下剋上御曹司の純愛~再会した契約妻への積年の愛と執着が重すぎる~

織山ひなた

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ep.12 伊吹くんの実家(熱海)に行ってきます!

1.

1月2日、榛名と伊吹は東京駅から新幹線に乗った。目指すは熱海だ。

「新幹線に乗るのは、去年の10月ぶりだなぁ」
E&Eトラベル大阪支社への出張があったのだ。その前は8月に静岡市の実家に帰省する時だ。

「伊吹くんは?」
「俺は、最近の出張は飛行機が多かったから、新幹線は久しぶりだな」

12月はなかったが、10月は札幌に、11月は福岡にそれぞれ出張に行っていたそうだ。

ところで……

(今回は帰省とは言え、考えてみたら、伊吹くんと旅行するの初めてだわ)

一緒に新幹線に乗り、並んで座って、初めてその事実に気がついた。
伊吹は熱海市、榛名は静岡市の出身で、ともに同じ県で地元のようなものだけど。

大学生の頃は一緒に日帰り旅行もしたことがなかった。だけど当時も今も、それに不満を感じたことはなかった。

生活を維持するために苦労していた伊吹に、余計なお金を使わせたくなかったから。
アパートで共に過ごしたり、近くを散歩したり、図書館に行ったり……それで充分幸せだった。

(そうかぁ……伊吹くんとの初旅行。新婚旅行はまた別で行こうと言っていたけれど、これはこれでまた……)

感慨深い幸せ気分に浸っていると、そっと手を握られる。もちろん隣の伊吹からである。

指先が長くて、手のひらが大きく、少し骨ばったゴツゴツした伊吹の手は、所作の美しさも相まって、それはそれは色気がある。

伊吹が手先を動かして何か作業している様は、いつまでも眺めてしまいそうになるほどだった。

大きな手はいつもひんやりしている。だけど、こうして手を繋いでいると温かく感じる。


「はるちゃん、一緒に旅行するのは初めてだね」

艶のある声に誘われるように横を振り向けば、伊吹はその端正なマスクに、これ以上ないほどの慈愛を浮かべた甘い笑みを浮かべている。
それはもうズキューンと心を打ちぬかれそうな破壊力がある。

(だ、誰にも見られておらんだろうな!?)

老若男女問わず魅了させてしまう。卒倒して失神するレベルだ。
思わず周囲をキョロキョロ警戒していると、伊吹から「お手洗いなら、向こうにあるよ」と親切に教えてもらう始末だった。

しかし、窓側に座る榛名に向けられた微笑みだったので、おそらく誰にも見られてはいないはず。
榛名はホッとして、ようやくひと心地ついた。

しっかりと繋いだ手から、伊吹の想いが伝わってくるようだ。

「そうだよね。なにげに初旅行だね」
そう言って榛名も微笑みかけると、
「実は、旅行自体が初めてかもしれない」
なんと衝撃の事実が告げられた。

たしかに、小学生からは父親が亡くなってそれどころではなかっただろう。
だが、幼少期にも両親と旅行に行った記憶はないという。

そして若宮家の祖父母の養子になって、経済的には豊かになった後も旅に出たことはなかった。

「出張なら、星の数ほど行っていたんだけどね」
伊吹は苦笑いをした後、懐かしむような表情で前を向く。

「行くなら、はるちゃんと。そう決めていたんだ」
静かに、はっきりとそう呟いた。

「伊吹くん……」
思わず抱きつきそうになるのを堪えた。目元がジワワ~と熱くなっていく。


「考えてみたら、じいさん達を旅に連れて行ったこともなかったな」
「あ……」

(おじいさんとおばあさんは、孫と旅行に行きたいと思っていたかもしれない……)
祖父母はきっと、自分たちを戒めるためにも、甘えるようなことは言わなかったのだろう。

「ま、そもそも、そんな時間も取れなかったんだけどね」
伊吹はカラッとした口調で言う。

「祖父母が元気なうちに、温泉旅行にでも連れて行くよ」
伊吹はこの場の雰囲気を払拭するように明るく笑うと、

「でも、その時は俺と東城さんで連れて行くから、はるちゃんはのんびり休んでいて」
榛名の立場を気遣う提案をしてくれた。正直ありがたい。

(だけど、東城さん。地味に巻き込まれているな……)
きっと今頃、盛大なくしゃみをして、寒気を感じていることだろう。



熱海駅で在来線に乗り換えて1駅の街。そこに伊吹の母――興津おきつ菜七子ななこは暮らしている。

海を臨むレトロな街並み、ノスタルジーを感じさせる景色の一角に伊吹の実家はあった。

「初めまして、榛名ちゃん。来てくれて嬉しいわ。伊吹の母、興津菜七子です」
榛名は伊吹の母親に会うのは初めてだった。

伊吹の母・菜七子は、まるで伊吹を女性にしたらどれほど美しいだろうか、というのを具現化したような美人だった。

今はあまり化粧っ気のない質素な装いをしているが、それでも近寄りがたいほどの美しさは隠せない。

正直言って、
(お父さんが亡くなられた後、妙なことを言って付け込もうとしてくるオッサン達が後を絶たなかったのではないか……)
ドラマや映画の見すぎかもしれないが、そう心配にならざるをえなかった。
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