20 / 20
闇路の星
The silent forest's wisdom
しおりを挟む
つむぎは反射的に、後ろに飛び退いた。途端に、さっきいた場所を大剣の斬撃が襲った。
屈強な体つきをした、大剣の持ち主の男はゆっくりとつむぎを見た。その目つきに、つむぎは背中がぞくりとするのを感じた。もちろん、殺されそうになった恐怖もあったが、それ以上に彼の瞳が怖かった。空っぽなのだ。感情が全く映っていない。
そんなことを考えているうちに、男は素早く距離を詰めてきた。今まで戦ってきた魔物や、あのおばさんとは大違いだ。対人での戦闘に慣れている。それをぎりぎりで飛び退いて避けながら、つむぎはぼうっと思った。ここまで殺されなかったのは奇跡と言って良いだろう。いったい、いつまで避けられるだろうか。
そのとき、後ろでヒュンという音がした。と思った瞬間、肩を矢が貫いた。真っ赤な血が、こんなにあったのかと思うくらいにどろどろと溢れ出した。思わず抜こうとした瞬間、リルが叫んだ。
〔矢は抜くな!抜いたらもっと傷口が広がるタイプの奴だ〕
つむぎはその痛みで気が遠くなりそうになるのをこらえた。ここで立ち止まったら、間違いなく命を奪われる。目の前の敵だけで頭がいっぱいになっていて、弓兵の存在を忘れていた。内心でつむぎは、思いつく限りの悪態をついた。
〔君、思った以上に口悪いねぇ。ま、当然か〕
そんなこと言っている暇があるなら、何か打開策を教えてよ。つむぎは心の中で怒鳴った。
〔了解。まず、ダッシュで後ろにある岩の陰に隠れて〕
つむぎはちらりと後ろを見た。小さな坂の上の広場のような場所にある、あの大きな岩のことだろうか。つまり、この状態で坂道を全速力で走らなければいけないということか。剣と矢を避けながら。ずいぶん楽しそうだ。
つむぎは強く唇を噛んで、肩の痛みをこらえながら走り出した。ジグザグに走って、ひっきりなしに飛んでくる剣と矢をひたすら避ける。そして、岩の陰に飛び込んだ。そこには、狭くてわかりにくいが、岩と地面の間に空間が広がっていた。なるほど、リルのやりたいことがわかった気がする。つむぎは、急いでそこに入った。小柄で助かった。
まさしくその隙間に飛び込んだ瞬間、男が履いていたブーツが現れた。混乱したように、ぐるぐると岩の周りを回っている。今だ。つむぎは、急な坂道ダッシュのせいで息がはぁはぁと切れるのを我慢しながら、糸を操る魔法を静かに呼び出した。その糸で、ここからわずかに見える足を素早く縛り上げた。わけがわからないといった様子で、男が倒れ込んだ。なんとか糸をほどこうと、じたばたしている。そんなことをされては困る。つむぎは急いで、腕も縛り上げた。ついでに、縄くらいの太い糸を呼び出して、男の口も塞いだ。下手に叫ばれたりしても大変だ。
〔おみごと。じゃ、次は傷の対処だね〕
まだずきずきと痛む傷を、つむぎはじっと観察した。まだ血の止まる気配はない。つむぎは不安になってきた。
「失血死とか、しそう?」
〔残念ながら、充分にありうるね。…ん?え?えっとね、ヴィザがなんとかしてくれるってさ〕
つむぎは驚いて、ポケットの中のヴィザを見つめた。
「なんとかって、どうやって?」
ヴィザが可愛くチィと鳴く。わけがわからないと言った口ぶりで、リルが翻訳してくれた。
〔俺に任せろ、ツムギ。心配するな。まずは、傷口のとこまで俺を持ち上げてくれ、だってさ。私に訊かないでよ。私もこいつが何をしようとしてんのか、よくわからない〕
「でも、治してくれるならありがたいな」
つむぎはヴィザに微笑んだ。そして、言われたとおりに肩まで持ち上げた。血だらけでべとべとしている。そんなマントを軽くめくり、矢の突き刺さった傷口にヴィザが手を当てた。よくわからない言語で何かをつぶやいている。と思っていると、奇妙な左右非対称の小さな模様が、ヴィザの周りに現れた。春の桜の葉っぱのような、明るい緑色の光が辺りに満ちる。つむぎはしばらくその光に見とれていた。
その光はふいに消えた。それとともに、痛みもまるでなかったかのように消え去っていた。肩が軽い。矢もすっと肩から抜け落ちた。
「ありがとう、ヴィザ!」
どうやったのかは知らないが、すごい。ヴィザがチィッと誇らしげに鳴いた。
〔ふ、仕事は済んだぜ。って言ってる。あ、寝ちゃった〕
パタリと倒れ込んでしまったヴィザを、つむぎはそっとポケットに戻した。本当にありがとう。あとはよく眠って欲しい。
〔しっかし、すごいねぇ。〈森隠獣〉が治癒術式からの治癒魔法を使えるなんて、知らなかった。研究する価値は結構ありそうだ。こいつを褒めるわけじゃないけど〕
感心したようにリルがつぶやく。相変わらずのひねくれ屋だと思いながら、つむぎはふぅっと息を吐いた。
まだ終わりじゃない。隊商を守るために、全員倒さなきゃ。そのためには、もう怪我なんかしていてはダメだ。もっと魔法を上手く使って、対抗しなければ。
よし、行こう。つむぎは立ち上がった。
屈強な体つきをした、大剣の持ち主の男はゆっくりとつむぎを見た。その目つきに、つむぎは背中がぞくりとするのを感じた。もちろん、殺されそうになった恐怖もあったが、それ以上に彼の瞳が怖かった。空っぽなのだ。感情が全く映っていない。
そんなことを考えているうちに、男は素早く距離を詰めてきた。今まで戦ってきた魔物や、あのおばさんとは大違いだ。対人での戦闘に慣れている。それをぎりぎりで飛び退いて避けながら、つむぎはぼうっと思った。ここまで殺されなかったのは奇跡と言って良いだろう。いったい、いつまで避けられるだろうか。
そのとき、後ろでヒュンという音がした。と思った瞬間、肩を矢が貫いた。真っ赤な血が、こんなにあったのかと思うくらいにどろどろと溢れ出した。思わず抜こうとした瞬間、リルが叫んだ。
〔矢は抜くな!抜いたらもっと傷口が広がるタイプの奴だ〕
つむぎはその痛みで気が遠くなりそうになるのをこらえた。ここで立ち止まったら、間違いなく命を奪われる。目の前の敵だけで頭がいっぱいになっていて、弓兵の存在を忘れていた。内心でつむぎは、思いつく限りの悪態をついた。
〔君、思った以上に口悪いねぇ。ま、当然か〕
そんなこと言っている暇があるなら、何か打開策を教えてよ。つむぎは心の中で怒鳴った。
〔了解。まず、ダッシュで後ろにある岩の陰に隠れて〕
つむぎはちらりと後ろを見た。小さな坂の上の広場のような場所にある、あの大きな岩のことだろうか。つまり、この状態で坂道を全速力で走らなければいけないということか。剣と矢を避けながら。ずいぶん楽しそうだ。
つむぎは強く唇を噛んで、肩の痛みをこらえながら走り出した。ジグザグに走って、ひっきりなしに飛んでくる剣と矢をひたすら避ける。そして、岩の陰に飛び込んだ。そこには、狭くてわかりにくいが、岩と地面の間に空間が広がっていた。なるほど、リルのやりたいことがわかった気がする。つむぎは、急いでそこに入った。小柄で助かった。
まさしくその隙間に飛び込んだ瞬間、男が履いていたブーツが現れた。混乱したように、ぐるぐると岩の周りを回っている。今だ。つむぎは、急な坂道ダッシュのせいで息がはぁはぁと切れるのを我慢しながら、糸を操る魔法を静かに呼び出した。その糸で、ここからわずかに見える足を素早く縛り上げた。わけがわからないといった様子で、男が倒れ込んだ。なんとか糸をほどこうと、じたばたしている。そんなことをされては困る。つむぎは急いで、腕も縛り上げた。ついでに、縄くらいの太い糸を呼び出して、男の口も塞いだ。下手に叫ばれたりしても大変だ。
〔おみごと。じゃ、次は傷の対処だね〕
まだずきずきと痛む傷を、つむぎはじっと観察した。まだ血の止まる気配はない。つむぎは不安になってきた。
「失血死とか、しそう?」
〔残念ながら、充分にありうるね。…ん?え?えっとね、ヴィザがなんとかしてくれるってさ〕
つむぎは驚いて、ポケットの中のヴィザを見つめた。
「なんとかって、どうやって?」
ヴィザが可愛くチィと鳴く。わけがわからないと言った口ぶりで、リルが翻訳してくれた。
〔俺に任せろ、ツムギ。心配するな。まずは、傷口のとこまで俺を持ち上げてくれ、だってさ。私に訊かないでよ。私もこいつが何をしようとしてんのか、よくわからない〕
「でも、治してくれるならありがたいな」
つむぎはヴィザに微笑んだ。そして、言われたとおりに肩まで持ち上げた。血だらけでべとべとしている。そんなマントを軽くめくり、矢の突き刺さった傷口にヴィザが手を当てた。よくわからない言語で何かをつぶやいている。と思っていると、奇妙な左右非対称の小さな模様が、ヴィザの周りに現れた。春の桜の葉っぱのような、明るい緑色の光が辺りに満ちる。つむぎはしばらくその光に見とれていた。
その光はふいに消えた。それとともに、痛みもまるでなかったかのように消え去っていた。肩が軽い。矢もすっと肩から抜け落ちた。
「ありがとう、ヴィザ!」
どうやったのかは知らないが、すごい。ヴィザがチィッと誇らしげに鳴いた。
〔ふ、仕事は済んだぜ。って言ってる。あ、寝ちゃった〕
パタリと倒れ込んでしまったヴィザを、つむぎはそっとポケットに戻した。本当にありがとう。あとはよく眠って欲しい。
〔しっかし、すごいねぇ。〈森隠獣〉が治癒術式からの治癒魔法を使えるなんて、知らなかった。研究する価値は結構ありそうだ。こいつを褒めるわけじゃないけど〕
感心したようにリルがつぶやく。相変わらずのひねくれ屋だと思いながら、つむぎはふぅっと息を吐いた。
まだ終わりじゃない。隊商を守るために、全員倒さなきゃ。そのためには、もう怪我なんかしていてはダメだ。もっと魔法を上手く使って、対抗しなければ。
よし、行こう。つむぎは立ち上がった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる