千年前失恋して引き籠りの魔女になったので、今度は殺してくれませんか?

潮 雨花

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全ては手のひらの上で

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「どうしてこんなまどろっこしいことをしたの」
 クリストフェルの自室のソファに腰かけているリリィベルは、呆れとも苛立ちとも付かない複雑な表情で血のつながらない弟を睨みつける。
「そう言わないでよ。姉様が新しい名を受け入れてくれたことは嬉しかったけど、その理まではまだ気づいていなかったでしょう?」
 向かい側のソファで、クリストフェルは優雅に紅茶を飲んでいる。
「ならさっさと教えなさいと言っているの」
「だって、それじゃあ面白くないでしょう? それに、姉様のお気に入りのあの娘だって、ハレスとなかなかくっつかないこと、姉様が気をもんでいたことも知っていたし」
 それにね、とクリストフェルは続ける。
「姉様は知らないだろうけど、デュクスと結婚するの今のこの国の制度だと難しいんだ。元老院とか貴族院とかがうるさくてね」
「私には身分など関係ないでしょう」
「忘れたの? 姉様は僕の姉様になったんだ。つまり皇族だよ?」
 言われて、はて、と首を傾げる。
「デュクスもハレスも、この国を出て行くつもりだったんだよ」
「え……」
「さすがにそれは困るからさぁ~。でもこの祭りはそもそも僕が考案したものだし、ダメとも言えなくて」
 はぁ、とクリストフェルはわざとらしくため息を吐く。
「僕としては、この祭り自体、姉様がこうしてリリィベルであると認めてくださったのだし、取りやめても良いと思っていたんだけど、世界中に話を広げ過ぎてしまって、急にやめると楽しみにしていた国民だけじゃなくて祭りによって得られる収益的にも国として大痛手なんだ。姉様の物語は『ふたりはいつか幸せになる』という曖昧な結末でもあるから、今回の姉様の機転は有難かったよ」
 新しい観光宣伝用の文句ができた、とクリストフェルは嬉しそうだ。
 だが逆に、リリィベルは少し疲れてしまった。
「元老院も貴族院も、この収益で色々甘い蜜を吸ってる奴らも多くてね。今回僕が勝手に婚姻を認めるなんて言ってしまったけど、御伽噺が真実になった、という謳い文句は美味しい蜜のはずだ。体現者も数組いるなんて、更に素晴らしい」
 だから文句も邪魔もさせない、という言葉が出てきたのだろう。
「じゃあ、私は見世物にでもされるのかしら?」
「まさか。姉様がリリィベルだってことは今後もヒミツだよ。これからは僕の姉として、そして公爵家の女主人として生きてほしいな」
「公爵……?」
「姉様がデュクスと結婚するなら、皇帝の姉としてそれなりの身分がないと。エレオノール家は伯爵家だけど、皇族の娘を娶るには身分差がね……」
「なら私、あなたの姉を辞めるわ」
「えぇ~……まぁ公爵が嫌だって言うなら仕方ないけど、僕はせっかくできた姉様を離したくないなぁ……」
 クリストフェルの瞳に何か黒いモノが混じる。何か企んでいるのは明白だ。
 この血のつながらない弟は、自分の望みのためならなんでもしでかす。そんな勘が働いた。
「……デュクスに、迷惑がかからないなら、公爵とやらになっても、良いかもしれないわね」
「迷惑どころか、むしろ喜ぶかもよ? あいつ、身分のせいで第一騎士団の団長にも関わらず色々苦いものを呑み込まざるを得ないことも多かっただろうし。メアリー・アーヴァインとの婚約がいい例だよ」
「…………」
「僕もさすがに他国の元王女の意思を阻むわけにもいかなくてね。伯爵家であるデュクスを明らかに優遇するのも周囲の目があるから表立ってはできないし。何百年経っても、外交は難しいよ」
 クリストフェルの腹に一物抱えているようなこの雰囲気は、八百年という間、皇族であり続け、色々な経験をしたからなのだろう。
 彼は彼で、苦悩の中で生きてきたに違いない。
 そう思うと、何を考えているかわからないこの弟にも、同情せざるを得ないかもしれない。
「そういえば、あの子たち……メアリーとハレスの件は本当に許されるのね?」
 名前を口にすると、おや、とクリストフェルが目を見開いた。
「――なによ」
「いや、彼等のこと、ちゃんと名前で呼べるようになったんだなって」
「もう余計な柵はないのだから良いでしょう」
「じゃあ僕のことも名前で呼んでよ」
「いつかね」
「えぇ~……。まぁいいや、あんまり姉様を困らせるとデュクスがうるさいし」
 残念、と肩を竦ませたクリストフェルは、小さく笑うと軽くウィンクしてくる。
「実はね、最初からメアリー・アーヴァインの政略結婚には裏から手を回していたんだ。姉様に喜んでもらおうと思って」
「どういうこと?」
「種明かしをすると、最初から彼女の政略結婚相手はハレスだったってことかな」
「…………」
 にこにこと笑うクリストフェルに、リリィベルは怒って良いのか悪いのかわからなくなった。
 複雑な表情で顔を顰めていると、彼はクスクスと笑う。
「セルジュが何かやらかすだろうなぁとは予測がついていたし。アーヴァイン家の現当主は頭がダイヤモンドより硬くてね。どうにかして身分違いの恋を実らせるためには、セルジュを放置しておく他なかった。姉様に危害を加えたというのは正直許せないけど、結果的にデュクスと結ばれたんだし、怪我の功名ってやつかな」
 どうだった? とまるで観劇を見た後に感想を尋ねるかのように問われ、リリィベルは頭を抱えた。



 数日後、メアリーとハレスの婚約が正式に決まった。その後はメアリーが通い妻よろしくハレスの屋敷に滞在するようになり、愛を育んでいるという。
 そしてリリィベルとデュクスもまた、それは同様だった。
 婚礼の儀より先に公爵位を手に入れたデュクスだが、屋敷は城下街から離れた昔から住み慣れた場所に変わらず置いており、第一騎士団団長という任もそのままだ。
 ひとつ変わったのは、忙しくとも周囲が気を遣うようになり屋敷に帰れる時間が増えたことだろう。
 今まで、騎士団長であるデュクスが担うべきではない任も、自分たちの身分を理由に押し付けてきていた者たちが、公爵という貴族位第一位の身分を手に入れたデュクスには頼めなくなり、自ら処理するようになったのだ。
「は、ぁ……」
 そのせいで、リリィベルは日中夜問わず更に大変になった。
 事あるごとにデュクスに身体を求められる。
 今ももう昼間であるのに、リリィベルはデュクスの寝室から起きられずにいた。
 千年という長い時に積み上げられたモノはまだ収まりきらないのだろう。
 千年の時を取り戻す勢いで抱かれ、リリィベルは長い髪を寝台のシーツの上に広げ、気だるい身体で寝返りを打った。
 彼と心を繋げてから、この身体はかなり淫らになったと思う。
 自覚はなかったが、リリィベルも、千年の片思い中に果たせなかった想いが幾重にも積み重なり、彼に求められると拒めない。むしろ彼が欲しくて仕方なくなってしまうのだ。
「本当に、いつか抱き殺されそう……」
 はぁ、と溜息を吐きながらも、その吐息は甘い。
 つい数分前まで、リリィベルはこの寝台でいつものようにデュクスに抱かれていたのだ。
 まだ彼の体温が身体の奥に残っている。
 色濃い残り香をリリィベルの体内に残した彼は今、客人が来たため席を外してる。
 以前より断然楽になったのだろうが、騎士団長は大変そうだな、と思うが、あんなに激しく攻め立てておきながら、彼はまったく疲れた風ではないのが納得できない。
「リリィ、起きられるか?」
 客人が帰ったのか、デュクスが寝室に入ってくる。
 返事を聞く間もなく、彼は寝台に腰かけると、中央で寝ころんでいたリリィベルの髪を一房手に取った。
「あなたは元気そうね」
 嫌味を言ってやると、彼はフッと息で笑う。
「身体を鍛えている。これくらいでへばったりしない」
「…………」
「それに、キミを前にしてもう耐える必要はないからな。まだ抱き足りないくらいだ」
 あんなにしたのに、と内心溜息を吐く。
 数日前、寝台からなかなか起き上がれない、ということをメアリーに話し、ならばと彼女から恋愛小説を借りて読むようになった。
 文字は読めるので暇つぶしに読んでいたのだが、そのどれもが所謂男女の閨の話も含むものだった。メアリーは淑女の嗜みだから、と笑っていたが、意図的にこれを渡してきたのだろう。
 その小説の中に「絶倫」という言葉があり、リリィベルはその言葉を吐き捨ててやろうか、とデュクスを睨む。
 だがそれを言えば「試してみるか?」という言葉が返って来そうだったので、喉の奥へと引っこめる。
「――もうお仕事はいいの?」
 気を反らそうと、リリィベルはゆっくりと起き上がり、デュクスへ顔を近づける。
 チュッ、と口づけを交わした後、目の前に数枚の羊皮紙を差し出された。
「どれがいい?」
「え?」
 何が? と返す前に、寝台の上にそれらが広げられる。
 そこには色んなデザインのドレスの草案が描かれていた。
「私たちの婚礼衣装のデザイン案だ。まずはキミのドレスから決めようと思ってな。急いで取りかからせた」
 そのどれもが胸下からスカートが広がっている。
「これを着る頃には、もうひとり増えているかもしれない。それも配慮に入れてデザインさせた」
「……それって……」
「毎晩、キミの中に注いでいるんだ。子供がいつできてもおかしくはないだろう」
「こ、子ども……?」
 思ってもない言葉に、リリィベルは慌てる。
「その反応は――まさか知らなかったのか?」
 リリィベルはカッと頬を赤らめ、毛布の中へと頭から潜り込む。
 あの行為が子を作るためのものだと知らなかったのだ。
 あの生々しい毎日の成果が『子』だと知り、なんだか無性に恥ずかしくなる。
 ローザが最近「早くお子様を拝見したいものです」なんて言っていたのを思い出してしまったのがその理由だ。
 リリィベルは、デュクスとこういうことをしている、と周りに気付かれていないと思っていたのである。
 彼に抱かれるときは決まって部屋の周辺に人気がない時だ。
 だがそれは、彼等がふたりを気遣い、気配を消していたか、用がない限り近づかないようにしていた、ということで。
(知られてた! あんな淫らなことしてるって、みんな知ってるってこと!?)
 メアリーならばともかく、ローザやロドリゲスたちまで知っている、という事実が恥ずかしい。
「夫婦になるんだ。何も恥じることはない」
「ちょっとあっちに行ってて!」
 リリィベルの悲鳴のような怒声が響き、その場にあった枕や柔らかめのクッションが魔力によってデュクスに投げつけられていく。
 それを華麗に避けながら、まだまだ初々しく何も知らない元闇の魔女が恥ずかしがる姿を見下ろしていたデュクスは、彼女の機嫌を損ねないよう、幸せを噛みしめつつ小さく微笑むのだった。
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