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ep.3 私と伊吹くんの昔話<前編>
4.
「あの……興津くん、私は施しだなんて気持ちは……」
――できるものなら、何か手助けをしたい。
だけど、それは同情や『施してあげる』という上から目線のものではなくて、私は彼のことが――
「うん、由比さんにそういう気持ちがないことは、ちゃんとわかっているよ。それに偉そうに言ったけど、結局は今日みたく色々と甘えてしまっている。申し訳ないし、己を恥じているところだよ……」
伊吹が申し訳なさそうな、気恥ずかしそうな顔で俯いていた。
「今日のことは気にしないで。だって興津くんは、私にとって大事な……」
――友達だから。
そう伝えるべきだと、頭ではわかっていた。
でも榛名はそれ以上の感情を、自分が伊吹に対して持っていることに気づいていた。
「由比さん……ありがとう」
「興津くん……」
明かりを落とした静寂な部屋の中、パソコンの光だけが2人を照らしている。
榛名が伊吹を見つめると、伊吹もまた、静かにじっと榛名を見つめていた。
2人の視線が絡み合い、少しずつ顔が近づくと、そっと触れるだけのキスをした。
唇が離れると、途端に恥ずかしさが榛名を襲ったが、そんな感情に囚われている暇はなかった。
伊吹に強く抱きしめられたのだ。
「俺は、由比さんのことが好きだよ」
部屋は暗くても、伊吹が赤くなっているのがわかる。抱きしめられた伊吹の胸の中は温かかった。
榛名の瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
「嬉しい……。私も興津くんのことが、ずっと好きだった」
部屋の外では雪が降り積もっている。でも寄り添い合う2人はぬくもりに包まれていた。
2人は慣れない下手くそなキスを何度も繰り返し、そのまま抱き合いながら、榛名のベッドで共に眠った。
◇
「貧乏で、何も持っていないけど、こんな俺で良ければ付き合って欲しい」
翌朝、律儀にも伊吹から正式に交際の申込があり、榛名はもちろんのごとく「はい、私で良ければ喜んで!」と大きく返事をしたのだった。
この日から、2人はお互いを「はるちゃん」「伊吹くん」と呼び合うようになった。
◇◇
「いつもダボダボのトレーナーやセーターを着ているのは、筋肉がついて、身体が大きくなって着られなくなるのがもったいないから。だから最初からあえてワンサイズ大きいのを買ってるんだ」
「へぇ! そうだったんだ」
伊吹は榛名に、自分のファッション事情を明かした。
榛名はモサモサでダボダボで、笑うと可愛い伊吹を好きだと感じていた。
だが、もしも伊吹の素顔を皆が知ったら、きっとモテすぎて大変な事態になってしまうだろうことを危惧していた。
なぜなら、バイト先でそれに近いことが起こりかけたからだ。
「前髪がちょっと伸びすぎだし、タオルで巻いて上げてみようか」
バイト先である食堂のおかみさんが、前髪が目まで覆いそうになっている伊吹に対して、そう提案をした。
「すみません、髪は自分で切ってるのですが、いつも前髪を上手く切れなくて……つい伸ばし気味になっていました」
伊吹が申し訳なさそうにうなだれると、大人しく頭にタオルを巻かれる準備をした。
だが、タオルを巻くため、伊吹がメガネを外した瞬間、おかみさんは驚きのあまり固まってしまった。
「ちょっ……眩しっ……! 元々よく見るとキレイな顔をしている子だとは思っていたけど、ここまでイケメンだとは思わなかったわ」
おかみさんは、額を出したガテン系でワイルドな感じに、伊吹の頭をタオルで巻いた。
「今日はこのままお店に出てみたらどう?」
おかみさんの提案に嫌な予感がした。
予感は的中し、伊吹は来店した女性たちから声をかけられ、名前や連絡先を聞かれていた。
伊吹は上手くかわしていたが、それでも数日の間は「ものすごいイケメンがいる」と評判になって、食堂に若い女性が押し掛ける事態になった。
それ以降、伊吹がイケメンスタイルで店に出ることはなく、前髪は清潔感のある長さをキープしていたが、元のモサモサスタイルに戻っていた。
噂のイケメンについては「彼はすぐに辞めてしまった」と嘘も方便で事態は収束したのだった。
――できるものなら、何か手助けをしたい。
だけど、それは同情や『施してあげる』という上から目線のものではなくて、私は彼のことが――
「うん、由比さんにそういう気持ちがないことは、ちゃんとわかっているよ。それに偉そうに言ったけど、結局は今日みたく色々と甘えてしまっている。申し訳ないし、己を恥じているところだよ……」
伊吹が申し訳なさそうな、気恥ずかしそうな顔で俯いていた。
「今日のことは気にしないで。だって興津くんは、私にとって大事な……」
――友達だから。
そう伝えるべきだと、頭ではわかっていた。
でも榛名はそれ以上の感情を、自分が伊吹に対して持っていることに気づいていた。
「由比さん……ありがとう」
「興津くん……」
明かりを落とした静寂な部屋の中、パソコンの光だけが2人を照らしている。
榛名が伊吹を見つめると、伊吹もまた、静かにじっと榛名を見つめていた。
2人の視線が絡み合い、少しずつ顔が近づくと、そっと触れるだけのキスをした。
唇が離れると、途端に恥ずかしさが榛名を襲ったが、そんな感情に囚われている暇はなかった。
伊吹に強く抱きしめられたのだ。
「俺は、由比さんのことが好きだよ」
部屋は暗くても、伊吹が赤くなっているのがわかる。抱きしめられた伊吹の胸の中は温かかった。
榛名の瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
「嬉しい……。私も興津くんのことが、ずっと好きだった」
部屋の外では雪が降り積もっている。でも寄り添い合う2人はぬくもりに包まれていた。
2人は慣れない下手くそなキスを何度も繰り返し、そのまま抱き合いながら、榛名のベッドで共に眠った。
◇
「貧乏で、何も持っていないけど、こんな俺で良ければ付き合って欲しい」
翌朝、律儀にも伊吹から正式に交際の申込があり、榛名はもちろんのごとく「はい、私で良ければ喜んで!」と大きく返事をしたのだった。
この日から、2人はお互いを「はるちゃん」「伊吹くん」と呼び合うようになった。
◇◇
「いつもダボダボのトレーナーやセーターを着ているのは、筋肉がついて、身体が大きくなって着られなくなるのがもったいないから。だから最初からあえてワンサイズ大きいのを買ってるんだ」
「へぇ! そうだったんだ」
伊吹は榛名に、自分のファッション事情を明かした。
榛名はモサモサでダボダボで、笑うと可愛い伊吹を好きだと感じていた。
だが、もしも伊吹の素顔を皆が知ったら、きっとモテすぎて大変な事態になってしまうだろうことを危惧していた。
なぜなら、バイト先でそれに近いことが起こりかけたからだ。
「前髪がちょっと伸びすぎだし、タオルで巻いて上げてみようか」
バイト先である食堂のおかみさんが、前髪が目まで覆いそうになっている伊吹に対して、そう提案をした。
「すみません、髪は自分で切ってるのですが、いつも前髪を上手く切れなくて……つい伸ばし気味になっていました」
伊吹が申し訳なさそうにうなだれると、大人しく頭にタオルを巻かれる準備をした。
だが、タオルを巻くため、伊吹がメガネを外した瞬間、おかみさんは驚きのあまり固まってしまった。
「ちょっ……眩しっ……! 元々よく見るとキレイな顔をしている子だとは思っていたけど、ここまでイケメンだとは思わなかったわ」
おかみさんは、額を出したガテン系でワイルドな感じに、伊吹の頭をタオルで巻いた。
「今日はこのままお店に出てみたらどう?」
おかみさんの提案に嫌な予感がした。
予感は的中し、伊吹は来店した女性たちから声をかけられ、名前や連絡先を聞かれていた。
伊吹は上手くかわしていたが、それでも数日の間は「ものすごいイケメンがいる」と評判になって、食堂に若い女性が押し掛ける事態になった。
それ以降、伊吹がイケメンスタイルで店に出ることはなく、前髪は清潔感のある長さをキープしていたが、元のモサモサスタイルに戻っていた。
噂のイケメンについては「彼はすぐに辞めてしまった」と嘘も方便で事態は収束したのだった。
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