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罰ゲームとご褒美
「これは?」
翌日、学ばないことにまたしてもキッチンで寝落ちしていたはずなのに自室の寝台で目覚めたシャーロットは、「寝ぼけて気づかない内に自分で戻ったのかな」と見当違いな思い違いで自分を納得させたまま、演習場へとやってきていた。
そしてレオンに差し出された小さな丸い入れ物を前に、首をかしげている。
「軟膏です」
「軟膏?」
「気になるところに塗ってください」
だからそれはどこ? とシャーロットの頭の中は疑問符で埋め尽くされている。
何に効く軟膏か、くらいは聞いても良いだろう。さすがに見た目だけではわからないし、「気になるところ」というヒントはあまりにも曖昧過ぎる。
「これはどういう効能が?」
「有態に言えば、傷薬です」
「あ、なるほど」
なるほど、と言っておきながら、やはりシャーロットはピンと来ていなかった。
(怪我……はしてないよね?)
自分たちがやっているのは魔法の演習だ。しかも戦闘訓練ではなく、ただの魔力操作の特訓である。怪我をするようなことは何一つしていない。
(まさか生理を怪我だと思っているわけではないだろうし……、てか、生理も何故か終わっちゃったんだよね)
結構な量の経血が出た感覚があったが、朝目覚めた時、いつの間にか履き替えていた下着は汚れていなかった。
(でもやっぱり、胸はヒリヒリするんだよなぁ……。傷薬ってことは、胸に塗っても問題ないってことだよね?)
なぜかはわからないが、一昨日から胸の粒は赤く腫れあがったままだ。放っておけば治るだろうが、軟膏があるなら塗っておいて損はないだろう。
「ありがとうございます。使わせていただきますね」
すれ違っている二人の思考が奇跡的に一致したことを、この時の彼らは知る由もない。
そんなこんなで、今日も再び魔法操作の訓練が始まった。
ここ数日の成果か、最初の頃よりも制御ができるようになった気がする。
「そろそろ、的を追加しましょうか」
「追加ですか?」
「私自身が的になります」
「レオン様が?」
シャーロットはレオンを傷つけることはできない。魔法の能力差や魔力量の違いからそれは明らかだが、少し抵抗があった。
「実際に使用する際はシャーロット嬢の周囲には誰かしら人がいる可能性があります。なので、人がいる前提での魔力操作が必要になります」
「ですが、レオン様ではその……あまり意味がないのではないでしょうか?」
レオンにはどうあってもシャーロットの魔力はそれほど効果を発揮しない。できたとして足止めだけだ。
「そうではありません。私を敵と見立てて、私の動きを止める練習です」
「レオン様を、敵に……?」
「今後、シャーロット嬢に害為す者の中には、あなたと相性の悪い土属性の魔力を持つ者がいるかもしれません。そのとき、現状では御身を守るには至らないでしょう」
彼の言うことは一理あるが、それをするならもう少し基礎を身に着けておきたい。
多少コントロールができるようになった程度で、対人を相手にする自信がないのだ。
「今から私が作り上げる土壁の方を一般人だと思ってください。よろしいですか?」
「えぇ……、わかりました……」
泣いても笑っても、あと三週間しか時間がないのだ。多少無理を押して先に進んだ方が効率的である場合もある。
「では、いきましょうか」
シャーロットと距離を置いていたレオンが一歩ずつ近づいてくる。それと同時に彼が作り上げた土壁が地面からズボッと数本現れた。
「っ……!」
土壁を避けつつ、レオンにだけ防御障壁をぶつけるが、すぐには感覚がつかめなかった。
一応、敵という設定なので、彼が近づく度にシャーロットは後ろに下がっていく。
十五回目の防御障壁を彼にぶつけようとしたときには、シャーロットの背中は演習場の壁に付き、レオンはあと数歩というところまで歩み寄ってきていた。
「もう少し本気を出してくださらないと、捕まえてしまいますよ?」
スッ、と彼の手が伸びて、シャーロットの顔の横の壁にその手のひらが、トン、と触れる。
(あ、これ、壁ドン……!)
かなり優しい壁ドンの完成だ。
ギュッと胸元で手を握ってレオンを見上げていると、その手を掴まれて引き寄せられた。
「シャーロット嬢の負けですね。もう一度やりましょう。今度は、罰ゲームも用意しましょうか?」
「え! 罰ゲームですか!?」
「そちらの方が必死になるのではないでしょうか? 現状のシャーロット嬢には、ためらいや戸惑いが見えます」
そりゃ、レオンが徐々に近づいてくるのだ。
ためらいもすれば、戸惑いもする。
自分から迫るより、彼の方から迫られる方が何倍も緊張するのだ。
「じ、じゃあ、ご褒美もご用意していただきたいですわ!」
「なるほど。確かにそうですね」
では何にしましょうか? と尋ねてくるレオンは、どこか楽しそうだった。
(レオン様のこんな穏やかな笑顔、初めて見たかもしれない……)
ついレオンの顔に見惚れていると、さらに近くに彼が顔を寄せてきた。
「では先にご褒美を決めましょう。何が良いですか? シャーロット嬢」
息が頬にかかる。身を屈めている彼の唇が、普段よりも間近にあり、ついそこを見つめてしまった。
「――名前……」
ぽつりと、シャーロットは思ったことを口にした。
「私のことを、ロティ―、と呼んではくださいませんか?」
彼は最初より心を許してくれたようだが、呼び方はずっと「シャーロット嬢」だった。誰に対してもそうした呼び方をするのだろうが、他の人より打ち解けたのであれば、特別な呼び方をしてほしい。
「私の愛称ですの。もう誰も呼んでくださいませんので、私がちゃんとできたら、ロティ―と、呼んでほしいです」
「…………」
レオンは黙り込んでしまった。さすがに身分差があり、侯爵家の令嬢を愛称では呼べないだろうか。断られることを覚悟でギュッと祈るように掴まれた拳を握りしめると、レオンがふわりと破顔した。
「私にあなたを特別な名で呼ばせていただく名誉を下さるというのは、私の方が手を抜きそうですね」
ふっと息で笑う彼は、では、と言葉を重ねた。
「罰ゲームも決めないといけませんね」
断られなかったことにホッとしながらも、レオンの手が腰に回るので、その手が気になって仕方なくなってしまう。
「罰ゲームは、私がこうしてあなたに触れること、でどうでしょう?」
「え!? それ、罰ゲームじゃ……」
ない、と言いかけて、口を閉ざす。
レオンに触れてもらえるなら、なんならその先だって大歓迎だ。レオンが何を思ってそんな罰ゲームを言い出したのかはわからないが、このチャンスを逃すことはできない。
(え? でも、両方ご褒美になっちゃったから、私、本気を出せばいいのかいけないのか、決められない!!)
そのとても良い声で愛称を呼んでもらいたいが、彼に触れてももらいたい。
はくはくと金魚のように口を開閉させていると、大きな手がシャーロットの頬を包み込んできた。
「私も本気を出しますから、シャーロット嬢も本気を出してください。もし手を抜くようであれば、お仕置きをしますよ?」
「~~~~~~っ!!」
真正面から囁かれた甘い声に、シャーロットの顔が真っ赤に染まる。
もしかしたらそのお仕置きはエッチなことかもしれない。そう思うと、さらに手を抜きたくなってしまうが、それを見透かしたのかレオンが小さく笑う。
「お仕置きはペーパーテストです。先日私が座学でお話した内容をテストにしますので、満点を取ってください。満点になるまで、毎日テストを行います」
(あ、そうですよね~。この世界は私には冷たい世界ですもんね……)
内心がっかりしながらも、ほとんど聞いていなかったことを今更露見するわけにはいかない。何としてでも、ペーパーテストは避けなければ。
意気揚々とお仕置きを回避しようとレオンと距離を取って再び先ほどと同じことを繰り返した。
だがどうにも罰ゲームとご褒美の内容が脳裏にチラついて集中できず、結局、お仕置きを受けることになってしまったのだった。
「婚約者殿は機嫌が悪そうだな」
午前中の演習を終えて懲罰塔に昼食を摂りに戻ってきたとき、何故かキッチンでコンラッドとマリアンヌが長テーブルの椅子に座って笑顔で待っていた。
今日こそ二人きりランチの時間を楽しめると思ったのに、このお邪魔虫たちは空気が読めないらしい。
「どなたのせいでしょうか?」
結局テストを受けることになってしまい、絶望していたシャーロットに気づいたのか、レオンは午後もう一度座学をしようと提案してくれた。さすがに一度だけの座学の内容を覚えているとは思われなかったようだ。
午後から密室で二人きりになれるとうきうきしていたのに、この仕打ちである。
「おいレオン。我が婚約者殿に何かしたのではないだろうな?」
シャーロットの不機嫌の理由を己の騎士のせいにしようとする第一王子に、シャーロットはレオンが弁解の言葉を言う前に?みついた。
「殿下にはご自覚がないようですので、敢えて口で言わせていただきますが、私があなた方を前に機嫌が良いときなどありましたでしょうか? 胸に手を当ててよく考えてみることをお勧めしますわ」
肩で息をしながらそう捲し立てると、コンラッドはワザとらしく顎に手を添え、はて、と考えるそぶりをする。
「婚約者殿とはそれほど話をしてこなかったからな。記憶を辿っても、過去のものが思い出せないな」
「あらあら、つい先日も似たようなことがあったというのに、耄碌されているようですわね」
「耄碌とはひどいな。俺とキミの年齢は同じゃないか」
「既に老化の傾向が見えると言っているのがわかりませんか? あらあら、殿下は本当にお身体に問題があるようですわね」
血液が頭ではなく下半身にしか巡っていないのでは、とまでは言わなかったが、この場でそれを言うのは愚かだろう。
これ以上彼とやり合って、王族への不敬罪で不利な状況に追いやられては堪らない。
「それで、今日はどんなご用件ですの?」
「先日から一緒にランチを摂ろうと誘っているじゃないか。キミこそ耄碌したか?」
「覚えていますわよ!」
まさか同じ言葉で言い返されるとは思わず、シャーロットの額に青筋が立つ。
「ですが私、それを承諾した覚えなどありませんわ!」
「婚約者殿の許しが必要か? この俺が誘っているというのに」
この男、意外と傲慢である。
はっきり嫌だと言ったところで、そんな言葉など無視されてしまうのだろう。
一体、マリアンヌはこんな男のどこが良いのだろうか。前世、小説を読んでいたときはシャーロットもコンラッドの押しの強さに惹かれはしたが、実際に目の当たりにするとかなりウザい。
(頭、かち割ってやりたい……)
拳を握りしめる手をブルブル震わせていたシャーロットだが、程なくして全身から力を抜き、背後に立ったままのレオンを振り返った。
「食事を用意しますので、レオン様も殿下たちとお寛ぎくださいませ」
「いえ、私もお手伝い致します」
「そうですか?」
レオンも、さすがに主と同じテーブルでは寛げないのかもしれない。
(こんなことなら、昨日、テーブルの位置を変えなければよかった……)
いきなりコンラッドが凸してくる可能性など、考えていなかった。だが一度、彼はここに来ているのだ。
夜中、シャーロットに交換条件を持ち掛けるために。
(迂闊だった……)
自分の浅はかさを後悔しながらキッチンに立った時、シャーロットはあることに気づいた。
「あ……」
そういえば、パンがもうない。
備蓄庫から少しだけ持ってきていたが、朝食に食べたのが最後だったのだ。
「どうかなさいましたか?」
キッチンの前で立ち止まってしまったシャーロットの様子に異変を感じたのだろう。レオンがそう声をかけてくれる。
「いえ、パンがないなと……。備蓄庫から取ってまいりますね」
「それなら私が行きます」
「え? ……いえ、他にも取ってこようと思っておりましたので、レオン様は待っていてください」
「ならば荷物持ちが必要でしょう。遠慮なさらないでください」
そこまで言うのであれば、とシャーロットは口元を吊り上げて笑っているコンラッドへ視線を投げた。
「行ってくると良い。だが、早く戻ってこないと、また今日も『済ませて』しまうかもな」
「っ!!」
こんなところでするつもりか! という声は、何とか喉の奥へと締まった。
さすがにキッチンでそういうことをされたら、今後この場所は使いにくくなってしまう、というか、使いたくない。
「大人しく待っていてくださいませ!」
ふんっ、と髪を靡かせながら歩き出したシャーロットに続いて、レオンは空になったバスケットを手についてきてくれる。
その二人の背を、コンラッドは何とも言えない、怪しい表情で見送っていたのだった。
翌日、学ばないことにまたしてもキッチンで寝落ちしていたはずなのに自室の寝台で目覚めたシャーロットは、「寝ぼけて気づかない内に自分で戻ったのかな」と見当違いな思い違いで自分を納得させたまま、演習場へとやってきていた。
そしてレオンに差し出された小さな丸い入れ物を前に、首をかしげている。
「軟膏です」
「軟膏?」
「気になるところに塗ってください」
だからそれはどこ? とシャーロットの頭の中は疑問符で埋め尽くされている。
何に効く軟膏か、くらいは聞いても良いだろう。さすがに見た目だけではわからないし、「気になるところ」というヒントはあまりにも曖昧過ぎる。
「これはどういう効能が?」
「有態に言えば、傷薬です」
「あ、なるほど」
なるほど、と言っておきながら、やはりシャーロットはピンと来ていなかった。
(怪我……はしてないよね?)
自分たちがやっているのは魔法の演習だ。しかも戦闘訓練ではなく、ただの魔力操作の特訓である。怪我をするようなことは何一つしていない。
(まさか生理を怪我だと思っているわけではないだろうし……、てか、生理も何故か終わっちゃったんだよね)
結構な量の経血が出た感覚があったが、朝目覚めた時、いつの間にか履き替えていた下着は汚れていなかった。
(でもやっぱり、胸はヒリヒリするんだよなぁ……。傷薬ってことは、胸に塗っても問題ないってことだよね?)
なぜかはわからないが、一昨日から胸の粒は赤く腫れあがったままだ。放っておけば治るだろうが、軟膏があるなら塗っておいて損はないだろう。
「ありがとうございます。使わせていただきますね」
すれ違っている二人の思考が奇跡的に一致したことを、この時の彼らは知る由もない。
そんなこんなで、今日も再び魔法操作の訓練が始まった。
ここ数日の成果か、最初の頃よりも制御ができるようになった気がする。
「そろそろ、的を追加しましょうか」
「追加ですか?」
「私自身が的になります」
「レオン様が?」
シャーロットはレオンを傷つけることはできない。魔法の能力差や魔力量の違いからそれは明らかだが、少し抵抗があった。
「実際に使用する際はシャーロット嬢の周囲には誰かしら人がいる可能性があります。なので、人がいる前提での魔力操作が必要になります」
「ですが、レオン様ではその……あまり意味がないのではないでしょうか?」
レオンにはどうあってもシャーロットの魔力はそれほど効果を発揮しない。できたとして足止めだけだ。
「そうではありません。私を敵と見立てて、私の動きを止める練習です」
「レオン様を、敵に……?」
「今後、シャーロット嬢に害為す者の中には、あなたと相性の悪い土属性の魔力を持つ者がいるかもしれません。そのとき、現状では御身を守るには至らないでしょう」
彼の言うことは一理あるが、それをするならもう少し基礎を身に着けておきたい。
多少コントロールができるようになった程度で、対人を相手にする自信がないのだ。
「今から私が作り上げる土壁の方を一般人だと思ってください。よろしいですか?」
「えぇ……、わかりました……」
泣いても笑っても、あと三週間しか時間がないのだ。多少無理を押して先に進んだ方が効率的である場合もある。
「では、いきましょうか」
シャーロットと距離を置いていたレオンが一歩ずつ近づいてくる。それと同時に彼が作り上げた土壁が地面からズボッと数本現れた。
「っ……!」
土壁を避けつつ、レオンにだけ防御障壁をぶつけるが、すぐには感覚がつかめなかった。
一応、敵という設定なので、彼が近づく度にシャーロットは後ろに下がっていく。
十五回目の防御障壁を彼にぶつけようとしたときには、シャーロットの背中は演習場の壁に付き、レオンはあと数歩というところまで歩み寄ってきていた。
「もう少し本気を出してくださらないと、捕まえてしまいますよ?」
スッ、と彼の手が伸びて、シャーロットの顔の横の壁にその手のひらが、トン、と触れる。
(あ、これ、壁ドン……!)
かなり優しい壁ドンの完成だ。
ギュッと胸元で手を握ってレオンを見上げていると、その手を掴まれて引き寄せられた。
「シャーロット嬢の負けですね。もう一度やりましょう。今度は、罰ゲームも用意しましょうか?」
「え! 罰ゲームですか!?」
「そちらの方が必死になるのではないでしょうか? 現状のシャーロット嬢には、ためらいや戸惑いが見えます」
そりゃ、レオンが徐々に近づいてくるのだ。
ためらいもすれば、戸惑いもする。
自分から迫るより、彼の方から迫られる方が何倍も緊張するのだ。
「じ、じゃあ、ご褒美もご用意していただきたいですわ!」
「なるほど。確かにそうですね」
では何にしましょうか? と尋ねてくるレオンは、どこか楽しそうだった。
(レオン様のこんな穏やかな笑顔、初めて見たかもしれない……)
ついレオンの顔に見惚れていると、さらに近くに彼が顔を寄せてきた。
「では先にご褒美を決めましょう。何が良いですか? シャーロット嬢」
息が頬にかかる。身を屈めている彼の唇が、普段よりも間近にあり、ついそこを見つめてしまった。
「――名前……」
ぽつりと、シャーロットは思ったことを口にした。
「私のことを、ロティ―、と呼んではくださいませんか?」
彼は最初より心を許してくれたようだが、呼び方はずっと「シャーロット嬢」だった。誰に対してもそうした呼び方をするのだろうが、他の人より打ち解けたのであれば、特別な呼び方をしてほしい。
「私の愛称ですの。もう誰も呼んでくださいませんので、私がちゃんとできたら、ロティ―と、呼んでほしいです」
「…………」
レオンは黙り込んでしまった。さすがに身分差があり、侯爵家の令嬢を愛称では呼べないだろうか。断られることを覚悟でギュッと祈るように掴まれた拳を握りしめると、レオンがふわりと破顔した。
「私にあなたを特別な名で呼ばせていただく名誉を下さるというのは、私の方が手を抜きそうですね」
ふっと息で笑う彼は、では、と言葉を重ねた。
「罰ゲームも決めないといけませんね」
断られなかったことにホッとしながらも、レオンの手が腰に回るので、その手が気になって仕方なくなってしまう。
「罰ゲームは、私がこうしてあなたに触れること、でどうでしょう?」
「え!? それ、罰ゲームじゃ……」
ない、と言いかけて、口を閉ざす。
レオンに触れてもらえるなら、なんならその先だって大歓迎だ。レオンが何を思ってそんな罰ゲームを言い出したのかはわからないが、このチャンスを逃すことはできない。
(え? でも、両方ご褒美になっちゃったから、私、本気を出せばいいのかいけないのか、決められない!!)
そのとても良い声で愛称を呼んでもらいたいが、彼に触れてももらいたい。
はくはくと金魚のように口を開閉させていると、大きな手がシャーロットの頬を包み込んできた。
「私も本気を出しますから、シャーロット嬢も本気を出してください。もし手を抜くようであれば、お仕置きをしますよ?」
「~~~~~~っ!!」
真正面から囁かれた甘い声に、シャーロットの顔が真っ赤に染まる。
もしかしたらそのお仕置きはエッチなことかもしれない。そう思うと、さらに手を抜きたくなってしまうが、それを見透かしたのかレオンが小さく笑う。
「お仕置きはペーパーテストです。先日私が座学でお話した内容をテストにしますので、満点を取ってください。満点になるまで、毎日テストを行います」
(あ、そうですよね~。この世界は私には冷たい世界ですもんね……)
内心がっかりしながらも、ほとんど聞いていなかったことを今更露見するわけにはいかない。何としてでも、ペーパーテストは避けなければ。
意気揚々とお仕置きを回避しようとレオンと距離を取って再び先ほどと同じことを繰り返した。
だがどうにも罰ゲームとご褒美の内容が脳裏にチラついて集中できず、結局、お仕置きを受けることになってしまったのだった。
「婚約者殿は機嫌が悪そうだな」
午前中の演習を終えて懲罰塔に昼食を摂りに戻ってきたとき、何故かキッチンでコンラッドとマリアンヌが長テーブルの椅子に座って笑顔で待っていた。
今日こそ二人きりランチの時間を楽しめると思ったのに、このお邪魔虫たちは空気が読めないらしい。
「どなたのせいでしょうか?」
結局テストを受けることになってしまい、絶望していたシャーロットに気づいたのか、レオンは午後もう一度座学をしようと提案してくれた。さすがに一度だけの座学の内容を覚えているとは思われなかったようだ。
午後から密室で二人きりになれるとうきうきしていたのに、この仕打ちである。
「おいレオン。我が婚約者殿に何かしたのではないだろうな?」
シャーロットの不機嫌の理由を己の騎士のせいにしようとする第一王子に、シャーロットはレオンが弁解の言葉を言う前に?みついた。
「殿下にはご自覚がないようですので、敢えて口で言わせていただきますが、私があなた方を前に機嫌が良いときなどありましたでしょうか? 胸に手を当ててよく考えてみることをお勧めしますわ」
肩で息をしながらそう捲し立てると、コンラッドはワザとらしく顎に手を添え、はて、と考えるそぶりをする。
「婚約者殿とはそれほど話をしてこなかったからな。記憶を辿っても、過去のものが思い出せないな」
「あらあら、つい先日も似たようなことがあったというのに、耄碌されているようですわね」
「耄碌とはひどいな。俺とキミの年齢は同じゃないか」
「既に老化の傾向が見えると言っているのがわかりませんか? あらあら、殿下は本当にお身体に問題があるようですわね」
血液が頭ではなく下半身にしか巡っていないのでは、とまでは言わなかったが、この場でそれを言うのは愚かだろう。
これ以上彼とやり合って、王族への不敬罪で不利な状況に追いやられては堪らない。
「それで、今日はどんなご用件ですの?」
「先日から一緒にランチを摂ろうと誘っているじゃないか。キミこそ耄碌したか?」
「覚えていますわよ!」
まさか同じ言葉で言い返されるとは思わず、シャーロットの額に青筋が立つ。
「ですが私、それを承諾した覚えなどありませんわ!」
「婚約者殿の許しが必要か? この俺が誘っているというのに」
この男、意外と傲慢である。
はっきり嫌だと言ったところで、そんな言葉など無視されてしまうのだろう。
一体、マリアンヌはこんな男のどこが良いのだろうか。前世、小説を読んでいたときはシャーロットもコンラッドの押しの強さに惹かれはしたが、実際に目の当たりにするとかなりウザい。
(頭、かち割ってやりたい……)
拳を握りしめる手をブルブル震わせていたシャーロットだが、程なくして全身から力を抜き、背後に立ったままのレオンを振り返った。
「食事を用意しますので、レオン様も殿下たちとお寛ぎくださいませ」
「いえ、私もお手伝い致します」
「そうですか?」
レオンも、さすがに主と同じテーブルでは寛げないのかもしれない。
(こんなことなら、昨日、テーブルの位置を変えなければよかった……)
いきなりコンラッドが凸してくる可能性など、考えていなかった。だが一度、彼はここに来ているのだ。
夜中、シャーロットに交換条件を持ち掛けるために。
(迂闊だった……)
自分の浅はかさを後悔しながらキッチンに立った時、シャーロットはあることに気づいた。
「あ……」
そういえば、パンがもうない。
備蓄庫から少しだけ持ってきていたが、朝食に食べたのが最後だったのだ。
「どうかなさいましたか?」
キッチンの前で立ち止まってしまったシャーロットの様子に異変を感じたのだろう。レオンがそう声をかけてくれる。
「いえ、パンがないなと……。備蓄庫から取ってまいりますね」
「それなら私が行きます」
「え? ……いえ、他にも取ってこようと思っておりましたので、レオン様は待っていてください」
「ならば荷物持ちが必要でしょう。遠慮なさらないでください」
そこまで言うのであれば、とシャーロットは口元を吊り上げて笑っているコンラッドへ視線を投げた。
「行ってくると良い。だが、早く戻ってこないと、また今日も『済ませて』しまうかもな」
「っ!!」
こんなところでするつもりか! という声は、何とか喉の奥へと締まった。
さすがにキッチンでそういうことをされたら、今後この場所は使いにくくなってしまう、というか、使いたくない。
「大人しく待っていてくださいませ!」
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