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エピローグ
1.
9月、伊吹と榛名は結婚式を挙げた。
少し遅めの夏休みを取って、再び伊吹の実家である熱海に行った、その帰り――と言っても東京までは遠回りになるのだが、2人は静岡駅にいた。
どちらからともなく、大学生時代を共に過ごした静岡市に行こうと決めたのだ。
だが、伊吹は榛名のトラウマも案じていた。
5年前、伊吹に別れを告げられ、置き去りにされた場所だから。
「平気よ。だって実家へは静岡駅に行かなきゃ帰れないんだから」
そうは言っても、やはり伊吹と別れたあの場所は避けていたのだが。迂回したり、足早に通り過ぎたりしていた。
2人は駅を出て、ゆっくりと街中に向かって歩き出した。
あの日と同じクリスマスイブではない。まだ残暑どころか真夏の勢いの9月である。
だけど、今日は少し風が涼しいので助かる。
夕暮れ時なのは、あの日と同じだった。
珍しく先を歩く榛名に遅れること数歩。その距離で伊吹が声をかけた。
「はるちゃん」
榛名が振り向くと、
「あの日、置き去りにしたはるちゃんを迎えに来たよ」
伊吹はそう言って、そっと手を広げた。
「伊吹くん……」
あの日――目の前から去ってしまった伊吹は、今こうして榛名の元に戻ってきた。彼の強靭な意志と努力によって。
榛名はゆっくりと元来た道を辿り、伊吹の胸に飛び込んだ。
「人が見ているのに恥ずかしいよ」
「構うもんか。はるちゃんの顔はこうして隠しているのだし」
伊吹は帰ってきたのだ。そして、榛名を抱きしめている。
◇
「あらぁ! 久しぶり! 榛名ちゃんと……興津くん!?」
大学生時代、バイトをしていた食堂を訪れると、おかみさんが驚きながらも嬉しそうな声を上げた。
「随分とご無沙汰しております」
伊吹は大学3年生の途中で食堂のバイトを辞めていた。おそらくホテルの仕事で手一杯だったからだと今ならわかる。
もちろん彼は最終日まできっちりと食堂で働いていた。だからこそ大将もおかみさんも伊吹が辞めたことを残念がっていたし、「また、いつでも遊びにおいで」と言ってくれていた。
榛名は卒業するまで食堂で働いていた。
伊吹にフラれた大学4年生の12月から3月までは魂が抜けたみたいになっていた。
だが元来の真面目さゆえ、バイト先に迷惑をかけてはいけないと、働いている間だけは必死に笑顔を作って頑張っていた。
榛名と伊吹が付き合っていることを知っている2人だったが、そんな榛名の様子を見て察するものがあったのか、「興津くんは元気?」などは聞かないでいてくれた。
「2人が一緒にいてくれて良かったわ~!」
おかみさんは自分のことのように喜んでくれた。
「実は、現在は興津ではなく若宮といいます」
伊吹がそう伝えた後の説明は、榛名が引き継いだ。きっと伊吹は言いづらいだろうから。
「伊吹くんのご家庭の事情で私たちは離れてしまったのですが、再会して……結婚しました」
離れている間もお互いに一途だったことを明かすと、おかみさんは泣き出し、大将も目に涙を溜めて堪えているようだった。
久しぶりに大将のスペシャル定食を堪能した後、お会計を終え、2人にお礼を伝えて食堂を後にした。
もうすっかり日は落ちている。伊吹と榛名は手を繋いで寄り添い合いながら、静岡駅までの道のりを歩き出した。
――今度は一緒に。もう二度と離れない。
Fin.
少し遅めの夏休みを取って、再び伊吹の実家である熱海に行った、その帰り――と言っても東京までは遠回りになるのだが、2人は静岡駅にいた。
どちらからともなく、大学生時代を共に過ごした静岡市に行こうと決めたのだ。
だが、伊吹は榛名のトラウマも案じていた。
5年前、伊吹に別れを告げられ、置き去りにされた場所だから。
「平気よ。だって実家へは静岡駅に行かなきゃ帰れないんだから」
そうは言っても、やはり伊吹と別れたあの場所は避けていたのだが。迂回したり、足早に通り過ぎたりしていた。
2人は駅を出て、ゆっくりと街中に向かって歩き出した。
あの日と同じクリスマスイブではない。まだ残暑どころか真夏の勢いの9月である。
だけど、今日は少し風が涼しいので助かる。
夕暮れ時なのは、あの日と同じだった。
珍しく先を歩く榛名に遅れること数歩。その距離で伊吹が声をかけた。
「はるちゃん」
榛名が振り向くと、
「あの日、置き去りにしたはるちゃんを迎えに来たよ」
伊吹はそう言って、そっと手を広げた。
「伊吹くん……」
あの日――目の前から去ってしまった伊吹は、今こうして榛名の元に戻ってきた。彼の強靭な意志と努力によって。
榛名はゆっくりと元来た道を辿り、伊吹の胸に飛び込んだ。
「人が見ているのに恥ずかしいよ」
「構うもんか。はるちゃんの顔はこうして隠しているのだし」
伊吹は帰ってきたのだ。そして、榛名を抱きしめている。
◇
「あらぁ! 久しぶり! 榛名ちゃんと……興津くん!?」
大学生時代、バイトをしていた食堂を訪れると、おかみさんが驚きながらも嬉しそうな声を上げた。
「随分とご無沙汰しております」
伊吹は大学3年生の途中で食堂のバイトを辞めていた。おそらくホテルの仕事で手一杯だったからだと今ならわかる。
もちろん彼は最終日まできっちりと食堂で働いていた。だからこそ大将もおかみさんも伊吹が辞めたことを残念がっていたし、「また、いつでも遊びにおいで」と言ってくれていた。
榛名は卒業するまで食堂で働いていた。
伊吹にフラれた大学4年生の12月から3月までは魂が抜けたみたいになっていた。
だが元来の真面目さゆえ、バイト先に迷惑をかけてはいけないと、働いている間だけは必死に笑顔を作って頑張っていた。
榛名と伊吹が付き合っていることを知っている2人だったが、そんな榛名の様子を見て察するものがあったのか、「興津くんは元気?」などは聞かないでいてくれた。
「2人が一緒にいてくれて良かったわ~!」
おかみさんは自分のことのように喜んでくれた。
「実は、現在は興津ではなく若宮といいます」
伊吹がそう伝えた後の説明は、榛名が引き継いだ。きっと伊吹は言いづらいだろうから。
「伊吹くんのご家庭の事情で私たちは離れてしまったのですが、再会して……結婚しました」
離れている間もお互いに一途だったことを明かすと、おかみさんは泣き出し、大将も目に涙を溜めて堪えているようだった。
久しぶりに大将のスペシャル定食を堪能した後、お会計を終え、2人にお礼を伝えて食堂を後にした。
もうすっかり日は落ちている。伊吹と榛名は手を繋いで寄り添い合いながら、静岡駅までの道のりを歩き出した。
――今度は一緒に。もう二度と離れない。
Fin.
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