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ep.5 若宮邸へご挨拶。祖父が語るのは……
3.
「それでは私の方から、かいつまんで説明するとしよう」
すると、どうやら柳之介の方から話してくれるようだ。
「伊吹の父親が私たちの息子。息子は非常に優秀で、『ホテルグリーンワカミヤ』を『ホテルロイヤルヴィリジアン』に社名変更することを最初に提案したのも彼だ。彼のおかげで、我がホテルの経営は安定していたと言っても過言ではない」
それが一体なぜ変わってしまったのか。
なぜ伊吹たち親子はホテルとこの邸宅を離れ、静岡で暮らしていたのか。
「私たち夫婦は、息子に良家の子女との縁談を用意していた。だが息子にはすでに愛する女性がおり、縁談は拒否された」
柳之介の話によると、伊吹の母は取引先に勤務していた女性で、よくある一般家庭の娘だった。
「今にして思えば、認めてやれば良かった。だが当時の私たちは息子とその女性の結婚を認めず、それでも結婚したいのならば勘当すると告げた……」
その言葉を受けて、伊吹の父親は愛する女性――伊吹の母親だ――と駆け落ちした。もちろんホテルロイヤルヴィリジアンも辞めた。
2人が伊吹の母の実家のある熱海に身を寄せていたことは、柳之介はその後の調査で把握していた。
だが1度は勘当した身、今さら連れ戻すつもりもなく、それに子供が生まれたらしい息子夫婦の生活を壊す気にはなれなかった。
意地になっていた、というのもある。
息子の死を知らされても、会いに行くことも出来ず、東京で涙を流して悔やんでいた。
残された伊吹たちに援助の手を差し伸べることも考えたが、声をかけるべきか迷っているうちに、時間だけが過ぎて行く。
ホテルの経営に多忙を極めていたのもあり、
「そのため、孫の伊吹への経済的支援が遅くなってしまった」
柳之介はそう語った。
伊吹にコンタクトを取ったのは、彼が大学3年生の時。就職活動が始まる時期を狙った。
初めて会った孫は、柳之介たち祖父母にとって、何より大事で愛しい存在だった。
そして伊吹に「ホテルロイヤルヴィリジアンを継いで欲しい」と頼むと、
「それでは、こちらでバイトをさせて欲しい」
孫からは意外な申し出があった。
まだ大学生で、かつアルバイトの身分である伊吹だったが、仕事内容は経営に関してのことだった。
伊吹はホテルロイヤルヴィリジアンから支給されたノートパソコンとWi-Fiを持って、静岡からリモートワークをしていた。
そうして経営不振を回復させるための策を必死で練っていたのだ。
「伊吹が、君との別れを選んだのには理由がある」
柳之介がそう切り出すと、伊吹の身体がビクッと揺れた。
榛名の方を見ず、何かを堪えているかのように厳しい表情をして一点を見つめていた。
その緊迫感のある様子を見て、何となくだが、伊吹は過去を見つめているのではないか――?
榛名はそんな気がしていた。
「私は伊吹に言った。『君はシビアなビジネスの世界に、政財界に足を踏み入れることになる。その時、彼女の存在は君の『弱み』になる。だから別れて欲しい』」と」
結局のところ、息子の時と同じことをしたのだ――と柳之介は語った。
「もちろん伊吹もそう言い返してきた。だから私は言った。『彼女が君の足を引っ張ると言いたいのではない。意図せぬところで『弱み』にされてしまうのだ』と」
若宮家に並ぶ良家の子女ならば、政財界における身の置き方、身のかわし方が骨の髄まで染み渡っているだろう。
だが榛名は何も知らぬ普通の女の子だ。
「『今の伊吹には、彼女を守れるだけの力はない。だから別れて、ホテルを再興することに専念して欲しい』非情にも私は伊吹に対してそう言った」
「私の不甲斐なさのせいで、伊吹が尻拭いをする羽目になったも同然。せめてもの詫びとして、伊吹の母親の入院治療費と今後の生活費を全額保証することを私は約束した」
伊吹が大学4年生の頃、伊吹の母親は働きすぎて身体を壊してから大分弱っていたが、そこに病巣が発見されて入院していた。
その費用の捻出のために、伊吹はより一層バイトに精を出さざるを得ない状況だった。
ただ、本心を言えば、仮に伊吹に断られたとしても、祖父は入院治療費の援助をするつもりでいた。
可愛い孫と、その孫を生んでくれた女性。この2人の生活を楽にしてあげたいと願っていたからだ。
「だが、結局のところ、伊吹に苦渋の選択をさせてしまったことは事実だ」
柳之介は静かに語り終え、閉じていた目を開くと、ゆっくりと榛名に向き直った。
「榛名さん、本当にすまなかった。私のことは恨んでくれて構わない。だが今、私たちは、伊吹と君が幸せな結婚生活を送ってくれることを心から願っている。君に伊吹と結婚してもらいたいと真実思っている」
祖父の言葉に祖母も頷く。榛名の胸は温かくなった。
――良かった。あの時振られたのは、嫌われたからじゃなかったんだ――
伊吹を見ると、切なげで、悲しげで、少しの気恥ずかしさも感じるような、複雑な表情で榛名を見ていた。
その顔を見ていたら、「言ってくれれば良かったのに」と言うのはやめておこうと思った。
すると、どうやら柳之介の方から話してくれるようだ。
「伊吹の父親が私たちの息子。息子は非常に優秀で、『ホテルグリーンワカミヤ』を『ホテルロイヤルヴィリジアン』に社名変更することを最初に提案したのも彼だ。彼のおかげで、我がホテルの経営は安定していたと言っても過言ではない」
それが一体なぜ変わってしまったのか。
なぜ伊吹たち親子はホテルとこの邸宅を離れ、静岡で暮らしていたのか。
「私たち夫婦は、息子に良家の子女との縁談を用意していた。だが息子にはすでに愛する女性がおり、縁談は拒否された」
柳之介の話によると、伊吹の母は取引先に勤務していた女性で、よくある一般家庭の娘だった。
「今にして思えば、認めてやれば良かった。だが当時の私たちは息子とその女性の結婚を認めず、それでも結婚したいのならば勘当すると告げた……」
その言葉を受けて、伊吹の父親は愛する女性――伊吹の母親だ――と駆け落ちした。もちろんホテルロイヤルヴィリジアンも辞めた。
2人が伊吹の母の実家のある熱海に身を寄せていたことは、柳之介はその後の調査で把握していた。
だが1度は勘当した身、今さら連れ戻すつもりもなく、それに子供が生まれたらしい息子夫婦の生活を壊す気にはなれなかった。
意地になっていた、というのもある。
息子の死を知らされても、会いに行くことも出来ず、東京で涙を流して悔やんでいた。
残された伊吹たちに援助の手を差し伸べることも考えたが、声をかけるべきか迷っているうちに、時間だけが過ぎて行く。
ホテルの経営に多忙を極めていたのもあり、
「そのため、孫の伊吹への経済的支援が遅くなってしまった」
柳之介はそう語った。
伊吹にコンタクトを取ったのは、彼が大学3年生の時。就職活動が始まる時期を狙った。
初めて会った孫は、柳之介たち祖父母にとって、何より大事で愛しい存在だった。
そして伊吹に「ホテルロイヤルヴィリジアンを継いで欲しい」と頼むと、
「それでは、こちらでバイトをさせて欲しい」
孫からは意外な申し出があった。
まだ大学生で、かつアルバイトの身分である伊吹だったが、仕事内容は経営に関してのことだった。
伊吹はホテルロイヤルヴィリジアンから支給されたノートパソコンとWi-Fiを持って、静岡からリモートワークをしていた。
そうして経営不振を回復させるための策を必死で練っていたのだ。
「伊吹が、君との別れを選んだのには理由がある」
柳之介がそう切り出すと、伊吹の身体がビクッと揺れた。
榛名の方を見ず、何かを堪えているかのように厳しい表情をして一点を見つめていた。
その緊迫感のある様子を見て、何となくだが、伊吹は過去を見つめているのではないか――?
榛名はそんな気がしていた。
「私は伊吹に言った。『君はシビアなビジネスの世界に、政財界に足を踏み入れることになる。その時、彼女の存在は君の『弱み』になる。だから別れて欲しい』」と」
結局のところ、息子の時と同じことをしたのだ――と柳之介は語った。
「もちろん伊吹もそう言い返してきた。だから私は言った。『彼女が君の足を引っ張ると言いたいのではない。意図せぬところで『弱み』にされてしまうのだ』と」
若宮家に並ぶ良家の子女ならば、政財界における身の置き方、身のかわし方が骨の髄まで染み渡っているだろう。
だが榛名は何も知らぬ普通の女の子だ。
「『今の伊吹には、彼女を守れるだけの力はない。だから別れて、ホテルを再興することに専念して欲しい』非情にも私は伊吹に対してそう言った」
「私の不甲斐なさのせいで、伊吹が尻拭いをする羽目になったも同然。せめてもの詫びとして、伊吹の母親の入院治療費と今後の生活費を全額保証することを私は約束した」
伊吹が大学4年生の頃、伊吹の母親は働きすぎて身体を壊してから大分弱っていたが、そこに病巣が発見されて入院していた。
その費用の捻出のために、伊吹はより一層バイトに精を出さざるを得ない状況だった。
ただ、本心を言えば、仮に伊吹に断られたとしても、祖父は入院治療費の援助をするつもりでいた。
可愛い孫と、その孫を生んでくれた女性。この2人の生活を楽にしてあげたいと願っていたからだ。
「だが、結局のところ、伊吹に苦渋の選択をさせてしまったことは事実だ」
柳之介は静かに語り終え、閉じていた目を開くと、ゆっくりと榛名に向き直った。
「榛名さん、本当にすまなかった。私のことは恨んでくれて構わない。だが今、私たちは、伊吹と君が幸せな結婚生活を送ってくれることを心から願っている。君に伊吹と結婚してもらいたいと真実思っている」
祖父の言葉に祖母も頷く。榛名の胸は温かくなった。
――良かった。あの時振られたのは、嫌われたからじゃなかったんだ――
伊吹を見ると、切なげで、悲しげで、少しの気恥ずかしさも感じるような、複雑な表情で榛名を見ていた。
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