33 / 49
ep.12 伊吹くんの実家(熱海)に行ってきます!
1.
1月2日、榛名と伊吹は東京駅から新幹線に乗った。目指すは熱海だ。
「新幹線に乗るのは、去年の10月ぶりだなぁ」
E&Eトラベル大阪支社への出張があったのだ。その前は8月に静岡市の実家に帰省する時だ。
「伊吹くんは?」
「俺は、最近の出張は飛行機が多かったから、新幹線は久しぶりだな」
12月はなかったが、10月は札幌に、11月は福岡にそれぞれ出張に行っていたそうだ。
ところで……
(今回は帰省とは言え、考えてみたら、伊吹くんと旅行するの初めてだわ)
一緒に新幹線に乗り、並んで座って、初めてその事実に気がついた。
伊吹は熱海市、榛名は静岡市の出身で、ともに同じ県で地元のようなものだけど。
大学生の頃は一緒に日帰り旅行もしたことがなかった。だけど当時も今も、それに不満を感じたことはなかった。
生活を維持するために苦労していた伊吹に、余計なお金を使わせたくなかったから。
アパートで共に過ごしたり、近くを散歩したり、図書館に行ったり……それで充分幸せだった。
(そうかぁ……伊吹くんとの初旅行。新婚旅行はまた別で行こうと言っていたけれど、これはこれでまた……)
感慨深い幸せ気分に浸っていると、そっと手を握られる。もちろん隣の伊吹からである。
指先が長くて、手のひらが大きく、少し骨ばったゴツゴツした伊吹の手は、所作の美しさも相まって、それはそれは色気がある。
伊吹が手先を動かして何か作業している様は、いつまでも眺めてしまいそうになるほどだった。
大きな手はいつもひんやりしている。だけど、こうして手を繋いでいると温かく感じる。
「はるちゃん、一緒に旅行するのは初めてだね」
艶のある声に誘われるように横を振り向けば、伊吹はその端正なマスクに、これ以上ないほどの慈愛を浮かべた甘い笑みを浮かべている。
それはもうズキューンと心を打ちぬかれそうな破壊力がある。
(だ、誰にも見られておらんだろうな!?)
老若男女問わず魅了させてしまう。卒倒して失神するレベルだ。
思わず周囲をキョロキョロ警戒していると、伊吹から「お手洗いなら、向こうにあるよ」と親切に教えてもらう始末だった。
しかし、窓側に座る榛名に向けられた微笑みだったので、おそらく誰にも見られてはいないはず。
榛名はホッとして、ようやくひと心地ついた。
しっかりと繋いだ手から、伊吹の想いが伝わってくるようだ。
「そうだよね。なにげに初旅行だね」
そう言って榛名も微笑みかけると、
「実は、旅行自体が初めてかもしれない」
なんと衝撃の事実が告げられた。
たしかに、小学生からは父親が亡くなってそれどころではなかっただろう。
だが、幼少期にも両親と旅行に行った記憶はないという。
そして若宮家の祖父母の養子になって、経済的には豊かになった後も旅に出たことはなかった。
「出張なら、星の数ほど行っていたんだけどね」
伊吹は苦笑いをした後、懐かしむような表情で前を向く。
「行くなら、はるちゃんと。そう決めていたんだ」
静かに、はっきりとそう呟いた。
「伊吹くん……」
思わず抱きつきそうになるのを堪えた。目元がジワワ~と熱くなっていく。
「考えてみたら、じいさん達を旅に連れて行ったこともなかったな」
「あ……」
(おじいさんとおばあさんは、孫と旅行に行きたいと思っていたかもしれない……)
祖父母はきっと、自分たちを戒めるためにも、甘えるようなことは言わなかったのだろう。
「ま、そもそも、そんな時間も取れなかったんだけどね」
伊吹はカラッとした口調で言う。
「祖父母が元気なうちに、温泉旅行にでも連れて行くよ」
伊吹はこの場の雰囲気を払拭するように明るく笑うと、
「でも、その時は俺と東城さんで連れて行くから、はるちゃんはのんびり休んでいて」
榛名の立場を気遣う提案をしてくれた。正直ありがたい。
(だけど、東城さん。地味に巻き込まれているな……)
きっと今頃、盛大なくしゃみをして、寒気を感じていることだろう。
◇
熱海駅で在来線に乗り換えて1駅の街。そこに伊吹の母――興津菜七子は暮らしている。
海を臨むレトロな街並み、ノスタルジーを感じさせる景色の一角に伊吹の実家はあった。
「初めまして、榛名ちゃん。来てくれて嬉しいわ。伊吹の母、興津菜七子です」
榛名は伊吹の母親に会うのは初めてだった。
伊吹の母・菜七子は、まるで伊吹を女性にしたらどれほど美しいだろうか、というのを具現化したような美人だった。
今はあまり化粧っ気のない質素な装いをしているが、それでも近寄りがたいほどの美しさは隠せない。
正直言って、
(お父さんが亡くなられた後、妙なことを言って付け込もうとしてくるオッサン達が後を絶たなかったのではないか……)
ドラマや映画の見すぎかもしれないが、そう心配にならざるをえなかった。
「新幹線に乗るのは、去年の10月ぶりだなぁ」
E&Eトラベル大阪支社への出張があったのだ。その前は8月に静岡市の実家に帰省する時だ。
「伊吹くんは?」
「俺は、最近の出張は飛行機が多かったから、新幹線は久しぶりだな」
12月はなかったが、10月は札幌に、11月は福岡にそれぞれ出張に行っていたそうだ。
ところで……
(今回は帰省とは言え、考えてみたら、伊吹くんと旅行するの初めてだわ)
一緒に新幹線に乗り、並んで座って、初めてその事実に気がついた。
伊吹は熱海市、榛名は静岡市の出身で、ともに同じ県で地元のようなものだけど。
大学生の頃は一緒に日帰り旅行もしたことがなかった。だけど当時も今も、それに不満を感じたことはなかった。
生活を維持するために苦労していた伊吹に、余計なお金を使わせたくなかったから。
アパートで共に過ごしたり、近くを散歩したり、図書館に行ったり……それで充分幸せだった。
(そうかぁ……伊吹くんとの初旅行。新婚旅行はまた別で行こうと言っていたけれど、これはこれでまた……)
感慨深い幸せ気分に浸っていると、そっと手を握られる。もちろん隣の伊吹からである。
指先が長くて、手のひらが大きく、少し骨ばったゴツゴツした伊吹の手は、所作の美しさも相まって、それはそれは色気がある。
伊吹が手先を動かして何か作業している様は、いつまでも眺めてしまいそうになるほどだった。
大きな手はいつもひんやりしている。だけど、こうして手を繋いでいると温かく感じる。
「はるちゃん、一緒に旅行するのは初めてだね」
艶のある声に誘われるように横を振り向けば、伊吹はその端正なマスクに、これ以上ないほどの慈愛を浮かべた甘い笑みを浮かべている。
それはもうズキューンと心を打ちぬかれそうな破壊力がある。
(だ、誰にも見られておらんだろうな!?)
老若男女問わず魅了させてしまう。卒倒して失神するレベルだ。
思わず周囲をキョロキョロ警戒していると、伊吹から「お手洗いなら、向こうにあるよ」と親切に教えてもらう始末だった。
しかし、窓側に座る榛名に向けられた微笑みだったので、おそらく誰にも見られてはいないはず。
榛名はホッとして、ようやくひと心地ついた。
しっかりと繋いだ手から、伊吹の想いが伝わってくるようだ。
「そうだよね。なにげに初旅行だね」
そう言って榛名も微笑みかけると、
「実は、旅行自体が初めてかもしれない」
なんと衝撃の事実が告げられた。
たしかに、小学生からは父親が亡くなってそれどころではなかっただろう。
だが、幼少期にも両親と旅行に行った記憶はないという。
そして若宮家の祖父母の養子になって、経済的には豊かになった後も旅に出たことはなかった。
「出張なら、星の数ほど行っていたんだけどね」
伊吹は苦笑いをした後、懐かしむような表情で前を向く。
「行くなら、はるちゃんと。そう決めていたんだ」
静かに、はっきりとそう呟いた。
「伊吹くん……」
思わず抱きつきそうになるのを堪えた。目元がジワワ~と熱くなっていく。
「考えてみたら、じいさん達を旅に連れて行ったこともなかったな」
「あ……」
(おじいさんとおばあさんは、孫と旅行に行きたいと思っていたかもしれない……)
祖父母はきっと、自分たちを戒めるためにも、甘えるようなことは言わなかったのだろう。
「ま、そもそも、そんな時間も取れなかったんだけどね」
伊吹はカラッとした口調で言う。
「祖父母が元気なうちに、温泉旅行にでも連れて行くよ」
伊吹はこの場の雰囲気を払拭するように明るく笑うと、
「でも、その時は俺と東城さんで連れて行くから、はるちゃんはのんびり休んでいて」
榛名の立場を気遣う提案をしてくれた。正直ありがたい。
(だけど、東城さん。地味に巻き込まれているな……)
きっと今頃、盛大なくしゃみをして、寒気を感じていることだろう。
◇
熱海駅で在来線に乗り換えて1駅の街。そこに伊吹の母――興津菜七子は暮らしている。
海を臨むレトロな街並み、ノスタルジーを感じさせる景色の一角に伊吹の実家はあった。
「初めまして、榛名ちゃん。来てくれて嬉しいわ。伊吹の母、興津菜七子です」
榛名は伊吹の母親に会うのは初めてだった。
伊吹の母・菜七子は、まるで伊吹を女性にしたらどれほど美しいだろうか、というのを具現化したような美人だった。
今はあまり化粧っ気のない質素な装いをしているが、それでも近寄りがたいほどの美しさは隠せない。
正直言って、
(お父さんが亡くなられた後、妙なことを言って付け込もうとしてくるオッサン達が後を絶たなかったのではないか……)
ドラマや映画の見すぎかもしれないが、そう心配にならざるをえなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する
猫とろ
恋愛
あらすじ
青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。
しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。
次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。
そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。
その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。
しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。
お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?
社長×秘書×お仕事も頑張る✨
溺愛じれじれ物語りです!
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
恋は秘密のその先に
葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長
仕方なく穴埋めを命じられ
副社長の秘書につくことになった
入社3年目の人事部のOL
やがて互いの秘密を知り
ますます相手と距離を置く
果たして秘密の真相は?
互いのピンチを救えるのか?
そして行き着く二人の関係は…?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。