16 / 49
ep.6 新婚住宅事情。御曹司はほどよく狭い部屋がお好き
2.
「そう言えば、新居はどうするの? 日本橋のお屋敷で暮らすの?」
またしても母からの質問で意識を現在に戻した。
これで2度目である。
「いや、日本橋のお屋敷には住まないよ。新居を探すのだけど、当面は――」
実はまだオフレコなので両親にも話せないが、日本橋の若宮邸は今後ホテルロイヤルヴィリジアンの所有となる。
そして、屋敷の内外を最大限残した形で、老人ホームにリノベーションする予定なのだ。
そこで若宮家の祖父母も暮らすという。
「この屋敷を個人で所有し維持するのは、これからの時代は大変だから」
祖父の若宮柳之介が気を遣ってくれたのだ。
老人ホームの経営もホテルが行う。新規事業の開発にも乗り出したのだ。
実はこれらの立案をしたのは、学生時代の伊吹だという。
そういうわけで、伊吹と榛名は新居を探さないといけないのだが、先日の若宮邸での挨拶の際に尋ねたのだ。
「伊吹くんも、このお屋敷で暮らしているんだよね?」
すると、伊吹は軽やかに首を横に振った。
「いいや、今は住んでいないよ」
伊吹の話によれば、大学4年で引っ越してきた時から、数年は日本橋のお屋敷で暮らしていたそうだ。
「だけど、広い家はスース―して、なんだか落ち着かないんだ」
学生時代の伊吹は、母親は熱海の実家に身を寄せており、自分は六畳一間の狭いアパートで1人暮らしをしていた。
そのためか、あまりに広い空間は落ち着かないのだそうだ。
「祖父母が用意してくれた自分の部屋は残してあるよ」
そう言って、屋敷内にある伊吹の自室を見せてくれた。
綺麗に整えられ、掃除の行き届いた八畳ほどの和室には、本棚と机だけが置かれていた。
机は空っぽで何も残されていないのに対して、本棚の中には本がぎっしりと詰め込まれていた。
「本を取りに、時々は寄るようにしているんだ。祖母が寂しがるからね」
祖父とは職場でしょっちゅう顔を合わせているが、基本お屋敷にいる祖母は、伊吹が帰らない限り、可愛い孫の姿を見ることはできないからだ。
「じゃあ、一体どこに住んでいるのよ?」
シンプルに感じたままの疑問を口にした。
そんな榛名の様子を、伊吹は楽しそうにクスクスと笑いながら、
「では、僕の家に案内するよ」
と言って連れてこられたのは――
◇
「えっ、ここってホテルロイヤルヴィリジアンの……シングルルーム?」
「そうだよ。僕の城へようこそ、プリンセス」
「いや、僕の城って……」
現在の伊吹の家は、ホテルロイヤルヴィリジアン9階にある1室だった。それも普通のシングルルーム。
「通勤がラクで助かっているよ」
「それはそうでしょうよ……」
なんでも、社割と日々蓄積していく宿泊会員のポイント、その他あらゆるポイントを駆使して、格安で連泊しているのだそうだ。
この部屋に住み始めてから、すでに3年が経過しているとのことだ。
デスクの上にはパソコンや文房具、仕事で使用するアイテムがシステム化されたように配置されている。
クローゼットにはスーツとシャツが数着並んでいる。その他の衣類は小型ケースで保管しているようだ。
ベッドのヘッドボードには目覚まし時計と……
(ぬいぐるみ?)
ふと、“それ”が榛名の視界に入った瞬間、伊吹は鮮やかなレシーブを決めて、“それ”をデスクのチェアに掛けてある黒色のトートバッグの中にストンと華麗に納めた。
「えっ、早っ。って、今の何だったわけ?」
あまりに俊敏な伊吹の一連の動きに、すっかり固まっていた榛名が尋ねると、
「なんでもないよ。ただの私物だ」
ふうっと軽快に汗を拭うようなそぶりをした。
ほんの一瞬だったが、“それ”には見覚えがあるような気がした。
大学時代、姉と旅行に行った京都で、伊吹にお土産として買った、猫のぬいぐるみ。
それは目つきの悪い、いわゆる「ブサカワ」系だったが、榛名のツボにはまった。
また、そのぬいぐるみは新選組の浅葱色の羽織を着ていたのだ。
大学生の男子にぬいぐるみをお土産にするのもどうかと思ったが、もはやこれしか思いつかなかった。
だけど、榛名の渡したそれを、伊吹は「一生大事にする!」と本当に大切な宝物のように胸にしまってくれた。
(あの猫のぬいぐるみに似ていたような気がしたけど……)
きっと気のせいだろう。なにせ残像しか見えなかったのだから。
今もまだ、あれを伊吹が持っているとは考えにくい。
そう思って、この件はここまでにした。
そして新居問題である。
「それじゃあ、あなたたちはどこに住むわけ?」
二度あることは三度ある。再び母の問いかけにより、回想から戻ってきた。
「ああ、それだけどね……」
ハアと溜息をついた榛名が、2人の新居について語ると……
「「ええーっ!? 榛名の部屋に、若宮さんが!?」」
「ちょっと、声が大きいってば。いくら個室とは言え、ここは格式高いホテルのレストランなんだから」
榛名がたしなめると、両親はハッと口を押さえて静かになった。
「榛名の部屋って、あの日本橋浜町の1DKマンションよね?」
「そうだよ」
「若宮さんは、本当にそれで宜しいんですか?」
父が心配そうに伊吹に尋ねる。
「もちろんです。当面、新居が決まるまでは、と私が希望しました」
伊吹は満面の笑みを浮かべて答えていた。
――1DKの浜町のマンションは、女性の1人暮らしには十分すぎるほどの広さがある好物件なのだ。
だが、そこに夫婦2人で暮らすとなると話は変わってくる。
住めなくはないが、だいぶ狭く感じてしまうだろう。
ましてや相手は御曹司。しかしながら、相手はどうにもほどよく狭い部屋がお好きなよう。
部屋に招くと伊吹は、「絶対にここで暮らしたい」と頑として譲らなかった。
(一体、何がそこまで彼を駆り立てるのだろうか……?)
あの部屋をそれほどまでに気に入ったというのだろうか。
そういうわけで伊吹との新婚生活は、榛名の部屋に伊吹が引っ越してくるかたちで始まることになった。
またしても母からの質問で意識を現在に戻した。
これで2度目である。
「いや、日本橋のお屋敷には住まないよ。新居を探すのだけど、当面は――」
実はまだオフレコなので両親にも話せないが、日本橋の若宮邸は今後ホテルロイヤルヴィリジアンの所有となる。
そして、屋敷の内外を最大限残した形で、老人ホームにリノベーションする予定なのだ。
そこで若宮家の祖父母も暮らすという。
「この屋敷を個人で所有し維持するのは、これからの時代は大変だから」
祖父の若宮柳之介が気を遣ってくれたのだ。
老人ホームの経営もホテルが行う。新規事業の開発にも乗り出したのだ。
実はこれらの立案をしたのは、学生時代の伊吹だという。
そういうわけで、伊吹と榛名は新居を探さないといけないのだが、先日の若宮邸での挨拶の際に尋ねたのだ。
「伊吹くんも、このお屋敷で暮らしているんだよね?」
すると、伊吹は軽やかに首を横に振った。
「いいや、今は住んでいないよ」
伊吹の話によれば、大学4年で引っ越してきた時から、数年は日本橋のお屋敷で暮らしていたそうだ。
「だけど、広い家はスース―して、なんだか落ち着かないんだ」
学生時代の伊吹は、母親は熱海の実家に身を寄せており、自分は六畳一間の狭いアパートで1人暮らしをしていた。
そのためか、あまりに広い空間は落ち着かないのだそうだ。
「祖父母が用意してくれた自分の部屋は残してあるよ」
そう言って、屋敷内にある伊吹の自室を見せてくれた。
綺麗に整えられ、掃除の行き届いた八畳ほどの和室には、本棚と机だけが置かれていた。
机は空っぽで何も残されていないのに対して、本棚の中には本がぎっしりと詰め込まれていた。
「本を取りに、時々は寄るようにしているんだ。祖母が寂しがるからね」
祖父とは職場でしょっちゅう顔を合わせているが、基本お屋敷にいる祖母は、伊吹が帰らない限り、可愛い孫の姿を見ることはできないからだ。
「じゃあ、一体どこに住んでいるのよ?」
シンプルに感じたままの疑問を口にした。
そんな榛名の様子を、伊吹は楽しそうにクスクスと笑いながら、
「では、僕の家に案内するよ」
と言って連れてこられたのは――
◇
「えっ、ここってホテルロイヤルヴィリジアンの……シングルルーム?」
「そうだよ。僕の城へようこそ、プリンセス」
「いや、僕の城って……」
現在の伊吹の家は、ホテルロイヤルヴィリジアン9階にある1室だった。それも普通のシングルルーム。
「通勤がラクで助かっているよ」
「それはそうでしょうよ……」
なんでも、社割と日々蓄積していく宿泊会員のポイント、その他あらゆるポイントを駆使して、格安で連泊しているのだそうだ。
この部屋に住み始めてから、すでに3年が経過しているとのことだ。
デスクの上にはパソコンや文房具、仕事で使用するアイテムがシステム化されたように配置されている。
クローゼットにはスーツとシャツが数着並んでいる。その他の衣類は小型ケースで保管しているようだ。
ベッドのヘッドボードには目覚まし時計と……
(ぬいぐるみ?)
ふと、“それ”が榛名の視界に入った瞬間、伊吹は鮮やかなレシーブを決めて、“それ”をデスクのチェアに掛けてある黒色のトートバッグの中にストンと華麗に納めた。
「えっ、早っ。って、今の何だったわけ?」
あまりに俊敏な伊吹の一連の動きに、すっかり固まっていた榛名が尋ねると、
「なんでもないよ。ただの私物だ」
ふうっと軽快に汗を拭うようなそぶりをした。
ほんの一瞬だったが、“それ”には見覚えがあるような気がした。
大学時代、姉と旅行に行った京都で、伊吹にお土産として買った、猫のぬいぐるみ。
それは目つきの悪い、いわゆる「ブサカワ」系だったが、榛名のツボにはまった。
また、そのぬいぐるみは新選組の浅葱色の羽織を着ていたのだ。
大学生の男子にぬいぐるみをお土産にするのもどうかと思ったが、もはやこれしか思いつかなかった。
だけど、榛名の渡したそれを、伊吹は「一生大事にする!」と本当に大切な宝物のように胸にしまってくれた。
(あの猫のぬいぐるみに似ていたような気がしたけど……)
きっと気のせいだろう。なにせ残像しか見えなかったのだから。
今もまだ、あれを伊吹が持っているとは考えにくい。
そう思って、この件はここまでにした。
そして新居問題である。
「それじゃあ、あなたたちはどこに住むわけ?」
二度あることは三度ある。再び母の問いかけにより、回想から戻ってきた。
「ああ、それだけどね……」
ハアと溜息をついた榛名が、2人の新居について語ると……
「「ええーっ!? 榛名の部屋に、若宮さんが!?」」
「ちょっと、声が大きいってば。いくら個室とは言え、ここは格式高いホテルのレストランなんだから」
榛名がたしなめると、両親はハッと口を押さえて静かになった。
「榛名の部屋って、あの日本橋浜町の1DKマンションよね?」
「そうだよ」
「若宮さんは、本当にそれで宜しいんですか?」
父が心配そうに伊吹に尋ねる。
「もちろんです。当面、新居が決まるまでは、と私が希望しました」
伊吹は満面の笑みを浮かべて答えていた。
――1DKの浜町のマンションは、女性の1人暮らしには十分すぎるほどの広さがある好物件なのだ。
だが、そこに夫婦2人で暮らすとなると話は変わってくる。
住めなくはないが、だいぶ狭く感じてしまうだろう。
ましてや相手は御曹司。しかしながら、相手はどうにもほどよく狭い部屋がお好きなよう。
部屋に招くと伊吹は、「絶対にここで暮らしたい」と頑として譲らなかった。
(一体、何がそこまで彼を駆り立てるのだろうか……?)
あの部屋をそれほどまでに気に入ったというのだろうか。
そういうわけで伊吹との新婚生活は、榛名の部屋に伊吹が引っ越してくるかたちで始まることになった。
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する
猫とろ
恋愛
あらすじ
青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。
しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。
次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。
そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。
その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。
しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。
お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?
社長×秘書×お仕事も頑張る✨
溺愛じれじれ物語りです!
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
恋は秘密のその先に
葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長
仕方なく穴埋めを命じられ
副社長の秘書につくことになった
入社3年目の人事部のOL
やがて互いの秘密を知り
ますます相手と距離を置く
果たして秘密の真相は?
互いのピンチを救えるのか?
そして行き着く二人の関係は…?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。