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ep.10 新年のご挨拶、隣家のお嬢様との関係は……!?
2.
若宮家とほぼ同じ造りの絢爛な広い座敷では、上質な木材で作られたであろう年代物の長い座卓を挟んだかたちで、宝生寺家と若宮家、東城家が新年の挨拶を交わした。
東城家の岬の両親と祖父母もすでに訪れていた。
新参者の榛名は緊張でカチコチになりながら、『若宮家の伊吹の嫁』として紹介された。
和やかな新年の席が続くさなかだった。
「同じ年頃の女性同士、2人きりでお話いたしませんか? はるちゃん様」
宝生寺鞠花が微笑みながら榛名に話しかけてきた。
(ひぇっ、麗しのお嬢様と2人きりで会話って、何を話せば良いの!? ……でも、はるちゃん様って……?)
そして、隣のいたはずの伊吹はと言うと……祖父を始めとするご老人方の話に、完全に捕まっている。
「多分、解説役が必要なはずですから、私もついて行きますよ」
そこに名乗り出たのは、伊吹の秘書・東城だった。
「あら、東城もついてきますの? まあよろしいですわ。この男は『影』のような存在ですから。少々存在感が強すぎますけれど」
聞けば、鞠花と東城は同い年の幼馴染同士だということだった。
鞠花と榛名、そして東城がいるのは、先程までいた大座敷からも近い小座敷だった。
障子の襖を開いたガラス戸からは、宝生寺家の庭園が見える。
小座敷の廊下側の襖を閉めると、鞠花は畳の上で美しい正座をし、手をついて頭を下げ――
「はるちゃん様! その節は大変申し訳ございませんでしたわ!」
「…………えぇっ!?」
その所作すらも見惚れてしまうほど美しいのだが、なぜ自分が頭を下げられるのか、榛名には皆目見当もつかない。
だが……
(まさか、過去にこの人と伊吹くんの間に何かあったんじゃ……!?)
榛名は青ざめた。
突然引っ越してきた超絶イケメンの御曹司と隣家の大和撫子お嬢様。
まさに絵に描いたような2人。
伊吹は肉体関係こそ、榛名と別れてからは「ゼロ」だと言っていたけれど、プラトニックな恋愛関係はどうだったのか。
(このお嬢様とお付き合いしていた期間があった……とか……)
だとしたら、自分は一体どうすれば良いのだろうか。
それになぜ、伊吹はこのお嬢様を袖にしてまで榛名との結婚を選んだのだろうか。
(いや、そもそも、これほどの名家のお嬢様とお付き合いしたら、『振る』とか『別れる』の概念はないだろう。『添い遂げる』一択だろうが!)
もはや切腹ものである。
榛名の頭の中で、再会してからの伊吹とのなんだかんだで幸せな生活が、音を立てて崩れ落ちていくようだった……。
「冒頭から解説役が必要になるとは……想定はしていましたが。榛名さん、今考えているようなことは起こっていませんから、ご安心ください」
そこで助け船を出してきたのは東城だった。
「初手から完全に順序を間違えて、突然謝罪を始めた鞠花の悪手です」
それが誤解の元だと東城が指摘すると、
「わたくしとしたことが、ことを急ぐあまり……いえ、急ぐ時こそ落ち着かねばなりませんわね」
鞠花は凛と姿勢を正し、榛名に向き直った。
榛名と東城も、座って鞠花の話を聞くことになった。
「わたくしは若輩者ながらも、伊吹さんの礼儀作法の師を仰せつかっておりました。ですが、わたくしの指導が至らなかったために、あろうことか弟子である伊吹さんは己の実力に疑いをお持ちになられてしまいました」
つまり、鞠花からは弟子の伊吹は完璧に見えたが、伊吹本人は己の無力さを痛感していたということだった。
結果として、伊吹は榛名との別れを選ぶこととなった。
「わたくしは責任の一端を感じておりました。ですが、お2人の間でわたくしが責任を感じることすら、お呼びでないことは重々理解しております」
「わたくしは、師として未熟であった自らの精神を、ただ悔いて謝りたいだけでしたのかもしれません」
はらはらと、零れ落ちる涙も美しかった。まさに平安時代のお姫様のようだ。
伊吹に礼儀作法の師という存在がいたことには驚いたが、たしかに再会してからの伊吹の洗練された優雅な振る舞いも、細やかな気遣いのエスコートも、師がついていたと言われれば納得のいくものだった。
(昔の西洋貴族の家庭教師みたいな感じかしら? そして社交界に行くのよね……)
榛名の頭の中では、王子様姿の伊吹がダンスを踊っているシーンが浮かんできた。
(うん。現実もそう変わらないところが凄いわ……)
しみじみと妄想にふけるのであった。
そして、それは一朝一夕では成し得ない、日頃の鍛錬の賜物だと。
鞠花の的確な指導があったからこそなのだと、榛名にもわかった。
「あの、恐れながら……」
榛名は挙手をして、長いまつ毛に朝露のような涙を乗せた鞠花に声をかけた。
「仕事でも、上司の評価と部下の自己評価が食い違うことはあります。上司は評価しているのに、部下は『自分なんて、まだまだだ』と自己評価が低い場合もありますし、その逆もあります」
つまり、榛名が言いたいのは――
「私なんぞが偉そうに言えることではありません。ですが、今の伊吹くんを見ていればわかります。鞠花さんのご指導がどれだけ素晴らしかったのか……!」
「はるちゃんさん……」
「だって、私が伊吹くんと並んでいると、王子様とゴリラが並んでいるようなものですもん。あっ、でもそれはゴリラに対して失礼ですよね。ゴリラにはゴリラの中での優雅な振る舞いというのがあるのかもしれませんし……」
榛名は話しながら、だんだん混乱してきた。
「ふふっ、はるちゃんさんは面白い方ですわ」
鞠花は春の花々のように可憐に笑い、穏やかな表情で榛名を見つめた。
東城家の岬の両親と祖父母もすでに訪れていた。
新参者の榛名は緊張でカチコチになりながら、『若宮家の伊吹の嫁』として紹介された。
和やかな新年の席が続くさなかだった。
「同じ年頃の女性同士、2人きりでお話いたしませんか? はるちゃん様」
宝生寺鞠花が微笑みながら榛名に話しかけてきた。
(ひぇっ、麗しのお嬢様と2人きりで会話って、何を話せば良いの!? ……でも、はるちゃん様って……?)
そして、隣のいたはずの伊吹はと言うと……祖父を始めとするご老人方の話に、完全に捕まっている。
「多分、解説役が必要なはずですから、私もついて行きますよ」
そこに名乗り出たのは、伊吹の秘書・東城だった。
「あら、東城もついてきますの? まあよろしいですわ。この男は『影』のような存在ですから。少々存在感が強すぎますけれど」
聞けば、鞠花と東城は同い年の幼馴染同士だということだった。
鞠花と榛名、そして東城がいるのは、先程までいた大座敷からも近い小座敷だった。
障子の襖を開いたガラス戸からは、宝生寺家の庭園が見える。
小座敷の廊下側の襖を閉めると、鞠花は畳の上で美しい正座をし、手をついて頭を下げ――
「はるちゃん様! その節は大変申し訳ございませんでしたわ!」
「…………えぇっ!?」
その所作すらも見惚れてしまうほど美しいのだが、なぜ自分が頭を下げられるのか、榛名には皆目見当もつかない。
だが……
(まさか、過去にこの人と伊吹くんの間に何かあったんじゃ……!?)
榛名は青ざめた。
突然引っ越してきた超絶イケメンの御曹司と隣家の大和撫子お嬢様。
まさに絵に描いたような2人。
伊吹は肉体関係こそ、榛名と別れてからは「ゼロ」だと言っていたけれど、プラトニックな恋愛関係はどうだったのか。
(このお嬢様とお付き合いしていた期間があった……とか……)
だとしたら、自分は一体どうすれば良いのだろうか。
それになぜ、伊吹はこのお嬢様を袖にしてまで榛名との結婚を選んだのだろうか。
(いや、そもそも、これほどの名家のお嬢様とお付き合いしたら、『振る』とか『別れる』の概念はないだろう。『添い遂げる』一択だろうが!)
もはや切腹ものである。
榛名の頭の中で、再会してからの伊吹とのなんだかんだで幸せな生活が、音を立てて崩れ落ちていくようだった……。
「冒頭から解説役が必要になるとは……想定はしていましたが。榛名さん、今考えているようなことは起こっていませんから、ご安心ください」
そこで助け船を出してきたのは東城だった。
「初手から完全に順序を間違えて、突然謝罪を始めた鞠花の悪手です」
それが誤解の元だと東城が指摘すると、
「わたくしとしたことが、ことを急ぐあまり……いえ、急ぐ時こそ落ち着かねばなりませんわね」
鞠花は凛と姿勢を正し、榛名に向き直った。
榛名と東城も、座って鞠花の話を聞くことになった。
「わたくしは若輩者ながらも、伊吹さんの礼儀作法の師を仰せつかっておりました。ですが、わたくしの指導が至らなかったために、あろうことか弟子である伊吹さんは己の実力に疑いをお持ちになられてしまいました」
つまり、鞠花からは弟子の伊吹は完璧に見えたが、伊吹本人は己の無力さを痛感していたということだった。
結果として、伊吹は榛名との別れを選ぶこととなった。
「わたくしは責任の一端を感じておりました。ですが、お2人の間でわたくしが責任を感じることすら、お呼びでないことは重々理解しております」
「わたくしは、師として未熟であった自らの精神を、ただ悔いて謝りたいだけでしたのかもしれません」
はらはらと、零れ落ちる涙も美しかった。まさに平安時代のお姫様のようだ。
伊吹に礼儀作法の師という存在がいたことには驚いたが、たしかに再会してからの伊吹の洗練された優雅な振る舞いも、細やかな気遣いのエスコートも、師がついていたと言われれば納得のいくものだった。
(昔の西洋貴族の家庭教師みたいな感じかしら? そして社交界に行くのよね……)
榛名の頭の中では、王子様姿の伊吹がダンスを踊っているシーンが浮かんできた。
(うん。現実もそう変わらないところが凄いわ……)
しみじみと妄想にふけるのであった。
そして、それは一朝一夕では成し得ない、日頃の鍛錬の賜物だと。
鞠花の的確な指導があったからこそなのだと、榛名にもわかった。
「あの、恐れながら……」
榛名は挙手をして、長いまつ毛に朝露のような涙を乗せた鞠花に声をかけた。
「仕事でも、上司の評価と部下の自己評価が食い違うことはあります。上司は評価しているのに、部下は『自分なんて、まだまだだ』と自己評価が低い場合もありますし、その逆もあります」
つまり、榛名が言いたいのは――
「私なんぞが偉そうに言えることではありません。ですが、今の伊吹くんを見ていればわかります。鞠花さんのご指導がどれだけ素晴らしかったのか……!」
「はるちゃんさん……」
「だって、私が伊吹くんと並んでいると、王子様とゴリラが並んでいるようなものですもん。あっ、でもそれはゴリラに対して失礼ですよね。ゴリラにはゴリラの中での優雅な振る舞いというのがあるのかもしれませんし……」
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