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ep.3 私と伊吹くんの昔話<前編>
2.
翌週、同じ講義を受けている教室に向かうと、すでに伊吹は着席して本を読んでいた。
榛名は勇気を振り絞って、一歩を踏み出した。
「おはよう、興津くん。あの……隣に座っても、いいかな?」
そして尋ねてから、あることにハッと気がつき、
「いや、あの! バイトのみならず、講義でも面倒見てもらおうとか思っているわけじゃないからっ」
慌てて弁明をしたのだった。
そんな榛名に、伊吹は慈しむような温かい微笑みを向けた。
「おはよう、もちろん」
伊吹が受け入れてくれたことに、榛名は嬉しさで飛び上がりそうになるのを必死で隠したのだった。
「それじゃあ、お邪魔します」
そう声をかけながら、榛名が伊吹の隣に着席すると、
「ねぇねぇ、今の……見た?」
「見た見た! 笑ってたね。珍しい~」
周囲の女子グループから、そんなヒソヒソ話が聞こえてきた。
彼女たちの話ぶりからは、伊吹を揶揄するのではなく、むしろ興味津々のように見えた。
やはり、自分以外にも伊吹を気にしている女子はいるのだと、榛名は内心動揺していた。
伊吹はもっさりして、あまり服装や見た目にこだわるタイプではなかったが、不思議と清潔感があり、すっきりとした印象を与えていた。
そして、どこかミステリアスで艶っぽい雰囲気を醸し出している。
また、彼からは良い香りがして、一緒にいると、なぜかその匂いに榛名の気持ちはやわらいだ。
◇◇
それからの2人は、同じ講義に出る時はいつも、どちらからともなく隣に座り、一緒に授業を受けた。
そのまま昼休みに一緒に学食に行くのも定番コースになっていた。
「家で弁当を作ってた時期もあるけど、学食は安くて量が多いから、光熱費や材料費を考えると、結局はこっちの方が安上がりなんだ」
学食でご飯大盛り無料のA定食を食べながら、伊吹はふいにそんな話をした。
「実は、バイト先に今の食堂を選んだのも、まかないの量が多くて旨いから」
話を聞けば、伊吹はなんとバイトを2つ掛け持ちしているそうだ。
もう1つのバイトは、ホームセンターの早朝シフトで、棚卸や開店前の商品陳列の仕事をしていると言う。
朝、仕事を終えてから、1限の講義に間に合うように大学に向かう。そんな生活を送っていることを知った。
――きっと何か事情があるのだろう。だけど、私たちはまだ友人として付き合いの浅い間柄、彼が話さない以上、私から聞くわけにはいかない。
でも、いつか話してくれたらいいな。
榛名は心の中で、そう願わずにはいられなかった。
◇◇
伊吹は少しずつ、榛名に彼自身の話を聞かせてくれるようになった。
好きな本の話――彼は歴史小説を好むようだ――についても。
そして、2人の関係に明確な変化が訪れたのは、クリスマスイブの夜だった。
クリスマスイブの夜は雪が降っていた。
「電車が止まってしまうかもしれないし、歩くのは危ないから、もう上がって大丈夫だよ」
2人の帰宅を心配してくれた食堂の店主ご夫婦の言葉に、素直に甘えることにした。
いつもより1時間は早く仕事を上がったが、駅まで着くと、すでに電車が止まっているとアナウンスが聞こえてきた。
「仕方がない、徒歩で帰ることにするよ。それじゃあ、由比さんも気をつけて」
伊吹はあっさりと告げると、榛名に背を向けて歩き出した。
榛名は駅から徒歩で近いのでひとまず問題なさそうだが、伊吹の方は1駅分歩くことになる。
おそらく伊吹は、榛名に気を遣わせまいとして、さっさと立ち去るべきと思ったのではないだろうか。
「あっ、ちょっと待って」
榛名は思わず、慌てて彼の腕を掴んだ。
「えっ」
伊吹が面食らったような表情で振り向いた。
(しまった……)
掴んだ腕を離せないまま、榛名は大胆な行動に出てしまった自分に驚いていた。
榛名は勇気を振り絞って、一歩を踏み出した。
「おはよう、興津くん。あの……隣に座っても、いいかな?」
そして尋ねてから、あることにハッと気がつき、
「いや、あの! バイトのみならず、講義でも面倒見てもらおうとか思っているわけじゃないからっ」
慌てて弁明をしたのだった。
そんな榛名に、伊吹は慈しむような温かい微笑みを向けた。
「おはよう、もちろん」
伊吹が受け入れてくれたことに、榛名は嬉しさで飛び上がりそうになるのを必死で隠したのだった。
「それじゃあ、お邪魔します」
そう声をかけながら、榛名が伊吹の隣に着席すると、
「ねぇねぇ、今の……見た?」
「見た見た! 笑ってたね。珍しい~」
周囲の女子グループから、そんなヒソヒソ話が聞こえてきた。
彼女たちの話ぶりからは、伊吹を揶揄するのではなく、むしろ興味津々のように見えた。
やはり、自分以外にも伊吹を気にしている女子はいるのだと、榛名は内心動揺していた。
伊吹はもっさりして、あまり服装や見た目にこだわるタイプではなかったが、不思議と清潔感があり、すっきりとした印象を与えていた。
そして、どこかミステリアスで艶っぽい雰囲気を醸し出している。
また、彼からは良い香りがして、一緒にいると、なぜかその匂いに榛名の気持ちはやわらいだ。
◇◇
それからの2人は、同じ講義に出る時はいつも、どちらからともなく隣に座り、一緒に授業を受けた。
そのまま昼休みに一緒に学食に行くのも定番コースになっていた。
「家で弁当を作ってた時期もあるけど、学食は安くて量が多いから、光熱費や材料費を考えると、結局はこっちの方が安上がりなんだ」
学食でご飯大盛り無料のA定食を食べながら、伊吹はふいにそんな話をした。
「実は、バイト先に今の食堂を選んだのも、まかないの量が多くて旨いから」
話を聞けば、伊吹はなんとバイトを2つ掛け持ちしているそうだ。
もう1つのバイトは、ホームセンターの早朝シフトで、棚卸や開店前の商品陳列の仕事をしていると言う。
朝、仕事を終えてから、1限の講義に間に合うように大学に向かう。そんな生活を送っていることを知った。
――きっと何か事情があるのだろう。だけど、私たちはまだ友人として付き合いの浅い間柄、彼が話さない以上、私から聞くわけにはいかない。
でも、いつか話してくれたらいいな。
榛名は心の中で、そう願わずにはいられなかった。
◇◇
伊吹は少しずつ、榛名に彼自身の話を聞かせてくれるようになった。
好きな本の話――彼は歴史小説を好むようだ――についても。
そして、2人の関係に明確な変化が訪れたのは、クリスマスイブの夜だった。
クリスマスイブの夜は雪が降っていた。
「電車が止まってしまうかもしれないし、歩くのは危ないから、もう上がって大丈夫だよ」
2人の帰宅を心配してくれた食堂の店主ご夫婦の言葉に、素直に甘えることにした。
いつもより1時間は早く仕事を上がったが、駅まで着くと、すでに電車が止まっているとアナウンスが聞こえてきた。
「仕方がない、徒歩で帰ることにするよ。それじゃあ、由比さんも気をつけて」
伊吹はあっさりと告げると、榛名に背を向けて歩き出した。
榛名は駅から徒歩で近いのでひとまず問題なさそうだが、伊吹の方は1駅分歩くことになる。
おそらく伊吹は、榛名に気を遣わせまいとして、さっさと立ち去るべきと思ったのではないだろうか。
「あっ、ちょっと待って」
榛名は思わず、慌てて彼の腕を掴んだ。
「えっ」
伊吹が面食らったような表情で振り向いた。
(しまった……)
掴んだ腕を離せないまま、榛名は大胆な行動に出てしまった自分に驚いていた。
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