白夜のからくりハウス

夕凪

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祝祭と影の商人

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 オルロと約束した日が翌日に近づいた日のこと、アスターは〈ナゴミ〉に向かっていた。昨日、祠の掃除やパン屋の手伝いで稼いだ金が少しある。何も無いとオルロの機嫌が悪くなるかもしれない。面倒だが、手土産でも買っておこうとアスターは〈第一階層〉の商店街へと進んだ。
「おはようございます」
 アスターは〈ナゴミ〉の扉を開けた。いつも通り、ヒュウガが店番をしている。カリンも近くで、喫茶エリアのテーブルを磨いていた。
「おはよー。今日は何か買ってくの?それとも秘伝書でも見る?」
 アスターはあっとつぶやいた。そういえばそんな約束をしていた。オルロの言動や〈祝祭〉に気をとられてすっかり忘れていた。
「うん、見られるなら見たいな。でも、〈祝祭〉準備で忙しいだろ?」
 カリンはにっこりと笑って首を振った。
「それが大丈夫。あたし、お父さんとかお母さんと頑張って働いて、やっと昨日準備が終わったんだ。露店で出す焼き菓子とかは、もう全部出来てるよ」
「じゃあ、お願いしようかな」
「オーケー。じゃ、お父さん、あたしちょっと抜けるね」
 ヒュウガの返事も待たずに、カリンはアスターの腕を引っ張って店の奥へと繋がる扉を開けた。細い階段と廊下に分かれている。カリンは細い階段のほうを上って上階へと進んだ。ここに何度か来たことのあるアスターも迷いなく階段を上る。
 二階のよく日の当たる部屋に、カリンはアスターを連れて行った。使い込まれたタンスやパッチワークのキルトのベッドが、明るい印象をさらに増幅させている。
「どこにあるんだい、その秘伝書は」
 アスターはきょろきょろと辺りを見回した。学堂に通っていた頃、ここで一緒に勉強をたくさんしたが、今までそれらしいものは見たことがなかった。
「ちょっと待ってて」
 カリンは窓際から何やら数を数えて、「いいよ」と言った。何をするつもりなのかさっぱりわからないまま、アスターはしゃがむカリンを覗き込んだ。
 彼女は窓から十二枚目の床板を躊躇なく剥がした。もともと剥がれやすかったのか、床板は抵抗することなくスムーズに開いた。中には、しなやかな紙に包まれた分厚い本が入っていた。
「これが、秘伝書」
「保存場所は床板の下でいいの?」
 秘伝書が心配になったアスターだったが、カリンは曖昧に笑っただけだった。本当に大丈夫なのかさらに不安になる。
 二人はカリンの部屋の端にある、ベッドに座り込んだ。床の上だと読むのが大変だ。
「何て書いてあるんだい?」
「上級者向けのお菓子のレシピ」
 それは本当に秘伝書なのかと疑問に思いながら、アスターは本を見た。曲線が特徴的な柔らかい雰囲気の文字や、真っ直ぐな直線で構成されている文字などが入り乱れている。共通語と比べると難解そうだ。アスターは表紙をじっくりと眺めた。
「これは、写真?」
 写真は、〈ハウス〉では手に入る手段が限られている。写真屋に頼んで光学機器で撮影してもらうか、〈管理組合〉の記録部門に行くくらいしか、見られる機会は少ない。
「珍しいでしょ。で、これが練り切り」
 頁をペラペラと飛ばして、この前食べさせてくれた練り切りの写真を見せてくれる。繊細で美しい印象は、写真でもあまり変わらない。
「おいしそうだね。ここに書いてあるのは全部作ったの?」
「ううん。先代から少しずつ進んでるけど、材料とかの問題でまだまだあんまり。食べたこともないのに代用を考えないといけないのは大変でねぇ」
 カリンは肩をすくめた。確かに、〈ハウス〉では穀物などの生産は盛んだが、菓子などに使う素材はあまり重要視されていないため、ほとんど栽培されていない。菓子屋にとっては大変だろう。
「わたしが〈管理人〉になったら、お菓子の材料の生産も進めようかな。もっと食べたいもの」
 アスターは本を見ながらつぶやいた。アスターは〈祝祭〉の日が誕生日だ。そのため、〈祝祭〉の日が近づくにつれて、〈管理人〉になる日も距離を詰めてくる。それが楽しみだ。早く〈管理人〉になって、いろいろと進めたい。
「お願いねー」
 カリンがまんざらでもなさそうに言う。アスターは微笑んでうなずいた。
「この本、ちょっと見てもいい?わからないところがあったら聞くからさ」
「いいよ、ご自由に。あたし、厨房行ってくる。お母さんに頼んでちょっと茶菓子持ってくるよ」
「ありがとう」
 静かになった部屋の中、アスターは頁をめくった。見たことのない菓子の写真がたくさん載っている。読めはしないが、写真を見るのは楽しい。それに、食べてみたいものもかなり見つかった。今度カリンに頼んで作ってもらおうか。そんなことを考えながら、最後まで飛ばし読みでアスターは読み終えた。
 表紙の裏にも何か写真や文は載っているのだろうか。アスターは好奇心から表紙を丁寧にめくった。
 あれ?アスターは背中がひやりとするのを感じた。
「アスター、お菓子持ってきたよ。何かあった?」
 カリンが戻ってきた。アスターはゆっくりとうなずいた。カリンはアスターのおかしげな様子に気がついて、首を傾げた。
「どうかしたの?」
「この本、いつからあるんだい?」
 急なアスターの問いに、カリンは首を傾げた。疑問を持ちながらも、秘伝書をもらったときのことを想起しながら教えてあげた。
「おばあちゃんからもらったものだから、たぶんずっと前からあると思う。何かあったの?」
「いや、何でもないよ。外の世界に何か関わってるのかなって思って」
 カリンは納得した。外について知りたがるのは、アスターの癖、いや習性なのだ。この奇妙な言動もそれならうなずける。
 アスターはそんなカリンの様子を見ながら、さりげなく表紙を元に戻した。親友に隠し事をするのは気が引けるが、面倒事に巻き込みたくないのも確かだ。表紙裏に記されていたこともおそらく知らないだろう。
「お菓子食べる?今日はいちごジャムのスコーンだよ」
「うん、ありがとう。いただきます」
 アスターはカリンの手の中のかごからスコーンを受け取って、口に入れた。ほろほろとした食感といちごジャムの甘酸っぱさが相まってたまらない。ゆっくりと食べていると、薄ら寒い恐怖がひいて、安堵が体中に駆け巡った。それとともに、殴るような筆跡で記されていたあの文が脳裏に蘇った。
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