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第六章 研究施設
91.警戒の色
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「さて、こうして立ち話もなんだ。まずは自己紹介といこうか」
女は言った。たくさんの警戒を一身に受けながら。
幼子の警戒など怖くもないという風に、彼女は笑い、それから名乗る。
「私はアガラ。アガラ・セラフィーユという者だ」
名乗った女に、睨みが増す。嘘を言えと。そう言いたげな睨みが。
そんな中、女──アガラはケラリと笑った。笑って、楽しげにこう告げる。
「そう怒らないでくれよ。ほんの少しの戯れだろう?」
「なにが戯れだ……!」
「事実さ。それに、これを戯れと思えないなら、キミたちがそれほど弱いということだろう?」
問われたそれに、「ざけんなよ……ッ!」と睦月が吠えた。苦しげに眉根を寄せる彼に、アガラは一度目を向けてから興味をなくしたようによそを向く。それが気に食わなかったのだろう。尚も吠える睦月を、アジェラが止めた。
「さて、この世界のことを説明する前に、キミたちを一度治療しないとだね。他の子はともかく、人狼の子は息をするのもやっとだろう?」
「るせえっ……テメェの施しなんて受けるか……っ」
「おや、強がりはみっともないぞ」
カラカラ笑ったアガラは、そう言うや早、睦月を支えるアジェラの方へ。どこか怯えたような目を向けてくるアジェラと、憎々しげに己を睨む睦月に笑うと、サッと彼らを両脇に抱えあげる。
「わ! わ!?」
「はなせ……っ! ッ、のっ……!!」
「はは!暴れると舌を噛むよ。──さ、リレイヌ。そこの少年も。キミたちもおいで」
言って歩き出すアガラを、リックは戸惑ったように見つめる。まるで不安だと、そう言いたげな彼を立たせてから、リレイヌは「いこう」と歩き出す。
「あ、ああ……」
リックは戸惑いがちに頷き、彼女たちを追いかけた。
◇◇◇
ゴミ山を抜けて歩く、歩く。
そうして進めば、見えてきたのは小さな洞窟。岩壁の中に掘って作られた簡素なその中に踏み込めば、これまた簡素な作りの隠れ家が姿を現す。
薄い布切れを地面に、四角い木の箱などで簡易的な椅子などが作られたそこは、岩の壁に取り付けられた小さなランプの中で燃える炎により優しく照らし出されている。
「……ここは?」
「私の家。趣あるだろ?」
「家って……」
戸惑うリックに「座りな」と告げたアガラ。どこに?、という顔をした彼をよそ、リレイヌが布のかけられた木材の上へ。ちょこんと腰かけた彼女を見やってから、彼もそっと彼女の隣に腰を下ろす。
その間にも、睦月とアジェラを下ろしたアガラは、ふたりの容態を確認すると、見上げてくる彼らの額に手を当て治癒を施す。そのあっさりとした治療行為に、彼らは戸惑ったように目を瞬いた。
「……さて、と」
治癒を終えたアガラは言う。
「コーヒーはすき? 生憎と、今出せる飲み物はあたたかいそれしかないんだが……」
「……おれは飲める」
「僕は甘ければ……」
「そう。リレイヌとそっちの子は?」
振られ、リックはこくりと頷いた。リレイヌもリレイヌで静かな「大丈夫」を返している。
アガラはにこりと微笑み、隠れ家の奥へ。慣れた手つきでコーヒー豆などを用意すると、それをみなの目の前で調合しだす。
「……さて、まずなにから話そうかな」
薪の上に調合したコーヒー入りのポットを設置し、火で炙るその最中。アガラは5人分のカップを手に戻ってくると、その場にいる一人一人を見回し笑みを浮かべた。優しいそれに、睦月が雑に片手をあげる。
「はい、キミ」
「睦月だ」
「じゃあ睦月。なにかな?」
「……おまえ、ほんとにセラフィーユなの?」
問われるそれ。
アガラはにこりと笑うと、「生意気」と一言。言って、彼の問いにこう返す。
「私がその問いかけにうん、と言って、睦月はそれを信じるのかい?」
「……」
「ふふ、素直だね。いいと思うよ、そういうの」
微笑み、湯気の出だしたポットを浮かせ、五つのカップにその中身を注ぐ。そうして各々の前にカップを移動させたアガラは、最後にアジェラの方に砂糖とミルクをやると、そのまま適当な場所に腰を下ろした。
みなが、なんとも言えぬ顔でコーヒーの入ったカップを見下ろす。
「……色々疑問はあるだろう。だが、今は少し休んだ方がいいと思うよ。なにせ、キミたちは現在とても、疲れていると思うからね」
コーヒーを飲みながら彼女は言った。それに、みなは顔を見合わせるとそっとコーヒーに口をつける。
「……にがい」
アジェラがボヤく。と共に、彼らは眠りの渦中へ。倒れるように、まぶたを閉じた。
女は言った。たくさんの警戒を一身に受けながら。
幼子の警戒など怖くもないという風に、彼女は笑い、それから名乗る。
「私はアガラ。アガラ・セラフィーユという者だ」
名乗った女に、睨みが増す。嘘を言えと。そう言いたげな睨みが。
そんな中、女──アガラはケラリと笑った。笑って、楽しげにこう告げる。
「そう怒らないでくれよ。ほんの少しの戯れだろう?」
「なにが戯れだ……!」
「事実さ。それに、これを戯れと思えないなら、キミたちがそれほど弱いということだろう?」
問われたそれに、「ざけんなよ……ッ!」と睦月が吠えた。苦しげに眉根を寄せる彼に、アガラは一度目を向けてから興味をなくしたようによそを向く。それが気に食わなかったのだろう。尚も吠える睦月を、アジェラが止めた。
「さて、この世界のことを説明する前に、キミたちを一度治療しないとだね。他の子はともかく、人狼の子は息をするのもやっとだろう?」
「るせえっ……テメェの施しなんて受けるか……っ」
「おや、強がりはみっともないぞ」
カラカラ笑ったアガラは、そう言うや早、睦月を支えるアジェラの方へ。どこか怯えたような目を向けてくるアジェラと、憎々しげに己を睨む睦月に笑うと、サッと彼らを両脇に抱えあげる。
「わ! わ!?」
「はなせ……っ! ッ、のっ……!!」
「はは!暴れると舌を噛むよ。──さ、リレイヌ。そこの少年も。キミたちもおいで」
言って歩き出すアガラを、リックは戸惑ったように見つめる。まるで不安だと、そう言いたげな彼を立たせてから、リレイヌは「いこう」と歩き出す。
「あ、ああ……」
リックは戸惑いがちに頷き、彼女たちを追いかけた。
◇◇◇
ゴミ山を抜けて歩く、歩く。
そうして進めば、見えてきたのは小さな洞窟。岩壁の中に掘って作られた簡素なその中に踏み込めば、これまた簡素な作りの隠れ家が姿を現す。
薄い布切れを地面に、四角い木の箱などで簡易的な椅子などが作られたそこは、岩の壁に取り付けられた小さなランプの中で燃える炎により優しく照らし出されている。
「……ここは?」
「私の家。趣あるだろ?」
「家って……」
戸惑うリックに「座りな」と告げたアガラ。どこに?、という顔をした彼をよそ、リレイヌが布のかけられた木材の上へ。ちょこんと腰かけた彼女を見やってから、彼もそっと彼女の隣に腰を下ろす。
その間にも、睦月とアジェラを下ろしたアガラは、ふたりの容態を確認すると、見上げてくる彼らの額に手を当て治癒を施す。そのあっさりとした治療行為に、彼らは戸惑ったように目を瞬いた。
「……さて、と」
治癒を終えたアガラは言う。
「コーヒーはすき? 生憎と、今出せる飲み物はあたたかいそれしかないんだが……」
「……おれは飲める」
「僕は甘ければ……」
「そう。リレイヌとそっちの子は?」
振られ、リックはこくりと頷いた。リレイヌもリレイヌで静かな「大丈夫」を返している。
アガラはにこりと微笑み、隠れ家の奥へ。慣れた手つきでコーヒー豆などを用意すると、それをみなの目の前で調合しだす。
「……さて、まずなにから話そうかな」
薪の上に調合したコーヒー入りのポットを設置し、火で炙るその最中。アガラは5人分のカップを手に戻ってくると、その場にいる一人一人を見回し笑みを浮かべた。優しいそれに、睦月が雑に片手をあげる。
「はい、キミ」
「睦月だ」
「じゃあ睦月。なにかな?」
「……おまえ、ほんとにセラフィーユなの?」
問われるそれ。
アガラはにこりと笑うと、「生意気」と一言。言って、彼の問いにこう返す。
「私がその問いかけにうん、と言って、睦月はそれを信じるのかい?」
「……」
「ふふ、素直だね。いいと思うよ、そういうの」
微笑み、湯気の出だしたポットを浮かせ、五つのカップにその中身を注ぐ。そうして各々の前にカップを移動させたアガラは、最後にアジェラの方に砂糖とミルクをやると、そのまま適当な場所に腰を下ろした。
みなが、なんとも言えぬ顔でコーヒーの入ったカップを見下ろす。
「……色々疑問はあるだろう。だが、今は少し休んだ方がいいと思うよ。なにせ、キミたちは現在とても、疲れていると思うからね」
コーヒーを飲みながら彼女は言った。それに、みなは顔を見合わせるとそっとコーヒーに口をつける。
「……にがい」
アジェラがボヤく。と共に、彼らは眠りの渦中へ。倒れるように、まぶたを閉じた。
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