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ep.Last 伊吹くん、もう二度と離れないから
5.
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ホテルロイヤルヴィリジアン・アネックスの10階に新居を構えたことにより、当然ながら榛名はこれまで住んでいた日本橋浜町のマンションを引き払った。
5年以上住んでいた、涙も笑いも見守ってくれていた部屋だ。新生活に胸が膨らむ一方で、寂しさも感じていた。
そして榛名は、自分が出て行った後の部屋に、伊吹の母・菜七子が暮らすことはできないか打診をしたかったのだ。
それには賃貸業者やマンションの大家など各方面への確認や調整が必要になる。
「はるちゃんが良いなら、俺としては安心だけど」
伊吹はそう言って賛成してくれた。
――しかし、伊吹の母・興津菜七子の答えは、「もうしばらく熱海で暮らしたい」だった。
「気持ちはすごく嬉しいわ。私は幸せ者ね。だけど今は仕事もしているし、友達もいるから、あと数年はここに住んでいたいのよ」
ビデオ通話で、菜七子は嬉しそうにはにかみながらそう答えた。
若宮家の祖父母からの支援により、療養と休養をしっかりとった菜七子の体調は、この2年ほど安定していた。
現在は熱海駅から近い食品会社で、週3日、1日5時間ほどの事務のパートをしている。
職場では、最初は遠巻きにされていたが(あまりに美人すぎて、50代の現在でも少々の羨望と妬みの感情を持たれていたのだろう)、生来の気さくでさっぱりした性格を周りがわかってくると、次第に打ち解けて仲良くなったそうだ。
「息子は大きくて、東京で働いている」と話しているらしいが、さすがに御曹司で現在は社長であるということは黙しているという。
「うわぁぁ、私ってば1人で突っ走って空回りして恥ずかしい~」
榛名は羞恥から、頭を抱えてのけぞりそうになった。
「うふふ、嬉しかったわ。ありがとう榛名ちゃん。でも東京に出てくる際はアネックスではない、ちゃんと別のところに住むから安心してね」
ビデオ通話から、嬉しそうに笑う菜七子の声が聞こえる。
「日本橋に住むとなったら、若宮のおじい様たちにも挨拶に伺わないといけないし、それはちょっと気が重いのよね」
そして、少々困ったように眉を下げながら苦笑いをしていた。
伊吹が若宮家の祖父母の養子になると決意した時、祖父母とは1度会っていると、菜七子からは聞いていた。
祖父母の方から熱海にやって来たのだという。先に伊吹も熱海に来ていて、菜七子も含めて話し合ったそうだ。
話し合ったというよりかは、伊吹から結論を告げられたというのが正しいが。
その時の祖父母の様子は、緊張感こそありはしたものの終始穏やかで、菜七子を責めるようなことはしなかった。
仏壇で伊吹の父に線香をあげて、一言「すまなかった」――これは息子である伊吹の父と、菜七子、そして伊吹の3人に対して発したものだった。
結婚を認めなかったこと、そのため伊吹の父が働きづめになるほど追い詰められて亡くなったこと、今度は菜七子が働き過ぎで身体を壊したこと。そして――最愛の息子である伊吹を手放さなければならないこと。
「すまなかった」――その重みのある一言からは、深い後悔の念が溢れていた。下手に長く謝辞の言葉を述べられるよりも、よっぽど胸を打つ。
その後は、4人で墓参りに行ったのだそうだ。
ホテルロイヤルヴィリジアン・アネックスの10階に新居を構えたことにより、当然ながら榛名はこれまで住んでいた日本橋浜町のマンションを引き払った。
5年以上住んでいた、涙も笑いも見守ってくれていた部屋だ。新生活に胸が膨らむ一方で、寂しさも感じていた。
そして榛名は、自分が出て行った後の部屋に、伊吹の母・菜七子が暮らすことはできないか打診をしたかったのだ。
それには賃貸業者やマンションの大家など各方面への確認や調整が必要になる。
「はるちゃんが良いなら、俺としては安心だけど」
伊吹はそう言って賛成してくれた。
――しかし、伊吹の母・興津菜七子の答えは、「もうしばらく熱海で暮らしたい」だった。
「気持ちはすごく嬉しいわ。私は幸せ者ね。だけど今は仕事もしているし、友達もいるから、あと数年はここに住んでいたいのよ」
ビデオ通話で、菜七子は嬉しそうにはにかみながらそう答えた。
若宮家の祖父母からの支援により、療養と休養をしっかりとった菜七子の体調は、この2年ほど安定していた。
現在は熱海駅から近い食品会社で、週3日、1日5時間ほどの事務のパートをしている。
職場では、最初は遠巻きにされていたが(あまりに美人すぎて、50代の現在でも少々の羨望と妬みの感情を持たれていたのだろう)、生来の気さくでさっぱりした性格を周りがわかってくると、次第に打ち解けて仲良くなったそうだ。
「息子は大きくて、東京で働いている」と話しているらしいが、さすがに御曹司で現在は社長であるということは黙しているという。
「うわぁぁ、私ってば1人で突っ走って空回りして恥ずかしい~」
榛名は羞恥から、頭を抱えてのけぞりそうになった。
「うふふ、嬉しかったわ。ありがとう榛名ちゃん。でも東京に出てくる際はアネックスではない、ちゃんと別のところに住むから安心してね」
ビデオ通話から、嬉しそうに笑う菜七子の声が聞こえる。
「日本橋に住むとなったら、若宮のおじい様たちにも挨拶に伺わないといけないし、それはちょっと気が重いのよね」
そして、少々困ったように眉を下げながら苦笑いをしていた。
伊吹が若宮家の祖父母の養子になると決意した時、祖父母とは1度会っていると、菜七子からは聞いていた。
祖父母の方から熱海にやって来たのだという。先に伊吹も熱海に来ていて、菜七子も含めて話し合ったそうだ。
話し合ったというよりかは、伊吹から結論を告げられたというのが正しいが。
その時の祖父母の様子は、緊張感こそありはしたものの終始穏やかで、菜七子を責めるようなことはしなかった。
仏壇で伊吹の父に線香をあげて、一言「すまなかった」――これは息子である伊吹の父と、菜七子、そして伊吹の3人に対して発したものだった。
結婚を認めなかったこと、そのため伊吹の父が働きづめになるほど追い詰められて亡くなったこと、今度は菜七子が働き過ぎで身体を壊したこと。そして――最愛の息子である伊吹を手放さなければならないこと。
「すまなかった」――その重みのある一言からは、深い後悔の念が溢れていた。下手に長く謝辞の言葉を述べられるよりも、よっぽど胸を打つ。
その後は、4人で墓参りに行ったのだそうだ。
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