総裁は、国王から手紙を受け取り目を通すと、暫し考え込んでしまった。
「今頃になってキャサリンから手紙が来たのは、何故だと思う」
「畏れながら、申し上げます。学園での噂が、皇族方のお耳に入ったのかもしれません…」
総裁も何かを感じ取ったのだろうが、その先は言い淀んでいた。
「ルーカスが母に泣き付いたと、そう言いたいのか?」
「申し訳ございません」
「構わん。皇弟妃であり前皇帝の姪でもあるキャサリンに、友好を望んでいると言われたのだから、弱小国家としてこれ程喜ばしい事は無い。帝国は、従う者には恩恵を、逆らう者には制裁を与える事の出来る大国だ。態々敵に回す事もないだろう。国王の権限でエレインが、マルゲリーターと双子である事を認めよう。それは認めるが、この様な事態を引き起こしたオルターナは、絶対に許さんぞ」
「仰せのままに」
国王は、キャサリンが全てを知ったうえで、ルーカスを護ろうとした事を即座に理解した。
アマンダの産んだ娘を、苦虫を噛み潰す様な思いをしながら、自身が産んだ娘であると思わせる事にしたのだ。
しかし双子であると言っただけで、決してマルゲリーターを娘とは認めていない。
キャサリンはルーカスとエレインだけを、今後は自分の子として扱う事も明確に記してある。
即ち皇族として扱えと言う事だ。
友好が永遠に続く事を願っているのは、ルーカスが処刑された場合は、帝国を敵に回すと仄めかしているのと同義。
公爵家が取り潰されたとしても、ルーカスは生かしてエレインと共に帝国へ引き渡せと言っているのだと理解出来た。
国王はこの一通の手紙だけで、キャサリンの思惑を全て把握したのである。
「有難く利用させて貰おうか」
今後のめどがつき、胸の支えが取れた様な心地がした。
その努力が無駄になってしまう事よりも、アルフレッドの力になれない事が、悔しかったのである。
愚かな父親が仕出かした事で、由緒ある公爵家が消えて行くのを、黙って見ている事も出来なかった。
期待はしていなかったが、僅かな望みを持って、母に助けを求めたのである。
幼い頃の記憶は朧気だったが、別邸で一緒にお茶を飲んだ時の母は、とても優しく聡明であった。
その母から初めて受け取った手紙の返事は、ルーカスの張り詰めていた心を、優しく溶かしてくれたのだ。
小包の中には、エレインに宛てた、手紙やプレゼントも一緒に同梱されていた。
ルーカスは、それらを大切にカバンに詰めて、学園に来ていた。
何時もならばエレインを送ってそのまま公爵邸へ帰るのだが、今日は男爵家に立ち寄ったのだ。
エレインの部屋で人払いをすると、ルーカスは実母であるキャサリンから預かった物を手渡したのだった。
「エリー。驚くと思うが、僕の言う言葉を信じて聞いて欲しい。この事はまだ、他言無用だ」
「分かりましたわ、お兄様。お話とは何でしょうか。このお荷物の差出人は、帝国の皇弟妃ですよね?何故私に…」
エレインは、母の名前を知らないのである。
皇族である証の封蝋が押された封筒を、恐ろし気に見つめていたのだ。
「それは、僕たちの母上から届いた物だ。娘が孤児院に捨てられていた事を、今まで知らずにいたらしい。エリーは間違いなく血の繋がった僕の妹で、公爵令嬢として育てられなければいけない存在だったのだ」
「私が…公爵令嬢?でも…お兄様には、妹様がいらっしゃいますよね」
「そうだ。エレインと僕は母親も父親も同じで、マルゲリーターは僕たちとは腹違いになる…」
ルーカスは、エレインの出自を包み隠さずに話して聞かせたのだった。
そして、エレインは受け取った母からの手紙を、躊躇しながらも封を開けて読んだのだ。
エレインの中にある実母は、何時も何処か寂しそうな顔で、窓辺の椅子に座って外を眺めていた。
時々刺繍をしていたようだが、エレインが近付く事を良く思っていなかったので、何を刺していたのかは分からない。
ただ、一度も名前を呼ばれた事がなかったのは覚えていた。
その理由が嘘偽りなく手紙に記されており、読み進むうちに視界がぼやけて、何度もハンカチで瞳を拭っていた。
そして、これから二人がどうなるのかも、きちんと書かれていたのである。
エレインは、自分の名前が間違われていたのでは無い事を、ここに来て漸く知る事が出来たのだ。
ずっと他人の名前を、偽っていると思っていたのである。
だが母が思いを込めて付けてくれた名前だと分かり、これからは堂々とエレインだと、名乗って良いのだと嬉しく思ったのだ。
そして大好きなルーカスと、血の繋がった兄妹である事も分かり、喜びで満たされていったのである。
手紙の他にも、エレインと名が刺繍された沢山のハンカチや巾着などの小物が包みの中に入っていた。
それはキャサリンが、娘の為に心を込めて刺繍をしたが、渡せずにいた物だったのだ。
そこには、確かに母の愛情が、あったのである。
エレインは自分の素性を知り、これからの事を考えると、不安に押し潰されそうにもなっていた。
しかしルーカスが優しく抱きしめてくれた事で、別邸で会った実の兄だった喜びの方が勝ったのである。
エレインにとっては、皇帝の血筋だとか、公爵家の娘であった事実はどうでも良かった。
ただ大好きなルーカスと、学園を卒業した後も一緒にいられる事が、嬉しかったのである。
そして、ルーカスの妹として産んでくれたキャサリンへ、感謝したのだった。
国王宛てにも、帝国から一通の手紙が届いていた。
差出人は皇弟妃キャサリン、公爵の前妻であった女性だ。
キャサリンの夫となったアンドレイには、前妻との間に子が居る為、キャサリンとの間に子は成していない。
二人は従兄妹同士なのだが、身内での婚姻が続いた事から血が濃過ぎると言う理由で、敢えてつくらずにいるのである。
彼女は、公爵家に置いて来てしまった我が子を救うべく、自ら汚名を被ったのだ。
手紙には、こう記されてあった。
オルターナ公爵とは二人目が産まれる前から不仲であり、産まれた娘が双子だったと言う事を、伝えておりませんでした。
先に産まれた娘は公爵が連れて行ってしまったので、私は抱く事はおろか姿も見ておりません。
どなたに育てられたのかも分かりませんが、後にマルゲリーターと名付けられた事は、人伝に聞かされました。
後から産まれた娘の髪色は公爵に似ておりましたが、瞳の色は私によく似ており、エレインと名付けて別邸へと引き籠ったのです。
離縁して帰国する時に、娘をどう扱ったら良いのか分からず、随分と悩みました。
出戻りの身でありながら、公爵家の血を引く娘を、黙って連れて帰って来る事は出来なかったのです。
誘拐されたと罵られる事を恐れた私は、あろう事か大切な公爵家の娘を、別邸へ置き去りにしてしまったのです。
その日は娘の五歳の誕生日でもあり、エレインと名前を刺繍したハンカチを、プレゼントしたのです。
今でも娘がそのハンカチを持っているかは分かりませんが、ルーカスが五歳の誕生日を迎えた時にプレゼントをしたハンカチと、対になる模様を刺繍してあるのです。
そのハンカチを見たオルターナ公爵が、彼によく似たもう一人の娘であるエレインにも愛情を注いでくださると、信じておりました。
しかし双子だと言う事を知らなかった公爵は、別邸に置いて行った娘を、どう扱ったら良いのか分からなったのでしょう。
私はエレインが公爵令嬢として、何不自由なく息子であるルーカスと共に、兄妹仲睦まじく幸せに暮らしているのだと思っておりました。
ですが最近になってから、娘が孤児院に捨てられた事を知り、深く胸を痛めております。
公爵がエレインを我が子だと認められないのは、全て私の責任でございます。
エレインとルーカスは、間違いなく私が腹を痛めて産んだ血の繋がった兄妹なのです。
私の産んだ子共たちが公爵家に籍を持てないと言うのであれば、私が引き取る事も考えております。
公爵家に残る事になっても、今後は私が後ろ盾となり、子供たちへのどんな援助も惜しみません。
そして、子供たちがお慕いした方と添い遂げるその日まで、兄妹仲睦まじく王国で暮らして欲しいと願っております。
私とオルターナ公爵の赤い糸は途中で切れてしまいましたが、子供たちの赤い糸は切れる事なく幸せな人生を歩む事を、切に願っております。
エレインを隠してしまった愚かな私の過ちを、笑って寛大な心でお許し頂ければ、幸いにございます。
帝国と王国の友好が、永遠と続きます様に…
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「総裁。手紙を読んだ感想を聞かせてみよ」
「畏まりました」
総裁は、国王から手紙を受け取り目を通すと、暫し考え込んでしまった。
「今頃になってキャサリンから手紙が来たのは、何故だと思う」
「畏れながら、申し上げます。学園での噂が、皇族方のお耳に入ったのかもしれません…」
総裁も何かを感じ取ったのだろうが、その先は言い淀んでいた。
「ルーカスが母に泣き付いたと、そう言いたいのか?」
「申し訳ございません」
「構わん。皇弟妃であり前皇帝の姪でもあるキャサリンに、友好を望んでいると言われたのだから、弱小国家としてこれ程喜ばしい事は無い。帝国は、従う者には恩恵を、逆らう者には制裁を与える事の出来る大国だ。態々敵に回す事もないだろう。国王の権限でエレインが、マルゲリーターと双子である事を認めよう。それは認めるが、この様な事態を引き起こしたオルターナは、絶対に許さんぞ」
「仰せのままに」
国王は、キャサリンが全てを知ったうえで、ルーカスを護ろうとした事を即座に理解した。
アマンダの産んだ娘を、苦虫を噛み潰す様な思いをしながら、自身が産んだ娘であると思わせる事にしたのだ。
しかし双子であると言っただけで、決してマルゲリーターを娘とは認めていない。
キャサリンはルーカスとエレインだけを、今後は自分の子として扱う事も明確に記してある。
即ち皇族として扱えと言う事だ。
友好が永遠に続く事を願っているのは、ルーカスが処刑された場合は、帝国を敵に回すと仄めかしているのと同義。
公爵家が取り潰されたとしても、ルーカスは生かしてエレインと共に帝国へ引き渡せと言っているのだと理解出来た。
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