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悪役令嬢
しおりを挟む謹慎塔での甘すぎる蜜月を過ごし終え、シャーロットは学園に戻ることになった。
毎日、主役たち以上に閨を重ねてしまったような気はするものの、二週間という時間は幸せ過ぎてあっという間だった。
シャーロットが謹慎塔に入っていたことは学園内の全員が知っている。
おそらく登校初日からしばらくは腫れ物のように扱われることになるのだろう。
「気が向きませんか?」
シャーロットの手を引いて校舎までエスコートしてくれているレオンの問いに、シャーロットは明らかにしょんぼりとして見せた。
「だって、レオン様とこうして歩けるのも、これが最後だと思うと……」
「護衛としてお近くにはおります」
「そうですが……」
それこそ二週間、朝昼晩関係なく事あるごとにお互いの身体を重ね合わせていたのだ。それが急になくなったら、彼に慣らされたこの身体をどう扱えば良いというのだろうか。
「そんなお顔をなさらないでください」
そっと頬に大きな手の平が添えられ、かすめるような口づけが贈られる。だがそれだけだ。
もう少し歩いたら、寮と校舎を繋ぐ道に出る。そこではもう、こうして触れ合えないのだ。
まだシャーロットはコンラッドの婚約者という立場であり、侯爵令嬢として浮かれた行動は取れない。
コンラッドの――この国の第一王子の婚約者として、振る舞わなければならないのだ。
「私は、常にあなたの傍におります」
レオンからの慰めの言葉に、シャーロットは顔を顰めた。彼に心配してほしかったわけではない。大丈夫だと笑いたいのに、どうしてもそれができなかった。
「ロティー。大丈夫です」
「――そう、ですわね……」
レオンと離れている間、彼が誰かに盗られてしまうかもしれない、などという不安など微塵もない。それは、二週間の蜜月の中で、嫌というほど彼に教えてもらった。コンラッドが言うように、彼も男であり、執着と庇護欲の強い男だということを、身を以って思い知らされたからだ。
「ご安心ください。大丈夫です」
ギュッと抱きしめられるが、彼はすぐに離れていく。それが寂しかったが、今は仕方がないだろう。
しばしの別れだ。
この時は、ただ自分の運命を呪っていた。
「…………」
一カ月ぶりに教室に戻ってきたシャーロットを迎える同級生の態度は、明らかに違っていた。
こそこそと耳打ちをしながら、彼女を敬遠して『自称』取り巻きたちですら近づいてこない。だがその理由も、シャーロットの背後を見れば誰しもがそりゃそうだろ、と頷くものだった。
「あの、レオン様?」
「はい」
「なぜ、こちらにいらっしゃるのでしょうか?」
シャーロットとコンラッドは同じクラスではあるものの、以前まで護衛騎士は廊下で待機させられていたはずだ。それが、シャーロットの席――一番後ろの席の壁際に、レオンは我が物顔で控えている。
「護衛ですので」
教室の壁際でシャーロットの護衛をしているレオンの表情は、他の生徒を寄せ付けないほどの迫力があった。鋭い眼光に屈強な肉体。さらにはその身から放たれる異様な魔力量に、みな怯えている。
「シャーロット。今日から登校なのかい? 長い謹慎だったね」
そこへ、コンラッドがやってきて気さくに声を掛けてくる。その口調は同級生たちの前だからか、『優しい王子様』といった風に言い換えられている。
「あら殿下。いつもよりお早いご登校ですのね?」
それを嫌味で返すと、スッと二人の間にレオンが立ちふさがった。
容赦のない鋭い眼光がコンラッドへ向けられ、教室内がざわめく。さらにそれを受けてコンラッドも大人しく引き下がるものだから、教室がさらに何事かと色めき立った。
(腹黒鬼畜変態王子が言っていた環境って、これのこと?)
シャーロットがへそを曲げないよう、コンラッドは環境を整える、という趣旨のことを言っていた。これがその一環なのだろうか。
部下であるレオンが主を睨みつけ、それに対して第一王子が何も言わずに大人しく引き下がるなど、あってはならないことだ。
教室内にいる令嬢たちは「まさか」と互いに耳打ちしながらも三人を見つめている。
(――気まずい……)
今までシャーロットになど興味を示さなかったコンラッドのこの態度もそうだが、普段は黒子よろしく存在感を消しているはずの王宮護衛騎士がこの態度ともなれば、色恋好きの令嬢たちはありもしない妄想を膨らませるものである。
(事実ではあるけど……)
事実だからこそ、とんでもなく気まずい。
だがここでシャーロットが慌ててはいけない。ただ噂を誇張するだけだ。
シャーロットはシャーロットで、いつも通りにしていればいいのだ。特にコンラッドやレオンから何か指示を受けているわけではないので、今後の計画からしてその方が良いだろう。
それから午前中は何の問題もなく過ぎて行った。いつもは休み時間中に近づいてくる取り巻きたちも、謹慎塔から帰ってきたばかりのシャーロットとは繋がりを持ちたくないのか遠巻きにしている。
これはこれで、清々した。彼女たちの相手をするのは疲れる。話すことは常に学園内の事実かもわからない噂話ばかりで、聞いていてイライラするのだ。
昼休み、シャーロットは静かに教室を出て、人気のない裏庭のガゼボを目指した。謹慎塔に入る前から、そこがシャーロットの昼休みの隠れ家的な休憩場なのだ。
中庭は背の高い木々が多く茂っており、ガゼボはそれらに隠れて本校舎から覗くことはできない。
「――疲れましたわ」
ガゼボの椅子に座り、シャーロットは大きく背伸びをする。教室を出た時もシャーロットの後を付いてきてくれていたレオンは、そんなシャーロットに小さなバスケットを手渡した。
「お疲れ様です。昼食をご用意いたしました」
「ありがとうございます」
それを受け取ると、レオンは下がろうとする。
「ご一緒してはいただけませんの?」
彼の制服の袖を掴み、上目遣いに彼を見上げると、少し困った笑みを返された。
「ここは人目には付きませんし、ね? ご一緒しましょう?」
護衛とはいえ、教室内で休むことなくずっと立っていたのだ。彼にも休んでほしい。
くいくいと袖を引っ張ると、レオンは諦めたように笑みを深くすると、シャーロットの隣に腰かけた。
「あなたには敵いません」
シャーロットにだけ向けられる優しい笑みに、彼女はにっこりと微笑み返した。
バスケットの中にはサンドイッチが入っており、それを二人で分け合う。簡単な昼食を摂り終えてから、シャーロットは一カ月の謹慎塔生活で磨き上げられた魔法を使い、裏庭全体の木々をそよがせた。
「すっかりお手の物ですね」
「教えてくださった方が良かったのですわ」
残り二週間、課題は免除とはなったが、シャーロットはレオンからずっと魔法の使い方を教わり続けていたのだ。
以前のシャーロットは魔法を持て余すだけで、こんなことはできなかった。簡単な遊び程度のことはできたが、それも範囲が限られており、謹慎塔の最初の一週間で使えたものくらいだったが、今では範囲も広がり、格段に腕が上がったと言えた。
「あとは防御障壁だけですわ」
「そうはおっしゃりますが、戦場に立つことなどないのですから、現状のままでも問題ありませんよ」
「いけませんわ! いざというとき、また失敗してはレオン様のご迷惑になりますもの」
卒業したらすぐに婚約をして、魔道騎士の妻になるのだ。ならばその前に、誰からも文句を言われないよう、他の令嬢より魔法を使いこなせなければいけない。バレリア家の令嬢であれば文句を言う者などいないとわかっていても、シャーロットが納得できないのだ。
「あと、土と水の属性も習得しないとなりませんわ」
シャーロットは属性的に、火属性が習得できない。レオンも風属性が習得できないので、これには納得している。その道のプロが出来ないことを習得しようとするほど、シャーロットは無謀ではないのだ。
「座学でもお話ししましたが、他属性を習得すると器用貧乏になる者もおります。今は、ご自分の属性だけ頑張ってみては如何でしょうか?」
「あら、教えてくださる方が器用貧乏ではないのですし、ならその弟子である私もそうはならないのではありません?」
「弟子、ではなく、恋人とおっしゃってくださってほしいですね」
そっと手のひらを取られ、手の甲にレオンが口づけを落とした。
「なら私も、手ではなく、口にキスをしてほしいですわ」
そっと瞼を閉じると、啄むようなキスが降ってくる。目を開けると間近にレオンがいて、シャーロットは頬を紅潮させながら彼の肩口に額を押し付けた。
「もうすぐ、午後の授業がはじまります。そろそろ戻りますか?」
長い髪を撫でながら囁かれる。シャーロットとしてはサボりたいことこの上ないが、根が真面目なので思うだけだ。
「そうですわね……」
謹慎塔に居た頃は、こういう雰囲気になればすぐに押し倒してもらえたが、今は叶わない。
(早く、卒業したい……。ん? 卒業?)
ふと、原作小説のクライマックス直前のシーンを思い出した。シャーロットが学園を追放された後、一、二か月後辺りに、マリアンヌが男子生徒に襲われるアレだ。
「――……レオン様。私に今すぐ簡単に習得できる攻撃魔法を教えてくださいませんか?」
「攻撃魔法ですか?」
「はい。なるべく人が死なない程度に威力の強いものを」
「なぜそのようなものを? 何かあれば私がお守りします」
「念のためですわ」
そう。念のため。
常にレオンが一緒に居てくれるわけではないだろうし、何かあった時、今のシャーロットでは自分を守るので精一杯だ。
まだ、防御障壁は完成していない。
あれは守りたい人まで傷つける。特に、風魔法が通用しない土属性の者以外、全員を。
「あの、どうしてレオン様が、女子寮に?」
レオンから攻撃魔法を教わるのは明日から、ということになったので、シャーロットは授業が終わってすぐ、久しぶりに女子寮に戻ってきていた。
女子寮は男子禁制だ。
シャーロットの部屋は彼女が連れてきていた侍女たちによって綺麗に整えられているが、そこになぜか、レオンもいる。
「護衛ですから」
「護衛って……、でも、ここは……」
「アラステア殿の許可は取っております」
アラステア――それがこの学園の学園長の名だとレオンから教えてもらったが、いつの間に。
「お嬢様。わたくし共は外に出ております」
連れてきていた侍女のひとりが頭を下げ、シャーロットが引き留めるより前に部屋を出て行ってしまった。
パタン、と扉を閉められ、「おい!」と突っ込みを入れそうになる。
淑女の部屋に家族や夫、婚約者以外の男性が立ち居る場合、扉は開けておくものだ。だが、当然のように閉められた。
「これは、一体……?」
「ロティーの侍女たちは口が堅いとのことで、コンラッド様よりご説明が行っています」
「え……、えぇ!? 説明って……」
「コンラッド様と婚約を破談にするご決意を固めたことと、私との関係を、彼女たちは存じているということです」
「彼女たち、納得したのですか!?」
「はい。そのように伺っております。とても協力的で助かりますね」
侯爵家の侍女がそれで良いのか? とはなはだ疑問だが、彼女たちは一番近くでシャーロットを見てきている。シャーロットが義務感だけで第一王子の婚約者で居続けていたことも、本当は他の誰かに想いを寄せていたことも、彼女たちはとっくに気づいていたのかもしれない。
「ロティーが幸せになるのであれば、彼女たちは、全力で応援してくださるそうですよ」
「…………それは……、有難いですけど……」
これもコンラッドによる、シャーロットが臍を曲げないための対策のひとつなのだろうが、さすがにやり過ぎだ。
「ロティーが気に入らない、とおっしゃるのでしたら、私はコンラッド様の元へ戻りますが……」
頭を抱えてしまったシャーロットの態度に何かを誤解したのか、レオンが去ろうとする。それを咄嗟に手を掴んで引き留めた。
「行かないでください」
あと三か月は触れられないと思っていた人と、またこうして一緒に居られるのだ。戻られたら困る。
「ロティー。あなたに、触れても?」
二人は向かい合い、シャーロットは承諾の合図に目を閉じた。空気が、風が、彼との距離を教えてくれる。頬に大きな手を添えられ、それに促されるまま上を向くと、当然のように唇同士が触れあった。
シャーロットはそのままレオンに横抱きにされ、広い部屋の中央を独占している寝台へと連れて行かれる。
「今日は、どのようにしましょうか?」
寝台に横たえられ、圧し掛かってくるレオンに、シャーロットは薄く目を開けて唇を吊り上げる。
「レオン様の御心のままに」
両手を広げて彼を受け入れ、シャーロットはこれからも彼にこうして愛される幸せがある幸せを噛みしめた。
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