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ep.9 5年前のこと Side伊吹
2.
学生の身分ながら、後継者になるための学びという名目で経営会議にも参加した。その際は出張手当が出た。
この時、伊吹の頭にあったのはただ1つ。
「ホテルロイヤルヴィリジアンに就職できれば、はるちゃんと母親に苦労をかけない」
それだけだった。
そのためだけに、伊吹は昼夜問わず経営企画の仕事に没頭した。
だが、ここで1つ大きな問題が立ちふさがる。
祖父から聞かされてはいたが、ホテルの経営状態は、伊吹の想像以上に危機的状況だった。
そこで伊吹は岐路に立たされた。
わざわざ沈む船に同乗する必要はないのだ。
ホテルのことも祖父母のことも忘れて、これまで通り無関係で生きて行くことはできる。
若宮家には代々の資産があるので、ホテルが潰れても祖父母が路頭に迷うことはない。
母の治療費を祖父母はきっと貸してくれるだろう。初任給から1年ほどかけてきちんと返済すれば問題はない。
東京での生活は、数か月分の給料が入れば可能だが、現在の蓄えでは相当の無理をしないと厳しい。
だから今住んでいる静岡市で手堅く就職先を見つけて貯蓄するのが良い。
逃げ時を見誤ってはならない。戦国時代の武将にだって、戦局を見て立ち位置をコロコロ変えた傑物は存在する。
(だけど……)
祖父母に会って顔を見てしまった以上、伊吹の中にも2人への情がある。
ホテルの後継者云々抜きに、2人が孫の伊吹を大事に思ってくれていることは伝わってきた。
(2人を切り捨てることはできない。それに、保身のために祖父母を切り捨てた俺を、はるちゃんはどう思うだろうか)
学生の自分にどこまでできるかわからない。だが伊吹はホテルロイヤルヴィリジアン再興のために尽力することを決めた。
だが、祖父・若宮柳之介から思いもよらぬ残酷な処置を告げられる。
「君には仲の良い女の子がいるみたいだね。その子との関係を断って欲しい」
「……! 何をそんな簡単に……っ! 俺にも父親の時みたいに名家の令嬢との縁談を押し進めるつもりですか!」
(なんなんだ、このクソジジイ! 誰のために決心したと思っているんだ。ふざけんな!)
正直、内心で罵詈雑言を吐いた。
「君は頑固者だった息子の血を引いている。縁談については、どうせ聞き入れやしないだろう。ゆえに、今後起こりうる懸念をはっきり伝えるとしよう。今後、君はホテル再興のため、シビアなビジネスの世界に身を置くことになる。そこでは若さも甘えも通用しない。そして彼女の存在は君の『弱み』になる」
「それは、彼女が庶民だからだと言いたいのですか?」
「平たく言えば、そういうことだ。若宮家に並ぶ良家の娘ならば、政財界における身の置き方、身のかわし方が骨の髄まで染み込んでいる。だが彼女は何も知らぬ普通の女の子だ。彼女が悪いのではない。彼女が足を引っ張ると言いたいのではない。意図せぬところで『弱み』にされてしまうのだ。そして今の君には彼女を守れるだけの力はない」
「……」
「可哀想だが、伊吹にはホテルを再興することに集中して欲しい。私たちの尻拭いをさせてしまっている自覚はある。だから、せめてものお詫びとして、君の母上の入院治療費と今後の生活費はこちらが全額保証する。差し上げたものだから返済する必要はない」
(はるちゃんが俺の『弱み』にされてしまう……? それが彼女を傷つけてしまう……?)
鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。だが、祖父の言葉にまだ実感がわかなかった。
(そんな……大袈裟な……)
祖父が若かった時代の因習のようなことを言っているのだろう。そう思いたかった。
この時、伊吹の頭にあったのはただ1つ。
「ホテルロイヤルヴィリジアンに就職できれば、はるちゃんと母親に苦労をかけない」
それだけだった。
そのためだけに、伊吹は昼夜問わず経営企画の仕事に没頭した。
だが、ここで1つ大きな問題が立ちふさがる。
祖父から聞かされてはいたが、ホテルの経営状態は、伊吹の想像以上に危機的状況だった。
そこで伊吹は岐路に立たされた。
わざわざ沈む船に同乗する必要はないのだ。
ホテルのことも祖父母のことも忘れて、これまで通り無関係で生きて行くことはできる。
若宮家には代々の資産があるので、ホテルが潰れても祖父母が路頭に迷うことはない。
母の治療費を祖父母はきっと貸してくれるだろう。初任給から1年ほどかけてきちんと返済すれば問題はない。
東京での生活は、数か月分の給料が入れば可能だが、現在の蓄えでは相当の無理をしないと厳しい。
だから今住んでいる静岡市で手堅く就職先を見つけて貯蓄するのが良い。
逃げ時を見誤ってはならない。戦国時代の武将にだって、戦局を見て立ち位置をコロコロ変えた傑物は存在する。
(だけど……)
祖父母に会って顔を見てしまった以上、伊吹の中にも2人への情がある。
ホテルの後継者云々抜きに、2人が孫の伊吹を大事に思ってくれていることは伝わってきた。
(2人を切り捨てることはできない。それに、保身のために祖父母を切り捨てた俺を、はるちゃんはどう思うだろうか)
学生の自分にどこまでできるかわからない。だが伊吹はホテルロイヤルヴィリジアン再興のために尽力することを決めた。
だが、祖父・若宮柳之介から思いもよらぬ残酷な処置を告げられる。
「君には仲の良い女の子がいるみたいだね。その子との関係を断って欲しい」
「……! 何をそんな簡単に……っ! 俺にも父親の時みたいに名家の令嬢との縁談を押し進めるつもりですか!」
(なんなんだ、このクソジジイ! 誰のために決心したと思っているんだ。ふざけんな!)
正直、内心で罵詈雑言を吐いた。
「君は頑固者だった息子の血を引いている。縁談については、どうせ聞き入れやしないだろう。ゆえに、今後起こりうる懸念をはっきり伝えるとしよう。今後、君はホテル再興のため、シビアなビジネスの世界に身を置くことになる。そこでは若さも甘えも通用しない。そして彼女の存在は君の『弱み』になる」
「それは、彼女が庶民だからだと言いたいのですか?」
「平たく言えば、そういうことだ。若宮家に並ぶ良家の娘ならば、政財界における身の置き方、身のかわし方が骨の髄まで染み込んでいる。だが彼女は何も知らぬ普通の女の子だ。彼女が悪いのではない。彼女が足を引っ張ると言いたいのではない。意図せぬところで『弱み』にされてしまうのだ。そして今の君には彼女を守れるだけの力はない」
「……」
「可哀想だが、伊吹にはホテルを再興することに集中して欲しい。私たちの尻拭いをさせてしまっている自覚はある。だから、せめてものお詫びとして、君の母上の入院治療費と今後の生活費はこちらが全額保証する。差し上げたものだから返済する必要はない」
(はるちゃんが俺の『弱み』にされてしまう……? それが彼女を傷つけてしまう……?)
鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。だが、祖父の言葉にまだ実感がわかなかった。
(そんな……大袈裟な……)
祖父が若かった時代の因習のようなことを言っているのだろう。そう思いたかった。
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