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番外編 若宮伊吹の華麗なるホテル暮らし
2.
しかし、東城が止めるのには理由があったのだ。
「深夜シフトならともかく、日勤の社員にだって深夜残業なんてさせられないのに、大学生をこんなに働かせていたら、うちが労働基準法に抵触してしまいますから」
深夜まで1人オフィスで残業していたことにストップがかかったのだ。
いや、深夜に至るまでに何人もの社員から「学生なんですから、早めに切り上げて早く帰りましょう」と声をかけられたのだが、当の伊吹は、
(うるさいな、気が散る)
と、作業に没頭していた。
そこでお手上げの社員たちに代わり、当時は祖父の第2秘書(実質は伊吹の秘書であるが)であった東城が強制ストップをかけたのだ。
「あともう少しだったのに……」
「はいはい、それは明日、得意なやつらに任せましょうね」
2歳しか変わらないのに、まるで子供扱いのように肩をポンポンはたかれ、ぐいぐい背中を押されてオフィスからつまみ出されて車に乗せられた。もちろん行き先は若宮の屋敷である。
翌日、件の情報システム部の社員からは、
「すごいですよ、伊吹さんが作ったこのシステム! 自分がするのは運用ぐらいです」
と、驚かれて、伊吹の仕事はその社員と他2名の者たちに引き継がれた。
システムは細かな修正こそしたが、現在もベースになっているのは伊吹が作ったものである。
◇
――それにしても、自分の秘書・東城岬という男は人を使うのが上手い。
どこの部署の誰がこういうのが得意で、誰に仕事を振るべきか、よく把握している。
「おー、じゃあこれ頼むよ」と、さらっと人に仕事を振るのだが、仕事を振られた者もまんざらではないようだ。
適材適所で本人たちもやりたがっていた仕事を振っているという印象だ。
その上、東城は仕事はできるが、それ以外は結構テキトーで、ひどい時には昼休みに副社長室のソファーでいびきをかいて昼寝し始めたりする。
まさに軽妙洒脱な性格で、自分にはない大らかさを持っているところが好ましく、一緒にいて気楽だった。
「伊吹さん、相変わらずよく食べますね」
すると突然本人が登場した。向かいの席に「よいしょっと」と腰掛ける。
伊吹のテーブルにはすでに何枚も皿が重ねられている。
――そう、若宮伊吹は大食いだった。いや、正しくは食いだめだと言えよう。
忙しくて昼食を取りそびれることがあるので、朝食で2食分のカロリーを摂取しているのだ。
それに、せっかくお金を出しているのだし、たくさん食べた方がフードロス防止にもなる。
「東城さん、ずいぶん早くないですか?」
時刻はまだ8時にもなっていない。就業は9時開始、普段も8時過ぎには出社していて早いのだが、今日はそれよりも早い。
一体どうしたのかと尋ねると、
「いやぁ……朝っぱらから鞠花のやつから電話がありましてね。今度の土曜日はお稽古がありますから、必ず伊吹さんを連れてくるのですわよ~だそうです」
それで目が覚めてしまい、二度寝すると今度は寝坊してしまいそうなので、やむなく起きて早く出勤したのだそうだ。
そして朝食ビュッフェにいるであろう伊吹に暇つぶしにやって来たのだ。
「ふふっ、鞠花師範らしいですね」
「しっかし、伊吹さんは稽古をサボったことも、時刻に遅れたことも1度もないのに、うるっせーですよね。 お前は小姑か!? って言っておきましたよ」
(きっと師範は、若宮のじいさんばあさんのために週末は泊まっていけと言いたいのだろうな)
今朝の鞠花の行動に対して、伊吹はそう解釈していた。
2年前まで伊吹は日本橋の若宮邸で祖父母と共に暮らしていたが、目と鼻の先の通勤時間までもが惜しくなり、ホテル暮らしを始めた。
狭いシングルルームでも、素の自分で過ごせるホテルの部屋は心が落ち着く。気が付けば、もう2年もホテルで生活している。
だが、そうは言っても時々は若宮の屋敷に帰っていた。
大学を卒業して社会人としてホテルに入社してからは、鞠花の稽古は月2回、週末の土曜日に行われていた。
その際は、夕食を祖父母と鞠花、そして東城と一緒にとり、伊吹はそのまま泊まるのが決まりになっていた。
また、お盆や正月、クリスマスや祖父母の誕生日などの行事の際にも、こまめに帰るようにはしていた。
「それじゃあ、自分は先に行ってますわ。伊吹さんはゆっくりどうぞ」
東城は席から立ち上がると、「ちょっと時間までソファーで仮眠してます」と、そそくさと言い残して去って行った。
きっと伊吹が副社長室の扉を開けた時、またいびきをかいているのだろう。そして「東城さん、おはようございます」と声をかけると、「ふがっ」と珍妙な声を出して慌てて起き上がるのだ。
(2歳しか変わらないのに、まるでオッサンだ)
思わず笑いがこみ上げてきて、必死でこらえた。
世間一般から見れば、東城は結構なイケメンの部類に入ると思うのだが。ホテルの女性スタッフからも、時々熱い視線を注がれているようだ。
(まあ、あの人は鞠花師範一筋だからな)
フッと穏やかな顔を上げて、食事を再開した伊吹だった。
「深夜シフトならともかく、日勤の社員にだって深夜残業なんてさせられないのに、大学生をこんなに働かせていたら、うちが労働基準法に抵触してしまいますから」
深夜まで1人オフィスで残業していたことにストップがかかったのだ。
いや、深夜に至るまでに何人もの社員から「学生なんですから、早めに切り上げて早く帰りましょう」と声をかけられたのだが、当の伊吹は、
(うるさいな、気が散る)
と、作業に没頭していた。
そこでお手上げの社員たちに代わり、当時は祖父の第2秘書(実質は伊吹の秘書であるが)であった東城が強制ストップをかけたのだ。
「あともう少しだったのに……」
「はいはい、それは明日、得意なやつらに任せましょうね」
2歳しか変わらないのに、まるで子供扱いのように肩をポンポンはたかれ、ぐいぐい背中を押されてオフィスからつまみ出されて車に乗せられた。もちろん行き先は若宮の屋敷である。
翌日、件の情報システム部の社員からは、
「すごいですよ、伊吹さんが作ったこのシステム! 自分がするのは運用ぐらいです」
と、驚かれて、伊吹の仕事はその社員と他2名の者たちに引き継がれた。
システムは細かな修正こそしたが、現在もベースになっているのは伊吹が作ったものである。
◇
――それにしても、自分の秘書・東城岬という男は人を使うのが上手い。
どこの部署の誰がこういうのが得意で、誰に仕事を振るべきか、よく把握している。
「おー、じゃあこれ頼むよ」と、さらっと人に仕事を振るのだが、仕事を振られた者もまんざらではないようだ。
適材適所で本人たちもやりたがっていた仕事を振っているという印象だ。
その上、東城は仕事はできるが、それ以外は結構テキトーで、ひどい時には昼休みに副社長室のソファーでいびきをかいて昼寝し始めたりする。
まさに軽妙洒脱な性格で、自分にはない大らかさを持っているところが好ましく、一緒にいて気楽だった。
「伊吹さん、相変わらずよく食べますね」
すると突然本人が登場した。向かいの席に「よいしょっと」と腰掛ける。
伊吹のテーブルにはすでに何枚も皿が重ねられている。
――そう、若宮伊吹は大食いだった。いや、正しくは食いだめだと言えよう。
忙しくて昼食を取りそびれることがあるので、朝食で2食分のカロリーを摂取しているのだ。
それに、せっかくお金を出しているのだし、たくさん食べた方がフードロス防止にもなる。
「東城さん、ずいぶん早くないですか?」
時刻はまだ8時にもなっていない。就業は9時開始、普段も8時過ぎには出社していて早いのだが、今日はそれよりも早い。
一体どうしたのかと尋ねると、
「いやぁ……朝っぱらから鞠花のやつから電話がありましてね。今度の土曜日はお稽古がありますから、必ず伊吹さんを連れてくるのですわよ~だそうです」
それで目が覚めてしまい、二度寝すると今度は寝坊してしまいそうなので、やむなく起きて早く出勤したのだそうだ。
そして朝食ビュッフェにいるであろう伊吹に暇つぶしにやって来たのだ。
「ふふっ、鞠花師範らしいですね」
「しっかし、伊吹さんは稽古をサボったことも、時刻に遅れたことも1度もないのに、うるっせーですよね。 お前は小姑か!? って言っておきましたよ」
(きっと師範は、若宮のじいさんばあさんのために週末は泊まっていけと言いたいのだろうな)
今朝の鞠花の行動に対して、伊吹はそう解釈していた。
2年前まで伊吹は日本橋の若宮邸で祖父母と共に暮らしていたが、目と鼻の先の通勤時間までもが惜しくなり、ホテル暮らしを始めた。
狭いシングルルームでも、素の自分で過ごせるホテルの部屋は心が落ち着く。気が付けば、もう2年もホテルで生活している。
だが、そうは言っても時々は若宮の屋敷に帰っていた。
大学を卒業して社会人としてホテルに入社してからは、鞠花の稽古は月2回、週末の土曜日に行われていた。
その際は、夕食を祖父母と鞠花、そして東城と一緒にとり、伊吹はそのまま泊まるのが決まりになっていた。
また、お盆や正月、クリスマスや祖父母の誕生日などの行事の際にも、こまめに帰るようにはしていた。
「それじゃあ、自分は先に行ってますわ。伊吹さんはゆっくりどうぞ」
東城は席から立ち上がると、「ちょっと時間までソファーで仮眠してます」と、そそくさと言い残して去って行った。
きっと伊吹が副社長室の扉を開けた時、またいびきをかいているのだろう。そして「東城さん、おはようございます」と声をかけると、「ふがっ」と珍妙な声を出して慌てて起き上がるのだ。
(2歳しか変わらないのに、まるでオッサンだ)
思わず笑いがこみ上げてきて、必死でこらえた。
世間一般から見れば、東城は結構なイケメンの部類に入ると思うのだが。ホテルの女性スタッフからも、時々熱い視線を注がれているようだ。
(まあ、あの人は鞠花師範一筋だからな)
フッと穏やかな顔を上げて、食事を再開した伊吹だった。
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