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第四章 悪意は忍び寄る
60.恋心と恋敵
しおりを挟む「……ふたりともおせーなぁ」
リックの部屋の中、四つ脚の椅子にだらんと腰掛け、睦月が言う。そんな睦月を汚物を見るような目で見るリックが、ふよふよと浮遊するウンディーネを一瞥。すぐに顔を逸らしてから「トイレだろ? 長引く時もある」と口にした。睦月が「あー」と上を向く。
「確かに、リオルはうんこなげーもんな」
「……聞かなかったことにしておこう」
「なんで? 別にいいだろうんこなげーくらい」
「聞かなかったことにしておこう」
二度同じことを告げ、時計を確認。ふたりが出ていってから既に三十分以上経過している秒針を見て、リックはひそりと考える。いくらなんでもながすぎると。
リオルはともかくとして、だ。リレイヌの御手洗がそんなに長引くはずがない。というか、彼女は神族。本来ならば汚物の処理すら必要がない身だ。
いつかの本で見た事がある。神族──セラフィーユには排泄機能などが存在しないと。食べたものは彼女らのエネルギーの糧になり消費されるのだと。
けれど、彼女は「御手洗に行ってくる」と出ていった。そしてそれをリオルが追いかけた。なにやら意味深に「やだよねぇ、こういうの」なんて言っていたから、きっとふたりは何かを知ったのだろう。だからそれを整理するために一旦部屋を出たに違いない。そう思っていたが、しかし……。
「……探しに行こう」
「あ?」
「もしかすると屋敷内で迷っている可能性があるだろう? ココは広い家だからな。迷子がふたり揃って泣いていても困るから探しに行くんだ」
「……」
睦月は面白くないと言いたげに椅子の背もたれに頬を預けた。気ダルげに細められた紫紺の瞳が、部屋を出ようとするリックの背中を映し込む。
「……お前さ、リレイヌのこと好きだろ」
ギクリ、とリックが固まる。
扉のノブに手をかけ停止する彼に、「へ~、マジモンかぁ」と睦月は紡いだ。その声が存外低かったことを知るのは、おそらくふたりを静観するウンディーネだけだろう。
「いーいご身分だよなぁ。神族良しとしないリピト家のくせに。その現ご当主様が大っ嫌いな神族──しかも禁忌とされるアイツに絆されてさぁ」
「……随分とトゲがある言い方だな。なんだ? お前もひょっとして──」
「好きだけど」
「……は?」
ポカン、と睦月を見るリック。睦月は「よいせ」と椅子から立ち上がりながら、どうでも良さげな顔で言葉を紡ぐ。
「俺はアイツが好きだ。だから傷つけたくない。だから神族良しとしないお家の奴に関わって欲しくない。そう思うのは変なことか?」
「そ、れは……別に……」
「シアナ様……アイツの母親助けてくれたことには礼を言う。ありがとう」
「そん、なことは、大して、その……」
「けど、お前はやっぱりリピト家だからさ。アイツに危害が及ぶ前に、手、離してくんねえかな」
「……」
絶句。まさにその二文字。
呼吸すら忘れて沈黙するリックに、睦月はシラッとした顔で「あと恋敵減らしときてえしな」と一言。リックが何かを言う前にさっさと部屋を出ていってしまう。
残されたリック。その傍を漂うウンディーネ。
二者が残る部屋の中で、最初に声を発したのは──……
「坊ちゃん!! 坊ちゃん居ますか!!」
外から聞こえてくる呼び声に、リックは大袈裟な程に肩を跳ねさせてから慌てて窓際へ。固く閉ざされたソレを開け放つと、眼下で大きく手を振る操手に対し息を吐く。
「……なんだ、騒々しい」
「それどころじゃ!! それどころじゃないですよ坊ちゃん!!」
「だからなん……」
「街の方で狩りが行われるって今同業者から鳩が飛んできて!! しかもそれが──セラフィーユの産んだ禁忌って!!」
その速報を聞くや早、リックは飛び出すように部屋を出て、長い廊下を歩いていた睦月を捕獲。「手を貸せ!」と叫ぶと、わけの分かっていない様子の彼を引き連れ外へ。そこで待っていた顔面蒼白の操手に指示し、麓の街を目指して急ぎ馬車を走らせた。
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