下剋上御曹司の純愛~再会した契約妻への積年の愛と執着が重すぎる~

織山ひなた

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ep.Last 伊吹くん、もう二度と離れないから

7.

その電話は平日の午後、榛名がオフィスで資料作成に励んでいる時にかかってきた。

デスクの脇に置いていたバッグの中から、スマートフォンの着信を知らせるバイブレーションの音が聞こえる。

(東城さんから……? 何だろう……)

伊吹の緊急連絡先として携帯電話の番号を教えていた。しかし、これまで掛けてくることはなかった。なぜか胸騒ぎがする。

「はい、榛名です」

心臓がバクバクする。背中には冷や汗が流れる。

『伊吹さんが倒れた』

震える手元からスマートフォンが滑り落ちたのを何とか拾って、「もしもし」と話の続きを聞いた。

今日の昼過ぎのことだった。会議に出席するため、伊吹は社長室を出ようとしたところで、ふらっと眩暈を起こした。

「伊吹さん!」

急いで駆け寄った東城に支えられたが、相当にグラッときたようで膝をつくほどだった。

「いや、大丈夫だ……少し動かないでいれば、すぐ……」

そう言った矢先に再びグラッと身体を傾けた。

「くっ……」

「大丈夫じゃないでしょう!? 救急車を呼びます」

伊吹の制止も聞かず、東城は救急車を呼んだ。

救急車の中では意識があったものの、病院に着いた途端に意識を手放した。



「伊吹くん!」

病室のドアを開けると、ベッドの上に伊吹が横たわっていた。

職場には事情を話し早退した。

「病室ではお静かに」

看護師さんに注意されてしまい、「すみません」と慌てて声を落として謝った。

「今は眠っているだけです」

傍らで静かな声で東城が状況を説明する。


オーバーワークによる蓄積された疲労。慢性的な睡眠不足。

それが今回、伊吹が倒れた原因だった。

「すみません、本当に申し訳ない。我々が頼りないから……。もっと本気出して止めれば良かった」

「いえ、東城さん達のせいではありません。私がもっとちゃんと止めるべきだったんです」

うなだれる東城に、それは違うのだと伝えた。

(私が「これ以上、働かないで!」って突撃してでも止めれば良かったんだ……)

今回は眠っているだけ、いずれ目を覚ますだろうと言われているが、次はどうなるかわからない。


「伊吹くん……」

東城は職場に電話をかけるため、病院の外に出て行った。

その間、榛名は病室のベッドで眠り続ける伊吹を1人で見つめていた。

(伊吹くん……目を開けて。もう頑張りすぎないで。あなたがまたいなくなってしまったら、今度こそ私は……)

頬を涙が伝った途端、一斉に溢れ出した。

「もう絶対に離れないから。たとえ伊吹くんが私のためだと言ったとしても……私はもう絶対に離れない」

今、榛名は決意した。

「ずっと伊吹くんのそばにいる。邪魔だって言われてもどかないから。仕事だって考えて……」

「はるちゃん……?」

榛名が言いかけたところで、伊吹が目を覚ました。



伊吹が目を覚ましてすぐ医師を呼んで診てもらった。念のため今日は入院することになった。

病室に戻ってきた東城もようやくホッと一息つくと、榛名に伊吹を託して職場に戻って行った。

再び、2人きりになった病室。

「はるちゃん……」
「なぁに、伊吹くん」

まるで子供をあやすみたいに、伊吹の声に耳を傾ける。

「ごめん……。俺は、若宮のじいさんの頑丈な体質が隔世遺伝しているから大丈夫だと思っていた……」

「謝らなくていいから、もう無理しないで。仕事は信頼できるみんなにもっと任せよう」

今回ばかりは譲れないと、榛名は真剣に伝える。

「あぁ、そうする。皆のこと……信じたいのに、信じ切れていなかった。だが、信じているんだ。これからは……」

「これからは、伊吹くんが無茶しないか、私がそばで見張っているから」

「はるちゃん……それは……」

伊吹がハッとしたように目を開く。

「もし、ホテルロイヤルヴィリジアンが中途採用で雇ってくれるなら……仕事でもずっとそばにいる」

「はるちゃん……」

伊吹は感極まったような声で呟いた。そして、ふうと息を吐いて天井を見ながら微笑んだ。

「本当は、ずっとそうして欲しいと頼みたかったんだ」

「素直じゃないのね、本当に」

「ごめん」

契約結婚だとか新居だとかはグイグイと強引に決めたくせに、仕事に関しては榛名に遠慮をしていたようだ。

「伊吹くん、もう二度と、絶対に離れないから」

「うん。はるちゃん、絶対に離れない、離さない。ずっと一緒にいよう」

ようやく安心したように伊吹は微笑んだ。互いに優しい目で見つめ合った。
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