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ep.12 伊吹くんの実家(熱海)に行ってきます!
3.
◇
「実は……私は料理が苦手なのよ。夫が生きていた時は頑張って作っていたのだけど、いなくなってしまってからは仕事で忙しいのもあって、伊吹に頼りっぱなし。この子の手料理はおいしいのよね」
『母は料理が苦手だから、昼食は出前か外で食べよう』
今回の帰省の計画を立てた時、伊吹が話していた。
榛名も菜七子に手間をかけさせては悪いと思っていたので賛成だった。
そして3人がやって来たのは近所の寿司屋。あらかじめ伊吹が予約を入れていた。
美味しいお寿司に舌鼓を打っている中、菜七子が恥ずかしそうにはにかみながら、そんな話題を口にした。
「伊吹くんのゴハンが美味しいのは、よくわかります」
思わずしみじみと頷いた。自分もあまり料理が得意ではないことを告白しているに等しいけれど。
結婚してからまだ10日も経っていない。年末年始で外食の機会も多かった。
だけど、マンションで過ごす時の食事は伊吹がさらっと作ってくれていた。
そして大学生の時も、榛名のアパートでよくゴハンを作ってくれた。
2人で近所のスーパーに行って、そこで仕入れた食材で、美味しい節約料理を一緒に食べたものだ。
ついこの間までは、思い出すと切なくなるばかりだった。
思い出が温かければ温かいほど、もうないのだと思い知らされた。
だけど、今は違う。榛名の隣には伊吹がいる。
こうして伊吹の母と3人で食事をしている。榛名は幸せを噛みしめていた。
食事を終え、伊吹の実家に戻った後は、菜七子から昔のアルバムを見せてもらった。
「私も夫も忙しくてバタバタと落ち着かなかったけれど、この子の写真は大事な思い出として撮っておきたかったの」
穏やかに微笑みながら語る菜七子の姿を見て、シャイな伊吹は照れくさそうにしていた。
「わぁ、赤ちゃんの伊吹くん、可愛い~!」
「なんて愛くるしいの! そして幼児の頃からすでにイケメン!」
榛名がキャーッと盛り上がっていると、傍らで菜七子は満足げにしていた。
そして伊吹はいたたまれないといった顔をしていた。
「今日は来てくれてありがとう。また、時間ができた時で良いから来てくれると嬉しいわ」
手を振る菜七子に見送られて、榛名と伊吹は興津家を後にした。
ノスタルジックな港町は、すっかりと夕焼けの赤に染められている。
(お母さんを残してお家を後にするのは、きっと切なくて心配だろうな……)
夕暮れに染められた伊吹の表情は普段通りのクールなものだった。そこから感情は読み取れない。
だけど、その背中からは、ほんの少しの哀愁が感じられて、榛名は伊吹の心を慮った。
そんな寂しげな背中に、榛名は呼びかけた。
「ねえ、伊吹くん。お母さんのことなんだけどさ……」
伊吹が振り向く。
榛名の提案が上手く行くかどうかは、関係各所に色々と確認を取らなければならない。
だけど上手いことタイミングが合えば……榛名はそんな希望を持って伊吹にある提案を持ち掛けた。
「……なるほど。だけど、はるちゃんはそれでも構わないのかい?」
「もちろん、構わないわ。帰ったら、さっそく確認してみましょう」
明るい声で榛名がドンと胸を張ると、
「ありがとう……はるちゃん」
静かに微笑む伊吹の瞳が、夕日に滲んでいるかのように見えた。
「ねえ、伊吹くん」
「なんだい、はるちゃん」
海沿いの街を歩く2人を夕焼けが照らす。
「本当に、私で良かったの?」
ずっと聞きたかった。
懐かしさすら感じるノスタルジックな景色の中で、榛名は改めて問うた。
「きっと、伊吹くんの中で私は美化されているはずだよ。5年間、そばにいなかったから愛しさが募っていた部分も大きいと思う。でも現実の私は……」
(昔ほど可愛げもないし、結構色々と雑だし……。まぁ仕事では「意外と決断力がある」なんて頼りにされていたりもするけれど)
見切り発車で尋ねてみたものの、伊吹からはどんな返答があるだろうか。
指先が、脚が、震えだすのを感じる。
「はるちゃん」
伊吹がまっすぐに見つめてくる。
「たしかに、この5年の間、君への想いは果てしないほど募っていた」
「だけど、再会した君とこうして共にいられて、愛しさはさらに募るばかりだ。昔のはるちゃんも、今のたくましくなったはるちゃんも、どちらも愛おしい」
「伊吹くん……」
「今思うことは、ただ1つ。二度と君を離さない」
夕日で赤く染まる海沿いの街、今ここには榛名と伊吹しかいない。
「伊吹くん、私も……。昔の興津伊吹くんも、今の若宮伊吹くんも、どっちの伊吹くんも愛してる」
「はるちゃん……」
どちらともなく距離を縮めると、伊吹が榛名を抱き寄せた。
そして、伊吹が生まれたこの街で、2人は互いへの愛を感じながらキスをした。
これから向かうのは熱海駅。そして今夜は温泉つきのホテルに宿泊するのだ。
「実は……私は料理が苦手なのよ。夫が生きていた時は頑張って作っていたのだけど、いなくなってしまってからは仕事で忙しいのもあって、伊吹に頼りっぱなし。この子の手料理はおいしいのよね」
『母は料理が苦手だから、昼食は出前か外で食べよう』
今回の帰省の計画を立てた時、伊吹が話していた。
榛名も菜七子に手間をかけさせては悪いと思っていたので賛成だった。
そして3人がやって来たのは近所の寿司屋。あらかじめ伊吹が予約を入れていた。
美味しいお寿司に舌鼓を打っている中、菜七子が恥ずかしそうにはにかみながら、そんな話題を口にした。
「伊吹くんのゴハンが美味しいのは、よくわかります」
思わずしみじみと頷いた。自分もあまり料理が得意ではないことを告白しているに等しいけれど。
結婚してからまだ10日も経っていない。年末年始で外食の機会も多かった。
だけど、マンションで過ごす時の食事は伊吹がさらっと作ってくれていた。
そして大学生の時も、榛名のアパートでよくゴハンを作ってくれた。
2人で近所のスーパーに行って、そこで仕入れた食材で、美味しい節約料理を一緒に食べたものだ。
ついこの間までは、思い出すと切なくなるばかりだった。
思い出が温かければ温かいほど、もうないのだと思い知らされた。
だけど、今は違う。榛名の隣には伊吹がいる。
こうして伊吹の母と3人で食事をしている。榛名は幸せを噛みしめていた。
食事を終え、伊吹の実家に戻った後は、菜七子から昔のアルバムを見せてもらった。
「私も夫も忙しくてバタバタと落ち着かなかったけれど、この子の写真は大事な思い出として撮っておきたかったの」
穏やかに微笑みながら語る菜七子の姿を見て、シャイな伊吹は照れくさそうにしていた。
「わぁ、赤ちゃんの伊吹くん、可愛い~!」
「なんて愛くるしいの! そして幼児の頃からすでにイケメン!」
榛名がキャーッと盛り上がっていると、傍らで菜七子は満足げにしていた。
そして伊吹はいたたまれないといった顔をしていた。
「今日は来てくれてありがとう。また、時間ができた時で良いから来てくれると嬉しいわ」
手を振る菜七子に見送られて、榛名と伊吹は興津家を後にした。
ノスタルジックな港町は、すっかりと夕焼けの赤に染められている。
(お母さんを残してお家を後にするのは、きっと切なくて心配だろうな……)
夕暮れに染められた伊吹の表情は普段通りのクールなものだった。そこから感情は読み取れない。
だけど、その背中からは、ほんの少しの哀愁が感じられて、榛名は伊吹の心を慮った。
そんな寂しげな背中に、榛名は呼びかけた。
「ねえ、伊吹くん。お母さんのことなんだけどさ……」
伊吹が振り向く。
榛名の提案が上手く行くかどうかは、関係各所に色々と確認を取らなければならない。
だけど上手いことタイミングが合えば……榛名はそんな希望を持って伊吹にある提案を持ち掛けた。
「……なるほど。だけど、はるちゃんはそれでも構わないのかい?」
「もちろん、構わないわ。帰ったら、さっそく確認してみましょう」
明るい声で榛名がドンと胸を張ると、
「ありがとう……はるちゃん」
静かに微笑む伊吹の瞳が、夕日に滲んでいるかのように見えた。
「ねえ、伊吹くん」
「なんだい、はるちゃん」
海沿いの街を歩く2人を夕焼けが照らす。
「本当に、私で良かったの?」
ずっと聞きたかった。
懐かしさすら感じるノスタルジックな景色の中で、榛名は改めて問うた。
「きっと、伊吹くんの中で私は美化されているはずだよ。5年間、そばにいなかったから愛しさが募っていた部分も大きいと思う。でも現実の私は……」
(昔ほど可愛げもないし、結構色々と雑だし……。まぁ仕事では「意外と決断力がある」なんて頼りにされていたりもするけれど)
見切り発車で尋ねてみたものの、伊吹からはどんな返答があるだろうか。
指先が、脚が、震えだすのを感じる。
「はるちゃん」
伊吹がまっすぐに見つめてくる。
「たしかに、この5年の間、君への想いは果てしないほど募っていた」
「だけど、再会した君とこうして共にいられて、愛しさはさらに募るばかりだ。昔のはるちゃんも、今のたくましくなったはるちゃんも、どちらも愛おしい」
「伊吹くん……」
「今思うことは、ただ1つ。二度と君を離さない」
夕日で赤く染まる海沿いの街、今ここには榛名と伊吹しかいない。
「伊吹くん、私も……。昔の興津伊吹くんも、今の若宮伊吹くんも、どっちの伊吹くんも愛してる」
「はるちゃん……」
どちらともなく距離を縮めると、伊吹が榛名を抱き寄せた。
そして、伊吹が生まれたこの街で、2人は互いへの愛を感じながらキスをした。
これから向かうのは熱海駅。そして今夜は温泉つきのホテルに宿泊するのだ。
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