死にたがりの神様へ。

ヤヤ

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第四章 悪意は忍び寄る

59.現れたのはその男

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「……リレイヌ」

 広い屋敷の中、「御手洗に行ってくる」と駆け出していったリレイヌを追いかけ、リックの部屋を後にしたリオル。彼は屋敷の通路で難しい顔をするリレイヌに近づくと、困ったように小さく笑う。

「御手洗に行くんじゃなかったの?」

「……リオル」

「……犯人のことだよね、悩んでること」

 疑問符も何も無い、確信的な言葉。
 投げかけられたそれに俯くリレイヌは、周りに誰もいないことを確認してからそっとリオルに近寄った。
 祈るように組み合わされた手が、彼女の不安を表している。

「さっき会った、あの、お兄さん? あの人から、ほんの僅かだけど魔力の痕跡が漂ってた。精霊であるウンディーネも気づかないくらい、微量な魔力の痕跡……もしかしたらって可能性あって、私……」

「……そっか」

 リオルはやわく微笑むと、不安げに瞳を揺らすリレイヌの頭を優しく撫でた。そして、己よりも小さな彼女に、そっと問う。

「リックに言うの?」

「……どうしよう、って思ってる。まだ可能性の段階だから、言わなくてもいいと、その、思ってて……」

「……傷つけたくない?」

「……うん」

 頷く彼女。
 リオルは笑って、そして言う。

「でも、言わないと、何かあった時に後悔すると思う」

「……」

「少しの可能性だとしても、今回リックを襲った事件は決して許されていいことじゃないから……だから、言うべきだと僕は思う」

「……リック泣かない?」

「アイツって泣くの?」

 そこで、リレイヌはキョトンと目を瞬き、やがて小さな笑みを零した。リオルもそれに釣られるように微笑み、彼女の小さな手をそっと掴む。

「教えてあげよう。このままだと、多分とっても悪いから」

「うん。そうだね」

 こくりと、小さくもしっかりと頷いたリレイヌ。リオルがそんな彼女に安堵し、その手を引いて歩き出そうとした──その時だ。
 ぐわん、と、ふたりの周囲の空気が揺れた。まるで溶いた絵の具に水を垂らした時のような不思議な感覚が、彼女、彼を襲っていく。

「な、に……?」

 歪む景色に、足元がぐらつく。思わず膝を崩しかけたところを庇うように抱き込まれたリレイヌは、己を抱きしめるリオルの肩越しに「ソレ」を見る。

「リックちゃんにバラされたら困るのよねぇ。だから、コレは私からのお願い──ふたりとも、私のために死んでちょうだい」

 歪に笑う「ソレ」は、そう言いニタリと口元に弧を画く。その様はまるで本の中に出てくる恐怖の象徴──悪魔のようで、リレイヌは思わず身震いし、今にも意識を失いそうなリオルを急ぎその腕の中に抱きしめた。

 ぐわん、ぐわん

 空気が揺れる。
 重苦しいそれに押しつぶされそうになりながら、彼女は必死に歯を食いしばってそれに耐える。

「おい、やめろ」

 ふと新たな声がして、空気が突然軽くなった。思わず噎せ込むふたりの子供を前、振り返るリックの兄が「あらぁ?」と楽しげに微笑み笑う。

「その禁忌は私が殺す。私たちが殺すんだ。手出しはするな。炎で炙り殺すんだ。死ぬ前に痛めつけるんだ。許さない。絶対に許すものか。お前は必ず、私の、私たちの手で殺してやる。惨たらしく、残酷に、殺してやる」

 低い声が怒りを押し殺したように発される。
 リオルが汗の滲む顔を上げ、苦虫を噛み潰したような顔で舌を打った。そして、言う。

「なんのつもりだ、ウィリアム」

「黙れ。悪に騙されし愚かなガキよ。貴様は何も知らない。故に絆されているのだ。ソレは危険だ。殺さねば。殺さねば。殺さねばならない」

「この子に手を出すなど言語道断だ。もしそんなことをしてみろ。僕がお前を八つ裂きに──」

 言葉を紡いでいる途中、リオルが倒れた。パスン、と小さいなにかの音が聞こえたと同時の出来事だ。
 リレイヌが慌ててリオルを支え、キッ!、と大人ふたりを睨みつける。
 それが気に食わなかったのだろう。ウィリアムと呼ばれた男はズカズカと大股でリレイヌに近づくと、その艶やかな黒髪を鷲掴み、引っ張りあげる。

「生意気な生意気な生意気な! 禁忌のくせに誑かすな! 高貴なる家柄の子供らを誑かすな! 許さない許さない許さない!」

 鼻息荒く、興奮状態のウィリアムに、リックの兄が「焼くんでしょ?」と一言。それに、頷いたウィリアムは投げ捨てるようにリレイヌから手を離す。
 支えを失った小さな体が床に倒れた。急ぎ起き上がろうとする彼女を押し潰すように魔力を展開したリック兄が、「楽しみねぇ」と唇を舐める。

「最高の悲鳴を聴かせてね? リレイヌちゃ・ん」

「ッ!」

 抗うことも出来ずに倒れ込むリレイヌ。その小柄な体を拘束し、大きめのカバンに詰め込んだふたりは、急ぎ足早に屋敷を出る。

 そこに、大きな魔力の痕跡を残して──。
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