星紡ぎのファンタジア

夕凪

文字の大きさ
18 / 20
闇路の星

Vidar

しおりを挟む
「これ、おいしいね」
〔それ、固くてまずいって評判のイヴェール商会のパンだよね。大丈夫?〕
「歯が鍛えられていい」 
 つむぎはうなずいた。多少固くとも、この独特の苦みは癖になる。脂っぽい干し肉との相性もなかなか良い。しかし、まだ心配そうにリルがたずねてきた。
〔君の元いた世界って、馬鹿舌になる病気でも流行ってたの?〕
 そんなことを話しているうちに、つむぎはそれらを食べ終わった。腹も満たされたことだし、〈鈴獣〉にできそうな魔物を探してみよう。まだ出発はしないと隊商長も言っていたし。つむぎは〈鈴代草〉だとリルが教えてくれた草を摘みながら、少し山道から外れた場所へと歩き出した。迷子にならないように、目印をつけていく。
 しばらく進んだところで、つむぎは立ち止まり、馬車に乗っていたときと同じように目をつぶった。髪をさわさわと揺らす優しい風を感じながら、集中する。
 見えた。脳内に浮かんできた暗闇の地図を、つむぎは観察した。無数の光の点が浮かび上がっている。しかし、どれも同じくらいの大きさで、しかもずっと動いている。これだと手懐けるのは難しそうだ。そんなことを思ってから、ふと疑問に思う。そもそも手懐けるってどうやるんだっけ?
〔簡単だよ。鈴鳴らしながら、その魔物に意識を集中させるだけ。で、何ていうんだろ、心を通じ合わせる?そんなことができないくらいあっちが抵抗するようなら、まず戦闘不能にしないといけないけど〕
 そんな荒っぽい手段を使うのはちょっと嫌だ。相手を攻撃するのは、仕方がないときだけにしたい。つむぎはもっとよく光を見ていった。あまり動いていない、それでいて温厚そうな光はないだろうか?
 あった。春の若草のような色をした光の点を見つけて、つむぎは嬉しくなった。さっきから全く動いていない。でも、死んでいるわけでもなさそうだ、ちらちらと明るく光っている。しかも、ちょうどいいことに近くの茂みにいるようだ。つむぎは目を開けた。足音を少しでも消すために、枯れ葉や枝を踏まないようにしながら、そこに向かう。そして、しゃがみこみ、そっと葉っぱを持ち上げた。確かこの辺りで光っていたはずだ。
 いた。そこには、ハリネズミのような体に苔や草が生えている、不思議な姿形をしている動物、いや魔物がいた。こんこんと眠っている。こんなに昼間から寝ていて大丈夫なのだろうか。いや、そんなことよりも…。
「可愛い…」
 つむぎは思わず漏らしていた。そう、とても可愛いのだ。つむぎはこれまで出会ってきた魔物を思い出した。エイルの〈騎獣〉セロケアや、街での買い出しの際にブライベンと見た、〈鈴獣〉や〈騎獣〉たちには、可愛さもあったけれど、どちらかといえば精悍さの方が勝っていた。それ以外の魔物?話にすらならない。とにかく、底抜けに可愛い魔物というのをつむぎは見たことがなかった。そして今、その愛らしさに目が釘付けになっていた。
〔〈森隠獣〉だよ〕
「説明はないの?」
 いつもなら、この後から饒舌に語りだしそうなものなのに。
〔あんまり研究が進んでないんだよ。ずっと寝てるんだもん、研究する価値がないというか。この辺りにしかいないしさ〕
 その答えにつむぎは驚いて、軽く声を上げた。
「こんなに可愛いのに?」
〔見た目はともかく、君の世界と違って、ありとあらゆるものを研究してる余裕はないの〕
 正論なのだろうけれど、なんだか納得できない。つむぎは決めた。
「この子、私の〈鈴獣〉にする。同意してくれたらだけど」
〔話聞いてた?せっかく〈鈴獣〉にするなら、もっと戦闘に使える魔物の方がいいって〕
 リルが呆れたように反論してきた。しかし、もう決めたのだ、今さら鏡なんかに文句を言われる筋合いはない。ポケットから〈鈴代草〉を取り出した。
 私の〈鈴獣〉になってくれる?〈鈴代草〉の草の実をシャランシャランと鳴らしながら、つむぎは眠る〈森隠獣〉をじっと見つめた。なんだかとてつもなく緊張する。
 ふいに、〈森隠獣〉が眠たげに眼を上げた。そして、つむぎをそのとろんとした目でしばらく見つめた。どぎまぎしながら、つむぎはそのまま目を合わせた。よくわからないけれど、何か試されているような気がする。
 それは始まったのと同じくらい突然に終わった。〈森隠獣〉がおぼつかない足取りでこっちに近づいてきて、つむぎの手に額をこすりつけたかと思うと、眠り込んでしまったからだ。困って、つむぎはリルに助けを求めた。
「どういうこと?認めてくれたの?」
〔うん。お前の〈鈴獣〉になってもいいって。ただし、俺が眠ってるときは絶対に起こすなってさ〕
 さっきまでの不承不承といった態度から打って変わって、楽しげにリルが答えた。その答えの内容が気になって、つむぎは訊いてみた。
「本当にそう言ったの?リルの拡大解釈とか要約とかじゃなくて?」
〔うん、確かにね。頭の中での会話だから、こいつが言ったと言っていいのかわかんないけど〕
 ということはと、つむぎは考えた。可愛いらしい見た目とは反対にものすごく口の悪い魔物を、自分は〈鈴獣〉にしてしまったということだ。可愛いから問題ないけれど。つむぎは結論づけた。それとともに、くすぶっていた疑問も解消した。
「だから、リルも気に入ったのか」
〔そういうこと。こいつが普通の性格だったら、間違いなくあのまま拒否してたね〕
 はははと、リルが晴れやかに笑う。言っていることのひねくれ具合からは考えられない明るさだ。つむぎは眠り込んでしまった〈森隠獣〉をそっと持ち上げ、空いているポケットに丁寧に入れた。彼が小さくて助かった。
〔とりあえず、正式に〈鈴獣〉にするためにも名前をつけないとね。何にする?〕
 名づけという大役を請け負うのなんて初めてだ。どきどきする。つむぎは思考を巡らせた。身近な生き物たちについていた名前には、どんなものがあったっけ?確か、見た目や性格の特徴からついていたものが多かった気がする。つむぎはひらめいた。
「緑だから、きゅうりは?」
 リルがしばらく黙り込んだ。そして、唐突に口を開いた。
〔私が考えてもいいかな?〕
「やだ。私が考えたい」
〔そうかい。でも、きゅうりはやめておいた方がいいと思うよ〕
 そうか。つむぎはもう一度考え込んだ。他に緑色のものは何かあっただろうか。
「じゃあ、葉っぱとか、抹茶とか?」
〔一旦、緑色関連だけで考えるのをやめた方がいいと思うよ。例えば、そうだね、〈ヴィーザル〉とかどう?〕
 聞き慣れない言葉だ。なんだかかっこよさそうな響きだけれど、いったいどういう意味なのだろうか。
〔森で眠る者とかを指す、大陸の古語だよ。これにしたら?〕
「うん。でも、ちょっと重厚すぎる気がする。ヴィザにしようかな」
 つむぎはポケットで眠る〈森隠獣〉、改めヴィザを軽く撫でた。心地よさそうな寝顔を浮かべている。
〔じゃ、決まりだね。あと、そろそろ馬車の方に戻ってくれないかい?〕
「え?まだ出発しないでしょ」
 そんなに時間は経っていないはずだ。まだゆっくりできると思うのだが。
〔まぁね。でも、ちょっと変な魔力が近づいてきてるんだよね〕
「変な魔力?」
 リルの言い振りからして、魔物か何かだろうか。ならば、これまでも出会ってきただろうに。しかし、リルは肯定とも否定とも似つかない声で答えた。
〔んー、何というか、説明しにくいな。くしゃみが出そうで出ないときの感じ?とにかく、戻ってくれる?〕
 そこまでリルが言うなんて珍しい。何か異常事態でも起こっているのだろうか。胸の内が少しざわざわとするのを感じながら、つむぎは来た道を戻り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

処理中です...